08 少女達の行方


2月3日13時頃。ぬいぐるみの(持ち主である)少女の痕跡を辿っていく。

他の少女たちの痕跡は全く残されていなかったがぬいぐるみの少女の痕跡だけは微かに残されていた。

やはり計画的に行われた誘拐ではなく、突発的に行ったがゆえにボロが出ているのだろう。

しかし痕跡は、あるところを境に消えてしまっていた。俺はその場所に近づき辺りを見回す。

閑静な住宅街の一角で痕跡は途絶えていた。

この近くに監禁されていたりするのだろうか?

探査の魔法を最大出力で放つ。するといつもと違った妙な反応がある。

正確にいうと反応が全く無いのだ。ある場所だけ区切られて隔離されたかのように。

その場所へ向かうと一軒の家が建っていた。

見るからに真新しい二階建ての家がそこにはあった。

もう一度探査の魔法を発動させる。するとその家の地下部分から妙な反応を感じ取る。

こちらの魔法を阻害されているような感覚だ。

恐らくこれは魔法による結界。犯人は魔法使いで周囲の人間や同じ魔法使いに気が付かれないように結界を張っているようだ。

ここまでは想定内だ。家の中に人の気配がないかを探ってみる。

どうやら家には誰もいないらしい。地下を除いては―

俺は鍵を魔法でこじ開けて家の中に侵入する。

一階の各部屋を調べるとその一室は異様な光景が広がっていた。

漫画の本やアニメ関連のグッズ、フィギュアなどが部屋中、所狭しと陳列されていた。マニアのコレクションルームといったところだろうか。

特にフィギュアに目が行ってしまう。女性のフィギュアがこれ見よがしに並べられている。

そして少女の様なキャラクターがその大半を占めている。

誘拐された対象が少女に限定されていた理由はこれらしい。所謂いわゆるロリコンなのだろう。

(人の趣味趣向をどうこう言うつもりはねぇ。そんなの人の勝手だ。・・・他人に迷惑かけなけりゃぁな)

