02 涙の意味


1月29日10時頃、俺は目を覚ます。体に特に異変はない。

魔法を使いすぎても体への弊害はないようだ。

魔力も回復しているらしく、宙に浮かぶことも可能だ。

少し遅めの朝食をとる。魔法でなにか作れないかと試してみたものの、料理の知識がないので焼く位のことしかできそうになかった。

魔法といっても万能というわけではなさそうだ。

仕方なく冷蔵庫に入っている昨日の白米とスーパーで買った半額の総菜を食べることにする。

電子レンジで加熱してコタツの上へ運び、録画しておいた深夜アニメを見ながら食べる。

友人の勧めでなんの気なしに見はじめたのだが、今ではうだつが上がらない日々に彩りを添える、貴重な存在だ。

一通りアニメを見終わるとお次はパソコンを立ち上げ、行き着けの動画投稿サイトへ飛び、気になる新着動画をチェックしていく。

(ホントにこいつらは飽きもせずくっだらねぇ動画をあげてるなぁ)

心底感心しつつニヤニヤと笑いながら動画を見て回る。

それが終われば今度はストックしてあるゲームの攻略だ。

ゲーマーを自称するほどではないが、ことゲームに関しては、満三歳の時にはボスをマグマに叩き落していたぐらいにはやり込んでいる。

ゲーム機の電源を入れ、日が落ちるまで今やっているゲームのレベリングに明け暮れる。

これが無職になってからの俺のルーティーン。しかし今日は違う。


一通りキャラのレベリングを終えたところで、早々にゲーム機の電源を落とす。

上体を軽く伸ばして深呼吸を数回して、心を落ち着かせる。

まず手始めに、自分の魔力の残量を確認する魔法を編み出す。

意識の中には円柱状のコップのような物が浮かび上がり、7割程度のところまでなにかが入っている。

満タンになっていないのは、9時間の睡眠では完全に回復しきらなかったということなのだろう。今後は上手くやりくりしていかなければ。

数値化してみたのだが、桁が10桁を遥かに超え天文学的数値に達している。

下十数桁が電化製品を使用中の時の電気メーターの様に回転している。

流石にこれはわかりづらいので表示する魔法を解除する。


次に自分で使った魔法の痕跡を残さない魔法と、外部に魔法を使ったことを察知されない為の結界のようなものを作る魔法を編み出す。

自分の魔力を辿たどれるのであれば人の魔力を辿ることも恐らく可能なはずだ。

おっさん妖精の説明では「条件を満たせば誰にでも魔法の力を授けている」らしいので最悪の事態を想定してのことだ。

何処かでばったり同じ魔法使いに出会う可能性は十分に有り得る。

しかしその相手が必ずしも友好的だという保証はどこにもない。

魔法の力は強大だ。ゆえに非常に厄介な力だということは早々に認識していた。

使い方次第で善にも悪にもなる。

敵意をむき出しにして襲ってくる者もいるかもしれない。

だから自分が魔法を使えるということを他者に気付かれてはならない。

慎重に事を進めなければ足をすくわれる。

折角手にしたこの力を満喫する前に死んでしまうようなことがあってはつまらない。


現状で思いつく限りの対策をし、外へ飛び立つ。

魔力の残量は先程と比べると若干減っているような気がするが誤差の範囲といったところだろうか。

俺は昨日のコンビニへ向かう。今の時間はあの店員さんがいるだろう。

レジでせわしなく接客をしている小柄な女性を確認する。

20代前半に見え、出る所は出て締まるところは締まっていて可愛らしい顔をしている。

買い物をしているおっさんの鼻の下が若干伸びているのがわかる。

ふと自分の鼻の下が気になって手をあててしまった。

(はいはい、お待ちかねの時間ですよ~)

俺はある魔法を編み出す。すると女性の服がみるみる透けていき、あらわな姿を晒し出す。

そう、透視の魔法だ。男なら誰しも妄想するであろう夢の魔法だ。

カウンターなどで大事な部分が隠れて見えないが紳士の俺はそれがまた良いということを理解している。それらも透視するなどという無粋な真似はしないのだ。

(くくく・・・いやぁ、これはなかなかどうして、ぐふふふふ)

今俺の顔は確実にヤバイ人間と認定されるぐらいゲスい顔をしているだろう。

ついでに心を読む魔法も編み出してみる。

(この時間帯はやっぱり忙しいな~。ん~明日のデート、どこにいこうかな~?)

