第28話 受け継がれる誇り

 28.受け継がれる誇り



 ―― ドドォォォォォォォォォン!!! ―― 


 上のほうから轟音が響き、自分たちから少し離れた場所に吹き飛んだ装甲板や金属の塊などが降り注ぐ。それを見たヴィルヘルミナたちは、ヒンデンブルグ号に致命的なダメージが与えられたことを覚った。


「ラインハルト大尉、ヒンデンブルグ号が!」


「せ、船体が傾いてるわよぉ!?」


「くっ……間に合わなかった……」


 守るべき対象が破壊されてしまった以上、こうなれば選択肢は二つしかない。このまま戦って連合軍のAM部隊だけでも倒すか、それとも尻尾を巻いて逃げ出すかだ。

 ヒンデンブルグ号が墜ちればシュトゥットガルトの奪還どころではないし、敵の新型AMは自分たちのものよりはるかに高性能ときている。冷静に考えればここは逃げの一手だろう。だが、ヴィルヘルミナはその命令を下せなかった。


「ローラ大尉、あそこにはまだ閣下や姉君たちが……」


 ヴァルトラウトが心配そうな声でローラに向かってつぶやく。そう、艦内には司令官のポリーヌはもちろん、マルグリットや負傷したフリーデリーケたちがまだ残っているのだ。


「発進口が壊されている以上、こちらから助けに行くことはできない。格納庫には予備のアルバトロスD.IIIが何機かあったはず……それを使って脱出してくれることを祈るしかないわ」


 ローラとて姉や仲間を助けたいのはやまやまだが、今は自分たちも連合軍の相手で手一杯の状況である。特にたった二機の新型機が敵に加わったことで、優位だった戦況は完全にくつがえされてしまった。唯一上回っているスピードでかく乱することでなんとか撃墜を免れているとはいえ、先ほどからまさに防戦一方なのだ。


「ら、ラインハルト大尉ぃ! このままじゃ私たちも危険ですよ! せめてヒンデンブルグ号の下から離れるべきじゃないですかぁ?」


「駄目よ。もしも味方機が脱出してくるなら、飛び出してきた瞬間いきなり敵が目の前に現れることになる。味方の撤退を援護するためにも、私たちはギリギリまでここで踏ん張らないといけないわ」


「も、もうやだぁ~っ!」


 さっき撃墜されかけた身としては、一刻も早くこの場から退却したいのだろう。ブリュンヒルデは敵を攻撃することもせずに、ただひたすら逃げ回っていた。

 いつまでこの状況に耐えなければいけないのか、ブリュンヒルデを叱咤しったしたものの、ヴィルヘルミナも内心逃げ出したい気持ちだった。もはや撤退するしかない状況で、脱出してくるかどうかも分からない味方のために殿しんがりを務めるなどあまりにも絶望的すぎる。

 だが、その状況はそれほど長く続かなかった。それからわずか五分も経たないうちに、スロープのなくなった発進口から十機ほどのアルバトロスD.IIIが飛び降りてきたのだ。飛行型AMに不慣れなのか最初はふらふらしている者が多かったが、すぐに姿勢を安定させ、高度を落とし続けるヒンデンブルグ号から離れていく。


「こちらラインハルト大尉です! 今ヒンデンブルグ号から出てきた機体に乗っているのは誰? 閣下やリヒトホーフェン大尉たちは無事なの?」


 ヴィルヘルミナは司令官のポリーヌやマルグリットの安否を確認するため、退却しようとしている友軍機に無線で呼びかけた。


「こちらポリーヌ・フォン・ヒンデンブルグだ」


「閣下、ご無事でしたか!」


「ああ、だが残念なことに艦のほうは墜落を免れん状況となった。体制を立て直すため、ここは一時退却しようと思う。君たちはそのまま少し時間を稼いでくれたまえ。我々が無事に地上まで辿り着いたら、後は君たちもここから離脱してくれて構わん」


「閣下、姉は……リヒトホーフェン大尉は無事ですか? その中のいずれかに乗っているのですか?」


「ローラ大尉か……気の毒だが、姉上は機関部の爆発に巻き込まれて亡くなられたよ。ベルリンへ戻ったら中佐への二階級特進と、ご遺族への手厚い保障を約束しよう」


「そんな……お、お姉ちゃん……」


 ローラが愕然とうなだれる。しかしそのとき、無線から別の声が聞こえてきた。


「だ、騙されるなローラ……」


「お姉ちゃん!?」


 それは、今にも消え入りそうなマルグリットの声だった。彼女は瀕死の体を引きずり、艦橋にあるAM部隊への指令用無線機から呼びかけてきたのだ。


「リヒトホーフェン大尉……まだ生きていたのかね」


「ど、どういうことです閣下!」


「君にとっては信じ難い話だろうから黙っていようと思ったのだがね……姉上は突如乱心し、私に銃を向けてきたのだよ」


「ええっ?」


「いや、もしかするとラインハルト大尉や君たちを救おうとしたのかもしれないな。私を殺して残った者を艦とともに葬れば、このたびの敗戦の責任が誰にあるかを有耶無耶うやむやにできるからね」


「まさか、姉がそんなことをするはずが……!」


「たが事実だ。そして理由がどうあろうと叛逆は叛逆……よって軍法に従って処刑させてもらったというわけだよ」


「ち、違う……そいつこそ叛逆者だ。そいつは皇帝陛下を毒殺し、帝国を乗っ取ろうと……がはっ……!」


「お姉ちゃん!」


「ろ、ローラ……そいつを……ヒンデンブルグを討て…………陛下を…………そ、祖国を……守れぇっ……!」


「い、嫌……死なないで大尉! 大尉ぃっ!」


「ラインハルト大尉……ろ、ローラを……いもう……とを…………頼…………」


 マルグリットの声はそこで途絶え、そして二度と聞こえることはなかった。


「ふむ、死に際の創作にしてはなかなかよくできた話だな。だが安心したまえローラ大尉、私は最初から姉上の名誉を傷つけるつもりなどない。だからこそ君には真実を伏せておくつもりだったのだから」


 この場合、どちらかといえばポリーヌの言葉のほうが話の筋は通っている。軍の総司令官が皇帝を毒殺して自らが取って代わろうとしているなど、常識的に考えれば荒唐無稽こうとうむけいな話だ。だがローラとヴィルヘルミナにとって、マルグリットへの信頼はそれを補って余りあった。


「閣下……私はあなたの言葉よりも、姉の言葉を信じます。姉は……マルグリット・フォン・リヒトホーフェンは……誰よりも誇り高いゲルマニア軍人だっ!」


「……その通りです。大尉が……あのリヒトホーフェン大尉がそんな恥知らずな真似をするものですか!」


「それは……君たちも私に叛旗はんきひるがえすという意味かね?」


 ゲルマニア軍最強のパイロット二人が敵に回ると宣言しても、ポリーヌにはまるで焦った様子はない。周囲には親衛隊が十機もいるとはいえ、この落ち着きぶりはいささか自信過剰にも思える。


「これからのことを考えれば、こんなところで優秀なパイロットを失いたくはないのだがね。仕方がない、では君たちも軍法に照らして断罪させてもらおう」


「断罪されるのは、あなたのほうよっ!」


「大尉の名誉のため、そしてゲルマニア帝国のため、ポリーヌ・フォン・ヒンデンブルグ……私たちがあなたを討つっ!」


「親衛隊、叛逆者を粛清せよ!」


「「「了解!」」」


 ポリーヌの号令とともに、十機のアルバトロスD.IIIが一斉にローラたちに襲い掛かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る