10 魔女、それは嵐の様に


ここはどこだ?辺りはなにもなにもなく、真っ白な光景が広がっている。

それは俺が見ている夢だと気が付くのにそこまで時間はかからなかった。

「上手くやっているようだな」

その声には聞き覚えがあった。振り向くと前に見た時よりもかなりスマートな体形になった妖精の姿がそこにあった。

「お前の言う事を聞いたつもりはないんだがな。お前もだいぶ痩せたみたいだがどうかしたのか?」

「私達の姿は見る人間によって見え方が異なる」

どうやら妖精の姿が変わったのではなく俺の見る目が変わったということらしい。

「今日も時間があまりないんだろ?聞きたいことがいくつかある。お前から話すことがないなら質問をさせてもらう」

妖精は何も答えずにこちらが質問するのを待っている。

「お前は以前も今回も『私達』と言ったな。お前のような存在が複数いると言う事だよな?」

「その通りだ。私達は強い魔法使いの魂から成り立っている。この世界に分散するように存在している」

「何故この力を人に与える?」

「詳しい理由は私達にも解らない。私が妖精として自己存在を認識した時に、世界の均衡を保つためだと聞かされたが」

「聞かされた?誰にだ?」

「それも解らない。だが私達の中でも噂話が存在する。妖精はいずれ精霊となり、精霊はいずれ神になるのだ、と。我々が人を魔法使いにするように我々の上位に存在する者に命を受け妖精へと転生したのではないかと」

「出世したら神になれんのか・・・ホントかよ」

「私達もそれが事実であるのかは解らない。確認する方法が無いからだ」

本当に人々が信仰している神という存在が、魔法使いの魂の成れの果てだというのだろうか?

「まぁ俺は神なんて信じちゃいないからどーでもいいわ。他の魔法使いにはどこまで事情を話してるんだ?」

「魔法の使い方、魔法使いであるという事を一般の人間に知られてはいけないと言う事。基本的にはこの二つしか説明をしない」

「魔法使いになる条件やらなんやら、なぜ俺に話す?」

「君ならば魔法使いたちの均衡を保つことが出来ると判断したからだ。その為に必要になるであろう情報を与えた」

「他人を魔法使いにする力もか?」

「その通りだ。君は魔法に対する適応能力が高い。そしてそれを制御する理性を兼ね備えている」

「随分と買い被られたもんだな。・・・まぁいい、どのみち俺の出す結論は変わらないからな」

そこまで話すと妖精は光の塊へと姿を変える。

「またいずれ会おう」

光の塊は四散し、俺の周囲は黒く染まっていく。


2月5日10時頃、自宅のベッドの上で目を覚ます。

妖精の夢を見ていたせいか少し遅めのお目覚めになってしまった。

いつものルーティーンをこなし、事務所へと向かう。

魔法のおかげで以前よりも豪華になったお昼ご飯を目の当たりにして、少し戸惑いながらも頂きますと一礼をする。

食事が終わった後に魔法のことや今後の方針を杏莉さんと陸に説明する。

魔法使いであることが一般の人間に知られてはいけないこと。

自分が知っている魔法の法則や、魔法使いとしての実力を向上させる方法。

その後は今後この3名でどのように杏莉さんの父親捜しを行っていくかを話した。

基本的には俺が探偵としての仕事の傍らで調査をし、杏莉さんはその補佐。

陸には緊急時に備えて待機してもらいつつ、杏莉さんの護衛をしてもらうことにした。

役割を明確にしたが、要は今まで通りに過ごしていくというわけだ。


一通りの打ち合わせをし終えたので、早速一ノ瀬遼太の捜索を開始する。

とはいえ現状では手がかりは何一つとして存在しない。

非効率的だが闇雲に探すほかない。

探査の魔法の練度が上がっていればなにか新しい発見があるかもしれないという期待を胸に調査していく。

初日に探した場所をもう一度念入りに探してみることにする。

前に調査した時は駆け足気味だったので見落としがあるかもしれない。

日が暮れるまで調査をした結果、得られた情報があった。

連絡が途絶えた日よりも後の痕跡を発見することができた。

正確な時間はわからなかったが恐らく、二日から三日後ぐらいだろうか。

思念を読み取ってみるが、解ったのはなにかの事件を調査していたということだけだった。

現状で考えられる可能性は二つ。一つはもうこの世に存在していないということ。

もう一つは生きてはいるが連絡が取れない状況にあるということ。

前者の可能性を強く否定する。希望的観測ではあるのだが今のところそういった証拠はまだでてきてはいない。

事件の調査中に犯人に殺されてしまったのであればきっと証拠が残るはずだ。

魔法使いが相手でなければ―

後者の場合は・・・正直こちらは謎が多く残る。

何故連絡を取ることができないのか?誰かに囚われているからか?