部屋の奥の本棚にはずらりと漫画本が敷き詰められている。そこで違和感に気が付く。

それを確かめるべくその本棚を宙に浮かべてどかしてみる。

するとその下の床には切込みが入っていた。どうやらここから地下につながっているらしい。

そこに触れると一瞬静電気のようなものが体に流れる。

魔法の結界が貼られているせいだろうか。俺はそこに手を当て強く念じる。

すると俺の魔力に耐えきれなくなったのか結界の一部が砕け散る。

さらにその床が動き出して人一人が通れるくらいの大きさの地下に続く縦穴が姿を現す。

気配を探ってみると穴は数メートル下まで伸びている。

はしごなどの上り下りできる物はないが、その下からは人の反応を感じる。

どうやらこの下に誘拐された少女達が監禁されているようだ。

俺は魔法で光を灯しながらその穴に入り込む。地に足が付いたところで辺りを見回す。

すると複数のドアが設置してありその一つの部屋から5人の気配を感じる。

一体どんな扱いをされているのだろうか。

俺は意を決してその扉に手を伸ばし開け放つ。すると―

「おかえりなさいませ~!ご主人様~!!」

そういってメイド服を着て頭には猫耳を付けた少女3名が俺の元へ群がってくる。

・・・意味が解らない。

一人はグランドピアノを演奏している。曲はどこかで聞いたことのあるクラシック音楽で、姿はピアノコンクールに出場している人のようだった。

そしてもう一人は豪華なソファの上に華麗なドレスを着て座り込んでいる。

さながらどこかの城のお姫様といった風貌だ。

そのお姫様はこちらを一瞥すると目的の人物でないとわかったのか目線を反らし、光を灯さぬ瞳で虚空を見つめている。

「あれ?ご主人様じゃない。もしかしてご主人様のお友達さんですか?」

猫耳メイドたちが俺に話しかけてくる。少しずつ状況がわかってきた。

「・・・いや、別にそういうわけじゃ―」

「そんなところで立ってないで座って座って!さぁ~お客様にお・も・て・な・し・にゃん♪」

俺の言葉をさえぎって部屋の中に引きずり込まれる。

テーブルのそばにある椅子まで連れていかれ席に座らせられる。

「ただいま紅茶をお入れしますのでおまちくださいだにゃん♪」

一人の猫耳メイドが部屋の奥に向かっていく。

椅子に座りながら辺りを見回すとそこは明るい感じの喫茶店のような雰囲気だった。

ピアノの音色に心を奪われそうになってふとそれを奏でている人物を見つめる。

服装や髪型が違っていたので気が付かなかったが間違いない。

依頼されて捜索をしていた五十嵐遥だ。

他の猫耳メイドたちもよく見ると家出して失踪していた少女たちだ。

お姫様だけは見覚えがないが、恐らくは最初に誘拐された少女だと思われる。

「おまたせしましたにゃん♪」

そういって猫耳メイドが俺に紅茶を入れてくれる。

これじゃまるでメイド喫茶にやってきた客ではないか―

テーブルに肘をつき、頭を抱えていると勢いよく入り口のドアが開いた。

そこには切迫した様子の男が立っていた。

眼鏡をかけ小太りのまさにオタクといった外見だ。

「おかえりなさいませ!ご主人様ー!!」

「お、おお、おまえはだれだお!」

猫耳メイド達とその男が同時に声を上げる。少女たちは男の元へ駆け寄っていく。

俺はその少女達を稲妻が大気を切り裂くかのような速さで追い越し、男の背後に回り込み腕を締め上げる。

「あ、あだだだだ!いだいお~~~!」

男は情けない悲鳴を上げている。

「俺は家出をしていなくなっていた少女を探している探偵だ。お前が家出を装って誘拐していた犯人だな?」

「ち、ちがうんだお!話を聞いてほしいんだお!あばっあば!あばばばばば~!!」

電撃を流し込みながら床に男をねじ伏せる。

「妙な真似はすんなよ?少しでも怪しいそぶりを見せたらこのまま殺す」

「わ、わかったお!なにもしないからビリビリだけはやめてくれお~!」 

気が付くと俺の目の前にお姫様が立っていた。

両手にはその姿には似つかわしくない物騒なものが握られている・・・包丁だ。

「・・・その人を離して」

お姫様は小さな声でそう呟く。その声は少女の見た目に反して凄まじい迫力があった。

その迫力に気押されてしまう。周りを見ると他の少女達もこちらを睨みつけている。

この部屋では俺一人が敵視されている。

男の思考を探る。どうやら抵抗をする気はなさそうだ。

「・・・これじゃどっちが悪人だかわかんねぇなぁ・・・」

そういって男を解放してやる。するとお姫様は包丁を落として男の胸へ飛びつく。

他の少女たちも男の元へ群がっていき涙目で男に抱きついている。

「僕は大丈夫だお。みんなは大丈夫かい?」

少女達はうんうん、と頷いている。

「俺はその子たちにはなにもしてねぇ。さっきも言ったとおり俺は行方不明のこの子たちを探しに来た探偵だ。事情を説明してもらおうか」

男は少女達を落ち着かせてこちらを振り向き数回深く深呼吸をし、視線を下に逸らしながら話し始めた。

「僕の名前は木田きだおさむだお。確かに家出したこの子たちを誘拐したのはこの僕だお・・・。でもこの子たちみんな自分の居場所をなくしてしまった可愛そうな子たちなんだお!僕はそんな姿を見てられなくてここに連れて来たんだお・・・。ここでこの子たちが笑顔で過ごしてくれないかって思ったんだお・・・」

