11 風の申し子


2月6日、今日は外には行かず一日中書斎にこもって一ノ瀬遼太が残した資料に目を通していた。外にでて調査しようにも手掛かりがないのでまだ読み終えていない資料に目を通すことにしたのだ。

とは言え量が多い・・・つくづく一ノ瀬遼太という人間が仕事熱心な人物であることがうかがえる。

今までにざっと見た資料は全体の3割程度、残り7割を一体何日で読み終えることができるのだろうか?

ファイルは月ごとに分けられており、その月に起きた事件が無作為に並べられている。

「俺はこういう作業は苦手なんだがなぁ・・・」

思わず愚痴をこぼしてしまう。俺は文章や書類を眺めるような事務的な作業ははっきりいって嫌いだ。

ゲームを買っても取り扱い説明書など読まず、まずやってみる。解らないことがあった時に初めてそれを手に取る。

攻略情報などを調べるのは好きだがそれは自分の興味があるからで興味のないことに対しては全く手を付けない、そんなタイプだ。

溜め息をつきながら別のファイルを手に取る。

するとそこには前回解決した少女家出事件の記事があった。

(杏莉さんの言う通り、この事件の事を知らなかったわけじゃないんだな)

流石の名探偵も魔法使い相手では歯が立たなかったのか、この事件を解決することはできなかったのだろう。

自分が関わったことが資料として出てきてくれたおかげて少しだけやる気がでた。

一体どれぐらいの時間が経っただろうか。

集中力が限界に達したところにタイミングよく杏莉さんが書斎にやってくる。

「慧さん、お疲れ様です。・・・あの、だいじょぶですか?」

「ダメかも」

そういってガックリと垂れて見せる。

「あ、あの、あまり無理なさらずに」

「こういう作業はやっぱ苦手だ。外を闇雲に探して飛び回ってたほうがまだマシかもしれん」

「今日はこのぐらいにして休憩にしませんか?」

「ああ、悪いけどそうさせてもらうよ」


そういって二階にあがり、紅茶と手作りと思われるクッキーを食べながら考えをまとめる。

「あ~・・・生き返るわぁ~」

糖分が体に、脳に行きわたる。やはり甘い物は良い。

「ふふっ、お疲れさまです」

杏莉さんはいつもの笑顔をこちらに向けている。

この笑顔にも俺の疲れを癒す成分が含まれているようだ。

「二つ、調べてて気が付いたことがある」

俺は考えをまとめ終えると杏莉さんに話し始めた。

「一つは書斎にあるファイルには『起きた事件』と『終わった事件』の書類しかない事。君の親父さんなら調べている途中の事件の調査記録なんかを作っていてもおかしくなさそうなんだがそれが無い。特に母親の失踪に関して調べていたのだとしたら10年以上も経過している。流石に記憶だけでどうにかできる量じゃないだろう。もしかすると何処かにその調査資料が隠されているのかもしれない。それが手に入れば真相に一気に近づけるはずだ。二つ目はファイルに記録されている事件の事だ。起きた事件のファイルに自殺まで記録されている。これは変だ。警察が自殺と断定して事件性はないとしているのなら調べる必要はないはず。なのにそれが記録されてるってことはその自殺はのかもしれない。不審死もそれに含まれるかもな。どっちも魔法を使えば偽装工作は可能だと思う。親父さんは事件が何らかの方法で隠蔽されていると考えたのかもしれない。不自然な調査記録と事件性のない事例まで調査している理由、この二つの謎が解ければ親父さんが居なくなってしまった理由が解るかもしれない」

考えていたことを一気に話して一息つく。杏莉さんは真剣な顔をしてその話を聞いていた。

「父なら調査していた事件の記録をどこかに隠していたかもしれません。解決した事件の話は聞いたことがありますけど調査中の事件、特に母の事は聞き覚えがないので。 それとなんの関係もない事を調べたりするような人でもありませんでした。慧さんの言う通り、事件性のない事例になにか疑問を持っていたのかも・・・」

「調査資料はこの家に隠してなかったらお手上げだな。その時はファイルにあった自殺や不審死を調査するしかなさそうだ」

「多分書斎の何処かに隠してあると思います。後で一緒に探してみましょう」

「そうだな、とりあえず今日は・・・いいか。普通に探しても見つからなそうだし時間があるときにやろう」

少し冷めてしまった紅茶を飲み干してソファに体を預ける。

慣れない作業をしたせいか睡魔が襲ってくる。俺はその悪魔に抗うことができなかった。


微睡まどろみの中でなにかが見える。誰かが別れを悲しんでいる。

俺はその人を知っているはずなのだが姿がぼやけてよく見えない。

苦しい。悲しい。俺はその人に何もしてあげれないのか?

