ターミナル

御木そうた

第1話

いつもの教室の風景。

退屈な授業、友人との悪ふざけ。

365日を3回繰り返せば、大学に進学する。そんな当たり前の人生を過ごすのだと思っていた。男子高校生、帰宅部、趣味と言えばケータイのアプリってところだ。顔も体力も何もかも平均並みか平均以下。

 「はぁ、はぁ…。」

 薄汚れた路地裏の影で息を切らしながら混乱したままの思考回路を何とかしようとしたが、落ち着くわけもない。遠くにはいるが、蹄の音が近づいてくるのがわかる。そもそも路地裏からも出ることができない。迷っているわけではない、大通りに出ようとしても透明な壁のようなものがあって、向こう側には行けない。向こう側の人間にも見えていないようだった。

 「なんでこんなことに・・・。」

 今日はたまたま、近道をしてみようと路地裏に入った。物音がして興味本意で覗いたのが悪かったのだろうか。路地裏にいたのは二足歩行の牛。もちろん、白と黒のではなくて闘牛のイメージをしてもらえたらいい。顔や皮膚とかは牛だけれど、体に関してはほぼヒトといっていい。いわゆる、ミノタウロスだ。羨ましいぐらいのシックスパックが真っ黒な毛に覆われていても分かる。その牛が肉片をひたすらに潰していた。それが何だったか、なんて考えたくもない。牛の後ろには明らかに不自然な扉がある。真っ赤な扉だ。牛はある程度は歩き回るが何分かすると扉の前に戻っていくようだった。

よくあるゲームや小説の展開だとあの敵を倒して扉に入ればコンプリートってところだろう。そんな都合よく武器なんて転がってないのが現実なわけで。見つかったら即お陀仏。

 「生け贄ってやつなんか…。」

 昔したゲームのキャラでモチーフがミノタウロスのキャラがいた。そのキャラは狂暴で生け贄を捧げられていたのを覚えている。さすがに男ではなかったが。

 いつ死ぬかなんて考えたこともなかったけれど、まだ途中のゲームもあるし、あの漫画の最終巻も死ぬまでには読みたかった。あと、出来れば可愛い彼女と付き合いたかった。

 

 

 

 「ぅあ、あ…ぉ、ぁ。」

突然、牛が呻きながら何かを摘まんで見ていた。あれはおそらく…

 「お金…?」

 牛はお金を見ながら立ち尽くしていた。牛はお金が好きなようだった。その姿は好きなものを手にしてよろこぶ女性のようであった。もしかしたら、お金を投げればあの牛の気が引けるかもしれない。財布を見ると500円玉がちょうど入っていた。自分の実力ではたいして飛ばないだろう。だから時間はないに等しい。牛までの距離は50mぐらいだ。なんとかなるかもしれない。十字路の北に牛がいて、俺は東側に身を潜めている。だから、西側にお金を投げて気をとられているうちに扉に入る、これしかない。

 俺はぐっとお金を握りしめた。

 

 

 金属がコンクリートに落ちる音が響く。

牛が此方に近づいてきた。最初はゆっくりだったが蹄の音が徐々に早くなっていく。牛の背中が見えた、その瞬間に俺は扉に向かって走った。牛はまだ気づいていないようだった。すぐに扉にたどり着き、扉を押したが、開かない。引いてみたけれど開かない、

 


 開かない。

 


 俺の中に絶望が広がるのがわかった。何度も扉を開けようとするが開く気配はない。後ろで牛の唸り声が聞こえた。戻ってくるのが蹄の音で嫌でも分かる。

殺される、そう思って俺は頭を抱えてしゃがみこんだ。

 


 「もう、いいだろう。お前の敗けだよ。」


 第三者の声がした。言葉とは裏腹に少女の声だ。顔をあげると牛の前には空中に浮いた金髪の少女がいた。牛は興奮した様子だったが、そこから動けないようだった。

 「お前は敗者だ。」

 そう言って少女は手を挙げてぐっと握りしめた。牛は呻き声をあげた瞬間、木っ端微塵になった。まるで少女の動作で握りつぶされたのかのように。辺りには血が散らばったが、不思議と少女と俺の方には飛んでこなかった。少女がこちらを向き、ようやく少女の顔を俺は見た。青い瞳で肩下まである金髪の美しい髪をもつ少女だった。服は真っ白なワンピースで赤い靴を履いていた。

 「お前はバカなのか??」

少女の口から似合わない言葉が吐き出される。

 「その扉はスライドドアだ。ただ、扉に触れたお前が勝者だ。」

 「スライド…?」

 目の前の扉を横にスライドするとすんなり開き、中にはなにも見えない闇が広がっていた。この少女が仕組んだことなのだろうか、何もかも。

 「褒美にいいものをやろう。」

 「褒美なんていい、ここから出してくれ!お前はなんなんだ!」

 少女はニヤリと笑い、手に光るなにかを持っていた。

 「それはできない。せいぜい頑張るがいい。」 

 少女の手の中にあった光は此方に飛んできて、俺を扉の奥へと吹き飛ばした。衝撃で掠れ行く意識の中で見たのは優雅に手を降る少女だった。

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