03 消えた名探偵


状況を軽く整理する。彼女、一ノ瀬杏莉の父は事件の調査に出かけ、一週間前から連絡が付かなくなっているそうだ。

どんな事件を調査していたかはわからないが、この状況で考えられることは一つしかなかった。

「・・・やっぱ事件に巻き込まれて連絡が取れない状況になってるってことか?」

「父に限ってそんなことはないと・・・思いたいのですが、すごく心配で・・・」

彼女の不安を煽ってしまった。だが可能性は十分にある以上考慮せざるを得ない。

頭をフル回転させるがヒントが少なすぎて、現状で思いつくことは特にない。

考え込んでいると彼女が細々とした声で話し始めた。

「あの、こんな事お話しをするのはおかしいと思うんですが、聞いてもらえませんか?」

「ああ、いいぜ、なんでも話してくれ。聞くだけならいくらでもできるぜ」

「父を探すのを手伝ってほしいんです。もちろん報酬はお支払いします」

「そういうことなら断わる」

俺は即答する。

「・・・そうですよね、すいません突然変なことを言ってしまって」

静寂が場を支配する。空気が極端に重くなり自然と彼女の頭がうなだれていく。

しかし俺は全く動じずに次の言葉を投げかける。

「そういうことというのは『金を払う』ということだ。金はいらないし、俺の自由にやる。見つけることができたら君がご馳走を作ってくれる。この条件ならできる範囲で手伝おう。どこまで役に立てるかはわからんがな」

「えっ?!手伝ってもらえるんですか!それにそんな条件で・・・」

「別にいいよ。俺ちょっと前に仕事辞めちまって暇だし。俺のやりたいようにやらせてもらうだけでうまい飯が食えるとかこんなに幸せなことはないだろ?」

「でも、お金はいいんですか?」

「いいんだよ、そんなもの。そもそも人を探すなんて事、素人の俺にちゃんと出来るかどうかわかんねぇしな。だからもらうわけにはいかない。

 それに君の料理、気に入ったんだ。御馳走が待ってると思えるなら割とやる気出るぜ」

「・・・わかりました!私毎日でもご馳走作ります!なので・・・どうか父を探すのを手伝ってください・・・」

「よしっ!交渉成立だな。早速だが親父さんの写真があれば貸してほしい、それと調べていた資料にも目を通したい」

「写真、ですか。自宅にあると思います、探してきます!資料はその奥の部屋にあると思うんですが鍵がかかっていて・・・鍵は父が持っていてスペアはないですし、困りましたね」

「じゃあこじ開けるしかないな、針金のような物、そうだな、クリップがあれば二つぐらい持ってきてくれないか?」

「わかりました。少し待っててください」

調べていた資料などには思念が残っているかもしれない。

思念は指紋の様に人それぞれに違っている。それを辿れば探し出せるかもしれない。

鍵は魔法で簡単に開けることができるはずだ。

道具など必要ないのだが自分の力がバレない為の口実作りをしておかなければ。

人探しなどしたことはないのだが見つけ出す自信はあった。

なんせ俺は魔法使い、この力を駆使すればなんとかなるだろう。

「お待たせしました。写真はかなり前の物しかなかったのですが」

写真には三人の人物が写っている。左には一ノ瀬杏莉そっくりな人物。

真ん中にその人を幼くしたような女の子。そして温厚で頼りになりそうな男性。

「母がなくなる少し前に撮った写真です。13年ぐらい前の物です。父が写っている写真はそれしかなくて・・・」

さらっと重要なことをいわれ、驚いて聞き返す。

「亡くなった?君の母さんは死んでしまったのか?」

「あ、いえ、正確には『居なくなった』んです。その写真を撮った後に行方不明になってしまって。母が居なくなるまでは父は色々な事件を解決していて名探偵なんて呼ばれていたみたいで。でも母が居なくなってからはあまり多くの事件に関わらなくなってしまって。母のことを探し続けていました」