その事実が深く心をえぐり、傷つけていく。嫌だ、嫌だ、嫌だ―


「・・・さん、慧さん?」

聞き覚えのある声が俺の事を現実へと引き戻してくれる。

「・・・杏莉さんか、すまん、寝ちまった」

「いえ、それよりなんだかうなされていたみたいですけどだいじょぶですか?」

「変な夢をみていたらしい・・・気にしなくでくれ」

「寝ているところを起こすのは悪いと思ったのですが・・・。そろそろ晩ご飯を作ろうかと思ったので」

「もうそんな時間なのか、それじゃお願いするよ」

外はすっかり暗くなっていた。体を伸ばしあくびをかく。

「主殿、折り入ってお願いしたい事があるのですが」

隣で座っていた陸が話しかけてくる。

「お前から頼みってのは珍しいな。なんだ?」

「御時間がある時に組み手の相手をして頂きたいのですが。人間の姿で戦うことに慣れておこうかと思いまして」

「有事に備えての修業ってわけか。俺も戦闘を想定して魔法の練習をしてたから丁度いいな。後でやってみるか」

「有難うございます。是非御願いします」

放火魔との闘いの後から日々戦闘を見据えて魔法の練習をしていたのでその申し出は俺としても有り難かった。

ゲームでレベルを上げる感覚で魔法の練習や実験を行っていたのでそれを実戦で試してみたいと思っていたのだ。

「俺はぁ、ちょっとわくわくしてきたぞ」

「私もどの程度の事が出来るか少し楽しみです」

そんな野蛮な話をしているとキッチンから料理が盛られたお皿が飛んでくる。

「二人とも楽しそうになにを話してるんですか?」

料理を終えた杏莉さんが数々のお皿を浮かべてこちらにやってくる。

「陸と魔法の訓練をしようって話をしててな、杏莉さんも見学ぐらいはしてもらったほうがいいかもしれんな」

「私がですか?う~ん、やっぱり私も魔法の訓練に参加したほうがいいですか?」

「杏莉さんが戦う気がなくても相手が仕掛けてきたら対応しないといけないしな。陸を護衛に付けるとは言え何時でも守ってもらえるとは限らないし、自衛や戦闘の補助ができたほうがいいだろうな」

