第1廻
「ぶはっ、俊だっせぇ」
部活に遅れた理由を親友である太一に話したら大声で笑われた。
部室に置かれている椅子に座りながら谷口はおちゃを口に含んだ。
この時間は殆どの部員は帰るため、今は2人だけだった。
部活が終了して、もう1時間以上たっているにも関わらず、太一は帰ろうとしない。
おそらく、谷口がぶつかった相手、安曇由枝が気になるのだろう。
しかし2人は由枝の名前すら知らずにいたのだ。
「太一、もういいだろ。帰ろうぜ」
先程から帰りたいと思っていた谷口がようやくその言葉を発した。
太一は携帯を開いて時間を確認する。
その携帯には、女子高生並みのストラップが付けられていた。
プーさん、ミッキー、ウサギのキーホルダー、星の形のストラップ····。
本体である携帯がどこにあるか分からなくなるほどだった。
「うわ、もうこんな時間かよ」
急ぎながら、シャツやらシューズやらを鞄に詰め込んでいく。
谷口はため息を吐きながらそれを眺めていた。
「よし、俊、帰るぞ」
赤いエナメルバッグを方にかけ、谷口に呼びかける。
「おせーよ、ばか」
谷口も鞄を背負い、部室を後にした。
先ほどこけた時に怪我をしたのだろうか。
歩く度に左足が痛む。
その痛みを我慢しながら東棟の2階にある美術室へと向かった。
美術室は明かりがついていた。すでに部員の誰かが来ているのだろう。
そっと、静かにドアを開けた。
そこには1人の人物がいた。
「あ、由枝じゃない。おそかったわね」
手前の席に座って、大きなキャンパスに絵の具を打ち付けている黒髪ロングヘアの女の子が安曇を確認すると声を掛けてきた。
長いその髪は後ろで一つにまとめられている。ポニーテールという結び方だ。
綺麗な顔立ちとは裏腹に、真っ白だったであろうキャンパスが、色とりどりの花を咲かせていた。
迫力あるイラストに、圧倒される。本当に彼女が描いたのかと疑ってしまいそうだ。
「今日もすごいもん描いてるね、歩」
歩の近くに鞄を置き、安曇も、絵を描く準備に取りかかる。
黙々と絵を描いていく2人。
筆を動かす音だけが長い間聞こえていた。
突然歩の携帯電話が大きな音を響かせた。
絵を描き始めると集中しすぎて時間を忘れてしまうため、帰る時刻になるとアラームがなるようにしているのだ。
5時には文化部は部活動を終えないといけない、という決まりがあるため、アラームが鳴ると2人は急いで片付けを始める。
部室に鍵をかけるとそれを返しに職員室へ行く。
まだ痛みが引いていないためか歩き方が変になってしまう。
絵を描いているときは足を動かすことが無かったため痛みはなかったが歩き出した途端にまた痛みが出てきたのだ。
「由枝、どうしたの?足怪我した?」
心配そうにのぞき込む。
「うん、部室行く途中に男子とぶつかっちゃって」
廊下にある窓から見えるグラウンドではテニス部が試合をしているが見えた。
もうすぐで大会があるのだろうか。
そんな疑問を残しつつ、職員室へ行く。
「男子って···一体誰よ?」
少々怒り気味の歩は携帯電話をパコパコと開けたり閉じたりを繰り返している。
イライラしているときによくする癖だ。
安曇だけがそれを知っていた。
「ん、多分谷口、3組の谷口俊也くん」
彼の名前を出したら彼女は一時停止をした。
どうしたのだろうと、そのまま歩を見つめていた。
「3組の谷口って、あのバスケ部の?あんな奴と関わっちゃだめよ!怖いやつなんだから」
早口に言うと歩は止まっていた足を動かした。
安曇は少し考え、歩に向かって言った。
「怖くないよ。俊也くん、やさしいし」
ね!と同意を求め歩の腕に絡みつく。
「優しいのは由枝の方よ」
少し照れながら、だが安曇を離そうとはせずそのまま歩き出した。
メリーランド 大橋天 @oohs_ame
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