09 明かされる真実
2月4日14時30分頃、今日は近くのショッピングモールに来ている。
仕事の依頼が一段落したので杏莉さんから休みを取るように勧められたのだ。
とはいえ自宅でのんびりという気分でもなかったので杏莉さんに予定を聞いてみた。
すると買い物に出かけるとの事だったので荷物持ちを買って出たわけだ。
一応、デートと呼べる状況だろうか。
11時30分頃に到着し、一通り中を見て回る。その後は施設内にあるレストランで外食をした。久しぶりに外食をしたが、普段口にしている杏莉さんの料理のほうが美味しいと感じてしまった。
そして今は日用品や食料品を見て回っている。
今のところ荷物は皆無だがこれからが本番だろうか。
2時間後、買い物を終え家路につく。結局そこまで大量に買い込むような事はなかった。
俺が両手に中ぐらいの袋を持ち歩いている。
「すいません、せっかくの休みなのに私の用事に付き合わせてしまって」
「いいんだよ。どうせ家に居たってゲームして一日終わっちゃうし。いつも料理作ってもらってるお礼ってことでさ」
他愛のない話をしながら事務所の近くの大通りを歩き続ける。
するとその時、前方にトラックが走っているのが見えた。だが様子がおかしい。
トラックは次第にスピードを増していき俺たちのいる歩道へと進路を移す。
まずい、このままでは―
俺は目を見開き意識を集中させる。
すると周りの景色がビデオのスロー再生のようにゆっくりと流れ始める。
緊急事態に備えて考案していた意識を集中させることによって思考速度を加速させる魔法だ。
運転手は眠っている。車はこちらへ向かってくる。
なんとかしてこの状況を切り抜けなければ。
トラックが俺たちを跳ね飛ばしそうになる。
あまり人前で魔法を使いたくなかったのだがやむを得ず、強く念じてトラックの軌道を反らす。
トラックは急激に進路をかえ車道に戻り、暫く進んだところで停車した。運転手は目を覚まし驚き慌てふためいている。
平日の昼過ぎだったからか、歩道には俺たち以外には人はおらず、車の通りも少なかったおかげで大騒ぎになるような事態は回避できた。
「あ・・・」
杏莉さんが驚いて氷のように固まってしまっている。
「杏莉さん、大丈夫か?」
「あっ・・・は、はい」
俺たちは足早に事務所へと向かった。
自宅に着くなり杏莉さんはその場にペタンと腰を下ろしてしまう。
「大丈夫か?怪我とかしてないよな?」
「え・・・と・・・だいじょぶです。今になって腰が抜けてしまったみたいで」
「まぁそりゃそうなるか。危ないところだったしな」
「・・・車が、私たちを避けるみたいに動いてくれたから・・・」
「そ、そうだな。あれがなけりゃ二人ともお陀仏だったかもなぁ」
「・・・慧さんはケガしてませんか?」
「ん?俺はピンピンしてるぞ」
「・・・なんというか、全然驚いてないですね・・・」
「え?いや、なんていうかな。驚きすぎて普通になったって感じかな、はは・・・」
「・・・そうですか、とにかくお互い助かってよかったです」
そこまで話すと杏莉さんが立ち上がる。大分落ち着くことができたらしい。
よろよろと歩きながらソファに向かう。俺もその後に続きソファへ腰かける。
しばしの間静寂が流れる。流石に露骨すぎただろうか。
もしかすると杏莉さんに魔法の存在を気づかれているかもしれない。
なにかを考えるように下を向きながら杏莉さんが話し始めた。
「・・・昔の事を思い出してました。何年か前に父と出かけた時に事故があって。その時は少し離れた交差点で衝突事故が起きました。車はボロボロでしたけど奇跡的に怪我人は居なかったみたいです」
「・・・そんなことがあったのか」
杏莉さんは顔をあげてこちらの目をまっすぐ見て問いかけてきた。
「私ずっと思っていたことがあるんです。・・・慧さんって一体何者なんですか?」
その問いに俺は何も答えることができなかった。