「ちょ、ちょっと想像がつかないですけど、慧さんが言うなら少し考えておきますね」

「あくまでも念の為って事だな。普段は俺と陸で何とかするさ。さて、晩ご飯をいただくとしますかね」

そう言っていつものように一礼をして料理に手を付ける。

魔法を教えて二日しか経っていないのに、料理の腕に磨きがかかっているようでどんどん料理が美味しくなっていく。

好きこそ物の上手なれ、とはよく言ったもので、杏莉さんの魔力と料理への情熱の相乗効果は驚くべきものがあった。

「これはもう、杏莉さんの料理じゃないと満足できなくなりそうだな・・・」

「それには同意致します。慣れというのはある意味で、罪なのかもしれませんね」

陸ももはや猫まんまとは言えないほど豪華な料理を頬張っている。

「おだててもなにも出ませんよ」

「でも、デザートは出てくるんだろ?」

「はい!それは出てきます!」

杏莉さんがシェフで陸がウェイターのレストランなら相当繁盛しそうな気がする。

料理を食べ終わりご馳走さまでしたと一礼をし、満足感に浸る。


するとなにやら奇妙な感覚に襲われる。これは―

「主殿」

「陸、お前も気が付いたか」

キッチンにいた杏莉さんもこちらへ向かってきた。

「慧さん、今、なんていうか、なにかが外でぶつかるような感じがしたんですけど」

「恐らく魔法使い同士が戦ってるんじゃねぇかな、そう遠くない位置でやり合ってるみたいだ」

「主殿は、如何されますか?」

「そうだな・・・とりあえず様子を見に行くか。陸、お前も来るか?」

「勿論、御一緒させて頂きます」

「慧さん、だいじょぶですか?」

「規模はそこまで大きくねぇから多分大丈夫だ。それよりも無視して後々面倒なことになるのは避けたい」

「まずは偵察のした後、どう立ち回るかを決めるという事で宜しいですね、主殿?」 

「まぁそんな感じだな、んじゃぁとりあえず行ってみるかぁ」

俺はコートと帽子に手をかけ着替える。陸は人に姿を変えて体制を整えている。

「そんじゃ行ってくるわ。ちょっと待っててくれな」

「はい、気をつけてくださいね」

俺たちは気配がした方向へと向かっていった。


しばし飛行していると、月夜に照らされた二つの人影が見えた。

一つはこの季節に似合わぬタンクトップに短パン、スキンヘッドという姿の大男だ。

全身が筋肉の塊でできたその体は格闘家のそれを彷彿ほうふつとさせる。

対峙しているもう一つの影は・・・少年だ。

トゲトゲと逆立った髪に、長袖のトレーナーを首に巻いてマントのようにし、半そでのシャツ、ゆるめのズボンを履いた見た目は、漫画に出てくる少年主人公といった出で立ちだ。