13年前に失踪した母。それを探していた名探偵の父が音信不通に。

彼女の心境がどのようなものか改めて痛感する。

「・・・なんか、すまん」

「いえ、気にしないでください。母のこと、当時はショックでしたけど今は気持ちの整理はついているので」

煮えたぎるような怒りが込み上げてきた。このままではなんの罪もない彼女があまりにも不憫だ。

神というものが本当にいるのであればこれほどの仕打ちをする外道を今すぐにでもバラバラにしてやりたかった。

同時に軽い気持ちで話を聞いていた自分にも怒りを覚える。覚悟を決め、拳を強く握りながら小声で呟く。

「・・・必ず見つける」

「え?」

「いや、なんでもない、それよりクリップはあったか?」

「はい、でもこれをなにに使うんですか?」

俺はそれを受け取るなり、針金状にして鍵穴に突き刺しガチャガチャと動かした。

「ピッキングって奴だな、うまくいけばこれで開くはずだ」

当然俺にそんな技術はない。ドラマなんかで見たことがあるだけで、それを真似ているだけだ。

「えっ、できるんですか?」

「ああ、昔空き巣やってたことがあってな、これぐらいなら開けられるよ」

「えっ!そんなことしてたんですか!だめですよ!」

割と本気で怒っているがなんとなく可愛く見える。

「ふふ、冗談だよ冗談。そんなことより知り合って間もない人間にこんなことさせていいのか?」

俺はいたずらな笑みを浮かべて彼女に質問した。

「う~ん・・・岩﨑さんは・・・なんていうか、だいじょぶだと思います」

「なにそれ、答えになってなくね?」

「名探偵の娘のカンです!たぶん当たってます、きっと、はい!」

「もうちょい疑えよ。俺めっちゃ怪しい人だと思うんだが」

そのタイミングで鍵を開ける魔法を編み出して念じる。するとガチャッという音が聞こえた。

「っと、何とか開いたみたいだな、簡単なヤツでよかったよ」

「す、すごい・・・」

口を開けて唖然としていた。思わず噴き出しそうになる。

「たまたまうまくいっただけだよ、中に入ってもいいか?」

「ええ、お願いします」

部屋には立派な机と椅子があり、壁を覆うように本棚がおいてある。

本棚の中には無数のファイルが所狭しと差し込んである。

机の上にはいくつかのファイルとノートパソコン、そしてプリンターが置いてあった。

「軽く部屋の物を調べさせてもらうが、構わないか?」

「はい、だいじょぶだと思います」

了承を得て机のファイルを手に取る。おそらく最後に手に触れたであろう物がこれだろう。

ファイルの中には不審死や自殺、行方不明などの事件の概要が記録されていた。

行方不明はわかるが、不審死と自殺は関連性があるんだろうか?

とりあえず思念を探ってみることにした。

しかしファイルからは何も感じ取ることができなかった。

部屋の本棚に目をやったが不自然なぐらいになにもない。

(一生懸命探していたのであれば町にあったみたいに少しは痕跡があると思ったんだがな・・・)

もう一度机に目をやるとかすかだが机の引き出しに痕跡を見つけ出した。  

引き出しを開けるとそこには―

「猫・・・のキーホルダー?」

そこには古ぼけてはいるが、デフォルメされた可愛らしい黒猫のキーホルダーが入っていた。鍵が一つだけ付いている。

「あっ、それは私が小学生の時に父の誕生日にプレゼントした物です。まだ持っててくれてたんだ~」

早速手に取って思念を読み取ってみる。すると持ち主の記憶がいくつかの写真のようになって脳内に流れ込んできた。

最愛の妻と娘、失った想い、誓った覚悟、真実への確信―

「あ・・・れ?」

気が付くと右目から涙が流れていた。痛かったり、悲しかったりするわけではないのだが。

「どうかしましたか?」

声をかけられて我に返る。

「いや・・・目にゴミが入ったみたいだな」

ありきたりな台詞で誤魔化す。とりあえずの目的は果たした。

持ち主の思念のパターンは記憶した、これで探し出すことができる。

「この部屋にあるファイルの事件を追っていけば見つけ出すことができるんじゃないか、と思うんだが」

「ほんとですか!」

「たぶん、だけどね。どれぐらいかかるかはわからんけど。もしかしたらそのうちひょっこり帰ってくるかもしれないし」

「その時は腕を振るってご馳走作りますよ!みんなでたくさん食べましょう!」

「はは、そりゃいいな」

根拠はないが自ら帰ってくる可能性はないと感じていた。

この部屋は何か変だ。人がいた痕跡を感じない。

それに他の者を寄せ付けない雰囲気を感じる。

「この鍵は君に預けておくよ、たぶんこの部屋の鍵だから」

そういって先程のキーホルダーを彼女に手渡す。

「とりあえずこの部屋はまた後で見ることにするよ」

他の書類、特にノートパソコンの中身は気になったが、恐らく重要な手掛かりはないような気がした。

「わかりました、その時は声をかけてくださいね」

「ああ、それと早速探しに行ってみるよ。少し思い当たることがあるからそれを確認してくる」

「えっ、もうなにかわかったんですか?」

「んー、そういう訳じゃないないんだけどちょっと気になることがあってね」

そういって書斎を後にする。ソファに置いておいた帽子とコートを手に取り外へ向かう。

「とりあえず夕方、18時ぐらいには戻るよ」

「じゃあ晩ご飯作っておきますね!」

「え、マジ?いいのか?」

「私、それぐらいしかできないから。それに岩﨑さん、普段コンビニ弁当とかばかり食べてそうだから」

完全に図星だった。やはり女のカンは鋭いものなのだろうか?