だとしたら誰に何故囚われたんだ?犯人の狙いが全く分からない。

一番筋の通る仮説は「追いかけていた犯人が魔法使いであり、その犯人に存在や痕跡を消されてしまった」ということなのだが・・・。

(俺がこんな考えでどうする。どのみち結果は変わらないならせめて証拠が見つかるまでは前向きに考えないとなぁ)

雑念を振り払うように首を左右にふり、目的の場所へ向かう。


今夜は先週依頼を受けた浮気調査の件で、夫が密会をする日になっている。

夫の居場所へ向かうと例の浮気相手と二人で歩く姿がそこにはあった。

向かう先は・・・ホテルだ。

(リア充爆発しろ)

呪詛の言葉を心の中で呟きながらシャッターを切る。

これでこの依頼は夫婦の仲と共に終了したわけだ。

(なんつーか、こっちが悪い事してる気分だぜ・・・)

複雑な心境になりながら事務所へ帰還する。


帰る途中でどこからともなく男が喚き散らしている声が聞こえた。

気になったのでその声の元へ向かってみることにする。

するとそこには年甲斐もなく見るからにヤンキーな出で立ちをしている男二人が、一人の女性に言い寄っていた。

男二人組の方は一人は大柄でゴツい顔をした兄貴分で、もう一人はその子分といった感じだ。一方女性の方はというと・・・美女だ。

ブロンドの髪をフワリとなびかせ、ワインレッドのドレスの上にロングコートを羽織り、足には太ももまで伸びるロングブーツを履いている。

このくそ寒い時期にもかかわらず胸元は男を挑発するかのように強調され、二つの爆弾が否が応でも目に入ってくる。

自業自得とも言えなくもないが、あの美貌ならば、世の男たちは釘付けになって当然だろう。

「なぁなぁ、ネーチャンよぉ!俺とこれからあそぼうぜぇ~?」

「イ・ヤ・よ♪あなた、ワタシのタイプじゃないんだもの」

「な、なにぃ~!?アニキのお誘いを断るなんて!おめぇ、あとでどうなってもしらねーぞー!」

野獣を目の前にして美女は一歩も引くことなくやり取りをしている。

しかし次第に空気が怪しくなっていく。

俺は近くの物陰に降り立ち、様子を見ることにする。

「おい、あんまりオレサマを怒らせないほうがイイぜ?優しく頼んでるうちについてきたほうが身のためだぞ?」

「そうだそうだ!アニキを怒らせるとヤベェぞ~!」

「ふ~ん?あなたみたいな小物が怒ったところでどうなるのかしら?」

「このアマァ!した~てぇ~に出てりゃぁ調子にのりやがって~!」

いよいよ雰囲気がまずい。仕方なく女性の後ろから声をかけることにする。

「なぁ、にーちゃんたち、そんな誘い文句じゃいい女は口説けないぜ?」

3人の目線がこちらに集まる。すると美女が一目散にこちらへ駆け寄ってくる。

「あら、良くわかってるじゃない。さっきからこの冴えない男たちに絡まれて困ってたのよ。助けてくれるかしら、素敵なおにーさん?」

そう言いながら俺の後ろに隠れるように移動する。

「おい、ニーチャン、俺の邪魔しよう~ってのか~?」

「お前の邪魔をするつもりはないんだが、いかんせん同じ男として見苦しくてな」

「っけ!かっこつけてられるのも今のうちだぜぇ!」

そういうと大男は俺の胸ぐらを掴みにかかる。

だがその手は俺の胸倉を掴むよりも先に俺の右手に吸い込まれ、静止する。

「これ以上は恥の上塗りになると思うんだがな」

「ぐっ!う、動かねえ!は、離しやがれ!」

大男の望み通り、掴んでいた手を離してやる。

「素敵なお姉さん、事が済むまで少し離れていてもらえるかな?」

「は~い、わかったわ、素敵なおにーさん♪」

美女はこの状況にもかかわらず笑顔で俺から少し離れていった。

「くそっ!こんな優男に負けられるかよ!」

そういうと大男は俺に殴りかかってくる。あえて紙一重で回避し、男の足に自分の足を引っかけてバランスを崩してやる。勢い余った男はそのまま電柱に顔から激突した。

「そんなに電柱が好きなら何度でもキスさせてやるぜ?」

「ふ、ふざけやがって!野郎ぶっ殺してやらー!!」

完全に頭に血が上った大男が一心不乱に襲い掛かってくる。