「フハハハハハ!少年よー!そこまでかー!?」

大男が攻撃を仕掛ける。少年はギリギリのところで連撃を回避しているが動きにキレがない。回避不可能になったのか大ぶりの一撃を食らいこちらに吹き飛ばされる。

俺はその少年をしっかりと受け止める。

「く、くそっ・・・全然勝てる気がしねぇ・・・」

すっかり戦意を喪失した少年が戦闘態勢を解除してうなだれている。

俺はとりあえず少年に疑問を投げかける。

「一体何をしてるんだ?助けが必要なら手を貸すが」

「いや、いいんだ。あの肉ダルマと対決してただけだから。おっちゃーん!今日もオレの負けだー!」

「少年よー!諦めが早くはないかー!?まあーいい!いつでも相手になってやるからー!またかかってくるがよーい!」 

大男が威勢よく返事をしている。

どうやら敵対関係というわけではなく、彼らもまた魔法の修業をしていたということだろうか。

「にーちゃんたちも魔法使い?魔法使いって結構いっぱいいるんだね!」

嬉々とした表情で話しかけてくる。

「まぁ、そうらしいな。とりあえず事件性が無いのなら退散するとするか」 

そういって帰ろうとすると大男が俺たちに大声で話しかけてくる。

「おい!そこの二人ぃー!お前たちも魔法使いなんだろー!?この俺とー!サシで勝負をー!しないかー!?」 

どうやらあの大男は戦闘狂といった感じのようだ。

俺たちを見るや否ややる気満々といった様子で仁王立ちしている。

「やたら暑苦しい奴だなぁ・・・陸、どうすっか?」

「折角ですのでこの申し出、御受けしたいと思うのですが如何でしょう?」

そう話す陸の目は、まるで獲物を狙う野獣のような眼光であの大男を見据えている。

「んー、お前がそう言うなら俺は構わねぇよ」

そういうと陸が大男の前に近寄っていく。

「では僭越せんえつながら私が御相手させて頂きます」

「ほーう?キサマはー!俺を楽しませてくれるのかー!?」 

「さて、どうでしょうか?」

「フン!ではこちらからー!行かせてもらうぞー!」

そういって大男は凄まじい速度で急接近し、木の幹ほどある太い腕を風切り音を立てながら高速で連打した。

陸はボクシングのような華麗なフットワークでそれらを全て交わしつつ、相手の攻撃にカウンターを合わせていく。

「うわっ!あのにーちゃんすごいな!オレは交わすのが精いっぱいだったのに!あれ、全部反撃してんの!?」

少年には陸の攻撃の全てを目に捉えることはできていないらしい。

それほどまでに陸が素早い動きをしているのだ。

「そうだな、相手の攻撃全てに急所を狙ってカウンターを入れてるな。陸のヤツ、相当動けてるな。だが・・・」

「なかなかにー!いい動きだー!だがしかーし!効かん!効かんぞー!!」

大男はびくともしない。どうやら肉体を極限まで鍛錬して魔法で強化しているようで、陸の的確なカウンターでもまるでダメージを受けていない。

大ぶりの一撃を回避し、陸が強烈な一撃を大男の鳩尾みぞおちに放つ。流石に応えたのか動きが一瞬止まる。その隙に陸がこちらへ後ずさってくる。

「今の一撃はー!中々にー!効いーたぞー!!」

恐らくさっきの攻撃が今の陸にとって渾身の一撃だったはず、これが効いていないとなると勝敗は明確だった。

「主殿。このままではこちらの魔力が切れるまで耐え抜かれてしまい私の負けです」

「まぁそうなるな。んじゃ次は俺が相手するか」

今度は俺の出番だ。予想外の事態だが力を試すには絶好の機会だ。

「次はキサマが相手かー!?いいだろーう!いくぞー!!」

大男が仕掛けてくると同時に俺は帽子を投げ捨て攻撃を回避していく。

相手の攻撃は隙が大きいものの、一撃は相当に重く絶え間なく繰り出されてくる。

防御せずに直撃を食らえばそれなりに応えそうだ。

「避けるだけではー!俺には勝てんぞー!?」

仕方なく陸の動きを真似て相手の攻撃に少しずつカウンターを合わせていく。

それなりに力を込めているつもりなのだがビクともしない。

「ったく、とんだ脳筋野郎だな、お前は」

「フハハハハハ!その程度ではー!俺の鍛え抜かれた肉体はー!傷一つー!うーけーんーぞー!!」

少しの間攻撃の応酬が続く。すると何かが突き刺さる音が数回、のちに脳筋の動きが停止する。

「前ばっかり見てるのはよくねぇぜ?」

脳筋の後方には先程俺が投げ捨てた帽子が浮かんでいる。

帽子から氷の短剣が生み出され背後から自動的に攻撃を仕掛けている。

流石の鍛えられた肉体も背後からの意図しない奇襲にまでは耐えきれなかったようだ。

短剣が背中に複数刺さり血がしたたり落ちている。

「なるほどなるほどー!まさに魔法使いマジシャンといった戦い方だなー!だがしかーし!!」

脳筋が全身に力を籠め始める。すると刺さっていた短剣は砕け散り傷がみるみるうちに再生していく。

「この鍛え抜かれたー!我が肉体ー!この程度はー!すぐに元通りだー!!」

