13 夢の中の魔王


2月8日14時頃、昨日と同じく一ノ瀬家に5人の魔法使いが集結する。

「それじゃ手はず通りにやるぞ」

手順はこうだ。3人にはソファで横になってもらいゲームの世界に行けるように念じてもらいながら俺の催眠の魔法にかかってもらう。

3人を眠らせた後で俺自身に催眠の魔法をかけ、後を追いゲームの世界で合流をするという流れだ。

「正直どうなるか見当もつかない。ゲームの世界で逢えることを祈りながら眠ってくれ」

そういって一人ずつ眠りにつかせていく。最後に開いていた場所に座り陸に話しかける。

「悪いが行ってくる。後は頼んだ」

「・・・主殿、御武運を」

そして俺は目を瞑り自分自身に暗示をかけ眠りに落ちる―


夢の中を深く、深く、沈んでいく。すると一点の光が見えその中へと吸い込まれていった。

「・・・ん・・・ここは・・・?」

目を覚まし辺りを見渡すとそこには荒れた大地が広がっており、空にはゲームに出てきそうな怪物が飛び回っている。

「どーやらうまくいったみたいね♪」

声がする方向を見ると晶が立っていた。いつもより露出の多い服装だ。

全身ワインレッドで頭にはトンガリ帽子、袖の膨らんだブラウスとタイトなスカート、太股まで丈のあるサイハイブーツを履き、先端に模様が浮き出た青い玉が埋め込れているロッドを右手に、古びた分厚い本を左手に持っている。その風貌はお色気魔法使いといったところか。

「ししょー!この剣カッコいーよ!」

その隣には自分の背丈よりも長い大剣を振り回す風助の姿がある。

半袖に短パン、肩や肘、膝にはプロテクターが付いており、その出で立ちは少年戦士といった感じだ。

「あの、慧さん?だいじょぶですか?」

杏莉さんは紋章が中央に描かれたミトラをかぶり、全身を包み込む純白の法衣に黒のローファーを履いて、杖の上部がクロスの形になっているワンドを両手で握っている。

風助は前衛職、晶は後衛の火力職、杏莉さんは回復や補助担当、そして俺は―

「・・・いや、なんで俺だけこんなカッコなの?」

黒いマントを棚引かせ、衣装のいたるところに禍々しい髑髏の装飾品がくっ付いている。

どこぞの三流魔王といった姿だった。

「いや、この流れなら俺が勇者的なポジションじゃねぇの?」

「どうみても魔王サマよねぇ・・・けーちゃんらしいけど♪魔王サマに洗脳されて僕となった正義の味方ご一行かしらね♡」

「どんな設定だよ・・・まぁ、とりあえずゲームの世界にみんな揃ってこれてよかったな。これで第一関門クリアだ。全員同じ場所で眠りについたのがよかったのかもな。初期の出現位置は現実世界の位置とリンクしているのかもしれない。だとすればこの場所で眠りに着いたり念じたりすれば元の世界に戻れるかもな」


3人を見つめているとその頭の上に二つの棒がぼんやりと浮かんで見える。

「あーこれ、生命力と魔力的なヤツだな。上が生命力で下が魔力。本当にここはゲームの世界なんだな」

「おーほんとだー!ゲームっぽい!」

「とりあえずどんな感じのゲームなのかざっと確認しておくか」

俺は普段通り魔法を唱える。すると自分の魔力とは別にゲーム内での魔力が消費され、氷の短剣が生み出された。

「ふつーに魔法、使えるみたいね♪」

「そうだな、現実と違うのは魔法使いじゃなくてもゲーム内の魔力で魔法をある程度自由に扱うことができるって事みたいだな。まったく、恐ろしく良くできたゲームだ。何ヶ月も出てこれなくなるのも納得できる作りだな。一応俺たち魔法使いの力を上乗せして魔法を発動できるみたいだ、これはなにかあった時に有利だな」


