第10話・真相

 ふぅ……と、パラムはゆっくりと息を吐いた。


 そして顔を上げた彼は、少しスッキリとした顔をしているように見える。

 彼は言った。


 「このジイさんが寝ているのはあと三十分近くある」

 「なんだ、やっぱり知ってるじゃねぇか」


 綾坂は自分の推理に答え合わせをし、満足げに頷く。

 パラムは医者に近づき、その体を机から起こした。それでも寝息を立てる医者を見て安心すると、彼は医者の椅子を押して隣の部屋へ移動する。


 「もう俺の計画はこの段階で頓挫した。だからせめて、このジイさんが起きるまでに計画の全容を語るとしよう」


 「……俺の推理を採点してくれるってのか?」


 「それだけではない。この話は綾坂と協力していく上で重要なことだ。共有しておかなければならない知識がある」


 パラムは、ここで伝えたい事があるのだろう。

 だが、綾坂には一つ懸念があった。


 「……、」


 視線の先には、ここまで成り行きでついてきた静葉。彼女は本当に信用しても大丈夫なのか。そんな不安を、静葉はあっけからんとした言動で吹き飛ばす。


 「あら、ならさっさと話しちゃいなさいよ。時間ないんでしょ?」


 まるで静葉がいるのは当たり前といった風に首をかしげる彼女を見て、綾坂はあえて言葉にして聞いておくことにした。


 「なぁ静葉。今さっきの話を聞いたからには、もう答えは決まっているだろうが一応訊ねておくぞ。俺たちに協力するか、否か」


 半ば投げやりだった質問に、静葉は思い切り面倒臭いモノを見るような目で言い放つ。


 「はぁ~貴方ねぇ……そんな面白そうな話に私が首を突っ込まないと思っているわけ?」


 「いや、予想通りで良かった」


 彼女はこういう性格だ。これでまだ出会って一日も立っていないのだから驚きである。そうしている内に、パラムはベッドの隣まで医者を運んでいた。綾坂はパラムに頼まれて医者をベッドに移し替える。綾坂は知る由もないが、年老いた医者へのパラムなりの配慮であった。寝かせた医者に薄いブランケットを被せながら、綾坂は問う。


 「それで、話ってなんだ?」


 「この殺人の計画は、ひとえに脱獄のためだけに練られた物なのだ」


 「脱獄……?」


 綾坂は驚愕した。

 綾坂の目標と奇しくも一致していたというだけではない。あの犯行のどこに、脱獄する要素があったのか……瞬時に出てこなかったのだ。


 「計画は元々、寝たきり男――名前はオールド・ロジャー(これも偽名なのだが)――が、考えた物だった。彼が立てた脱獄計画を、俺は手伝っていたのだ」


 「え? その人を殺したんじゃないの?」

 「裏切ったのか?」


 脱獄を考えたのがオールド・ロジャーなのだとしたら、死んでは意味がない。静葉も綾坂もパラムのことを疑った。だがパラムは毅然と首を横に振る。綾坂が推理し追求していた時よりも強く否定した。


 「断じてそのような真似はしない。俺はロジャーを尊敬していた」


 「あっ、思い出した! その人って例の『戦争』で――」

 「――そう、敗北した勢力のトップだった男だ。そして脱獄の計画が始まったのも丁度その敗北した後だった。ロジャーはこの医務室で見たのだよ。そこにある霊安室の扉の向こう側をな」


 医務室の最奥に、一メートルほどの小さな扉がある。

 パラムはそこを顎で指した。あれが霊安室の扉らしい。


 「霊安室が……?」


 あそこには今、オールド・ロジャーの遺体が入っているはずだ。

 それが何か関係あるのか。

 訝しむ綾坂を尻目に、パラムは静葉に話しかけた。


 「綾坂は……まだここに来たばかりだからわからないだろうが、静葉は考えたことはないか? 霊安室に入れられた遺体がいつどこへ行くのか?」


 言われて気がついたのだろう。

 静葉は唇を親指で触れながら記憶を辿る。


 「そういえば……見たことないかも。タイムアウトした人が、医務室に運ばれているのは見るけれど、出てきたところは一度も……」


 「ロジャーはその原因の答えを導き出していた。つまりこの霊安室。こちらの扉だけでなく反対側にも扉がある。外に繋がった扉がな」


 つまりこの霊安室の扉は一方通行。入るだけの場所。入口であり、出口は別の場所にある。そういう推測。


 「っ!? じゃあそこを通れば……」

 「脱獄できるという寸法だ。だが扉には電子ロックされているという問題があった。これを解決できたからこそ、ロジャーと俺は計画に踏み切った」


 「電子ロックを? 見たのか?」


 「見たのではない、聞いたのだ。言っただろう計画を思いついたのは『戦争』の後だ。ロジャーは『戦争』で重症を負って医務室に運ばれた。ベッドで寝ている彼がいる隣の部屋を、毎日何人もの死体が運ばれていった。そして頻繁に電子ロックが開閉された。ここの電子ロックは音が鳴る。その時の音で、ロジャーは二一桁の暗証番号を全て覚えたのだ」