がむしゃらに繰り出される拳をコートに手を突っ込んだままの体制で回避する。

「よ、よけてんじゃねえよ!」

息を切らしながら大男が悪態をつく。

「当たったら痛そうだろ、そんな素直に食らってやる義理はねぇよ」

「俺をコケにしやがって!!」

右腕を振りかぶりながら俺に一直線に向かってくる。

その拳が振り下ろされるのと同時に回避しつつ足を引っかけて再度バランスを崩してやる。

今度は勢い余って地面に顔面から突っ込んでいった。いわんこっちゃない。

「電柱の次は道路か?浮気な男は嫌われるぞ」

「く、くそぉ!きょ、今日のところは引き上げだ!お、おお、覚えとけよぉぉぉ!」

「あ、アニキ!ままっ、まってくだせぇ~!」

ベタベタな捨て台詞を残して二人組の男は逃げ去っていった。

「あなた、中々やるのね、惚れても良いかしら?」

気が付くと先程の美女が俺の方に腕を回してくる。

これ見よがしに二つの爆弾を俺に押し付けてくる。そういうつもりではなかったんだが。

「あんまりくっつくなよ」

「あら?照れてるの?意外とウブなのね♡」

美女の色香に惑わされ、頭がクラクラしそうになる。

「そんなんじゃぁねぇよ。これじゃあのナンパ野郎どもと一緒になっちまうじゃねぇか」

「全然違うわよ、アナタはワタシの好みだし♪同じ魔法使い同士、仲良くしましょうよ♡」

「まったく・・・俺はこんなつもりじゃ・・・。っておい、今なんつった!?」

「ん?アナタのこと気に入ったから仲良くしましょ、って言ったじゃない?」

「ちげぇ!そこじゃねぇ!同じ魔法使いってどういうことだ!」

俺は彼女から瞬時に離れて間合いを取った。一体どういう意味だ?

「アナタさっき魔法使ってたでしょ?上手く誤魔化してたけどワタシの目までは誤魔化せないわよ♪」

俺は彼女を凝視する。魔法使いは童貞限定じゃなかったのか?

女性の魔法使いがなぜ存在する?

陸のように変身をしているわけではない。

もしそうだとしたら近寄った時にすぐに気が付くはずだ。

「そんなに熱いまなざしで見られたら流石に照れちゃうわ♡」

「いやいやいや、そんなんじゃねぇから!」

どういうことだ?女性でも魔法使いになる方法があるのか?

だとしたら俺と同じ力を持つものが存在するのか?いやまて、それは考えにくい。

「お前、何が目的で俺に近寄ってきた?」

「あら?近寄ってきたのはアナタの方じゃなかったかしら?」

「あっ・・・そうだった」

俺は絡まれている彼女を助けに来たんだった。

彼女の方から俺に近寄ってきたわけではない。

少し落ち着いて考えなくては。少なくとも彼女に敵意はなさそうだ。

出会ったのも単なる偶然だろう。

だがどうしてもわからない。完全に女性なのになぜ魔法使いなのか?

思考を巡らせ、行き着いた一つの答えを彼女に問いかける。

「お前、もしかして元々男で魔法で女の体になったのか?」

すると彼女は今までの飄々ひょうひょうとした態度とは打って変わり、青ざめた表情をしてこちらを見た。

「え、な、なんでわかったのよ!私の魔法は完璧なはずなのに!」

夢の中で聞いた妖精の話と一致する。普通の魔法使いは魔法使いになれる条件を知らない。

だから彼女が元々は男であったということは俺しか知ることができない事実なのだろう。

「やっぱりそうか、上手くごまかしてたみたいだが俺の目までは誤魔化せないんだぜ?」

さっき言われた彼女のセリフをそのまま返してやる。

これで俺がなぜ気が付けたかをうやむやにできる。

「お願い!このことは誰にも言わないで!なんでもするから!」

「ん?いまなんでもするって・・・いわれてもなぁ・・・」

「お願いお願いお願い!!」

彼女は涙目になりながら俺に飛びついてくる。爆弾が押し付けられて男としてのさがが呼び起されそうになる。

(こ、これで元は男だったとはな・・・これもうわかんねぇなぁ)

男性と女性では魔力の波のような物にに若干違いがある。先程凝視した時は完全に女性のそれであったのだが、そこまで偽装できるものなのだろうか?

