04 名探偵の影を追って


1月30日9時頃、いつものルーティーンをこなし始める。

杏莉さんに朝食も用意してもらえば良かったと激しく後悔をした。流石に図々しすぎるか。

昨日の夜は残っていた魔力でちょっとした検証を行った。飛行魔法の最大速度の確認だ。


現状普通に移動している時は時速20~30キロぐらいだ。

それを短距離走のようにしてみたらどうだろうかと確かめてみた。

結果からすると100メートルを1秒ちょっとで移動することができた。

だがその一瞬で残っていた1割の魔力の半分が消費されていた。最大魔力の5%だ。

気になったのは残りの全魔力を使うつもりで加速したのだが使い切れなかったことだ。

どうやら魔力をエネルギーとして出力するのにも上限があるようだ。

車を例に考えるとガソリンを沢山積んでいてもエンジンの性能が悪ければ最大速度はあまり出ない。つまりはそういうことなのだろう。

これから魔法使いとしての能力を鍛えていく上で重要なことがわかった。

魔力という名のガソリンの貯蓄量を増やすこと。

魔法を使い慣れて消費する魔力の量を減らす、燃費をよくすること。

そして出力、エンジンの馬力の強化だ。

これでいつかは音速で一時間以上飛行し続けることも可能なのではないだろうか?

今は全力だと20秒で2キロ移動すると枯渇してしまうわけだが。

確認が済んだところで最後の魔力を短距離ダッシュで使い切った。

おかげで今日も魔力は7割程度で全回復してはいなかった。


準備を済ませて一ノ瀬探偵事務所へ向かう。

自宅からは直線距離で2キロぐらいだろうか。4分程度で到着する。

二階に上り自宅のチャイムを押す。するとすぐに家の住人が顔を出す。

「あ、慧さん、こんにちは!」

「ああ、少し早めに来てしまったが大丈夫か?」

「全然だいじょぶです!」

そういうと家の中に案内される。昼食の準備をしようとしているところだった。

「そういえば初歩的な事を聞き忘れていたが親父さんは携帯を持ってなかったのか?」

「持ってましたけど家に置いてありました。だからすぐに帰ってくるものだと思ってたんです」

「なるほどね、警察とかには相談したりはしてない?」

「いえ、まだしてません。長引くようであればしないといけないと思いますけど・・・その時は昔お世話になっていた刑事さんに相談してみようかと」

昔はバリバリ事件を解決していただけあってそういったコネが少なからずあるらしい。

「とりあえず少しの間保留にしておくか。今日は親父さんの残した資料を確認して今後の方針を考えようと思ってるんだが」

「わかりました、よろしくお願いします。書斎の鍵はお渡ししますので」

昨日の黒猫のキーホルダーが付いた鍵を受け取る。

「親父さんは猫好きだったのか?」

「そうですね。昔は猫を飼っていたんですがその子が亡くなった時、父はとても悲しんでしまって・・・。だからこのキーホルダーをプレゼントしたんです。父はとっても喜んでくれました」

「なるほどな。親父さんにはとても大事なものだったわけだな・・・。それじゃ書斎を確認してくるよ」

「はい、お昼ご飯が出来たら呼びに行きますね」

「ああ、期待しておくよ」

そう言って一階の書斎に向かう。


鍵を開けて中に入ると相変わらずこの部屋だけは雰囲気が違う。

失礼だとは思ったが気になっていたノートパソコンに目をやる。

電源を入れるとすんなりとデスクトップ画面に移行する。パスワードはかかっていなかった。

恐らくこのパソコンは資料の編集等に使っていた物で、この中には重要なデータを残していないのだろう。セキュリティが甘いのがその証拠だ。

次に棚に入っているファイルを手に取り思念を探ってみる。

昨日は気が付かなかったがかすかに思念を感じる。

昨日の時点で全く思念を感じ取れなかったのは、魔法の練度の低さが原因だったようだ。

微かな思念を読み取ってみるが上手くいかない。これも魔法の練度が低いせいだろう。

このまま調査を続けていけば魔法使いとして成長し、いつかは重要な手掛かりを見つけることが出来るかもしれない。

(早いところ見つけてあげたいが、少しずつ進んでいくしかねぇな)

今度はファイルの内容に目を向ける。失踪事件などの情報が多いがこの地域で起きた様々な事件がファイリングされているようだ。

放火、強盗、殺人、失踪・・・居なくなってしまった妻を探す為に手あたり次第事件を調査していたということだろうか。しかしそれぞれの事件に一貫性はなく困惑する。

はたしてこの内容にはなにか繋がりがあるのだろうか?