(っげ、彼氏持ちかい。いやまぁ可愛いんだし、居て当然か・・・)

ガックリと肩を落とす。興が覚めてしまったので再び空へ上っていく。


上空で魔法の痕跡を辿る魔法を編み出す。

昨日飛んでいた場所に微かに淡い光が漂っている。目を凝らして周囲を確認する。

すると驚くべき光景に目を奪われる。

町のいたる所にごく微量ではあるが同じ痕跡が存在する。

やはり魔法使いは他にもいるようだ。しかし様子がおかしい。

あたりを確認しながら空を移動していく。

痕跡が一か所に集中していく、その先には神社があった。

ここは確かご利益があると噂の場所だった気がする。

その敷地内だけ異様に濃く痕跡が残っている。

(魔法使いが神頼みでご利益二倍、なんてことはねぇよなぁ・・・)

しばらく頭を抱えて考えてみたが答えが見えてこない。

ふと思いついたことがあった。魔法の力が思念によって生まれるのであれば、その痕跡からどんなことに魔法が使われたかを知ることが出来るかもしれない。

痕跡の近くまで移動し、手でそれをつかみ取り、意識を集中させる、すると人々の願いが頭の中に流れ込んできた。

そこで俺は一つの仮説をたてた。それを検証すべく人が集まる場所を目指す。

今は昼時なので大通りのコンビニにでも行けば良いだろう。

我先にと昼飯を求めコンビニには人があふれていた。

そこで俺は他人の魔力を確認する魔法を編み出す。

すると全ての人に大小差はあるものの、魔力があることがわかった。

魔法は思念の力で発動をする。本来魔力自体はどんな人間も持ち合わせており、自分が気が付かないうちになにかの形で魔法となって使用されている。

神社にあったのは願いの魔法の痕跡。

人々は様々なところでこの不思議な力を無意識に使っているということのようだ。

しばらく眺めているとその傾向も見えてきた。どうやら女性の方が若干魔力が強いようだ。

(女のカンは鋭いなんていうがそういうことか。知らず知らずのうちに魔法を使っていた、と)

人間には未知の部分がある。その根源を今この目で垣間見た気がした。


人間の神秘に触れている間に本来の目的を忘れてしまっていた。

昨日の女性の居場所を突き止めなければ。傘の位置を特定するために魔法を唱える。

目を瞑り頭の中にソナーのような図を浮かべる。

(あった、ここからそう遠くはないな、1キロぐらいか)

その方向を目指し進んでいく。3分程度で目的地に到着する。

そこは事務所のような建物が建っていた。

二階建てで左端に扉が付いており、二階が居住スペースのようだった。

扉の向こう側に魔力の反応がある。

近くの電信柱の影に降り立ち、周囲を確認してから透明化の魔法を解き、その建物へ近づいていく。

ドアにはプレートが張り付いており、そこにはこう記されている。

(一ノ瀬探偵事務所・・・?あの子は探偵なのか?)

思い切り首をかしげる。探偵なんてフィクションだけの存在だと思っていたが本当に存在しているようだ。そんなことを考えていると後ろから話しかけられる。

「あの、もしかして・・・昨日傘を渡してくれたかたですか?」

振り向くとそこには見覚えのある人物が立っていた。

あの雪の中に立ち尽くしていた美しい女性だ。年齢は20代前半だろうか。

手にはスーパーの袋を持っている。ちょうど買い出しから帰ってきたところのようだ。

改めて見直してみると童顔で可愛らしく、学校の同学年の中では断トツ一位に輝けるような端整な顔立ちをしている。

目は二重で曇りのない透き通った瞳をしていて、髪は腰のあたりまで伸び、美しくたなびいていた。

コートを着ていて詳しくはわからないがスタイルもよさそうだ。

「君は昨日の人か。確かに傘を渡したのは俺だな」

「よかった、間違ってなくて。あの、宜しければ事務所に来ていただけませんか?昨日のお礼がしたいので」

「えっ、いや、お礼・・・かぁ、ん~じゃぁ有り難く受け取るとするかな」

「お礼といっても大したことはできないんですが・・・」

そういってそそくさと事務所のドアの鍵を開け中に入っていく。

扉を開けてすぐに階段が見えた。右手にはドア、その隣に傘立てがある。

「あの・・・頂いた傘、その・・・なくなってしまったんです。ここに立て掛けておいたはずなんですが・・・」

「あ、ああ、気にしなくていいよ、タダ同然の傘だったし」

急ごしらえで作ったせいか溶けてなくなってしまっていた。

傘立ての下に水たまりが出来ている。

「今からお昼ご飯を作るつもりだったんですけど良かったら食べていってください」

「え、マジで?いいのかよ?」

それなりに空腹感はあったがそこまでしてもらっていいのだろうか?というか初対面なのにそこまでするのか?