そんな話をしていると何処からともなくけたたましく鳴り響く警告音と共に大音量の声が聞こえてきた。

「緊急事態発生!緊急事態発生!首都南方に我が国を襲わんとする魔王とその従者3名が現れました!冒険者は至急、この魔王一行を討伐してください!繰り返します―」

「な・・・なんだって?まさか魔王って俺の事か?」

「そうみたいよ・・・けーちゃんほら、あっち」

そう言って晶が指をさす。その数キロ先には巨大なお城とその城下町が広がっている。

「なお、この緊急イベントには一切のペナルティはありません!冒険者の皆様!健闘を祈ります!」

そういってアナウンスは警告音と共に聞こえなくなった。


「えーと・・・つまりだ。俺たちはこのゲームの管理人、ゲームマスターにイベントの討伐対象に指定されたってされたっつー事か?」 

「えと、あの、その・・・どういうことなんでしょうか?」

杏莉さんは戸惑っていたが、俺にはネットゲームの経験があるので現状を理解できた。

ネトゲーではイベントなどでこういった祭りが行われるのはよくある話だ。

恐らくゲームマスターは俺たちがここに来た理由を理解し、俺たちを排除するためにイベントという形で討伐を行おうとしているみたいだ。

もし俺たちが危険なのならばゲームマスターの権限で即刻ゲームから退場させてしまえばいいのに・・・中々に面白いことをしてくれる。

「簡単に説明すると俺たちはこのゲームのプレイヤー全員の敵になった訳だ。もうちょいしたらこの場所にプレイヤーたちが押し寄せて大規模な戦闘が開始されるって事だな」

「そ、それじゃあどうすればいいんですか?」「な、なんだかスゲー面白そう!」「うふふ♪ワタシに逆らおうなんて良い度胸ね♡」

三者三様の答えが返ってくる。


俺は定石に従い作戦を皆に伝える。

「風助、お前は見たところ前衛職だ。敵陣深くに切り込んで敵の後衛を片っ端から潰しまくってくれ。晶は後衛だ。俺や風助の後ろから魔法で敵を殲滅する役目だ。杏莉さんはこのパーティーの補助役だな。基本は晶と俺の中間で構えて3人のサポートをしてくれ。俺は魔王っていうからには格闘も魔法もこなせるはずだ、中間に位置取って戦況に合わせて動いていく」

