2月13日 放課後2
「来年の新入生はどのくらい入部してくれるのかな」
駿介がそうつぶやいたのは、和樹の勝利で対局が終わり片づけを行っているときだった。その少し前に、瑞姫による弥生への講義もひと段落したようで既に盤は片づけられ、自分たちの持ち物をまとめ始めていた。
日が落ちるのは本当に早く、窓から見える外の景色は薄暗い。今朝のように雪が降っている様子はなかったが、日が差していないのでより一層冷え込んでいるようにも思われた。
「どのくらいって……むしろ俺は誰も入部希望者がいなくて、部活じゃなくて同好会扱いになるんじゃないかって心配してるんだけど」
「部長がそんな後ろ向きな意気込みでどうするんだよー。きっと来年の一年生はこの部屋で手狭になるくらい、入部希望者がいるさ」
やれやれと言った感じで駿介が応じたが、その様子を想像することさえできず、和樹は首をかしげた。
和樹たちがいまいる部室は、大きくないとはいえ20人程度は余裕で座れるスペースはある。2月のこの時期に入部希望者がやってきたり、幽霊部員が顔を見せるはずもない。誰かが間違って入ってくることでもない限り、人数が4人より増えることはなく、部屋の広さと比較すると少々寂しい感じもする状況だ。
和樹は部長でもあったので、月に数回程度しか部室に顔を見せない顧問の先生とも接する機会は比較的あったが、そこで聞いた話によると、いまでこそ囲碁部として独立しているが、ずいぶん前は囲碁将棋部として存在していたらしい。
ただ10年近く前に囲碁の漫画がヒットして、その際に囲碁を希望する人数がどっと増えたらしく、ならばいっそ囲碁部として独立させてしまえ……と。
囲碁を勉強し始めてからではあるが、和樹もその漫画を読んでいた。面白かったし、読むと囲碁を打ちたくなる気分にもなる。
しかし、その漫画も既に完結していたし、なによりブームはそう長くも続かない。部員の少なさの壁にぶつかっている現状を考えると、あとのことを考えずに一時の人気で独立させてしまったその時の先輩たちを恨めしく思ってしまう。
「部長の俺が言うのもなんだけど、囲碁ってそんなに人気あるとは思えないから、そうそう入部してくれないだろう。それとも駿介はいい勧誘方法でも思いついてるわけ?」
「そりゃ新入生への部活紹介で僕らがしゃべったら成果ないだろうけど、かわいい女子で呼び込みをかければ芋づる式に釣れるって」
駿介は弥生たちへの目を向けた。どこから話を聞いていたのか分からないが、視線に気づいた弥生が「無理です無理です」とでも言うように首を振る。駿介たちの視線をさえぎるように、瑞姫が弥生の前に出る。
「笹山ちゃんになにお願いしようとしてるのよ。そもそも囲碁部に入ろうとするなんてたいがい奥手の男子じゃない。あたしや弥生ちゃんみたいな女子が勧誘しても、逆に引かれるのがおちね」
「雪村は『かわいい』女子の勘定には含めてないから安心しなよ」
駿介の言葉に一瞬むっとした表情を浮かべた瑞姫だったが、何かに思い当たったのか、すぐに勝ち誇った顔になる。口の端を引き上げ、和樹たち男2人組に挑戦的な視線を向けた。
「仮にも高校の部活動なんだから、もっと正攻法なPRをするべきでしょ。大会でいい成績を取るのが一番近道で、なにより王道じゃない。結果をだせば部員も入ってくると思うけど」
去年の夏の大会のことを思い出し、和樹たちは黙ってしまった。
高校生の囲碁の大会は夏に大きなものがあるが、参加者が少ないこともあり最初から県大会となる。この大会に和樹と駿介、瑞姫と3年の先輩たち6人の全員が参加した。男子は人数としては団体戦に参加することもできたが、全員が個人戦のみだ。
大会の結果を見れば、囲碁部員の実力差が明白となった。一番いい結果を残したのは紅一点の瑞樹だったが、優勝したわけではない。3回戦負けのベスト8だった。
男子部員は全員、本戦トーナメントに参加することさえできなかったのだ。
大会に参加するときに自己申請する段・級位によって、ある程度2つのグループに分けられてしまう。強い人ばかりが集まってトーナメントを行うのだ。自己申告なので実力以上の申請をしてトーナメントに参加することもできるだろうが、そうしたところで勝てるわけではない。
もう一つのグループ、つまりトーナメントに参加しなかった和樹たちは、申請した級位を認定してもらう為に対局を行った。規定の数以上の勝利を収めることで認定されるシステムだ。
初めて参加したこの大会で駿介は7級、そして和樹は2級と認定された。2級は6人の先輩たちの誰よりもいい結果だった。和樹にとっても、わずかな差で勝利したり、劣勢に立たされてから粘ってからの逆転で勝ちを拾ったりした結果であったので満足のいく結果だった。
しかし、いまの和樹のレベルではトーナメントに参加することはできないし、対外的にPRできるような成績を取れる可能性があるのは、瑞姫ひとりしかいないのもまた事実だった。
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