「いいですよ、材料をいつもの癖で多めに買ってきてしまったので」

そう言うと彼女は右手にあったドアを開け放つ。そこは事務所の応接間だった。

部屋に入って左を見ると2、3人座れるであろうソファがあり、それと対面する形で一人用のソファが並んでいて、ソファ同士に挟み込まれるように足の低いテーブルが置いてある。

テーブルには新聞とメモ帳、数本のペンが置いてある。

その向こう側、部屋の壁沿いに雑誌や新聞などが収められた棚がある。

入ってきたドアの正面にはもう一つドアがある。

「急いで作りますから、少しここで待っててくださいね」

そういうと彼女は応接間から出て階段を駆け上っていった。

帽子とコートを脱ぎ、大きいソファに腰掛ける。

座り心地は中々のもので、ここから動くのが億劫おっくうになった。奥のドアに目が行く。

おそらくその向こう側には、探偵家業で使うであろう資料などが置いてある部屋があるのかもしれない。そうすると彼女は探偵なのだろうか?そうには見えないのだが。

俺は昨日のことを思い返していた。

彼女の涙と探偵事務所、何か関わりがあるのだろうか?

二階の居住スペースで料理を作れる、ということは彼女はここに住んでいる、もしくは手伝いをしているといったところだろうか。

前者の場合であれば探偵は両親のどちらかという気がする。

後者であればここの主が雇っている、もしくは交際―

そこまで考えると先程のコンビニの女性の件を思い出してしまい思考を中断せざるを得なくなる。

(いや別にそういうつもりでここに来たわけじゃ・・・1ミリもないワケじゃないが・・・ないはずなんだが・・・なぁ~!)

全身についたホコリを手でパタパタと払う。まったくホコリなど付いていないのだが。

仕方なく普段は見ない新聞に手を伸ばす。

どうやら地方紙のようでこの付近の事柄が書かれている。

(火災が多発、放火の疑いあり。少女失踪、手がかり見つからず。謎の不審死、自殺か他殺か?世の中荒れてんな)

この町の付近でも物騒なことが起きていることに少々驚く。

そんなことを考えていると応接間のドアが開いた。

「お待たせしました。お口に合えばいいんですけど」

目の前に美味しそうな料理が二人分ならんでいく。思わず唾をのんだ。

「え・・・これ君が?一人で?」

「そうですよ、冷めないうちにどうぞ」

頂きますと一礼して箸を伸ばす。すると俺に電流走る―

「こふぇふぁうまふぃ!ふぉふぐっぅんんぐ!!」

「だっだいじょぶですか!」

あまりの美味さに歓喜の声を上げるが、食べたものがのどに詰まる。

お茶を差し出されたので慌てて飲み干す。

「いやぁ!これはうまい!とくにこの味噌汁が最高だ!毎日飲みてぇ!」

「あはは・・・あまり急いで食べると体に悪いですよ?」

そういわれ、ゆっくり味わって食べることにした。

それにしても美味い。生きててよかった。涙が出てきそうだ。

彼女の顔をちらっと覗く。料理のことを褒められたのが嬉しかったのだろうか、微笑みながら自分の分を食べている。

料理を食べ終わり、心も腹も満足した。俺はごちそうさまと一礼をし、椅子に深く座りなおす。食べ終わってから少しして疑問だったことを尋ねる。

「そういえばこの事務所の探偵ってだれなん?君じゃないよなぁ?」

「ええ、ここは私の父の事務所ですね、今は不在ですが・・・」

そういうと彼女は下を向いて悲しそうな顔をしている。

「お仕事の依頼でここを尋ねてくださったのですか?」

「いや、実際に探偵事務所を見たことなかったから気になって足を止めただけだよ」

事実の半分を伝える。もう半分は魔法のことだからでもあるがストーカーのような内容なので流石に口にはできない。

「そうだったんですか。確かに探偵というのは珍しい職業かもしれませんね。父は私が生まれる前から探偵をしていたらしいので私からするとそんな父を見て育ってきたので身近なことだと思ってます」

育ってきた環境によって人の常識は変わるものだ。恐らく彼女は父を、その仕事ぶりを尊敬しているのだろう。

「今は仕事で調査にでも出てるのか?」

「ええ・・・そのはずなんですが・・・」

そこまで言うと彼女はまた悲しそうな顔をしている。何となく話が見えてきた。

「いつ頃帰ってくるんだ?」

「それが私にも分からないんです・・・二週間ほど前に出かけてから一週間の間は連絡がきていたんですが・・・数日連絡がなかったことは過去にもあったんですが、一週間は初めてで。私すごく不安で・・・。昨日は父が帰ってきた気がして一階まで下りていったんですが、誰も居なくて。それでいてもたってもいられなくなってしまって・・・。今考えると馬鹿なことをしてたなって思うんですけど、必死に走り回って探していたんです」

「なるほど、そういうことだったんだな」

「そこであなたと・・・偶然出会ったんです。だから父がいつ帰るか分からないんです。そういえば自己紹介がまだでしたね、私は一ノ瀬杏莉いちのせあんりといいます」

あなたと口にした時に名前を聞いていないことを思い出したのだろう。

名乗られたからには答えない訳にはいかない。遅い自己紹介になってしまったが。


「俺の名は岩﨑、岩﨑慧いわさきけいだ」

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