「わ、わかりました!」「りょーかい!ししょー!」「わかったわ♪私の魔法で木っ端微塵にしてあげる♡」


すると城の方角から地鳴りと共に勇ましい掛け声が響き渡る。

どうやらおいでなすったようだ。

「それじゃ作戦開始だ!いくぞ!お前ら!」

気が付くと前方に重歩兵たちが綺麗に整列している。

その奥には魔法使いや弓兵が並んでいる。

「よっしゃー!やっつけてくるぜー!」

風助が飛び出す、それを合図に100人を超えるプレイヤーたちが動きだした。

魔王討伐イベントが今ここに開始される。

「風助!前衛は無視して後方に飛び込め!後衛は援護がなければまともに動けないはずだ!」

「オッケー!ししょー!おりゃあぁぁーー!」

風助が重歩兵たちの上を飛び越えて敵陣深くに切り込んでいく。

後衛陣を一人、また一人と切り裂いていく。

地面に倒れたプレイヤーは光の塊になり城の方へと飛んでいった。

暴れまわる風助を止めようと一部の前衛が後衛の援護に向かう。

残りの前衛はこちらに向かって突撃してくる。

「アイスウォール!」

俺はハの字型に氷の壁を展開し、晶や杏莉さんに前衛がそう簡単に近づけないようにする。

「ハッハッハ!我輩を倒さぬ限り、ここから先には進めんぞ~!」

「キャー、けーちゃんカッコイイ!」

「晶!浮かれてないで一発デカいのをかましてくれ!」

「は~い♪ちょっとまってね~♡」

そういって晶は意識を集中し始めた。彼女の周りには大きな魔方陣が浮かび上がる。

広範囲を殲滅するような魔法を唱えているようだ。

前衛プレイヤーが俺めがけて襲い掛かってくる。

一部を氷漬けにして足止めし、腰に携えた禍々しい刀を抜き、敵を薙ぎ倒していく。

敵の後方から弓矢や炎の玉、氷の塊などが降り注いでくる。

晶の魔法の詠唱を妨害しようとしている、まずい―

しかしそれらは晶に直撃する前に光の障壁によってかき消される。

「慧さん、これでいいんでしょうか!?」

杏莉さんが自分の役目を完璧にこなしている。呑み込みが早くて助かる。

「そうだ!大正解だ!その調子で風助と晶の支援を頼む!」

ハの字型に展開した氷の壁の影響で俺の前に握手会よろしく前衛プレイヤーが群れを成している。俺の狙いは完璧だった。

「けーちゃん、いくわよ~♪敵を飲み込めっ~♪アクアストリーム♡」

晶が魔法を唱えると上空から水の塊が前衛の群れを叩きつけ、渦を作り敵を飲み込む。

「晶、グッジョブ!今度は俺の番だな!凍り付け!フリージングドライブ!」

晶が作った水の渦を瞬時に凍結させる。

前衛プレイヤーの8割がそれに巻き込まれ完全に停止する。

「おっしゃー!とどめだー!ギィガァー!クラーッシュ!」

風助が天高く飛び上がり、大剣を氷の塊に叩き付ける。

それは轟音と共に砕け散り、プレイヤーたちを一掃した。

その光景を目の当たりにした敵プレイヤーたちが戦線を下げ、守りの体制を取り始める。掃討戦の開始だ。

逃げ惑う後衛たちを杏莉さんの補助魔法を受けた風助が追い回し叩き切っていく。

陣形を整え直そうとする前衛は晶の魔法で吹き飛ばされる。

破れかぶれで捨て身の特攻を仕掛ける輩は俺の目の前で地に伏せ消え去っていく。

「ハッハッハッハッハ!我輩の手にかかればこの程度の事、造作もないわ~!!」

「魔王様になりきっちゃって、けーちゃんもノリノリね♪」

粗方片づけたところで4人で集合し、城へと前進する。城の目の前まで移動すると先程倒したはずのプレイヤーたちが陣形を整えて再度俺たちの目の前に現れる。

「・・・なんとなく解ってたが、プレイヤーは永遠に復活して俺らがやられるまで終わらないイベントだわ、コレ」

アナウンスでイベントにはペナルティが存在しないといっていた。

いくら俺たちがプレイヤーを倒してもこのイベントは終わらない。

最終的に消耗しきったこちら側が絶対に負けるように仕組まれているのだ。本当に面白い事をしてくれる。

「えー!じゃあどうすりゃいいのさ!ししょー!」

「・・・どーすっか」

「じゃあワタシにまかせて♪あの城ごとまとめて片づけてあげる♡」

晶が小悪魔的な笑みを浮かべている。

これはなにやらヤバイことをしようとしているようだが任せるとしよう。

「わかったよ、時間を稼げばいいんだな」

「けーちゃんよろしくね♪」

「はいはい」

先程と同じく氷の壁を展開する。

しかし流石に学習したのか今度はその氷の壁の一部を破壊して晶の元へ向かっていく。

「ししょー!後ろのやつらにちかよれないよー!」

後衛の援護も強化されている。

城門の下で隊列が綺麗に組まれていて風助が足止めを食らっている。

「仕方ないな、風助、杏莉さん、作戦変更だ!晶を守るぞ!」

「りょーかい!」「わかりました!」

3人で陣形を立て直す。氷の壁の内側で晶を一番後方にし、杏莉さんをその手前に、風助と俺とでその前に立ち塞がる。

「風助、そっち側は任せたぞ!」

「りょーかい!ししょー!」

風助が敵の前衛たちを相手に奮闘している。俺も魔法と剣術を駆使し、敵の足止めをする。

しかし徐々に押され始める。先程の戦闘で一筋縄ではいかないと悟ったのか、プレイヤーたちが団結し統率の取れた動きをしている。

風助が防衛に回ってしまったせいで敵の後衛陣が自由になり、絶え間なく遠距離攻撃を放ち続けている。

杏莉さんが光の障壁を使いギリギリのところで晶を守ってくれている。

「し、ししょー!そろそろヤバイよー!」

「晶!まだか!?」

「もうちょっと・・・きたわー!いくわよ~♪」

晶の周囲に大小複数の魔法陣が現れ、彼女を中心に緩やかに回転している。

手に持っていた本が宙に浮かびページが凄まじい速度でめくられていく。

どうやら最大級の大魔法を使うらしい。


     われ は めい ず る ! てん に かがや く ほし ぼし よ !


  の  を  っ て  の もの たち を  ち ほろ ぼ せ !


          メ テ オ ス ト ラ イ ク ! !              