様々な可能性を考えながらファイルに目を通していく。

しかし結果は変わらない。情報だけが無駄に蓄積されていく。

13年分の資料全てに目を通すには時間が足りない。

膨大なファイルを目にしてため息をつく。すると部屋のドアをノックする音が聞こえる。

「慧さん、お昼ご飯出来ました。食べます?」

「ああ、腹減ったし有り難くいただくとするよ」

俺は彼女の申し出を受け、二階へと移動した。


考え事をしながら彼女の作ってくれた料理を頂く。

ご馳走さまでしたと一礼し、椅子に深く座りなおす。

両腕を組みながら思考を巡らせる。そして意を決する。

「親父さんがいない間に仕事の依頼はあったのか?」

「えっと、一人ペットを探してほしいと訪ねてきた方がいらっしゃいました。そういえば父はネットでも依頼を受けていたのでもしかすると何件か依頼がきているかも・・・」 

彼女はあたふたしている。完全に失念していたようだ。構わず話を続ける。

「・・・そこで相談なんだが。親父さんが見つかるまでの間、俺に探偵の仕事をさせてくれないか?理由はいくつかある。一つは俺が今無職だから暇だってこと。二つ、普通に親父さんを探しているだけでは見つからない気がするんだ。だから親父さんが探していた事件を追いかけていけばいつかたどり着くかもしれない。俺が探偵として活動していくことで遠回りになるが親父さんを見つけ出すことができるかもしれないと考えたわけだ。三つ、俺が探偵という物に興味を持ったからだ。正直軽い気持ちではあるんだが、この仕事をしてみたいと思ってな。どこまでやれるかは分からないが親父さんを探すついでにやってみようか、ってね。他にも色々理由はあるけど、例えば親父さんがいない間収入がないと君が困るだろ、とかさ。まぁとりあえず、カネの話は置いておこう。探偵なんかしたことないからできるかどうかも分からねぇし。だからうまくいった時、君に判断してもらおうと考えてる。・・・どうだろうか?」

彼女は驚いた表情で話を最後まで聞いていた。そして少し間を空けてから話し始めた。

「・・・私は、父を探してくれるのを手伝ってもらえるのであればそれだけで十分です。方法は慧さんにお任せします。それに父が居ない以上事務所を経営していくことはできません。だから仕事を手伝ってもらえるのであれば私達にとって決して悪い話ではありませんし・・・。でも、探偵のお仕事、できそうですか?私は事務的な事は多少わかりますが実際の調査に関しては全く知りませんし・・・」

俺は苦笑いをしながら答える。

「いやーできるかどうかはやってみなきゃわかんねぇんだけどな。ただ自信が全くないってわけでもないんだ。さっきのペット探しの依頼ぐらいならたぶんできる、と思う」

探偵がどんな仕事をしているかはよく知らないが、魔法でなんとかなるだろうと考えていた。

むしろこの力を活用するという意味では適しているとすら感じていた。

それに社会の歯車の一つとなって毎日同じことをしていく生活はうんざりだった。

だから探偵という未知なる存在に、心惹かれるモノがあった。

自分の裁量で事を運んでいけるのであればそのほうが気が楽だ、と。

「・・・じゃあ、私からも改めてお願いします。探偵のお仕事の事、そして父の事。よろしくお願いします!」

「あんま期待すんなよ?やれるだけはやるけどさ。ってわけでさっそく始めるとしますかね。ペット探しの依頼主と連絡は取れるか?まずはそれからやってみよう」

「わかりました。連絡先は控えてあるのでまだ見つかっていなければだいじょぶだと思います」

そういうと彼女は自宅の受話器を取り電話をかけ始めた。そして慣れた口調で話し始めた。

少しするとこちらを向いて身振り手振りで合図をしてきた。

話の内容からしてもどうやらまだペットは見つかっていないらしい。

依頼はまだ生きているようだ。

「ペットが使っていた物があれば持ってきてくれるよう頼んでくれ」

小声でそう伝えると、コクコクと首を上下させ頷いている。

しばらくすると受話器を置いてふぅと息をついて話し始めた。

「まだ見つかってないので探してほしいそうです。1時間以内にこちらに来てくれるとのことでした」

「そうか、じゃあそれまでの間に他の依頼がきていないかパソコンを確認するかぁ」

「はい、私も気になるので一緒に見させてもらいますね」


一階の書斎に戻りパソコンを立ち上げメールを確認する。

すると数件、依頼と思われるメールが届いていた。

目についたのは浮気調査の依頼だ。これは正直簡単な依頼だ。

対象になる人間に接触し、浮気しているかどうか心を読み取る。

イエスであれば密会の時刻を読み取りその現場を証拠として押さえればいい。

ノーであれば数週間後に調査の結果、浮気の事実はなかったと伝えればいいだけだ。

(これ、割とボロい商売なんじゃね?)

