ミッション果たせず死亡って、そんなのあんまり!

「おーい、黒金ー!そこにいるんだろー?助けてくれー!」


なんだよこれ、冗談じゃないぞ。

あいつ、どうやってここから登ったんだよ。


理科室の窓から威勢よく飛び出して壁を登り始めたのだが、3階から屋上までは意外と距離があり、あと一息のところで僕は身動きが取れなくなってしまっていた。両手両足、どれをどのように動かしても落ちてしまいそうである。


「黒金とかいう若造の命を救いに来たはずじゃのに、逆に助けを求めてしまうとは。お主、どんくさいのぉ。このふさふさの髪の毛だけが取り柄なんじゃな。」


パクはあきれたように皮肉を言いながら僕の髪の毛をいじり、のんきにくしゃみをしている。でも、そんな皮肉に反応しているほどの余裕はなさそうだ。


「パ、パク、あんた、神様なんだろ?なんとかできないのか?もう指の感覚がなくなってきているみたいだ。」


壁に頬を擦りつけたまま、神様頼みをしてみる。


「いやー、こういうのは専門外なんじゃよなー。この現状は、儂の力だけではどうにもならん。」


そういうとパクは僕の右耳を両手で掴み、パタパタと耳を羽ばたかせながら持ち上げようとして見せた。

確かに、こんな力じゃ僕を持ち上げるのは不可能だ。なんだか切羽詰まりすぎてイライラしてきた。


「なんだよ役に立たない神様だな!じゃあ、どういうのが専門なんだよ!」


「なんじゃ、失礼な奴じゃな。まあよい。儂は心が広いからのぉ。聞いて驚け、儂の専門はな、なんと・・・ストレスを喰らうことじゃ!」


・・・

だめだ、助かりそうにない。ドヤ顔のパクを死んだ魚のような目で見つめる。


「な、なんじゃよ、反応が薄いのぉ。低能にはこの凄さがわからんのじゃろうのぉ。よいか?生きとし生けるモノは例外なくストレスを抱えておる。当然の理じゃ。この世にはストレスの元となる温熱・寒冷・疼痛などの機械的刺激に加えて、心理的なストレッサーもありふれておるのじゃからの。どうやら人間社会ではネガティブなイメージが定着しているようじゃが、基本的にストレスというものは悪いものではない。これまでも生命はストレスに暴露され、進化を続けてきたのじゃ。つまり、ストレスは未知の力を生み出す種となり得るのじゃよ。しかしながら、過度なストレスは身を滅ぼしてしまう。なんとも悩ましい葛藤じゃのぉ。そこで、儂の出番というわけじゃ。儂はストレスの有害な部分を好んで摂取しておる。要するにじゃ、儂がいれば進化し放題というわけなんじゃよ。どうじゃ、凄いじゃろうて。」


・・・うるさい。

パクは得意げに自己の能力について長々と語っているが、それどころではない。空気を読めよ神様、僕は、今、死にかけているのだ。


「お前がそんなに凄いなら、僕を今進化させて救ってみろばかやろー!」


もう限界だった。壁にぎりぎり引っかかっていた両手の指の第一関節が壁から離れていく。


こんなに大きい声を出したのは、人生で初めてかもしれない。確かに、過度なストレスは人間に新たな能力を与えるようである。それにしても、僕が死ぬ直前に手に入れた能力が、普段よりも大きい声を出すことだなんて・・・あまりにも無念すぎる。


ゆっくりと壁と身体が離れていく。そして、ジェットコースターに乗った時のような、あの、落ちる感覚に襲われる。


ああ・・・なんにも、いいことなかったな。

せめて・・・黒金だけでも助けてやりたかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る