「君エスパーかなんかなの?なんでバレてんの?」

「名探偵の娘のカンです!バレバレですよ!」

エッヘン、と自慢そうにポーズをとる。一々仕草が可愛くて笑ってしまう。

「それじゃ行ってくるよ、ご馳走、期待しておくよ」

「任せてください!待ってますから!」


別れの挨拶を済ませ、人気のない路地に入り周囲を確認して空に飛び立つ。

さっき試した雪の傘の魔力を辿った要領で、一ノ瀬父の痕跡を探す。

限界の半径5キロぐらいを探ってみるが反応がない。

単に見つかると思っていたが一筋縄ではいかないようだ。

10キロほど北へ進み、もう一度探ってみるがやはり反応はない。

その後南東、南、南西と六角形を描くように探してみるが一向に反応がない。

一ノ瀬家を中心に大体半径15キロを探査してみたが痕跡を見つけることは出来なかった。

(これは予想外だな。かすりもしないか・・・まいったな)

魔力の残量は残り一割を切っていた。昨日に比べればだいぶ長持ちした。飛行時間だけでいえば4倍近く飛べていた。だがそろそろ限界が近い。

おっさん妖精が言っていたとおり魔法を使い続ければ上達していくようだがこれほど違いがあるとは思っていなかった。

仕方なく探索を終了させ一ノ瀬家へ帰還する。

初日の調査は収穫ゼロ、という残念な結果に終わってしまった。

ゼロ、ということもないか。元々そんな人物は存在しなかったのではないか?

そう思えるぐらい彼が存在したという痕跡がないことが明らかになったからだ。


約束した時間より早く帰ってきてしまったが、今の彼女からすれば遅くなるよりはマシなのかもしれない。

事務所のドアを開け、応接間を覗いてみるが人の気配はない。

仕方なく二階に上っていくと右手にドアと呼び出し用のチャイムがある。

少し迷ったがチャイムを鳴らす。すると家の中から返事が聞こえてからドアが開く。

「あ、岩﨑さん。おかえりなさい」

「ああ、ただいま」

「晩ご飯は1時間後ぐらいに出来ると思うので良かったら家に上がって待っててください」

「・・・じゃあお言葉に甘えさせてもらうよ」

予想はしていたが、なんというか無警戒すぎるんじゃないだろうか?

そう思いながら彼女の住む家に入ることにする。

玄関の正面奥にキッチンがあり、大部屋の中央には机があり、その周りには長めのソファが二つ。机の向こう側の壁際にはテレビが置いてある。

左奥は和室なのか襖が、そこから時計回りに洋室、角を挟んで風呂場、トイレ、玄関という間取りだ。

とりあえずソファに腰掛けテレビを見ながら時間を潰す事にする。

「あのさぁ・・・普通に家でくつろがせてもらってるけど、こんな得体も知れない人間と一緒で怖くねぇの?」 

料理をしている彼女に問いかける。

「う~ん、岩﨑さんはなんというか、確かに外見はちょっと怖く見えますけど、悪い人じゃない気がするんですよね。その、なんていうか、父と雰囲気が似ているから、だいじょぶかな~って。顔とか性格は全然違うんですけどね」

