幕間1

第12話・矢島side1

 異例の速さで遠堂の判決が確定した春。


 元警察庁長官の新上蜜香の邸宅を訪れていた矢島の元に、楓瞳子がやってきた。


 「やぁ刑事さん。久しぶりやな」


 後ろで一つに纏めた長い黒髪を振りながら、笑顔で矢島に手を振る。二人は出会った時からかなり協力的な関係を築いていたが、今ではプライベートでも食事に行くような間柄になっていた。矢島のアドレス帳に名前が載っている数少ない人物のひとりでもある。


 だが今日の合流は遊びではなかった。


 「なにか進展があったのか?」

 「うん、進展があったんよ。いままでな~んにも手がかりが無かったんやけど、一つだけそれらしい情報が手に入ってん」


 新上に案内されるままに和室の客間に腰を下ろした瞳子は、手荷物の中からメモ帳を取り出す。そこに挟んでいた写真を机越しに矢島へ投げた。


 「そこに写ってんのがウチの元部下や。裏切られてしもうたけどな」


 とあるキャバクラの店内に取り付けられた監視カメラの写真。その端に写ったオールバックの男が、瞳子の追っている人物である。


 『タイムアウト事件』の最中に瞳子を裏切り新月亭の危機を招いたこの男は、遠堂側の内通者だと矢島は当初考えていた。しかし事件解決後、遠堂とその直属の襲撃者たちのリストを整理していっても、男たちの名前が出てこなかったのである。

 事件に深く潜り混んでいただけに留まらず、遠堂にも瞳子にも属していなかった男に、矢島はきな臭さを感じていた。瞳子も、その裏切りで仲間を何人も殺されて、組織は実質瓦解している。彼女が誰よりもこの男の捜索に執念を燃やしていた。そうしてようやく一端を掴んだのだろう。


 「この男と話している女の子が、情報を引き出してくれたんや。かなり泥酔させた上で武勇伝を聞くといった体裁を取ったみたいやけど、随分と頭のキレる子でな。ちゃん……やったっけ? 刑事さんの言うた通り優秀な娘やったわ。おかげでヒントが手に入った」


 数年前から矢島に情報を流してくれる。『タイムアウト事件』を知ったのも、玲奈という少女のリークがきっかけである。今回男の正体追求にあたって、瞳子に協力するよう矢島が頼み込んでいた。その成果が出たらしい。


 「(玲奈って、偽名じゃなかったんだな)」


 「彼女が聞いたんは噂話。この世界のどこかに誰も見たことがない監獄があるっていう話なんや。どうやら世界中の犯罪者や有力者が失踪しているのにも関係してるらしくてな……もしかしたら今回の事件、一歩違えば遠堂もその監獄行きになってたかもしれへんって言うとったらしいで」


 そこまで言うと、瞳子はメモ帳を放り投げて姿勢を崩す。


 スーツの男女と和服の老女が、和室でのんびりしているとはいささか違和感のある光景だが、話している内容はいたって真面目だ。


 矢島は、出されたお茶をすすって方針を考える。


 「怪しい監獄……それが楓さんを裏切った男の本当の所属かもしれないってわけか。じゃあこれからはその方針で調べよう。俺の方も落ち着いたから、ここから楓さんに協力する」

 

 その後、矢島を通じて特時に要請が入り一人の刑事が選ばれた。



    ***



 三ヶ月後。

 梅雨の六月二七日  早朝。


 いまにも降り出しそうな雨雲の下、コンビニで買ったサンドウィッチを片手に持った矢島と楓瞳子は、ビルの屋上から向かいのホテルを見てつぶやいた。


 「随分と荒っぽい手段を選んだな」


 三ヶ月かけて試行錯誤した結果が、このホテルの一室。

 ちょうど綾坂が宿泊していた部屋の中が、黒煙に覆われてまったく見えなくなっていた。おそらく矢島が待っていたヤツらが行動を起こしたのだろう。


 「瞳子を裏切ったやつもいる。ホテルに仕掛けておいた隠しカメラで確認できた」

 「ウチと悠介の推理が正解しかったってわけや」


 瞳子を裏切った男とその仲間の二人に、綾坂が攫われた。

 だが矢島は落ち着いている。


 「予想通りだ」


 そもそも攫われてくれないと始まらないのだ。綾坂には監獄に行ってもらう必要がある。その方法に矢島と瞳子が選んだ方法が、綾坂を一人にし、監獄の奴らに攫ってもらう事だった。大事なのは、どうやって監獄まで追跡するか……。


