14 幻を見続けた人々


「・・・さん、慧さん・・・」

俺は誰かに名前を呼ばれ、夢の世界から現実に引き戻される。

「・・・ん」

「け、慧さん、おかえりなさい・・・。あの・・・」

「・・・は?」

杏莉さんが俺の顔を覗いている。頭には人の温かさがあり目の前には山が二つ、その奥に杏莉さんの顔。これはあれか、膝枕か。

「寝てる間にそっちに転がっちまったのか、わりぃ」

上体を起こしながら杏莉さんに詫びの言葉を告げる。

「私たちが戻ってきてから慧さんがこっちに倒れ込んできて・・・その、ごめんなさい・・・」

「いや、なんで杏莉さんが謝るんだよ・・・」

「杏莉ちゃんうらやまぢぃ・・・ワタヂがけーちゃんの膝枕したかったのに゙ぃ゙ぃ゙!」

晶が目に涙を浮かべ歯を食いしばっている。お前はそれしか考えてないのか。

「主殿、首尾はどうでしたか?」

陸が話を促してくる。

「予想外の事が起きたがとりあえず目標は達成できた。これで犯人の場所を特定できると思うぜ」

「あのあとけーちゃん一人でなにしてたの?」

「あの世界にいるプレイヤーに直接触れて魔力を読み取ってきたんだ。あれほど複雑で大規模な魔法だ。俺の予想が正しければあの世界は何処かを中心に円状に広がっている。寝ている人間の魔力を糧にその円を拡大してプレイヤーを増やしていると考えられる。だから点在するプレイヤーたちの現在地を特定できればその中心に位置する場所に犯人の魔法使いが居る可能性があるって訳だ」