「それも君のカンってヤツか・・・全く・・・」

何故かは知らないがある程度信用されているようだ。


昔から外見のせいで近寄りがたい人間だと思われる事が多かったがこれほどすんなり受けいれられるのは初めてだった。

大体第一印象で怖そうだの近寄りがたいだの思われてしまい、その意識を払拭するのは困難だった。

いつしか仮面を被って取り繕うことが面倒になり、人間関係の構築を放棄して生きてきた。 

しかし彼女はこちらの内面を見ようと努力をしてくれているようだった。

とはいえあまり買い被られても困るわけだが。


「周辺を探してきたんだが親父さんの情報は得られなかったよ。もしかしたら結構遠くに行ってるのかもしれん」

「う~ん、荷物をあまり持っていかなかったのでそんなに遠くには行ってないと思っていたんですけど」

「そうなのか。問題なければ親父さんの部屋を見せてもらっていいか?」

「ええ、そこの和室が父の部屋なのでどうぞ見てください」

襖を開けて中を確認する。綺麗に整理された部屋だった。

私室だけあって一見したところ何か手掛かりになるようなものはなかった。

痕跡を探ってみるとこの部屋には思念がちらほらと浮かんで見えた。

その様子を見て少し安心する。存在していたという証拠がここにはある。

思念に触れてみる。写真のアルバムを見るように過去の一場面が頭に浮かんでくる。

しかし居なくなってしまった理由に結び付くような情報は得られなかった。

部屋の中の思念をある程度確認してから彼女の父の部屋を後にし、ソファに戻る。

部屋には食欲をそそる香りが漂っている。どうやらカレーを作っているようだ。


今日一日の調査を振り返る。結果は手掛かりになるようなものは全く見つからなかった。

(・・・発想の逆転、手掛かりが見つからないというのが手掛かり、か?だとしたらどういう意味なんだろうか)

一つの視点に囚われずに多角的に物事を分析する。

痕跡がないのは何者かに消されているからなのだろうか?

だとしたらその人物は魔法使いである可能性が高い。

事件を調査するうちに魔法を悪用している人物に遭遇してしまった。

そうなると彼を探し出すのは困難を極めるだろう、最悪―

(・・・まだ初日だ、色々可能性を模索するのは悪いことじゃないが早計すぎるな)

人探しという慣れない事をしたせいか疲れてきた。

ソファに深く腰掛け天井を見上げ、ボーっと眺める、すると―

「お待たせしました、一ノ瀬家特製カレーです!」

目の前にお皿が運ばれてくる。食べなくても分かる、これは絶対に美味い、間違いない。

手を合わせいただきますと一礼し早速食べ始める。

「隠し味に色々入ってます、たとえば―」

彼女が説明しているがその声はもう俺には届かない。

スプーンを動かす手は人の限界をいとも容易く凌駕し、わずか1分足らずで完食する。

「一ノ瀬さん、おわかり!」

お皿を天高く掲げ大声で宣言する。

しかし彼女は両手を腰に当て前かがみになってこちらを見ているだけで微動だにしない。

「あ・・・あの、すいません・・・おかわり、いいですか・・・?」

やはり微動だにしない。何か悪いことをしたのだろうか?

彼女の顔色をうかがってみると何かを期待するような目でこちらを見ている。

「あ・・・あんり・・・さん?あの、おかわり・・・頂いても、よろしいで・・・しょうか?」

「・・・大盛ですか?」

「え?あ、はい、お願いします」

そこまで言うと彼女は上機嫌でお皿を受け取りキッチンへ戻っていく。

大盛のカレーと自分の食べる分のカレーを持ってきた。

「慧さん、そんなに急いで食べなくても私の作ったカレーは逃げたりしませんよ」

どうやら名字ではなく名前で呼んだのが正解だったようだ。どんどん距離を縮められていく事に少し戸惑いはあったが別に悪い気はしない。

大盛のカレーをゆっくりと食べていく。彼女も嬉しそうに食事をしている。食べ終わって一息ついたところで彼女に質問をしてみる。

「一ノ瀬さんは料理上手だけど、どこで覚えたん?」

彼女はさっきと同じように無言でこちらの顔を覗き込んでいる。どうやらもう逃げられないようだ。

「あー、杏莉さんは料理、どこで覚えたん?」

「子供の時に母に教わりました。母が居なくなってからは私が料理当番をしていて。最初はあまり上手くいかなかったんですけどそれでも父は喜んで食べてくれて。それで上手くなろうって思って頑張って覚えたんです。大学生の時も料理の勉強をしてました。一応調理師の免許も持ってるんですよ!」

「料理ガチ勢かよ。君はいい嫁になれるよ」

「えっ、そ、そうかなぁ・・・?」

恥ずかしそうにもじもじしている。呼び名の件をここぞとばかりに仕返ししていく。

「そういえば君のご両親の事、聞いてなかったな。差し支えなければ話してくれないか?何か手掛かりになるかもしれないし」

「はい。えっと、父は一ノ瀬遼太りょうた、56歳。母は祐花ゆうか、13年前、私が10歳の時に居なくなってしまって当時は30歳でした。母は事あるごとに『遼太さんは私の命の恩人の名探偵なの」って言ってました。昔事件に巻き込まれた母を助けたのが父だったらしいです。それが切っ掛けで交際するようになったと言っていました。昔は父は色々な事件を解決するために飛び回っていてあまり家にはいませんでした。母が居なくなってからはあまり大きなお仕事はせずに小さな依頼を受けていました。父は母が居なくなってからずっと母のことを探したみたいです・・・」