どうやら杏莉さんのカンが正しかったようだ。この男から話を聞くまでは半信半疑だったが。

やはり杏莉さんのカンは鋭い。

「その子たちの家族はずっと帰りを待っている。居なくなってしまってから反省をして居場所を作って待っている」

俺は木田治に調査をして判明した事実を伝える。すると彼は反省をしながら話し始めた。 

「本当はこんなに長い間この子たちを閉じ込めるつもりはなかったんだお・・・。この子たちの抱える問題が解決したら家に帰してあげようと思ってたんだお・・・。最初に結衣ちゃんを見つけた時に心配して話しかけたんだお。そしたらママ上からひどい扱いを受けてそれが嫌になって家出したんだって・・・だから僕は魔法の力を使って居場所を作ってあげようって、そう思ったんだお。だから結衣ちゃんみたいな家に居場所のない女の子たち呼んで、この場所でみんなで仲良くしてもらおうって思ったんだお。た、確かにメイド服とかは僕の趣味だけど、この子たちが楽しんでくれたから調子に乗ってたんだお・・・」

「・・・事情は解った。だがお前がやってることは犯罪だ。見逃すことはできねぇな。この子たちを開放してやれ」

「・・・わかったお・・・。でも・・・結衣ちゃんのママ上は・・・」

俺はフンと鼻で息をついて話を続ける。

「そいつの母親に俺が約束したのはと言う事だけだ。なんて一言も言ってないぜ。俺の依頼はお前が一番最後に誘拐した少女、五十嵐遥の捜索だ。犯人をどうしろとなんて言われちゃいねぇよ」

木田はポカンとした顔でこちらを見ている。

「俺は警察じゃねぇ、ただの探偵だ。依頼が無事に済めばそれでいい。依頼以外の4人の家族にも連れて帰るとは言っていない。お前が最初に誘拐した結衣っていう子に関しては特にそうだ。俺は依頼人の娘を連れて帰れればそれでいい」

「じゃ、じゃあ僕の事は見逃してくれるのかお・・・?」

「・・・ただで済ませる訳にはいかねぇな」

木田はぞっとした顔で震えながらこちらを見ている。

「・・・結衣以外の3人は開放しろ。おそらくもう大丈夫だ。今の彼女たちに居場所がある。方法はお前に任せる。上手くやるんだな」

「ゆ、結衣ちゃんはどうすればいいんだお?」

「・・・お前の監視役をしてもらう。今後お前が二度と同じような事をしないようにお前を見張ってもらう」

そういってお姫様、結衣の元へ近寄っていく。

俺は帽子を取り、手品のようにその中から小さなぬいぐるみを取り出して見せた。

「これは君にとっては大事なものなんだろ?成り行きで預かったんだ。君に返すよ」

「・・・ありがとう」

その後、彼女の頭に手をかざして念じる。

今まで使うまいと自制していた、禁呪を使う時がきた。

(今、君の心に直接話しかけている。もしコイツがまたなにかやらかしたら俺に連絡をよこせ。方法は簡単だ。ただ強く念じればいい)

(・・・あなたはいったい何者なの?)

(俺はただの探偵だよ)

(・・・私はあの家には帰らない。治さんと一緒に居られるならそれでいい)

(わかった。こいつが又、悪さをしないように見張っておいてくれ)

そう心に話しかけ片目を瞑って見せる。彼女は全てを悟ったかのように頷いて見せた。

次に木田治に対して話しかける

(結衣に魔法をかけた。お前がまた悪さをしたら俺に即座に伝わるようになっている。後は言わなくてもわかるよなぁ?)

(えっ?えっ?つまりどういうことだお?)