一瞬だけ迷って目を反らし、もう一度彼女の目を見つめる。
「初めて会った雪の降る日もそうでした。振り向くと突然消えてしまったみたいに居なくなってしまって。探偵のお仕事も初めてとは思えないぐらいです。そしてさっきの事・・・。トラックはまるで私たちに弾かれるみたいに動いてました。・・・慧さんは本当に人なんですか?もっと別の、なにかな気がするんです」
彼女はカンがいい。名探偵の娘というだけではなく、そもそも魔力が常人よりかなり高い。
「・・・俺は人間だよ。君とおんなじ人間だ・・・ただ」
そこまで言って俺は覚悟を決めた。
気づかれてしまった以上隠すのはお互いのためにならない。
そもそも隠す必要があるのかすら疑問に思えてきた。
「・・・俺は魔法使いなんだ。こんな事、言っても信じてもらえないと思うけど」
彼女は少しだけ驚いたような顔をしたがすぐさま真剣な顔をして答えた。
「・・・慧さんが嘘をつくとは思えません。私は信じます」
「そうか・・・あまり他人に知られたくないと思ってたんだがバレちまったなら仕方ないな」
そういって俺は立ち上がり宙に浮いて見せた。
「これが魔法の力だ。お察しの通りこの力を使って依頼の調査をしていた。さっきの事故もそうだ。魔法でトラックの軌道を変えた」
「う・・・浮いてる・・・。夢じゃ、ないんですよね?」
先程とは違って相当に驚いている。目をパチパチさせながら頬を両手で軽くたたいている。
「はは・・・魔法が使えるようになった時の俺と同じことしてるなぁ」
魔法を解除して床に足を付ける。それと同時に杏莉さんが話しかけてくる。
「魔法って、なにができるんですか?」
「んー、空とんだり、人探したり、心を読んだり。他にも色々できると思うけど不可能な事もあるな」
「じゃあ魔法で料理を作ったり、ねこちゃんと話したりできるんですか?」
「料理は俺にはできなかったな。杏莉さんが魔法使えるなら可能だと思う。にゃんこと話をする・・・か。考えもしなかったな。陸となら可能かもしれない、こいつ頭いいし」
そういうと陸がこちらにやってきた。いつもより激しく足元にすり寄ってくる。
「私も魔法が使えるようになったりするんですか?」
杏莉さんが目を輝かせながら質問してくる。
「んー、まぁここまで話しちゃったしもういいか。魔法使いは俺以外にもある程度存在しているらしい。既に二人見つけたしな。その魔法使いたちと違って俺は他人を魔法使いにする力がある。これは俺にしかできない事らしい。だから杏莉さんが魔法使いになることは可能だ。というわけで早速魔法使いになる儀式をしましょうかね」
そういって俺は顔の横で両手を怪しく動かして見せた。
「え?えっ?ぎ、儀式ってなにするつもりですかっ」
予想通りの反応が返ってきたので大満足だ。
「ははっ、頭に手をかざして念じるだけだよ。ただそれだけ」
そういって杏莉さんの頭に手をかざして念じ始めた。
この力を使うのは二回目だが今回で確信したことがある。
この力は魔法とは異なり魔力を一切使わないのだ。
他者が魔力を自在に操り魔法が使えるようになるきっかけを与える力といったところか。
故にこの力は果てしなく危険だ。ノーコストで魔法使いを量産することができてしまう。
あの妖精は一体何を考えてこの力を俺に与えたんだか。
「はい、おしまい。これで魔法が使えるようになってるはずだよ」
「え?これだけですか?」
「ああ、これだけだ。試しにそこにあるテレビのリモコンにむかって浮かべと念じてみるといい」
「わ、わかりました。ぬ~~~」
そういって杏莉さんは両手をかざし念じ始めた。別に唸る必要はないと思うんだが。
「わっ!う、浮かびましたよ、す、すごい!」
リモコンは宙に浮き、杏莉さんの元へ飛んでいく。
それを手に取り子供のようにはしゃいでいる。
「詳しい事はあとで話すけど練習すれば色々できることが増えるよ。ただ他人にバレないようにやってくれ」