「わ、わかったから!言わねぇからとりあえず落ち着けって!」

「ホント?誰にも言わない?」

「い、言わねぇって!っていうか言っても信じてもらえないだろ!」

「そ、それもそうね・・・」

そういわれてやっと落ち着くことができたらしい。下を向いて少し考えた後に口を開いた。

「それじゃあ同じ魔法使い同士仲良くしましょ♪私は神代晶かみしろあきらっていうの。晶でいいわ、よろしくね♡」

「あ、ああ・・・俺は岩﨑慧だ、よろしく」

「慧・・・けーちゃんね!うふふっ♡」

そういって一々腕に絡みついてくる。

好意は嬉しいんだがなんというか、とても複雑な気分だ。

「あんまりくっついてくんなよ!」

「いいじゃない?どーせけーちゃん付き合ってる人とかいないんでしょ?」

「どーせってなんだよ!確かに今は恋人とかいねぇけど!」

「ならいいじゃない、そうだわ!これからホテルにでもいかない?助けてくれたお礼をして、あ・げ・る♡」

思い切り噴き出す。いいのかこれで?

いやよくない。たぶんよくない。きっとよくない。ああ、よくないとも。

「確かに君は絶世の美女だ・・・だが男だった!」

そう高らかに宣言すると晶は俺の腕から手を放してその場でうなだれている。

「・・・言わないって約束してくれたのに・・・グスン」

「ああっ?!いや!待て!もう絶対言わんから!泣くなって!」

「なんてね!ひっかかった?」

完全に遊ばれている。なんというか、もう色々と諦めるしかない気がしてきた。どうにでもなれ。

「と、とりあえず俺は仕事が終わったから事務所に帰るところだったんだ、人を待たせてるし」

「待ってるって誰?まさか・・・オンナ?」

はたから見れば 、恋仲の男女がじゃれあう雰囲気から一変、場が凍りつくかのような空気が満ちる。なんだか雲行きが怪しくなってきた。

「いや、女性ではあるが・・・」

「・・・てく」

「は?」

「ついてく!!」

「は?!」

「ワタシのけーちゃんを奪う不届き者は許さないんだから!」

「ま、まて!いつ俺はお前のモノになったんだ!」

「今さっきよ!」

もう駄目だ。御終いだ。

「まぁ、あれだ、俺は帰るから付いてくるなら好きにしてくれ・・・」

「やった♪どろぼう猫をコテンパンにしてあげるんだから♡」

「頼むからそれはやめてくれ・・・」

そう言って宙に浮かぶと晶がぴったりと着いてくる。

振りほどくのも面倒なのでそのまま事務所に向かった。

「ただいま・・・」

「慧さん、おかえりなさい・・・え、え~と・・・そちらの方は?」

帰るや否や、杏莉さんに質問されてしまう。

「ああ、えっとな・・・」

「初めまして!神代晶です!晶って呼んでね♪」

「は、初めまして、一ノ瀬杏莉です。あの、もしかして、慧さんの恋人さんですか?」

「ちが、むぐっ!」

晶に思いきり口をふさがれる。

「そうなのそうなの!けーちゃんはワタシの彼氏なの!」

「け、慧さんってやっぱりお付き合いしている方が居たんですね・・・」

勝手に話が進んでいく。勘弁してくれ。晶の手を放して話に割り込む。

「付き合ってねぇし!晶はさっき偶然知り合った俺たちと同じ魔法使いだよ」

「俺たち、って杏莉ちゃんも魔法使いなの?」

「ああ、あともう一人・・・いるんだが、陸、挨拶してやってくれ」

するとソファに座ってこちらを見ていた陸が近づいてくる。

「あら、可愛い子ね♪」

「初めまして、一ノ瀬陸と申します。宜しくお願いします」