「なるほどね♪それじゃああとは犯人を捜してコテンパンにすればいいだけね♡」

「俺の推測が正しければ、だがな。まぁ今日はもう遅いし明日にしよう」

今日はもう日が落ちていた。

ゲームをしていると時間を忘れてしまうものだが、あのゲームは別格だった。

「それじゃ私は晩ご飯の準備をしますね。晶さんと風助君もよかったらどうですか?」

「は~い、いただきま~す!」「食べる食べるー!」

杏莉さんは笑顔を浮かべてキッチンへ向かっていった。

「それにしてもけーちゃん楽しそうだったわね♪」

「そうだね!楽しかったね!ししょー!」

「いやぁ、あの世界は最高だったわ。俺も寝たきりになってあのゲームをやり込むかなぁ」

「じゃあその間にけーちゃんのカラダをもてあそぶとするわ♡」

「・・・やっぱやめたわ」

背中に氷をぶち込まれた気分だった。恐ろしすぎて血の気が一気に引いてしまった。

「と、とりあえず晶、明日も調査を手伝ってほしいんだがいいか?もし犯人と接触するようなことがあった時にお前の力必要になるかもしれないからな」

「け、けーちゃんがワタシを必要としてくれるなんて・・・」

「あ、晶さん?なにか勘違いしてる気がするんですが大丈夫ですか?」

「うん!ワタシけーちゃんの想いに応えて見せるわ♡」

「あ、ああ・・・」

もうどうでもいいや。

「ししょー!オレはオレはー?」

「風助は陸と修行しててくれ」

「え~!つれてってくれないのかよー!」

「すまんがここで待っていてくれ。お前の助けが必要になる日がくるかもしれねぇから、その時の為に陸と一緒に修行しててくれ」

「そっかー!じゃあオレ、修行がんばるよ!」

「ああ、期待してるぜ」

この先現実世界でも大規模な戦闘が起こらないとも言い切れない。

俺一人で解決できれば面倒はないのだがそう簡単にいくとは限らない。


魔法使いが野蛮だ、とまでは言わないが力を持ち過ぎた人間はそんな自分に溺れ、道を誤ってしまうのが常だ。

それは今までの人の歴史の中で呆れるほど繰り返されている事実。

一体いつになったらそれを学習し、人間は真の意味で成長していくのやら。


「主殿、げーむの世界とやらで何かあったのですか?」

今まで沈黙を守っていた陸が話しかけてくる。事戦闘に関してはこいつに隠し事はできないらしい。

「最後にくっそ強いヤツが出てきたんだよ。あっちの世界じゃ俺の力は半分ぐらいしか出せなくて勝てなかったんだよ」

溜め息交じりにそう答える。

「主殿にそこまで言わせる人物、ですか。それを聞くと私もその世界に行ってみたいと思えますね」

「はは、お前も冷静そうで闘争本能だけは隠せないんだな」

「そうなのでしょうか?私には解りかねます」

「まぁいいと思うぜ、お前のそういうところ、俺は好きだぜ」

陸が首を傾げている。猫と人の境界にいる陸。彼の一言は人にはない感性がある。

「皆さん、できました!」

そういって杏莉さんが沢山のお皿を浮かべながらこちらへやってくる。


5人で食卓を囲む光景。

これが二回目なのだが俺にはもう何度も見てきたモノのように感じた。

4人の色が輝いて見える。

杏莉さんは白、陸は青、晶は赤、風助は緑。・・・俺は・・・何色だろうか?

黒・・・恐らく黒だ。全てを飲み込む漆黒。

何にも染まることはなく、光すら飲み込んでしまう。

俺はいつからこの色だったのだろうか。


そんな物思いにふける俺を尻目に晶が風助に質問を始めた。

「そういえばもう遅い時間だけどボーヤはお家に帰らなくていいの?」

「オレはボーヤじゃないやい!30歳だよ!」

「えっ?!」

杏莉さんと晶は驚くように風助を見つめていた。

俺はある程度予想はしていたのでそこまでではなかったが。

「なんで子供の体のままなんだ?」

俺は皆に代わって疑問を投げかける。

「えっとね、オレ車にひかれそうになった女の子を助けたんだよ。女の子は助かったんだ。でも代わりにオレが車にひかれちゃったんだ。それで18年間眠ってたんだって。事故のせいで体も12歳の時のままになっちゃったんだってさ。それでね、半年ぐらい前に突然目が覚めたんだ。魔法使いになったからだと思うけど。オレは何日か寝てただけだと思ったらとーちゃんもかーちゃんも別の人みたいになってた。とーちゃんなんか髪の毛真っ白になっててびっくりしたよ!きっとウラシマタローもこんな気分だったんだろーって思ったよ!」

18年前、彼は事故に遭い、そのせいで寝たきりになって心も体も子供のまま時が経過したということらしい。そして魔法使いになる条件を満たし、意識を取り戻したというわけだ。

「起きた時はなんか変な管とか機械とかいっぱいついてた。けど二週間ぐらいで全部取れたんだ。お医者さんのじーちゃんは奇跡だ!って言ってたけどオレにはよくわかんないや。それからは普通に動き回れるようになったんだ。今はたまに病院に行くだけ!」

「そうね、普通なら有り得ない話ね。仮に目が覚めてもしばらくはリハビリしなきゃ絶対動けないと思うわ」

晶が専門的な見地からの意見を話している。確かに生命維持装置を付けたまま18年間も寝たきりであればすぐに動き回る事なんて不可能なんだろう。しかし魔法の力がそれを可能にし、彼に再び生きる力を与えてくれたのだ。風助が話を続ける。

「助けた女の子はお金持ちだったんだって。命の恩人だ、ってずっと面倒見てくれてたんだって!だからオレは今度また事故にあってもダイジョブなように強くなりたいんだ!みんな18年もオレが目が覚めるのを待ってた。だからもうそんなことにはなりたくないんだ!」