「はいっ、わかりました!ところでやってみたいことが二つあるんですけど。一つは料理です。魔法で料理をしたらどうなるのかな~って。さっき慧さんは自分じゃできなかったって言ってましたけどどうしてですか?」
「あー、例えばなんもないところでなにか出てこい!と念じてもなにも起きない。これは魔法でできないことの一つだな。そして材料があったとしても作り方が分からないと念じてもうまくいかないらしい。イメージがちゃんとできないと魔法が使えないって事だな」
「なるほど~だから私ならできるかもって事なんですね。二つ目は陸ちゃんと話をしてみたいんですけど、これはできそうですか?」
俺は少し考えてみる。確かに不可能ではないと思うのだが。
「んー、たぶんできるんじゃね?というかいっそ陸を魔法使いにしちゃえばいいんじゃねぇかと思うんだが」
「えっ、人以外も魔法使いにできるんですか?」
「やったことないからわからん。でも魔力を持ってる生物なら可能だとは思う。実は陸はかなり強い魔力を持ってるんだ。透明化してる俺に気が付くぐらいだからな。試してみる価値はあるな」
そういって足元で転がっていた陸に手をかざして念じ始める。
それが終わるとなにかを感じ取ったのか陸がソファの上に移動して背筋を伸ばして口を開いた。
「・・・これでやっと
想像していたのとはだいぶ違う。知的でクールなしゃべり方に驚いた。
「り、陸?お前そんな感じに喋るのか・・・たまげたなぁ」
「わぁ!陸ちゃんがしゃべってる♪」
杏莉さんは陸の元へ駆け寄って抱き上げた。
「杏莉殿、お、落ち着いてください。私は御二人に御礼を言いたかったのです。この家に招き入れてくれた事、深く感謝致します」
「いいのいいの~♪それより私、ねこちゃんと話をするのが夢だったの!陸ちゃんかわいい~♪」
杏莉さんは奇跡を目の当たりにして思い切りはしゃいでいる。
「ぬ、主殿、杏莉殿に喜んで頂けたのであれば幸いですが、少し・・・く、苦しいです」
「お前からすると俺が主殿なのか・・・。と、とりあえず杏莉さん落ち着くんだ。陸がつぶれてしまう」
「あっ!ご、ごめんなさいっ、ついはしゃいでしまって。陸ちゃんゴメンね」
そういって杏莉さんは陸をソファの上に戻した。
「いえ、私も御二人と御話をする事が出来て嬉しく思っていますので」
「なんつーか、そこいらの人間よりしっかりした猫だよ、お前は」
「そうでしょうか?私には解りかねますが主殿がそう仰るのであればきっとそうなのでしょう」
「まぁでも、お前ぐらい知力と魔力があれば人間じゃなくても魔法使いにできるらしいな」
「そのようですね。これで私の悲願が叶います。これからは私も御二人の力になれると思います」
猫と話すというのは不思議な気分だったが、意外と面白いかもしれない。
「よ~し!さっそく魔法を使って料理をしてみます!二人ともまっててね!」
杏莉さんが張り切りながらキッチンへ向かっていく。
「陸、今日はご馳走らしいぞ」
「そうですね。杏莉殿の料理は格別ですからとても楽しみですね」
陸と目を合わせてニヤニヤと話をしているとキッチンから叫び声が聞こえる。
「け、慧さん!あの、ちょっと!!」
魔法がうまく使えなかったのだろうか?陸と一緒に慌てて近寄っていく。
「どうかしたのか・・・って」
そこには包丁や調理器具を複数宙に浮かべて料理をしている杏莉さんの姿があった。
お玉が火にかけた鍋の中身をかき混ぜ、ボウルの中を泡だて器が高速回転し、複数の包丁が野菜、肉、魚それぞれを切り分けていく。
あまりの光景に面を食らっていると、杏莉さんが嬉々として話しかけてきた。
「ま、魔法ってすごいんですね!なんでも作れる気がします!」
「お、おう・・・そうか、よ、よかったな」
杏莉さんは既に魔法を使いこなしているようだった。
俺はもしかすると、とんでもないモノを作り上げてしまったのかもしれない。
「・・・流石は杏莉殿ですね。元々力が強かったとは言え、ここまでとは」