「え?!は、初めまして、神代晶ともうします・・・晶と呼んでくださいまし・・・」

陸を撫でようとしていた手を引っ込めてこちらに耳打ちしてくる。

「け、けーちゃん!猫がしゃべったわよ!」

「ああ、陸は魔法使いの猫じゃなくて使なんだよ」

「ま、魔法使いって人だけじゃなかったのね・・・」

「そういうことだ、つまりこの場には3人と1匹の魔法使いが居るわけだな」

「それより、杏莉ちゃんとは付き合ってないの?すごく良い子そうだけど」

「ああ、すごく良い子だけど付き合ってねぇよ」

「そうなのね、うふふっ♪」

晶は不敵な笑みを浮かべている。嫌な予感しかしない。

すると杏莉さんをビシッと指さして高らかに宣言した。

「杏莉ちゃん!ワタシとけーちゃんの権利をかけて料理勝負よっ!勝ったほうがけーちゃんを好きにできる権利をもらえるわ♡」

「おい!ちょっと待て!、俺の意志はどこにいった!?勝手に決めてんじゃぁねぇぞ!」

「あら?いいじゃない?どっちが勝っても美女の相手ができるんですもの」

「そういう問題じゃなくてだなぁ。あ、杏莉さん?」

ふと杏莉さんの方を振り向くとあたふたと混乱している。

「あ、あの、その・・・」

そんな杏莉さんに近づいていき耳打ちする。

「と、とりあえず杏莉さんが勝てば俺は救われる。頼む、勝ってくれ」

「は、はい」

そこまで話して杏莉さんと晶の間に割って入る。

「じゃ、ルールは10分間で俺を唸らせる料理を作ったほうが勝ち、でいいな?

 流石に二人同時ってわけにはいかないから一人ずつ順番だな」

「いいわよ♪ワタシが先に作らせてもらうわ♪」

晶はそういってコートを脱ぎ、ソファに掛けてキッチンへ向かっていく。

「んじゃ、よーい、スタート」

完全アウェーでの勝負だがそんなことを気にするそぶりも見せずに晶は料理を作り始める。

派手な見た目とは裏腹に相当料理は作りなれているらしく、テキパキと作業をこなしていく。

「あの、慧さん。晶さんとはその・・・どういった関係なんですか?」

隣に座っていた杏莉さんが話しかけてくる。

「あぁ、えっとな・・・帰り道でヤンキーに絡まれてるのを助けただけなんだよ。だから名前と魔法使いだってことぐらいしか分からん」

「そ、そうだったんですね。私はてっきりお付き合いしている人なのかと思いました。晶さん、すごく綺麗だし、慧さんとお似合いだな、って」

「いやいやよしてくれ、俺は付き合ってる人なんかいねぇよ」

「そ、そうなんですか。う~ん、慧さんはそういう人いるんだと思ってましたけど」

「残念なことにそういう浮ついた話はねぇんだなぁこれが」

そこまで話すと杏莉さんはう~んと唸りながらなにかを考えている。

するとキッチンにいる晶がこちらに向かってきた。

「完成よ~♪晶スペシャル肉野菜炒め♡」

そう言って晶が持ってきたのは普通に美味しそうな肉野菜炒めだった。

量は少なめだったが10分という時間を考えると仕方ないのかもしれない。

自信満々に勝負を仕掛けるだけあって暗黒物質ダークマターが出てくるというような惨事にはならなかった。

早速頂きますと一礼をして箸をつける。

「お~美味い。普通に美味い。ちょっと見直したよ」

「そうでしょそうでしょ?惚れ直したでしょ♪」

「いや、最初から惚れてはいない」

「も~!けーちゃんてば~!でもこれでワタシの勝ちは確定ね♡」

もうすでに勝った気でいるらしい。

(晶、むしろお前は負けが確定しているんだが・・・)