ある程度予想はしていたがそれ以上の力の持ち主だ。

自分の肉体を魔力で強化するという単純な力ではあるがそれ故によく鍛錬されている。

・・・ちょうどいいサンドバッグだ。

「しばらくそいつと遊んでやれ」

そう指示を出すと帽子から無数の短剣が生み出され、自動的に攻撃を始める。

「この程度ではー!びくともしないぞー!!」

脳筋は襲い掛かる短剣を素手で撃ち落としていく。

数本は体に傷はつけるものの、すぐに再生されてしまう。

俺は陸と少年の元へ戻り、高みの見物を決め込むことにする。

「主殿、この隙に攻撃はしなくても宜しいのですか」

「ああ、いいんだよ。ちょっと遊んでやってるだけだからな」

「あ、遊んでるって!?にーちゃんすごいね!オレじゃ全然相手にならなかったのに・・・クソー!」

少年は空中で地団駄を踏んでいる。

「とはいえどうしたものかな・・・」

「何か問題が御有りですか?」

「いや、倒すことは可能なんだが・・・んー」

しばし考えを巡らせていると、遠くからもう一人の気配が近づいてくる。この魔力は・・・。 

「け~ちゃ~ん♪なにしてるの~?あら、隣にいるイケメン執事は、陸ちゃんよね?」

晶だ。うん。どこからどうみても晶だ。

おそらく、俺や陸と同じく騒ぎを嗅ぎ付けてやってきたのだろう。

「んー、サンドバッグで魔法の練習、ってとこか?」

「そうなの?う~ん、私には大道芸の練習にしか見えないケド」

「そういわれるとそう見えなくもないな」

割と的を得たツッコミに思わず苦笑してしまう。

「け~ちゃんなら、あんな奴チョチョイのチョイじゃないの?」

「本気だせば5秒だな。ただ、相手死ぬぞ、絶対」

「に、にーちゃん・・・そんな強いのか・・・」

少年が絶句している。自分が苦戦していた相手がたったの5秒で倒されてしまうという事実に驚愕している。

「そ、それは困ったわね。手加減してあげたら?」

「それがな、ちょっと加減が分からなくてな。こうやって大道芸をしながら考えてたわけだ」

「じゃあ、6割ぐらいの力を出してみたらどーかしら?」

「んじゃそれでいってみるか」

そういって帽子に攻撃をさせるのをやめ、少年の頭まで移動させる。

「ちょっと預かっててくれ」

「う、うん、わかったよ!」

脳筋は息を切らすこともなく、剥き出しにした闘志をこちらに飛ばしてくる。

「マジックショーはー!これでー!?おわりかー!!」

「ああ、少しだけ力を出してやるよ」

その言葉が相手の耳に届くよりも先に俺は相手の後ろに回り込み、雷を纏った拳を背中に叩き込む。

「ぐっはあああああぁー!!」

脳筋は打撃と雷撃が合わさったその一撃で悶絶している。その隙を逃さず、脇腹に強烈な回し蹴りを浴びせる。

「ごっふうあああああぁー!!」

蹴り飛ばされたサッカーボールのようにものすごい勢いで脳筋は吹っ飛ばされる。

それを追い越して全身をひねりながら拳を天に突き刺すように振り上げた。

「ごぶろっふおおおおおぉー!!」

脳筋はうめき声をあげ、デタラメに回転しながら天高く吹き飛んでいく。

しかし脳筋は吹っ飛ばされる途中で急停止しただならぬ覇気をまとい大声で叫んだ。

「ここ・・・までの・・・強敵は・・・初めて・・・だあぁぁー!!血が!血ぃぃがー!たぎるうぅぅー!!」

確かに手応えはあったはずなのだが、脳筋の気力は衰えるどころかさらに増していく。

「あの暑苦しさは・・・賞賛に値するわ・・・」

俺は周囲に数十本の氷の短剣を瞬時に作り出し、それを脳筋めがけて一斉に放つ。

少しの間、また大道芸の相手をしてもらおう。

「あいつ気合入りすぎだろ・・・」

俺はそう呆れて呟きながら、少し離れて観戦していた3人の元へと飛んでいく。

「にーちゃんすごい!全然動きが見えなかった!」

「あのマッチョマン、意外とやるのね♪」

「このままやるとあいつ絶対大怪我じゃすまないと思うんだが、どうすりゃいいんだよ・・・」

すると晶がニコニコと笑いながら俺の顔に自分の顔を寄せてくる。

「なら、ワタシにまかせて♡」

「お、おう」

それを少し後ずさりながら回避すると晶は残念そうな顔をして脳筋の元へ向かっていった。

「ふぅー!はぁー!もうー終わりかー!?俺はぁ・・・俺はまだ戦えるぞー!!」

先程放った短剣を全て片づけ終わったのか息を荒げながら闘志をこちらへ向けてくる。

「次の相手はワ・タ・シ♪お相手してくれるかしら?」

「おっお・・・女が相手だとー?!ぐ・・・あ・・・あなたのような美人をー!き・・・傷をつけるわけには・・・いかーーん!!」

脳筋は明らかに動揺している。嗚呼、そうか・・・そういうことか。

「ワタシの相手、してくれないの・・・?」

そう言いながら晶は体をクネクネと動かしながら脳筋に近づいていく。

「いやっそ、そういうー!わけっわけではないがー!?女性とは!とは!た、戦えんー!!」

