自称神様

なんなんだよ、これ。あったま痛いからやめろっての!

僕は蝶野さんとのハッピーな学園生活のために、クラスメイトを救いに行かなきゃなんないんだよ!

ふわふわの髪の毛を掻き回しながらも必死に校舎の階段を駆け上がる。


「そうじゃった、そうじゃった。聴覚を介して伝達した方が身体への負担は少ないのじゃったな。これはすまんことをしたの。」


今度は先程よりもはっきりと、老人の声が聞こえた。さっきまでのひどい頭痛が嘘のように消えている。

周囲を見回してみるが、人影はない。というか、正門付近にいた老人が、走って追いかけて来ていたら気付かないわけがない。それなのに正門付近で聞こえた老人の声は、階段を駆け上った先でも聞こえてくる。


これって、幻聴ってやつ?ひどくなる前に精神科でも受診するか?って、いやいや、確かに僕はちょっと変わった性格をしているし、中学時代にそこそこひどいいじめを受けていたけれども。だけれども病んではいない。これまでの生活には満足しているし、それなりに誇りをもっている。


「ここじゃよ、ここじゃ。お主の頭の上じゃ。顔を上げてみい。」


言われるがまま顔を上げると、開いた口が塞がらなくなった。

象のような容姿の服を着た小動物が、耳を羽のように使って宙に浮いている。

ああ、これはもう、本当に精神科に通わなくては。ついに幻覚まで見えてしまっている。


いや、まて。諦めるのはまだ早いのではないか?自身で生み出した幻覚であるならば、気合いで消せる可能性はある。ふははは。そうだ、僕ならきっと消せる。きっと、桃色女子高生に接近されて、自殺直前のクラスメイトを見てしまったせいで一時的に動揺しているのだろう。そのせいで、ありもしない幻覚を生み出してしまったのだ。こういうことは心の持ちようでどうにでもなる・・・はずである。


覚悟を決めると、それが不敵な笑いとなってこぼれる。


「覚悟しろ象の妖精よ!僕はお前を消し去って見せる!」


一年間引きこもって、漫画・アニメ・ゲーム・ネットに勤しんでいたせいか、中二病丸出しの決め台詞が自然と口からこぼれ出る。


一度目を強く閉じ、気合いとともに見開いた。


くわっ!


って、消えてねーし!てか、こんなことしている場合じゃないってのに!


一人ノリ突っ込みのようなことをしている僕へ、象の妖精の冷ややかな視線が突き刺さる。


「お主がそこまで愚か者だとは思わなかったわい。儂は幻覚ではなく実体じゃ。嘘だと思うなら触れてみい。」


今回は特別じゃぞ。と、象の妖精はパタパタと顔の前まで降りてきた。


恐る恐る触れてみると、象の姿の妖精は、思ったよりフカフカで全身柔らかい毛で覆われているのがわかった。こんな不思議な姿の小動物、しかも人間の言葉を話すなんてファンタジーの世界でしかあり得ないけれど・・・。


「なんだよ、これ。」


思ったことがそのまま言葉として出てきた。それを聞いた象の妖精はあきれたようにため息をつく。


「奇妙なことに惑わされて、重要なことを忘れてはいかんぞ。まあ、そうじゃな。突然のことで混乱するお主の気持ちもわからんではない。自己紹介くらいはしてやっても良いじゃろう。儂の事はパクと呼ぶがよい。一部地域では神様と崇められ、かつてはガネーシャと呼ばれたこともあったが、それじゃと可愛げが足りないのでな。ほっほっほ。」


パクと名のる神様(?)は、クルリと宙返りをしながら自己紹介をした。


思考が現実に追いついていない。

「え?あり得ない・・・よな。こんなこと。これって、夢パターンなんじゃ――――。」


「何度も同じことを言わせるなよ小僧。」パクは先ほどとは違って、凄みのある口調で僕の言葉を制した。


「お主が思っているほど神様は気長ではない。今は余計なことを考えている暇はないはずじゃ。屋上にいる若造を説得しに行くのじゃろう?なあに、恐れる事は無い。儂のアドバイス通りにすれば、容易いミッションじゃ。」


確かに、パクの言うとおりである。この奇妙な出来事に気を取られて時間を浪費しているうちに、黒金が飛び降りてしまったら、僕は蝶野さんに顔向けできない。


「わかったよ、一緒に行こう。ただし、お前のせいで黒金が死ぬようなことになったらただじゃおかないからな。」


僕がそう言うと、パクは「生意気な奴じゃ。ほっほっほ。」と、僕のふわふわな頭に着陸した。


「屋上は理科室の窓から上がるんじゃったな。儂は耳が疲れたから、少しの間お主の髪に埋もれておるぞ。神様だけにの。ほっほっほっ。なんなら、儂のことを父さんと呼んでもよいのじゃぞ。」


「僕は黄色と黒のチャンチャンコを着た妖怪少年じゃない!ってパクお前、また埋もれるって、さっきも僕の髪に埋もれていたのか?全然気付かなかったけれど。」


「なかなかテンポの良い突っ込みじゃな。お主が気付かないのは当然じゃ。こちらから姿を見せない限り、儂のような存在は認知されないからの。先ほどのバタフライっ子は気付いていたようじゃがな。あのバタ子は何か隠していそうな気がするが、まあ、それは説得が終わってから考えることとしよう。」


バタフライっ子?バタ子?それって、蝶野さんのことか?「彼女は町はずれのパン工場で働いてなんかいない!」と軽く突っ込みを入れる。


パクの存在に気付いていたって、蝶野さんって何か不思議な力があるのだろうか?


とにかく、今は説得に向かうのが最優先事項である。

黒金はまだ飛び降りていないだろうか。ようやく僕とパクは理科室へたどり着いた。

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