 「綾坂くんに付けてたGPSセンサーを剥がされたのも予想通りなん?」


 瞳子のいう通り、手元のPCに映る光点は、黒煙が渦巻いた数秒後に消失している。やつらに見つかり潰されたのだ。


 「瞳子の組織から姿を消すときに、わざわざ死体まで用意したような連中だ。足跡を消すくらいは朝飯前だろう」


 矢島はノートPCをパタンと閉じて、脇に置いて続ける。


 「だから、機械に頼らず肉眼で追ってやろうって話になったんだ。瞳子のほうは順調か?」


 楓瞳子は、風になびく長い黒髪を片手で押さえながら、部下の男に連絡する。


 「藤堂! ちゃんと追えてるか?」


 『今絶賛カーチェイス中だ! ったく、あいつらおかしいぞ』


 「どうしたんや?」


 『一見普通に走っているようなのに、どんどん距離を離される。しかも周囲の視線は俺だけが車をぶっ飛ばす迷惑な野郎に見えているらしい!』


 電話越しに聞こえる藤堂の叫びを聞いて、矢島はため息を吐く。


 「システムか……」

 「そうとしか考えられへんな。どうやら車ごとシステムで覆っている見たいや」


 逃げる……姿をくらますということに特化したシステムがあると見て間違いないだろう。撒かれるのは時間の問題か。


 「追えるだけ追うように言っておいてくれ。俺は綾坂が泊まっていた部屋を見てくるよ」


 もともと順調に行くとは思っていなかった。

 何しろ風の噂くらいでしか話題に上らないようなゲテモノだ。



 それを引き釣り出すために、綾坂には『タイムアウト事件』での遠堂に関する情報を全てまとめてもらう作業に就かせた。監獄の奴らが遠堂の近辺にいたという事実から、彼らが遠堂の何かしらを監視していたと判断したのだ。。監獄側は勝手に動いてくれるという寸法である。

 他にも幾つか策はあったが、一つでも正解を引けば矢島の思うツボだった。



 それにしても監獄の奴らがシステムを使ってきたのも予想の範囲内だったが、当たってもうれしくないたぐいの予想であった。いくつシステムを持っているのか分からない。綾坂があっけなく殺されてしまわないように祈りつつ、綾坂は屋上を立ち去ろうとする。





 そこに





 いや、ニュアンス的には着弾したというほうが正しいか。それが合計四人。矢島と瞳子を囲むように立ち上がる。いったい何者か。友好的な味方では無いことは確か。

 何にせよ矢島の行動は迅速だった。


 「瞳子!」


 この三ヶ月で随分と親しくなり呼びなれた名前を叫ぶと同時に、瞳子の手の中にあるが起動する。



 ドシュッ!! 



 直後、来襲者たちの持つサブマシンガンが火を噴いた。威嚇も警告も無い。必殺の鉛球が無数。矢島と瞳子の体に殺到する。


 だが、矢島と瞳子は一瞬たりとも怯まなかった。彼らが身を預けたのはストップウォッチのシステム。体に触れた物体の速度を0にまで落とす、違法の装置。

 彼らに衝突した銃弾は、同時に地面へと自由落下を始める。


 まさに鉄壁。


 しかし矢島の表情に余裕は無い。このシステムには制限時間がある。突っ立っていれば蜂の巣になるのは時間の問題だ。


 「瞳子! 一人は生かして捕らえるぞ!」

 「それは注文多すぎるで!」

 「こいつらは監獄への手がかりだ。何としてでも情報を吐かせる」


 この襲撃で、監獄がまともな組織ではないことは明らかだ。それに加えて矢島も瞳子も、こういった荒事の方がしょうに合っていた。


 システムの効果が切れるよりも早く、来襲者の懐に潜り込んだ矢島は拳を迷わず相手の腹部へ突き刺し吹き飛ばす。


 直前に放たれた銃弾は、矢島の手の甲で払い落としていた。システムがあるからといって、並みの反射神経では到底不可能な芸当をやってのける矢島。


 彼はすぐさまサブマシンガンを来襲者から引っ手繰り、銃口を反転させて崩れ落ちる彼の脳天に風穴を開けた。そうしてようやくシステムが効果を終える。




 そうして振り返ると、残りの三人はすでに瞳子の鋭い蹴りにて伸びていた。彼女は息すら切らせずに乱れたスーツを整えてから、来襲者たちの手元にある銃器を没収する。


 瞳子の技量の高さに唖然とする矢島に、瞳子は呟いた。


 「なぁ悠介……こいつらの実力からするに、監獄の奴らを逃がすための囮ってとこかもしれへんで」

 「情報を持っている可能性は少ないってことか」


 あまりにも手応えがなさすぎた。遠堂配下の襲撃者の方がしぶとかったはずだ。矢島が殺してしまった1人を除いて、身動きが取れないように縛り上げる。特時に連れて行くつもりであった。なにせシステムを使用した可能性がある。それも含めて調べなければならないのだ。


 そうして瞳子はスマホをいじりながら言う。


 「取り敢えず、藤堂の追跡がどうなったかと……」


 矢島は撤収の準備をしながら言葉を継いだ。


 「綾坂の何が監獄側の逆鱗に触れたかを調べねぇとな」




 こうして「最果ての監獄ワールドエンド」攻略に向けた戦いが始まった。


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