 「……、」


 音だけで……ということは0から9までの十種類、全ての音を聞き分けた上に、順番まで覚えたということだ。足を吹き飛ばされ意識どころか命も危ないような状態で、果たして綾坂も同じように思考がめぐるだろうか。


 「そして計画を完遂するには必要なピースが3つあった」


 パラムは指を三本立てて話を続ける。


 「一つは、棺桶。医務室側の扉は開くが、監獄の外に繋がる扉は内側から開けないというのが俺とロジャーの見解だった。棺桶に入って、奴らの手で監獄の外に引き出してもらう。そうやって脱獄する予定であった」


 彼らは棺桶が霊安室内にあると確信できる状態が欲しかった。そうして棺桶内に身を潜めることで脱獄が果たされるというわけだ。無ければ何も始まらない。


 「二つ目は、ロジャー自身の存在を監獄から徹底的に消すことだった。いなくなってもすぐに気づかれない程度に……だ。その為に仮面付きを生み出した。仮面付きの強烈な印象を監獄に刻み込み、殺された時にそのインパクトでロジャーのことなど思い出せないほどに」


 情報屋が遺体を見てもすぐに気づかなかったのは、徹底した印象操作があったからか。そしてロジャーが姿を消しても誰も気づかない。暫くは追っ手が来ないということだ。


 「三つ目は、医務室での最後の仕上げだ。医務室にいるジイさんが邪魔だった。だが殺すわけにはいかない……『戦争』の時の二の舞だ」

 「看守側に手を出したら、報復が来るものね」

 「だから穏便に済ませなければならなかった。ちょうどその時に、ロジャーが痛みで夜も眠れないと相談してきた。失った左足が毎夜疼き悲鳴を上げる……幻肢痛だ。鎮痛剤の入手が急務でな、俺は医務室に駆け込んだ。そこでだ一緒に処方された睡眠薬を見て『この睡眠薬があればジイさんを眠らせれる』そう気がついたのだよ」


 医者を眠らせることで得られる所要時間は約一時間。

 その間だけ霊安室への侵入が可能となる。


 「じゃあ、睡眠薬がないと寝れないってのは、パラムじゃなくてロジャーの方か」


 パラムは首を縦に振る。だがその顔は暗い。


 「しかし、ロジャーの体調は日に日に悪化していき、遂に寿命が近づいてきた。タイムアウトじゃない、命の炎が尽きるという意味での寿命だ。タイマーを入れてもやってくる絶対的な死」


 パラムは呻くように声を絞り出す。


 「ロジャーは『オレの命を使え』といった。無関係の人間を殺したって、ロジャーが死ぬことには変わりない『棺桶にはオレが先に入っている』それがロジャーの最後の言葉……その直後に俺が破片で喉を切り裂いた」


 元は自然にタイムアウトを含めて死人が出るのを待つ予定だったのだろう。だが、死神が一番早く目をつけたのは不幸にもロジャー自身だったわけだ。

 その時の感情を思い出したのだろう。パラムはため息を吐いて、伸びた髪の毛をかきあげ診察室のソファに腰を下ろした。


 「与えられたのは一度きりのチャンス。全てを成功させなければならない。ロジャーは死んだ。失敗は許されない。外に出てロジャーを土に埋葬してやらねばならない。そんな言葉が頭の中をグルグルとかき乱した。その結果がこの有様。綾坂に見つかってしまった」


 捜査を始めた段階で、犯人は随分と焦っていると綾坂も薄らと気づいていた。そこに、付け入る隙を見出したが、本人から話を聞かされると改めてその焦燥感が感じられた。


 「詰めが甘かったのも……その混乱のせいか」


 「その通りだ。脱獄の手段の一つにこういうものがある。綾坂が本気で脱獄を決行する時には思い出してくれ……おっと、そろそろジイさんが起きる頃合だ。今度こそ、本当に退散するとしよう」


 時計を見て、パラムは意識を切り替えた。ロジャーの事は無念だったが、もともと助からなかったのだ。後悔しても始まらないとパラムは考えることにする。むしろ、そうしなければ今にも自分の無力さに押し潰れてしまいそうだった。


 綾坂は、そんなパラムの心情を察することしか出来ないので、ただ頷く。


 「そうだなな」


 綾坂とパラムはこれ以上長居する理由が無かった。

 下手に霊安室の扉を弄っている時に、医者が起きてきて見つかりでもしたら、監獄での生活にどう響くかも分からない。基本監獄側は放置・傍観姿勢だとしても、怪しまれないに越したことはない。

 そうして――


 

 「ちょっとまって!」



 ――それまで黙っていた静葉が、綾坂の腕を握って呼び止めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る