力の片鱗

円陣を組んで一致団結した後、蝶野さんは帰宅し、黒金は僕の部屋に泊まることになった。


「いやー、お前のベッド、ホテルみたいにフカフカだな!」

そういいながら、黒金が僕のベッドに横たわる。


「ああ、掃除洗濯だけはきちんとしているからな。僕の整理整頓の癖は、もはや呪いみたいなもんなんだよ。」


「へー、便利な呪いがあるもんだ。」


「便利なんかじゃないよ、結局片づけたり洗濯したりするのは僕なんだから。」


「それもそうか。ハハハ」


「もう電気消すぞ?」

部屋の電気を消し、僕もベッドに潜り込む。

薄暗い部屋には青白い月明りが差し込んでいる。


「いやー、それにしても快適だな。」

僕の隣で黒金は無邪気に喜んでいる。


「僕の方はベッドから落ちそうなんだけれど・・・」


「ん?遠慮しないでこっちに来てもいいんだぜ?」

黒金が低く甘い声を出して、おちょくってくる。


「なんで僕が遠慮する方なんだよ!」


「なんじゃ、男同士でむさくるしいのぉ。」と、パクはあくびをしながら机の方へパタパタと飛んでいき、スヤスヤと眠り始めた。


無邪気な戯れに水を差され、急に無言の時間が流れる。黒金と二人っきりという空間の中で、僕の中である気持ちが徐々に膨れ上がってくる。そして、僕は決心した。


「なあ、黒金。服を脱いでくれないか?」


「は?い、いや、さっきのは冗談だって。そういうのは俺の方が遠慮するよ。」と、黒金が苦笑いをする。


僕はこんなことでは怯まない。僕には確認しなければならないことがある。


「ごまかすなよ。お前、風呂場では仰向けで倒れていたから、蝶野さんは気付いてないようだったけど、僕は服を脱がせたときに少しだけ見てしまったんだよ。背中の傷、刃物で切られたんじゃないのか?」


僕の言葉に観念したかのように黒金は服を脱いで見せた。月明りに照らされた背中には無数のアザと切り傷があった。


「結構引くレベルだろうから、あまり見せたくないんだけどさ。でも、これぐらいの痛みはなんでもないんだ。俺にとっては妹の事故と子猫の死の方がよっぽど苦痛だった。」


「これって・・・やっぱりこんなの間違ってるよ。」

さっきは湯気でよく見えなかったけれど、近くでみると想像以上だ。虐待以上、拷問レベルじゃないか。


「自分から見せろって言っておいて、こっちが見せたら勝手にショックを受けるとか、そういうのやめろよな。大丈夫、こんな傷、すぐ治るんだって。」

黒金は明るいトーンでそう言った。


その言葉と同時に黒金の背中の傷が淡い光で包まれる。

数秒の出来事だった。淡い光が消えた後、黒金の背中の傷も消えてなくなっていた。


「傷が・・・治った。」


「おお、これが言霊パワーって奴だな。そういうわけで、心配無用!こんな傷、俺にとっては本当になんでもないんだよ。」


言霊の力は、術者が『本当にそうなると思っていること』に対して力を発揮するのだから、黒金が父親からの虐待や身体の傷のことをなんでもないって言っているのは本当のことなのだろう。けれど、そんなことは関係ない。


「黒金、僕と約束してくれないか?もう父親から虐待を受けないって。殴られたり、切られたりしそうになったら、もう帰らなければいい。だから頼むよ。もっと自分の身体を大切にしてくれ。」


「・・・ああ、約束するよ。」

僕の真剣な申し出に、黒金は応えてくれたようだ。


「その代わり、お前には友達として責任をとって、窮屈な生活を強いられることになるけどな」黒金がニッと笑う。


「望むところだよ。」


大きな黒豹を退治したところで、黒金一丸という男を救うことはできないのかもしれない。彼には抱えている問題が多すぎる。だけれど、それ故に、僕は命の恩人である彼に対して、僕にできることはなんでも協力していこうと、そう思うのである。


翌日、目が覚めた僕の横には黒金の姿はなかった。


「おはようパク」

パクは僕の机の上でラジオ体操をしている。

部屋の中を見回しても、トイレ・お風呂場にも黒金の姿はなかった。


「なあパク、黒金どこ行ったか知らないか?」


「さあのぉ。何やら言霊の力について気にしていたようじゃが。死んだ生き物を生き返らせる力はあるのか?とか、意識がない人を目覚めさせることはできるのか?とかのぉ。」


「それで?お前はなんて言ったんだ?」


「限りなく低いが可能性はないことはないと。そういうとせかせかと身支度をして出かけて生きおったわい。」


ああ、黒金はきっと妹のところに行ったんだろう。

言霊の力で妹が目覚める可能性があるなら、必ずそこに行くはずだ。黒金はそういう男だ。


妹さん、目覚めてくれたらいいけれど・・・。


そういうことなら、もしかすると黒金は今日は学校に来ないのかもしれないな。

遅刻をしてしまわないよう、僕は身支度をして登校することにした。

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