全く、鈍い奴だ。

「はぁ・・・まぁ俺はこの子を連れて帰るぞ」 

そういって五十嵐遥に近寄る。

「わ、私は・・・」

「君の両親は君の帰りを待っている。そして帰ったら思っていることをハッキリと言ってやれ。そうすればたぶん上手くいくさ」

「・・・わかりました。治さん、私の事を助けてくれてありがとうございました。私、家に帰ります」

「わかったお・・・。家族で仲良く暮らすんだお」

彼女は深々と頭を下げている。別れの挨拶が終わりこちらに向き直した。

そこで彼女を眠らせ抱きかかえる。

「あとはこの子を依頼人に届ければ仕事は終わりだ。じゃあな、木田治。上手くやれよ」

「わ、わかったお!岩﨑氏、ありがとうなんだお!」

「礼は俺じゃなくてその子たちにするんだな」

そういって彼らと別れる。木田治は悪人ではない。きっと近いうちに彼女たちを開放するだろう。

(ま、なにより姫、もといからな、もうなにもできねぇよなぁ)


「たっだいま~」

「おかえりなさ・・・慧さん!その女の子どうしたんですか!?」

杏莉さんが驚きながら出迎えてくれる。当然の反応だろう。

「依頼人の娘さんだよ。安心しろ、寝てるだけだ。もうすぐ目を覚ますと思うぜ」

「わ、わかりました!依頼主の方に連絡しますね!」

「よろしく頼むよ」

そういって眠っている少女をソファの上に横たわらせる。すると少女が目を覚ます。

一通りの説明をして最後に確認を取る。

「木田治の事は・・・」

「わかってます。大丈夫です」

それ以上の話は不要のようだ。杏莉さんが電話を終えて話しかけてくる。

「すぐにこちらへ来てくれるそうです。慧さん、見つけてくれてありがとうございます」

「杏莉さんに礼を言われるのは・・・まぁいいか。とにかくこれで一件落着だな」

「はい!お疲れさまでした!」  


依頼人が涙を流しながら娘との対面を果たす。少女はそれをなだめるかのように謝りながら話をしている。連絡を入れてしばらく経った頃、依頼人である五十嵐遥の両親は事務所へ駆け込んできた。

「無事に見つかってよかったです・・・」

「・・・そうだな、最悪の事態、って事にはならなくてよかったな」

「これも慧さんがすぐに解決してくれたおかげです」

「俺がいなくてもあの子は家に帰ってきたと思うがな」

「えっ?どういうことですか?」

「・・・なんでもないよ、それより腹減ったよ、解決祝いで美味しい物頼む」

「もぅ!後でちゃんと説明してくださいね!」

「ああ、わかったよ」

笑いながら杏莉さんにそう答える。

この事件の事をどう誤魔化すかまでは考えていなかった。

家出した少女たちを見つけるよりも難題かもしれない。


―――――


慧さんは苦笑いしていた。

今回の依頼の顛末を尋ねたのだけれど、はっきりとした答えが返ってこなかった。

「いや、その、なんていうのかな、ははは・・・」

そう言ってなんとか取り繕ろうとしていたけれど、苦し紛れで言っているというのはわかってしまう。

「放火事件もどうなったんでしょうね?犯人は見つかってないみたいですけど、二日間犯行はないみたいですし」

「そ、そうだな。俺に顔を見られたと思ってなりを潜めてるのかもな」

やっぱり誤魔化してる。普段なら思っていることをはっきりと言ってくれるはずだけど、この二つの件については違うみたい。

彼と出会ってから一週間足らず、それでも確信していることがあった。

岩﨑慧という人物は人を傷つけるような嘘をつかない。少なくとも私には―

私は彼が優しい心の持ち主なのだと確信してる。

でも彼はそれを絶対に認めない気がするけれど。

私に知られたくないことがあれば嘘をついてしまえばいいのに彼はそうしない。

はっきりとした事情を言えないのには深い理由があるのだと思う。

無理に聞き出すことはしたくはなかった。でも彼の秘密を知りたいと思ってしまった。

彼はほんとに不思議な人。いつも驚かされてばかりで、いつも助けられてばかりで―

でも時々彼はとても寂しそうな顔をしている。

そのままどこかに消えてしまうのではないかと思えるぐらいに。

だから私は彼の事を知りたかった。その寂しそうな顔の理由を知りたかった。

そうすれば今度は私が彼の助けになれるかも、しれない。

いつかその時が来たら、彼に聞いてみたい。


     ・・・と。

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