「あら、そう?それよりアナタ、凄く男らしい良い体してるのね♪ワタシ、アナタみたいな人好きよ♡」

「え、えへ、あは、ははは・・・そ、そうか~!?」

脳筋は鼻の下を伸ばしながらここぞとばかりにボディービルダーのようにポージングを披露し、自分の肉体をアピールしている。

「あら素敵っ♡折角だし、場所を変えて戦わない?もちろんオトナの戦いをして、あ・げ・る♡」

「は・・・は、はは!はっ!はっ!はうぅぅぅん!!」

理性のタガが吹き飛んだのか、脳筋は鼻血を噴水のように噴き出しながら気絶して落下し、林の中に姿を消した。

「これでいいかしら?」

晶がしたり顔でこちらへ帰ってくる。

「ねーちゃん!すっすげぇ!一体どんな魔法であいつ倒したんだ?!」

「ぼーやにはまだ早いわ♪」

大抵の魔法使いはであろうことを悟った。

同時に味方であることに心底安堵した。

「ま、まぁ、とりあえず帰ろか・・・」

「そうですね・・・。危険な争いではなかったようですし、魔法の練習にもなりましたからね。杏莉殿が心配しないうちに戻りましょうか」

「じゃ~あ、ワタシも帰るわね♪そうそう、明日けーちゃんは事務所に居るの?」

「ああ、いるぜ。なにか用か?」

「うん♪昨日言った依頼の相談があるの♡」

「わかった、昼過ぎに来てくれ」

「わかったわ♪じゃあまた明日ね♡」

そういって晶は夜の闇の中に消えていった。

晶の依頼、か。魔法使いが抱える謎、果たしてどのようなモノなんだろうか? 

「あ、あの~にーちゃん!」

その場に残っていた少年が俺に話しかけてくる。

「ん?どうした?」

「あの、あの!オレを弟子にしてください!」

「・・・はぁ?」

「オレ、オレ!にーちゃんみたいにもっと強くなりたいんだ!だからオレをにーちゃんの弟子にしてほしいんだ!!」

「え、やだ」

「え!?そ、そんなー!し、ししょーって呼ぶから!お願いします、お願いします!ししょー!」

「いや師匠とか、呼び方の問題じゃなくてだな」

「お願いだよー!しっしょー!!」

この流れはつい最近味わった気がする。このまま断り続けてもらちが明かん。

「あー、もう、うるせーなぁ・・・かってにしろ・・・」

「や、やったぜ!あっそうだ!名前まだ言ってなかった!オレは、黒鐘風助くろがねふうすけっていうんだ!よろしくお願いします、ししょー!」 

「俺は岩﨑慧だ、まぁ・・・よろしくな」

「やはり主殿は人を引き付けるモノを御持ちのようですね」

陸が目を瞑り、口元に笑みを浮かべながら話しかけてくる。

「どーだかなぁ・・・まぁ帰るか」

「晶ってねーちゃんは明日ししょーの家にいくんでしょ?オレも遊びにいっていい?」

「遊びじゃねえんだがな、まあ、いいんじゃね?」

「調査の間、私が風助殿の修行の相手を致しましょうか?」

「そうだな、それが陸にとってもいいかもしれないな」

「おー、陸にーちゃんが相手かー!オッス!!お願いします!」

「こちらこそよろしく御願いします、風助殿」

「それじゃ、また明日な」

「うん、また明日!じゃあね!ししょー!」

そういって少年は名前の如く風のように去っていった。

「明日から色々忙しくなりそうだな」

「ええ、でも楽しそうですね」

「・・・そうだな、悪くはないかもな」

そこまで話すと陸は猫の姿へと戻った。


今宵の出会いが今後、俺にとってどのような結末を与えるのだろうか?

それはきっと、誰にも解らない。

例え神と呼ばれる存在が実在したとしても、その者にさえも解りはしない。


―――――


魔法使い。その人は自分のことをそう呼んだ。

魔法使い。私もその人と同じ存在になった。

目の前には夢のような光景が浮かんでいた。

「ま、魔法ってすごいんですね!なんでも作れる気がします!」

慧さんはとても驚いていた。私は夢で見ていた光景をなぞるような、そんな気分だった。

私は魔法の力をずっと昔から知っていた気がする。慧さんのことも、ずっと昔から―

(そんなはず、ないわよね)

慧さんは今まで隠していたこと、その理由を説明してくれた。魔法のこと、事件のこと。

慧さんは私のことを信じて話してくれた。そのことがとても嬉しかった。

私は魔法使い。慧さんも、陸ちゃんも、晶さんも、風助君も、みんな魔法使い。

父さんが見つからないのは悲しいけれど、みんなと一緒にいる時はそれを少しだけ忘れることができた。

今日は5人そろって私の料理を食べている。ちょっとしたパーティーのようだった。

そんな中、慧さんが私のことを見つめていた。とても寂しそうな目で。

それはきっと、私が寂しそうだったから、彼も寂しそうな目をしていたのだと思う。

やがて彼は目をつむり、微笑んで見せた。だから私も彼の真似をした。

この人たちとなら、どんな困難も乗り越えられる。そう思ったから。

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