【短編】ことぶきつかさは寿司を回す

笹倉

寿司の精霊に出会いました。

 仕事帰り、たまに回転寿司屋に寄る。そこには寿司の精霊がいて、名を寿司という。寿司すしではなく寿司ことぶきつかさである。


「やあ、また来てくれたんだね」

「へい、らっしゃい」


 前者は寿の、後者は板前の言葉。二人の声は完全に被った。

 どうやら寿司ことぶきつかさは僕にしか認識できない存在らしい。彼女は隣の席に座って足をぶらつかせ、僕を見上げた。


「何にしやしょうか?」

「今日はのどぐろが入って来てるから、オススメ。あと、ハマチがもう少しでおしまい。頼むなら早い方が良いよ」


 得意げな顔に一瞥くれてから、


「じゃあ、のどぐろとハマチと……」


 寿のオススメも含めて、他にも鮪や玉子、海老や烏賊などの定番を合わせて頼む。「へい」と小気味良い返事と共に板前は寿司を握り始めた。

 回転している寿司を取るのも乙だが、目の前で自分のために手ずから握ってもらえるのは気分が良いし、少し優越感もある。

 待つ間に寿の話に耳を傾けるのもまた楽しい。


「寿司を回転させるのってかなり労力使うんだ。どこかの寿司屋は河童をたくさん雇って回しているって聞いたけど、本当かなあ。ウチは私一人で回してるから、肩凝っちゃって大変!」


 寿はなかなかのお喋りで、俺が粉茶を入れている間もマシンガンのように話す。仕事の愚痴から他のお客さんの愉快な話、魚の豆知識も教えてくれる。


「へい、お待ち」


 そうこうしている間に、黒い寿司下駄に乗って寿司が目の前に出される。ほんのりと薄桃に染まるのどぐろに、脂が乗ったハマチ。鮪の鮮やかな赤と玉子の柔らかな黄がその周囲で上品な華やかさを見せていた。

 目で楽しんでから、そわそわと待つ寿の前で「いただきます」と手を打つ。


「召し上がれ!」


 同じように手を打つ寿は、気持ち良いくらいの笑顔だ。

 口の中にネタの旨味と磯の香り、それを引き立たせる酢の酸味が混ざり合った。


「ねえ、美味しい?」


 長閑かな潮騒すら聞こえるような心地がして、じっくり噛み締める。

 まるで魔法のように美味かった。

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【短編】ことぶきつかさは寿司を回す 笹倉 @_ms

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