依頼を確認してみた限り、魔法でなんとかなりそうな内容だった。

「何件か来てますけど、どうしましょうか?無理そうであれば依頼の募集を一時取りやめて、既にきている依頼は断ってしまうしかないかと・・・」

「んー・・・まぁなんかなる・・・と、思う」

そうこうしていると先程の依頼主が事務所にやってきた。 

応接間で詳しい話を聞くことにする。


依頼の内容は実にシンプルだ。

飼っていたペットの猫が数日経っても家に帰ってこないので探してくれ、とのことだ。

猫の写った写真を受け取る。それには可愛らしい黒猫が写っていた。

続いて、その猫の遊び道具を受け取る。

人間以外にもある程度知能を持った生物であれば魔力は存在している。

いつもの手順で思念を読み取り記憶する。

必要な情報を手に入れたので、依頼主に見つかったら連絡を入れると告げる。

よろしくお願いします、と必死に頭を下げていた。


俺はペットを飼っていた経験はないので依頼主がどんな気持ちでいるのかは解らない。

だがペットは家族だ、という人もいるぐらいだ。相当心配しているのだろう。

実の父親が居なくなってしまったというぐらいには―

「早速探しに行ってくるよ」

そういって俺は初仕事に出かける。


昨日の調査と同じ要領で探し始める。面倒だったので最大出力で探査の魔法を展開する。

すると痕跡ではなく本体を認識できた。

(いた!こっから3キロ先、あそこは確か・・・)

急いで向かってみるとそこには小さな公園があった。

敷地内には猫が数匹居座っていて、たまり場のようになっている。

公園に近づいていくとベンチの上に座っていた黒猫がこちらを見つめている。

疑問に思い振り返ってみるが背後にはなにもない。

(透明化してるのになんでだ?野生のカンってヤツかぁ?)

気になったのでその猫の魔力を確認してみる。

するとかなりの量の魔力が潜在していることがわかった。

(猫の魔法使い、だったりはしねぇか、まさかな)


動物の中にも不思議な力を持った個体がいるのだろう。

実際とても賢い犬や猫がいるが、つまりはそういうことなのかもしれない。

魔法の力は人だけのモノではない。強い意思が織りなす神秘、それが魔法だ―


公園に降り立つ。よく見るとその黒猫は探していた猫ではなかった。

首輪が付いていない。ただの野良猫のようだ。

視線はずっとこちらを向いている。

試しに手を振るとにゃ~んと鳴いて返事をしている。完璧にこちらを認識している。

この不思議な猫のことがとても気にはなるが、依頼されている猫を探す。

公園の隅っこに猫が数匹、寄り添って団子のようになっていた。

その中に首輪をした黒猫がいた。気持ちよさそうに昼寝をしている。

近寄っていきその猫に手をかざし魔法を編み出す。

(そのまま大人しく眠っててちょーだい)

ツンツンと鼻先を軽くつついてみるが起きる気配がない。

眠らせる魔法の効き目は抜群のようだ。そのまま猫を抱き上げ空へと飛び立つ。

(これで初仕事は終わりだな、楽勝だぜ)

公園を見下ろすとさっきの不思議な猫がこちらを見つめている。

軽く手を振ると猫も尻尾を振って返事を返しているかのように見えた。

探し始めてから30分もしないうちに見つけてしまったのでこのまますぐ帰るわけにもいかなかった。

調査対象を一ノ瀬遼太に変更し、再度最大出力で思念の痕跡を探す。

昨日と違って微かではあるが反応がある。

その反応を一つずつ念入りに探っていく。

しかし思念から読み取れる情報には彼の行方に関わるような内容はなかった。

2時間程度猫を抱えながら調査をしていたが大きな成果をあげることはできなかった。

だが初日に比べれば手応えはあった。

調査を続けていけば見つかるかもしれないという予感が確信へ変わりつつある。

魔法使いとしての成長が鍵になりそうだ。

(もうそろそろこのにゃんこを連れて帰るか)

ある程度時間がたったので事務所に帰ることにする。

一仕事終え、日が沈む景色を眺めるのは気分が良かった。

「たっだいまー」

「おかえりなさ~い。えっ!猫ちゃんもう見つかったんですか!?」

杏莉さんは目を大きく見開いて驚いている。

「いやさ、割と近くの公園が猫のたまり場になっててね。まさかと思って見て回ったら偶然見つけられたんだよ。運が良くて助かった」

嘘をつくのは本意ではない、ましてや彼女に対しては尚更だが・・・仕方あるまい。

半分ぐらいは本当のことだと自分に言い聞かせる。

「じゃあ早速依頼主さんに連絡しますね!」

「ああ、頼むよ」

しばらくすると、依頼主がやってきてので、猫を引き渡す。

目に軽く涙を浮かべて何度も頭を下げながら、感謝の言葉を口にしていた。


依頼主を見送りながらふと考えていた。

家族というのはそれほどまでに大切なものなのだろうか?と。

頭の中では理解しているつもりだ。かけがえのない存在なのだと。 

それが心の支えであり、人々の繋がりなのだと。

しかしそれを心で理解できている訳では無い。

頭で理解する事と、心で理解することは全く違う事だ。

何時か俺にも心から人の事を思い、涙を流せるような日が来るのだろうか?


「ねこちゃん・・・無事に見つかってほんとによかったです」

杏莉さんは嬉しそうに、だがどこか儚げに微笑んでいた。

「・・・そうだな」

君のお父さんも、と続けようと思ったが声には出せなかった。


月の光が町を照らし、影を映し出している。

それは俺の心の影を表しているような、そんな気がした。

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