「・・・なるほどな。だから俺の弟子になりたいと言ってたんだな」

「うん!ししょーすっげー強いから!俺もししょーみたいに強くなっていっぱい人を助けたいんだ!」

「・・・お前は立派なヤツだな。解かった。これからちゃんと鍛えてやるから覚悟しろよ?」

「オッス!お願いします!ししょー!」


俺は責任感を感じていた。彼はまだ子供のままなのだ。

大人というものは子供の手本で在らねばならない。

それは自分と血が繋がっていなくてもそうだ。

自らが模範となるように行動し、言葉ではなく態度で道を示さなければならない。

少なくとも俺はそう考えている。

彼は純朴でまだ何も知らない。

だから俺は体の強さだけではなく心の強さも説いていかなければならない。

適当に彼を弟子にしてしまったが今、俺の気持ちは使命感に満ち溢れている。

真っ直ぐな彼の想いを曲げてはならない。

俺の教えられることを全て教えてやろう、そう誓った。


「とりあえず今日はもう遅いし解散だな」

晩ご飯を食べ終えてたところでそう話す。

「は~い♪けーちゃんまた明日ね♡」「またねー!ししょー!」

二人が先に一ノ瀬家を後にする。

「んじゃ、俺も帰るとするか」

「はい、慧さん、お疲れ様でした」

杏莉さんに見送られながらその場を後にした。


俺の仮説が正しければ今回の事件は明日で決着がつく。

剣聖とその兄の作った世界。二人にはどんな事情があるのだろうか?

考えても無駄だ、俺は黒く染まる意思に身を委ねた。


2月9日14時頃、町の上空にて。

俺は昨日ゲームの世界で触れたプレイヤーたちの魔力を探知していた。

目を瞑り意識を集中させる。頭の中に円が現れ、その円の中に点がいくつも浮かんでいく。その点が円の中の一部に集まり更に小さな円を作っていた。

その点の集合体の中心に俺と晶は移動する。一昨日やってきた病院の近くだった。

「灯台下暗しってのはこの事か」

「そうね、意外と近くに犯人が居たみたいね」

俺は地上付近で探査の魔法を発動させる。すると思った通り違和感を感じる。

これは結界が貼られている時に感じるものだ。

「晶、場所を特定できた。今から向かうが準備はいいか?」

「おっけーよ、行きましょう♪」

そこに向かうと小さな一軒家が立っていた。

少し古ぼけた外観からそれなりに時が経過した建物だというのがわかる。

家の扉は閉まっている。俺は構わずそれをこじ開け潜入する。

家の中から一人の気配を感じるのでそこへ向かっていく。

気配を感じた部屋の前に立ち、扉を開け放つ。部屋には男が椅子に座っていた。

彼の周りを囲むように複数のパソコンとディスプレイが配置されており、さながら研究室のモニタールームのようになっていた。

男はこちらに気が付いて振り向く。

眼鏡をかけ痩せ細っており、服は地味で特徴のない恰好をしている。

「・・・オフ会で会おうってのはこういう事だったのか」

「そうだ、初めましてだな、ゲームマスターさんよ。妹から俺の話は聞いてるんだろ?」

「・・・聞いている。でも僕の邪魔はさせない!僕の作ったあの世界を壊させる訳にはいかない!もしなにかする気なら今すぐあの世界の住人の精神を消滅させてやる!」

男は強い意志をもって脅し文句を言い、こちらを睨めつけている。

突然の訪問者に動揺しているのか発した言葉には大きな矛盾がある。

「俺は別にお前の邪魔をするつもりじゃないんだがな。俺は探偵だ、依頼人からの頼みは『寝たきりになった知人の目を覚まさせる事』だ。俺が知りたいのはお前が何故ゲーマーたちの精神をあの世界に閉じ込ているのかという事と眠っている人を目覚めさせる方法だ。場合によっては協力できる事があるかもしれない。理由を聞かせてはくれないか?」

最悪の場合、実力行使にでて強制的にこの魔法を解除させるつもりだったが今は穏便に交渉を進めるとしよう。

「お前に話をしてなにが変わるっていうんだ!」

「それは解らない。だがもしかするとお前の妹さんを助けることができるかもしれないぞ?」

俺はある仮説を立てていた。

もしその仮説があっていればこの台詞を聞いて相手は動揺するはずだ。

「な!お前はどこまで知ってるんだ!?」

「言っただろ、俺は探偵だ。もう調査済みなんだよ。諦めて事情を話したほうが楽でいいぞ」

俺は平然とハッタリをかます。

本当は推測でしかないことをさも全てを知っているかのように話す。

「・・・解かった、話すよ・・・。あのゲーム世界は僕が妹の為に作ったんだ。妹は数年前事故にあって今も意識不明なんだ。僕が魔法使いになった時に意識に接触することはできたけど肉体を呼び起す事まではできなかった。だから妹の精神が自由に動けるようにあの世界を作り出したんだ。最初は僕と妹の魔力だけで動かしていたがそれだけだと長い間、稼働させることができなかった。だからゲームが好きな人間の意識をあの世界に連れていき、その人たちの魔力を現実と仮想空間とでリンクさせ、魔力を供給してもらう代わりに肉体を維持してあの世界を固定していたんだ。あの世界にいる人たちは現実に嫌気がさして自分たちから望んであの世界で暮らしている。もう僕の力ではどうする事も出来ないんだ」

