2月13日 放課後
囲碁部の部室は体育館に連なる廊下に面した小さな教室だった。
和樹はその部屋で駿介と囲碁を打っていた。その隣では弥生と瑞姫も碁盤を挟んで座り、瑞姫が実際に石を並べながら弥生に基礎を教えている。ルールは把握している弥生だったが、その表情を見るにどのように石を置いていけば勝てるのか、というところまでは理解できていないようだ。
和樹も囲碁を始めたとき、同じような壁にぶつかったのをよく覚えている。将棋には相手の王様を詰めれば勝ちという目的があるのに対して、囲碁には分かりやすいゴールがないから何を目指せばいいのか分からなくなってしまうのだ。こればかりは実際に対局してみて、徐々に覚えていくのが一番近道かもしれない。
隣の盤から対局相手の駿介へと目を移すと、むすっとした顔で盤面をにらんでいた。和樹にやられかけている石を助け出そうと頭をひねっているようで、長考に沈んでいるようだ。
すでに授業が終わってから1時間ほどが経った校舎に残っているのは、部活動に励んでいる者くらいだろう。
囲碁部だけでなく文化系の部活の活動場所は、全部――とはいっても片手で足りる数だが――この体育館付近に集合していた。だから、上にある音楽室から吹奏楽部の演奏が聞こえてくるのも仕方のないことだった。
冬場はまだいいのだが、太陽が強い日差しを注いでくる夏になると、どうしても窓を開ける必要が出てくる。音楽室は冷房がついているはずだから窓を閉めているはずだったし、耳を塞ぎたくなるようなひどい音が聞こえてくるわけではなかったが、どうしても集中力はそがれてしまっていた。
和樹は文化祭前で吹奏楽部が張り切って練習していた時期を思い出して、思わず苦笑してしまった。
あの時期はじりじりした気持ちがなかなか治まらなかった。上から聞こえてくる曲は、何度もリピートされていたので頭の中でリフレインしていたほどだったが、気分が乗ったときでもミスがあれば途中で止まってしまうのだ。
それがまた何とも気持ち悪く、どうせ聞かされるなら早くうまくなってくれないかと、和樹は心の中で祈っていたのだった。もちろん、演奏している当の部員にしてみれば、言われるまでも無いことだろうが。
ただ文化祭前の時期と比べて演奏が上達しているのかどうか、音楽に詳しくない和樹には見当がつかなかった。ただ熱心に聞き入っているわけではなかったが、演奏が止まる頻度は依然とさほど変わらないようにも……とそこまで考えて、3年生が抜けたからレベルが下がったのかも知れないと思い至った。これで来年新入生が入ってきたら演奏レベルは初期化され、永遠にうまくなることがないのではなかろうか。
ただ、和樹には吹奏楽部の練度よりも、まず自分が所属している囲碁部の心配をしなければいけなかった。囲碁部の3年生も6人いたが、文化祭より一足先の夏の大会を最後に引退しており、2年生はなぜか一人も所属していない。
このため1年生しかおらず、最近部にやってくるようになった弥生を合わせたとしても、部員は全員で4人だ。そして部活としての体裁をとるには最低5人が必要だった。実際には名前だけの幽霊部員もいるにはいるのだが、人数としてカウントされるのか不明なので、新入生を獲得しないと囲碁部の存続さえ危うい状態だった。
部の中で囲碁の実力としては瑞姫がずば抜けてトップだったが、部長の座は体よく和樹に押し付けられていた。新入生獲得のために何かできることはないか、アイディアを考えなければいけないのが、和樹の悩みではあった。
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