晶が詠唱を終えると空の彼方から巨大な隕石が無数に降り注ぐ。

炸裂音を轟かせ、人へ、城へと衝突していく。

凄まじい衝撃と轟音が連続し、土煙が舞い上がる。

全てを無に帰すその魔法の威力は計り知れない。

「うふふ♪これでどーかしら♡」

「やりすぎワロタ」

この状況、笑うしかない。しかし―

土煙が風に流されて目の前の惨劇がハッキリと見えるようになる。

プレイヤーは見事に全滅していたが城や城壁には傷一つ付いていない。

「え~!なんでよ~!お城はそのままじゃな~い!!」

城の周りには無数の隕石が落下していて今もまだ熱を放ち陽炎が立っている。

城壁にある門は隕石によって塞がれてはいるものの、こちらも破損などはしていなかった。

「もー!ワタシもぅたてなーい!」

どうやら晶は今の大魔法でゲーム内の魔力を全て使ってしまったせいか、その場にペタンと座り込み身動きが取れなくなっている。

「あれだ、ゲームの主要施設は破壊できない設定なわけだな・・・。風助、杏莉さん、撤退してくれ。こりゃぁ勝ち目がない」

幸いプレイヤーの出入り口である城門は封鎖されている。

今のうちに初期地点まで3人を逃がしてこの世界から脱出してもらうことにする。

「ししょーはどーすんの?」

「俺は確かめたいことがあるからここに残る。終わったら俺も戻るから先に帰って待っててくれ、30分ぐらいで戻れるはずだ」

「わかりました!慧さん、気を付けてくださいね!」

「ああ、任せろ」

風助が晶を担いで3人で初期地点まで撤退していく。

それを見送ると城門を塞いでいた隕石が砕かれ、プレイヤーたちが溢れ出てきた。

「第三ラウンド開始だな、さーて、やってやるかぁ!」

俺は手に持っていた刀を地面に突き立て両手に雷を纏い構えを取る。

こちらの数が減っているのを見るや否や前衛陣が強襲を仕掛けてきた。

俺はそのプレイヤーを一人一人掌底や手刀でもって打ち倒しながら電撃を流し込み暫くの間動けなくして、後方へ投げ捨てて人の山を築き上げる。

あえてトドメは刺していない。下手に倒してしまうと全回復して復活してしまうからだ。

「フッハッハッハッハ!その程度で我輩に勝てると思っているのか~!!」

この夢の世界を存分に楽しまなくては損だ。折角魔王という役目を与えられたわけだし、その役になりきってプレイヤーの前に立ち塞がる。

敵の後衛から様々な攻撃が俺を狙って飛んでくるが氷の盾を周囲に展開し、全てを防御し、突き進む。

前衛陣を巨人がアリを蹴散らすかの如く薙ぎ倒していく。前衛陣を粗方片づけた後は後衛陣へと突き進みそれらを蹴散らしていく。

7割近いプレイヤーを屠ったころで突如、城門から伸びやかな一声が戦場に響く。

「到着が遅れてすまなかった!戦友たちよ!よくぞここまで耐え忍んでくれた!私が来たからにはもう大丈夫だ!」

「おおーーー!!!剣聖様だ!剣聖様が来てくれたぞー!!」

倒れていた群衆がヨロヨロと立ち上がり、大歓声でその人物を迎え入れる。

・・・一目見ただけで分かる。他のプレイヤーとは一線を画す強敵だと。

(流れ変わったな、こりゃ勝てんわ)

ゲーマーとしてのカンがそう言っている。イベントバトルで絶対に負けてしまうパターンに近い感覚がある。

「我が名は剣聖マイ!民の平和を脅かす邪悪な魔王よ、覚悟するがいい!」

そういって彼女は俺の目の前へ躍り出る。互いの視線がぶつかり合い火花を散らす。


剣聖、マイと名乗ったその女性は今の俺の姿とは対照的に白いマントと黒い髪のポニーテールを棚引かせ、腰には彼女の細い二の腕ほどの幅の西洋刀を携えている。

凛々しく、しかし気高いその瞳は俺の命だけを見据えている。

(まぁとりあえずやってみっかぁ)