「そうか、仲良かったんだな。うらやましい限りだ」

「慧さんのご両親はなにをなさっているんですか?」

「俺のか?んーどうだろ、しばらく連絡とってないからなぁ」


家族の事はあまり思い出したくなかった。

家庭環境が悪かったわけではないのだが、子供の時からずっと孤独だと感じていた。

他の人とは違う場所に居るような感覚。

決して人と交わることは無い、そう思っていたのだ。

何故そんな風に思うようになったかは今となっては思い出せないが。

そんな自分の孤独を埋める為にこの町にやってきたのだが結果は変わらなかった。

きっとこの先も変わる事は無いだろう。


「どうかしましたか?」

「いや、なんでもないよ」

「ところで慧さんは今何歳なんですか?」

「ん?昨日30歳になったよ、もうおっさんだな」

「え、私25歳ぐらいだと思ってました」

「じゃあ30じゃなくて25歳です」

そういうと彼女はジト目でこちらを見てきた。

「というより昨日誕生日だったんですか!なにかお祝いをしないと!」

「いや構わないよ。それにもう、うまいもん食わせてもらったしな」

「う~ん・・・じゃあ明日ケーキを作るのでまた来てもらえませんか・・・?」

寂しそうな顔でこちらを見ている。

きっと父が帰ってこなくて一人で居るのが不安なのだろう。

「親父さんが見つかるまではここに来るつもりだよ。君に断られない限りはね」

「断ったりしません!むしろお願いします!私一人じゃどうにもならないから・・・」

「まぁやれるだけの事はやってみるさ。さて、そろそろ帰るよ。明日もお昼頃くるよ」

「じゃあお昼ご飯作って待ってますね」

そこまで話して席を立つ。帰り際にまた明日と挨拶をして彼女の家を出る。


月が夜道を照らしている。届かぬと知りながら輝く星々に向かって俺は飛び出した。


―――――


昨日のことが気になっていた。消えてしまったのことが。

気が付けばいつもの癖で父と自分の分の食材を買ってしまっていた。はぁ、とため息をつく。

家の前まで行くとそこには昨日みたと同じ格好の男性が立っていた。

事務所のプレートを見ながら不思議そうに首をかしげている。

声をかけてみるとやっぱり昨日、傘を貸してくれたあの人だ。

昨日のことはれっきとした事実のようで安心した。

私はどうしてもお礼がしたくなり、彼に食事を作ってあげることにした。

幸い材料は二人分ある。急いで昼食を作って、彼の所に運んでく。

帽子をとっていたので初めてはっきりと彼の顔を見ることができた。

黒髪が肩の辺りまでまっすぐ伸びていて、目は二重で眼力があり、瞳は薄い色をしている。片目には髪がかかっていて、色白で顔は整っている。

年齢は25歳ぐらいだろうか。少し陰があり近寄りがたくて、怖い雰囲気があるが、どちらかと言えばイケメンの部類に入ると思う。

彼は手を合わせ一礼をしそれを口にした。

すると物凄いスピードで食べ始め喉に食べ物を詰まらせてしまっていた。

どうやら私の料理を気に入ってくれたらしく、とても美味しそうに食べてくれている。

その様子はいつも私の料理を食べていた父に似ていて嬉しく感じた。

彼に父の事を相談してみた。すると彼は快く父を探してくれると言ってくれた。

家族の写真を見せて説明をしている時に彼はとても思いつめた表情をしてなにかつぶやいていたが聞き取れなかった。

早速彼は手掛かりを探しにいくと出かけて行った。彼もまた居なくなってしまわないだろうかと不安になった。

だから「待ってますから!」と語気を強めて彼を見送った。


晩ご飯はカレーを作ることにした。好みが分からなかったので皆好きであろうものを選んでみた。

お皿を渡したと思った次の瞬間には食べ終わっていた。美味しそうに食べてくれる点ではやはり父に似ていると思った。

「一ノ瀬さん、おかわり!」

そう声をかけられて現実に引き戻される。父は私の事を杏莉、と名前で呼んでいたからだ。

無理やり彼に私の事を名前で呼んでもらえるようにした。私も彼を名前で呼ぶことにした。深い意味はないけれど、こちらのほうがいいと思ったから。

料理を作るのは好き。でも一人で食べるのは寂しかった。だから私の料理を喜んで食べてくれる人が居るのはとても嬉しい事なのだと改めて気づかされた。

食べ終わってからは談笑をして明日も来てくれるようにとお願いした。遅めの誕生日祝いをすると約束して。


彼を玄関で見送り、空を見上げる。星空は変わることなく輝きを放っている。

父もこの同じ空を見ているのだろうか?そうあってほしいと強く願う。

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