これで全ての謎が解け、点と点が一つの線へと繋がった。

「お前の望む事はなんだ?」

「・・・解らない。でも妹は、ゲームの世界では自由に暮らすことができる!だからあの世界を壊すことはできない!」

「妹は自分の為に人々の精神があの世界に閉じ込められていることに責任を感じているようだったが」

「・・・っ!そ、そんなこと言ったって・・・じゃあどうすればいいんだ!?」

「方法はある、一つだけ、妹を目覚めさせる方法がな」

「な?!それは本当なのか!?」

「恐らく上手くいく。だがそれはお前の心がけ次第だ。どうする?」

「妹が、妹が助かるというのなら!僕に出来ることならなんだってする!」

「・・・解かった。とりあえず妹さんの元へ案内してくれ」

「・・・本当に妹は助かるのか?」

「今すぐに普通に生活できるとまではいかないが、目を覚まし徐々に回復していく可能性はある」

「お前の言葉、信じてもいいのか?」

「さぁな?そんなの自分で決めろ」

男は下を向いて考え始めた。

やがて結論を出したのか顔を上げる。その瞳には迷いはなかった。

「妹は入院している、ついてきてくれ」

俺たちは例の病院の一室に向かった。

そこには俺がゲームの世界で出会った剣聖がベッドの上に横たわっていた。

ゲームの時の生気に満ちた姿は見る影も無く身はやせ細り、やつれていた。体には様々な機械が取り付けられており、それがなければ生きていくことが困難だというのがわかる。

「麻衣は・・・妹はもうずっとこのままなんだ・・・」

俺はなにも言わずに彼女の元へ歩いていく。そして頭に手をかざし、禁術を念じた。

すると彼女は目を開く。兄の方を見るなり口をパクパクと動かしているが流石にしゃべることはできないらしい。

「ま、麻衣!目を覚ましてくれたのか?!麻衣!」

兄が妹の元へ駆け寄り手を取り瞳からは涙を流している。

感動の対面を果たした後、男は俺のほうを見て問い掛ける。

「お前は・・・一体何をしたんだ?一体何者なんだ?!」

「いっただろ、俺はただの探偵だ。なにをしたかは企業秘密だ」

「・・・有難う・・・有難う・・・」

「俺は依頼をこなす為に必要な行動をとったまでだ、礼を言われるようなことはしちゃいねぇよ」

「それでも言わせてくれ・・・本当に、有難う・・・。それで・・・僕はこれから一体・・・どうすればいい?」

俺はその問いを聞いて少し考え、やがて答えを出して話し始めた。

「あの世界に閉じ込められた精神を解放してやってくれ」

「だけどあの人たちは僕の魔法の力とは無関係に自分の意志であそこにいる、僕の力じゃどうにもできないんだ・・・。純粋にあの世界を楽しんでいる人もいれば、現実から目を背ける為にあの世界に引きこもっている人もいる。全員の精神を解放することが出来るかどうか解からない・・・。僕は・・・どうしたら・・・」

「俺はな、こう思うんだ。ゲームってのは現実で見ることができる一時の夢なんだと。彼らは現実から目を背け、ずっと夢を見続けている。だがな・・・夢はいつか覚めなければなけない。それは彼らにとって残酷な事なのかもしれない。・・・だが、彼らを心配する人が居るのも事実だ。時間が掛かってもいい。だから彼らに現実に立ち向かう勇気を与えてやってくれないか?」