「・・・そうだな、もはやなにもいうことはぁねぇや・・・」
そういって俺たちはソファに戻る。
キッチンの方を覗くと、杏莉さんが一心不乱に魔法で料理をしている。
(・・・こりゃすげぇや・・・二つ名は『異次元の料理人』ってとこだな)
そんなことを考えていると陸が話しかけてくる。
「主殿は杏莉殿の御父上を探してらっしゃるのですよね?」
「そうだな、まぁその成り行きで探偵になった訳だが」
「これからは主殿の御手伝いをさせて頂きます。この力が役に立つことがあると思いますので」
「確かにそうだな。文字通り猫の手も借りたい状況だったしな。杏莉さんも喜ぶと思うぜ」
「そうであれば私も嬉しいです。これからは何なりと申し付けください」
「わかった、頼りにさせてもらうよ」
そうこう話していると杏莉さんがこちらにやってきた。
「あの・・・すいません・・・」
何故かものすごく申し訳なさそうにしている。
「えと・・・楽しくて調子に乗ってしまって、作りすぎちゃいました」
そういうとキッチンから大量の料理がこちらに飛んでくる。
「いや、まて、おかしいだろ。どうやったらこんな量をあの短時間に作れるんだ!?」
軽く見積もっても5人前ぐらいの豪華な料理がずらっと並べられる。一体どうしてこうなった。
「ご、ごめんなさい。あまりにも楽しくて量を考えてませんでした・・・」
「いや、謝ることはねぇと思うが・・・陸、これ食えると思うか?」
「・・・奥の手を使えばいけるかもしれませんが」
「奥の手ってなんだ?」
そういうと陸は目を瞑り念じ始めた。すると陸の姿が光り輝いて次第に大きくなっていく。
その光が収まるとそこには人間が一人立っていた。長身で二枚目俳優の様な顔立ちで、黒のスーツをビシっと着こなした出で立ちはさながら執事のようだ。
「り、陸ちゃんがイケメンさんに・・・」
杏莉さんが唖然としている。確かに陸は猫の割には凛々しい顔をしていたが人の姿になるとそれが際立っていた。
「この姿であれば許容出来る量が増えると思います」
「いや、確かにそうだが・・・お前も普通に魔法を使いこなせてるな・・・」
「魔法を使えるようになって一番最初に思いついたのが人間の姿になるという事だったので。どれぐらいの時間持つかはわかりませんが上手くいったようで良かったです」
「・・・俺はとんでもない奴らを生み出しちまったみたいだな」
「・・・はい、なんか、一気にすごいことになっちゃいましたね・・・」
杏莉さんがあっけにとられながらしゃべっている。君も割とすごいことを成し遂げているわけなのだが。
「と、とりあえずせっかく作ってくれたんだし冷めないうちに食べるか」
数十分後、俺と陸は完全にダウンしていた。
杏莉さんの料理が美味しいとはいえ限度がある。
「あ、あの、二人とも、だいじょぶですか?」
「あぁ、なんとかな・・・」
そういうと陸の変身が解けてしまう。猫に戻った陸が苦しそうに口を開く
「私も限界です・・・。こんなに食事をとったのは生まれて初めてです」
「ごめんなさい・・・今度は気を付けます・・・」
「あ、あぁ、味は完璧だった。今度は作り過ぎないように頼むぜ・・・」
「は、はい・・・」
「何はともあれ、二人とも立派な魔法使いになったわけだ。詳しい事はあとで話すが他人に気づかれないように上手く力を使ってくれ」
成り行きとはいえ、秘密を共有する仲間が一人と一匹に増えてしまった。
不安に思う事もあったが、それ以上にこれからの事が楽しみだった。
魔法使いとなったことで俺の見える世界は大きく変わってしまった。
しかし今は確かな手ごたえを感じていた。交わることが無いと思っていた人との交わり。
この力は人の孤独をなくす為のものなのかもしれない。今はそんなふうに思いたかった。
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