俺は苦笑しながら杏莉さんを見つめる。

「じゃあ、次は私の番ですね」

「ああ、みんなの分を作ってくれ」

「はい、わかりました!」

そういってパタパタと走りながらキッチンへ向かう。

「みんなの分ってどういうこと?」

晶が不思議そうに訊ねてくる。

「まぁ見てりゃわかるよ」

自分のことでもないのに誇らしげにそう言い放つ。するとすかさず晶が驚きの声を上げる。

「け、けーちゃん、なにアレ・・・」

その目線の先には料理をしている杏莉さんの姿があった。

無数の調理器具や包丁が宙を舞い、食材を一品、また一品と、料理へ変貌してさせていくその様は、さながら一人でオーケストラを奏でているようだ。

「あれが異次元の料理人の本領だな」

「まっ魔法使うなんて、そんなのアリなの~!?」

「ルール上は問題ないな。晶だって魔法使って料理すればよかったろぅ?」

「ムリよあんなの~!」

晶はその場に崩れ落ちる。

「わ~ん!けーちゃんとられる~!うわ~~ん!」

滝のように涙を流しながら喚き散らしている。

そんな晶に俺がかけられる言葉は一つだけだ―

「晶・・・ドンマイ」

俺は泣きわめく晶の横に座り込みポンッと肩に手を置いてそうつぶやいた。

「こんなの勝てるわけないじゃない!わ~ん!」

「料理を選択した時点でお前の負けは決まってたんだ。俺のことは諦めるんだな」

「ヤダヤダヤダ~!」

泣きべそをかきながら駄々をこねている。もはやヤケクソといった感じだ。

すると料理を終えた杏莉さんが、数多くの料理を乗せた皿を空中へ浮かべながらこちらへ運んでくる。

「さぁ皆さんできましたよ~晶さんの分もあるので、どうぞ食べていってくださいね」

「は、はひ・・・」

悲しみに打ちひしがれていたせいか呂律ろれつが回っていない。

「そんじゃ、みんなで食べようか」

全員で料理に手を付け始める。晶がぼそっと感想を述べる。

「・・・おいぢい」

圧倒的な敗北からまだ立ち直れていないらしく声がかすれている。

食べ終わってから一息つくと晶が決意表明をし始める。

「今日の勝負は杏莉ちゃんの勝ちでいいわ。でもワタシ、けーちゃんを諦めたわけじゃないんだから!」

高らかにそう宣言する。俺のどこが気に入ったんだか、さっぱりわからない。

「あ、あの、その・・・」

杏莉さんが戸惑っている。

「杏莉さん、真に受けなくていいからな」

そう言って受け流してやる。これでしばらく晶が大人しくなってくれれば嬉しいが。

「そういえば、けーちゃんってここで探偵をしてるのよね?」

晶が唐突に話題を変えてくる。

「確かにそうだが、どうかしたのか?」

「えっとね・・・気になることがあるのよね・・・近いうちに依頼をするかも、って思って」

「どんな内容だ?」

「えっと~・・・ワタシもよくわかってないから詳しいことがわかったら連絡するわ」

晶にしては珍しく歯切れの悪い答えが返ってきた。

なにか厄介なことが身の回りで起きているのかもしれない。

「依頼と言わず何かあれば相談してくれ。魔法使い同士、助け合っていく必要もあるだろうからな」

「やっぱりけーちゃんは優しいわね♪そういうところがワタシ大好きなのっ♡」

俺は単純に利害関係を考えての発言をしただけなのだが。

「そろそろ帰るわ。杏莉ちゃん、晩ご飯ごちそうさま!美味しかったわ♪」

「はい、また遊びにいらしてくださいね」

「りょーかい、そのうちまた来るわね♪それじゃ、またね~♪」

嵐が過ぎ去っていった。どっと疲れがこみ上げてきたのでソファに深く腰掛ける。

「なんだか、とても明るい方でしたね」

「そうだな、最初魔法使いと聞いて敵かと身構えたんだがな。思いのほか友好的で助かったよ。友好的すぎる気はするが」

「慧さんは・・・昔から、その、女性の方にモテてたんですか?」

「は?・・・あー・・・わからん」

俺は過去を振り返ってみた。確かに時折女性からアプローチを仕掛けられることはあったがモテていたという自覚はなかった。

「慧さんは優しいから・・・。きっと女性からの人気もあったと思いますよ」

「そうなのか?優しくした覚えはないんだがな・・・」

俺は自分のことを優しいなどと評価したことはなかったし、そういった人間であろうとしたことなど一度もない。

むしろ真逆で人に冷たく当たってあしらっているとすら考えているほどだったのだが。


ふと杏莉さんの方を見ると優しく微笑んでいる。

「私は知ってますからね」

「・・・なにを?」

「ふふっ、秘密です」

その笑顔の奥にある考えは俺にはわからない。

俺はいろんな想いを裏切りながら生きてきた。今更優しい人だなんて言われる覚えはない。

しかし、杏莉さんの言う言葉を嘘にしてはいけないのではないか?

今はそんなふうに想える自分が、そこにいた。

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