「・・・僕にそんなことができるのだろうか?」

「さぁな。だがお前にはその責任がある。自分の行動の結果、大勢の人を巻き込んだんだからな。だからその責任を果たせ」

男は黙って妹を見つめている。やがて意を決して口を開く。

「わかった、出来るかどうか解からない。いつまでかかるかも解からない。でも、やってみるよ。僕も・・・妹も救われた。今度は僕が彼らを救う番だ」

「・・・これで依頼は終わりだな。俺は帰るとするよ」

男の返事を聞く前に晶と共に病室を後にした。

「・・・けーちゃん、あれでよかったの?」

「どーだろな。でもお前の依頼は多分こなせたと思うぜ。あの様子ならきっとそのうち目覚めるだろ」

「・・・そうね。けーちゃん、ありがとねっ♡」

「だからあんまりくっつくなって言ってるだろ・・・」

晶は笑顔で俺の腕に絡みついてくる。

いつも通り嫌がってみせたが今日に限ってはそこまで悪い気はしなかった。


一ノ瀬家に帰宅する。残っていた3人が俺たちを出迎えてくれる。

「そういえばけーちゃんは杏莉ちゃんのおとーさんを探しているのよね?」

晶が唐突に質問してきた。

「そうだが、なにか知ってることがあるのか?」

「ううん、そうじゃないんだけど・・・ワタシにもそのおとーさんを探すのを手伝わせてくれないかしら?」

「・・・いいのか?確かに今は陸の手も借りている状態だったからその申し出は有り難いが」

「ウン、いいわよ。どーせワタシもそんなに忙しいってワケじゃないし♪」

「そうか、じゃあこれからもよろしくな、晶」

「よろしくね♪けーちゃん♡」

そういって抱き着いてくる。全くこいつはブレやしない。

「そうそう、気になってたことがあったのよ。おとーさんの書斎を見せてくれないかしら?」

「あ、ああ。それは構わないからとっとと離れてくれ・・・」

そういって一階の書斎に向かいドアを開く。晶をここに連れてくるのは初めてだ。

「・・・やっぱりね、けーちゃん、この部屋変だと思わない?」

「ん?・・・確かに、なんというか違和感というか、他の場所とは違う雰囲気があるな」

「この家に来てからなんとなく気になってたのよね。やっぱりこの部屋がそうだったみたい」

「どういうことだ?」

「けーちゃん、この部屋一帯をおもいっきり探査の魔法で探してみて♪」

「・・・解かった」

そういうと俺は今出せる力を全て使ってこの部屋より少し広い範囲を探査した。

すると部屋の一部に微かだが反応があった。

「・・・これは・・・結界か?」

それは本棚の奥の壁の中にある。俺は急いで本棚を魔法でどかしてそこを確認した。

壁には何もない。反応のあった場所に手をかざす、すると―

「っ!やはり結界だ!全く気が付かなかった・・・巧妙に隠されていやがる、しかも相当厳重な結界みたいだ」

俺はその結界を破ろうと念じてみるがビクともしない。

なにか別の方法で開けるしかないのかもしれない。

その時俺は閃いた。鍵。そうだ、鍵だ。

(杏莉さん、書斎の鍵を持ってきてくれないか!)

俺は二階に上る時間をも惜しんで杏莉さんにテレパシーを送った。

(は、はい!わかりました!)

少しすると杏莉さんが二階からやってきて黒猫のキーホルダーが付いた鍵を渡してくれた。

「・・・多分これが鍵だ」

俺は祈るようにその黒猫を結界の傍に近づけた。

するとカタン、と音をたてて壁に切れ目が入り、扉が開いた。

「け、慧さん・・・これは?」

「俺はこんな単純な可能性を見落としていたんだ」

扉の中にはパソコンで使うフラッシュメモリが入っていた。

「杏莉さん。君の親父さんは魔法使いだったんだ」

この結界がすべてを物語っていた。そして今までに感じていた違和感が全て繋がる。

使

「と、父さんは魔法使いだったんですか?!」

杏莉さんが今までにないぐらいに驚いている。

「それしか考えられない。最初から感じていたんだ。魔力の痕跡が少なすぎると。俺はてっきり他の魔法使いに消されたものだと思い込んでいたが違っていたんだ。自ら気配を消していただけで、名探偵と呼ばれていたのも俺と同じように魔法を使って捜査していたからだ。だから警察が手を焼くような難事件をも解決することができた。・・・もしかすると木田の誘拐事件の真相も知っていたのかもしれない。全てを知っていたからこそ危険性がないと判断して事件を解決していなかったんだ・・・」

