2月13日 始業前

 門を通り同じ昇降口から学校に、そして同じ教室に。

 大通りに出た時点から、和樹たちは手を離したままだ。人前でベタベタしてるのは恥ずかしいと弥生に言われていたから。

 一週間前には手をつないでいなくても「和君と一緒に歩いているのを知り合いに見られるの恥ずかしいよ」とも言っていた。もう少しガードを緩めても……とは思うものの、和樹にとっても恥ずかしくないと言えば嘘になるので妥協していた。

 登校は今朝のように一緒だが、人が少ない時間がいいという弥生の希望により、学校に到着するのはずいぶん早い。この時間帯だと校内ではチラホラと人を見かけたが、教室にはまだ誰もいなかった。

 和樹にとっては実感があまりないものの、世間の評価では進学校と認識されている学校だけあって、受験生ともなれば朝早く学校に来て勉強する先輩もいるらしい。ただ、まだ一年生で余裕があるこの時期では、そんな殊勝なクラスメイトはいないようだ。


 せっかくの弥生と二人きりの時間だから、もっと話でもして過ごしたい。


 和樹にそんな思いがないでもなかったが、弥生にとっては違うようだ。校内では必要以上に、いやむしろ極力和樹との接触するのを避けていた。

 人前でくっつくのは周りに迷惑だからというのが弥生の言い分だ。

 クラスメイトのほとんどが自分たちの関係を知っている状態で、接触を避ける必要まではないと和樹は思っていたが、弥生の高校生活を和樹一人で束縛してしまうのもまずいかと自制していた。

 

 和樹は鞄の中身である教科書を机の中に仕舞いこむと、窓の外を見た。うすぼけた黄土色のグランドと視界の端に映る体育館があるだけ。

 雪はもう、降っていなかった。

 体育館がある方面から吹奏楽部の演奏が聞こえてきた。恐らく卒業式に向けて、朝早くから練習しているのだろう。テスト期間が迫っているから、練習時間を確保するのも大変なのかも知れない。

 卒業する先輩たちを送り出すために練習している曲に耳を傾けながらも、和樹は机から分厚い本を取り出した。かなり古い本であるし、読み込んでもいるので表紙はボロボロだ。この本で始業時間まで時間を潰すつもりだった。

 祖父から貰った、囲碁の本だ。


 和樹が囲碁の魅力に惹かれたのは2年前のことだった。高校受験を来年にひかえた中学2年生の正月に、和樹は自宅から車で1時間程度のところにある祖父の家にいた。

 もともと親戚は多くなく、従兄弟も2桁は近く歳の違う幼稚園児がいるくらいだった。つまり遊び相手がいなかった。

 またその当時はスマホを持っておらずテレビゲームない家で遊ぶものといったら、将棋や人生ゲーム、花札といったレトロなゲームしかなかったのだ。

 とはいえ、初詣も済ませ、おせちでお腹がいっぱいになり、走っているだけの駅伝を映すテレビにも飽きたので、和樹は祖父に将棋の相手をしてくれとお願いした。

 将棋盤を取りに行くため、両親や祖父がおせちをつまみにしてお酒をやっている部屋を出た。将棋盤が置いてある隣の部屋は暖房もかかっておらず肌寒かった。勝負するなら、祖父を負かしてやろうと息巻いていた和樹を熱を一瞬にして冷ました。

 同時に、棚から取り出そうとした将棋盤の下に置かれていたものに気づいた。

 和樹は先ほどの祖父の顔を思い出していた。ずいぶんと飲んで顔を赤くしていたが、それでも将棋の腕が鈍らないことを和樹は知っていた。だとしたら、将棋ではないゲームの方が勝てるかも知れない。

 そう考えた和樹は部屋に戻ると再びお願いした。

「じいちゃん、五目並べをやろう」

 顔をいい感じ染めた祖父は、しかし和樹の要望を断った。

「五目はハンデがつけられないからなぁ。……それより、和樹ならそろそろ理解できるだろう」

 そう言って教えられたのが囲碁だった。

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