俺は周囲に50本近い氷の刃を作り出し、それを彼女に向けて放つ。

同時に地面に突き立てていた刀を手元に引き寄せる。

彼女はその刃を流れるような動きで交わしつつ、ものすごい速度でこちらに接近してくる。

俺は手前に左手をかざし、上空に巨大な氷柱を召喚し雷を纏わせながら彼女めがけて落下させる。彼女はまるで舞い散る桜の様にヒラヒラと踊りながら華麗に氷柱を避けていく。

交わされてしまった氷の刃が彼女を自動追尾し、背後から襲い掛かる。

しかし紙一重のところで彼女は携えていた剣を抜き、それらを一振りで打ち払う。

剣を構えながらこちらに一直線に向かってくる。

それが振り下ろされるよりも僅かに早く俺の手元に刀がやってきて彼女の一閃を受け止める。鋼同士のぶつかり合い。甲高い音を鳴らしながら火花を散らす。

彼女はその手を止めることなく美しい剣捌きで次々と斬撃を繰り出す。

俺は意識を集中させ、その剣撃を受け止めていく。

一合、また一合と鋼の塊がぶつかり合い鋭い咆哮を上げている。

彼女の連撃は速度を増していき、俺の対応速度を超える。

刹那の煌めきの後、俺は左肩に一閃を浴び、同時に片膝を地に着ける。

確実に左肩を切り裂かれたが傷などはなく、痛みというよりかは、なにかをされたという感覚だけが意識に残る。

ゲームだけあってダメージを受けても痛みが襲ってくるということはないらしい。

しかし生命力のゲージは確実に減っている。

この一撃は俺が魔法使いになってから戦闘の中で初めて受ける一撃だ。

現実世界での実力がそのままゲームに反映されているのであれば勝つのは容易だろう。

しかしゲームの世界では現実の半分程度しか力を発揮できていない。

恐らくこの世界に降り立った時にゲームマスターから魔王として能力を割り振られたのだろう。無理やり魔力で強化させてはいるがそれでもこの剣聖には一歩及ばない。

彼女の剣が俺の喉元にかざされる。

俺はその剣を瞬時に凍結させ、大地からも氷を生成させ結合させる。

一瞬彼女が戸惑った隙に後方へ飛び退き左腕を振り下ろし、上空から稲妻を打ち落とす。

寸でのところで彼女は剣を氷の塊から引き離し、稲妻をそれで受け止める。

凍り付いた刃は稲妻によって氷だけが砕かれる。

更にその刃は稲妻をバチバチと帯電している。敵に力を貸してしまった形だ。

目にもとまらぬ速さで懐に入り込まれ、一閃を放たれる。何とか刀で受け止めるも帯電していた稲妻をこちらに流し込まれその衝撃で刀を手から落としてしまう。

(ぐっ!自分の魔法とはいえ、効きやがる!)

剣聖がその隙を見逃すわけもなく、俺のがら空きの胴体目がけてすれ違いざまにその聖剣で胴を抜かれる。

一瞬の静寂、俺は膝から崩れ落ち、地に両手を付け、膝をついた。

(ちっ・・・やっぱり勝てそうにないな)

剣聖と呼ばれるだけあって接近戦に持ち込まれると全く持って歯が立たない。

かといって魔王と呼ばれる所以である得意分野の魔法攻撃も彼女に対して効果的に機能してはくれない。

(このままコイツに倒されるとどうなるんだ?強制的に現実世界に戻されるのか?それとも・・・死―)

撤退だ。既に目標は達している。後は得た情報をもって現実世界に帰ればいい。

俺は残った魔力を使い大魔法を唱える。

周りには晶の時と同じく巨大な魔法陣が現れ輝きを放つ。


  しん えん の やみ の なか ! ひかり を とも さ ぬ  が ひとみ よ !


      すべ て の もの に ぜっ たい の  を  げ よ !


          ア ブ ソ リ ュ ー ト ゼ ロ ! !


自分を中心に円状に波動が広がっていく。

その波動に触れたものは瞬きをする間もなく凍り付いていく。

声援を送っていたプレイヤーたちはその場で氷像と化していた。

しかし剣聖は自分の目の前に聖剣を突き立て、その波動を軽減している。

とはいえ流石に無効化することはできなかったのか足や腕が凍り付き、動きを封じている。

今のうちに初期地点まで全力で移動する。戦術的撤退だ。

息も絶え絶え、なんとか目的地に到着する。しかしどうやらただでは帰してはくれないらしい。俺の後を高速で追いかけてくる人物がいる。剣聖だ―

若干の間合いを取って彼女が俺の前へ立ち、話しかけてきた。

「・・・貴方は何故この世界にやってきたの?」

彼女は先程の勇ましい態度とは打って変わって柔らかい物腰で質問してきた。

「俺は探偵をやっててな。寝たきりになった依頼人の知り合いを起こすために調査をしている。その過程でこの世界を知って事情を調べるために此処にやってきたんだよ」

「貴方はこの世界をどうするつもりなの?」

「ん?別にどうもしないが?この世界は最高だ、個人で楽しむ分には問題ないだろ。ただ依頼人の知り合いは叩き起こすつもりだが」

「・・・ふふっ、貴方変わってるのね。兄さんはこの世界を脅かす者が現れたから排除しろと言っていたけど、どうやら少し違うみたいね」

「兄さん?ってことは君の兄貴がこの世界を作ったのか。まぁでも俺は別に依頼をこなせればそれでいい。だが流石にこのままこのゲームに閉じ込められる人間が増えていくのであれば看過できねぇな」

「・・・そうね、そうよね・・・貴方の言う通りだわ」

「まぁそんなわけだ、兄貴によろしく言っといてくれ。ってな」

「ふふっ、貴方面白い事を言うのね。分かったわ、そう伝えておく」

「それじゃまたな、剣聖さんよ」

ここに3人の姿がないので帰ることは可能だったということなのだろう。

俺は目を閉じて深い闇に身を落とした。

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