「そ、そんな・・・ことって・・・」

「このフラッシュメモリには俺が探していた調査記録が入ってるはずだ。早速確認してみよう」

俺たちは二階に戻りノートパソコンを起動し、フラッシュメモリの内容を確認する。

中には書斎のファイルにもあった自殺や不審死の情報が詰まっていた。

そして調査の結果、探偵一ノ瀬遼太が導き出した結論も―

「・・・このデータの中にある自殺や不審死は殺人である、か。詳しく書いてはいないが魔法使いの仕業だってことに親父さんは気が付いていたんだな。だがそうなると・・・」

俺の心には巨大な黒雲が渦巻いていた。

それは段々と大きくなり俺の全身を覆いつくすような錯覚に陥った。

「・・・父さんは、どうなったんですか?」

杏莉さんが恐る恐る質問してくる。

「杏莉さん。これからいうのは俺の仮説だ。正しいかどうかは解らない。でも現状考えられる中で一番可能性は高い。杏莉さんにとってはつらい事実だと思う。聞く覚悟はあるか?」

そういうと杏莉さんは目を見開きコクリと頷いた。

「君の親父さんはこの偽装された殺人の犯人を発見したんだ。そして犯人に抵抗され、おそらく・・・殺された。探してもなにも見つからなかったのは犯人に証拠を消され、もうこの世には居ないからだ」

杏莉さんは・・・表情をなくしていた。

「・・・覚悟は、してました。魔法のことを知ってからはうっすらと感じていたんです。もしかしたらって」

「・・・すまん、無神経な事を言ってしまって。だが・・・もしかすると・・・もしかするとなんだが、まだ親父さんは生きている可能性は・・・ある」

「え・・・?なにか・・・みつけたんですか?」

杏莉さんがすがるように俺の顔を見つめてくる。

「君の親父さんと連絡が取れなくなってからの痕跡があったんだ。俺の誕生日、君が親父さんが帰ってきたと思って外を走り回っていた日だと思う。家の入口に親父さんの痕跡が微かだが残っていたんだ。君は親父さんが帰って気がしたと言っていたが実際に帰ってきていたんだと思う。そこで親父さんは意識を失い、その後どうなったかは分からない。だがその後の痕跡もいくつかあったんだ。連絡をくれない理由までは解らないが・・・もしかすると何処かで生きているのかもしれない」

「ほんと・・・ですか・・・?」

杏莉さんは涙を堪えながらそう訊ねてきた・・・。

俺はふと意識の中に、ある一場面が浮かんだ。

父と娘の記憶の一場面、だから―

「杏莉、だいじょぶだ。私に任せて安心しなさい」

俺は記憶の一場面の言葉・・・一ノ瀬遼太の言葉を復唱した。

「う・・・父さん・・・うぅっ・・・うあぁ」

杏莉は俺に抱き着いて胸の中で必死に堪えていた感情を爆発させていた。

「お・・・とう・・・さん・・・お父さぁぁん!」

今までずっと我慢していたんだろう。俺は彼女を抱きしめ、そっと頭を撫でた。

「大丈夫だ、俺が居る。必ずお父さんは見つけ出して見せる」

「けい・・・さん・・・慧さん・・・慧さん!うああぁ・・・!」

彼女は幼い少女が泣きじゃくるように、俺の胸の中で泣き続けていた。


どれぐらいの時間が経ったのだろうか。お互いに無言のまま時は過ぎていった。

晶はいつの間にか部屋から居なくなっていた。

杏莉は暫くすると気持ちが収まったのか泣き止んで静かに口を開いた。

「・・・慧さん・・・ごめんなさい・・・突然泣きだしてしまって・・・」

「いいんだ、気にしなくて。・・・安心してくれ、約束する。今度君が涙を流すのはお父さんに出会った時だ」

「・・・ありがとう、慧さん・・・」

やっと自分の心を取り戻すことができたのか、俺の胸から離れてこちらの顔を見つめていた。


その表情は俺の目に焼き付いた。

喜びも、悲しみも、怒りも、憎しみも、全てが有るようでなにも無いような、そんな表情だった。

俺は誓った。今後彼女がどんな顔をしようとも、必ず笑顔にさせてみせる。

それが俺に出来る唯一の事―

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