第29話 狂気と狂喜の乱舞

 29.狂気と狂喜の乱舞



 五人の連合軍パイロットたちはみな混乱して、ある意味絶好の機会にもかかわらず動けずにいた。十機もの敵が新たに現れたと思ったら、それらが突如として隊長機らしき二機を襲いはじめたのだ。


「どういうこと? 敵がいきなり同士討ちをはじめたよ?」


「新たに出てきた機体は旧式のようですし、おそらく飛行船が沈むのを察して脱出してきたのでしょうが……なぜ殿しんがりとなるべき戦力を自分たちで襲っているのか、理解できませんね」


「ど、どうしましょう。攻撃したほうがいいんでしょうか?」


「いーんじゃない? 敵が勝手に減ってくれるなら、私たちは楽できるじゃん。しばらくほっとこうよ」


「多分、飛行船の中で反乱みたいなことが起こったのかもしれない。けど新しく出てきたほうが私たちの味方とも限らないし……ウィルマはただめんどくさいだけだと思うけど、今はそれが正しいかもね」


 そうして五人がしばらく双方の動きを静観していると、ヒンデンブルグ号の機関部を破壊し終えたルネたちが戻ってきた。


「少佐、ご無事でしたか」


「ええ、そっちはみんな無事だった?」


「こちらはボール中尉が敵を道連れに墜ちてしまいましたが、途中でブラウン少尉とビショップ中尉に救われて無事だったようです」


「アーサリンとウィルマも来てくれたのか。うおっ、なんだその機体!?」


「すごいでしょー、そっぴーちゃんの造ってくれたトライプレーンだよ」


「そんなことより少佐、敵の様子が変なんです。飛行船の中から新たに敵が出てきたと思ったら、突然そいつらが元からいた敵と同士討ちをはじめて……」


「なんですって?」


「隙を突いていずれかを攻撃することもできるのですが……どちらに加担するのが我々に有利となるのか分からないので、とりあえず様子見ということになったのです」


「そういうことね……たしかに今の状況で手を出しても、三つ巴になる危険こそあれメリットはないわ。私たちもバスターキャノンを使いきってしまったし、しばらくは様子を見ましょう」


「「「了解!」」」


 ルネもロベルタと同じ判断を下し、漁夫の利を狙うことにした。彼女はヒンデンブルグ号に敵の総司令官であるポリーヌが乗っていたことは知らないが、少なくともどちらかが反乱分子扱いされている状況なのは明らかだ。それならば、いずれが勝つか趨勢すうせいを見極めてから攻撃を再開しても遅くはない。

 これはローラやヴィルヘルミナにとってはある意味僥倖ぎょうこうともいえた。もしも連合軍が親衛隊側を敵とみなして攻撃を加えてくれれば助かるが、逆ならば自分たちには死の運命しかないからだ。それならば、下手に手を出されるよりも静観を決め込んでくれたほうがよほどいい。

 そして連合軍がそうだったのと同じように、ゲルマニア軍のAM部隊もまた混乱していた。自分たちの隊長がいきなり叛逆者の汚名を着せられ、友軍機に攻撃を受けているのだ。特にティーガーズのヴァルトラウトとヘルマにとって、それはあまりにも衝撃的な光景だった。


「ど、どうしましょうお姉さま。私たちはどちらの味方につけば?」


「…………私もマルグリット大尉があのような嘘をつくとは思えないわ。それに私たちティーガーズは家族も同然……ならば、どちらを信じるべきかは決まっている!」


 ヴァルトラウトはローラたちに群がっている親衛隊に向かっていくと、スパイラル・クレイモアによる広範囲攻撃を浴びせた。彼女はローラと運命を共にする覚悟を決めたのだ。


 ―― バギャギャギャギャゥン! ――


 ローラたちを襲っていたため、ヴァルトラウトに背を向ける格好になっていた三機が翼を撃ち抜かれ、錐揉きりもみしながら地上へ落下していく。


「ローラ大尉、私たちもあなた方と一緒に戦います!」


「ブルーメ中尉……いいの? ここでヒンデンブルグを討てなければ、あなたたちまで叛逆者の汚名を着ることになるのよ」


「いいんです。クリンバッハ城の前で私が戦えなくなったとき、あなたは私を死なせるぐらいなら戦いに敗れたほうがましだと言ってくれた……あのとき以来、私の命はあなたのために使おうと決めていました」


「私もお姉さまのためなら、営倉入りも銃殺刑も怖くありません!」


「フロンメルツ少尉まで……二人とも、ありがとう……」


「さあ、来なさい! 旧式のD.IIIなんかで、私たちティーガーズに勝てると思わないことね!」


「ここは私たちに任せて、お二人はヒンデンブルグを追ってください!」


「わかったわ。二人とも……死なないでね」


「「はいっ!」」


 ローラとヴィルヘルミナがその場を離れ、少し離れた場所を飛ぶ機体を追っていく。予備のアルバトロスD.IIIは色分けされていないので最初は狙いが定まらなかったが、一機だけで逃げていく時点であれにポリーヌが乗っているのは明白だ。


「お姉ちゃんのかたきだぁっ!」


 ローラが逃げていくアルバトロスD.IIIに向けて機体の手をかざし、ハンドマシンガンを撃ち込もうとした。だがその瞬間――


 ―― ズバガガガガガガガァン! ――


「きゃぁっ!?」


 突然、ローラの機体が背後から銃撃を浴びせられた。真後ろからだったので弾は扁平なボディが逸らしてくれたが、あと少しズレていたら翼に被弾していたところだ。


「だ、誰なのっ?」


 ローラとヴィルヘルミナが旋回して背後から攻撃してきた敵機の姿を捉える。それは、ヘルミーネとブリュンヒルデの乗った二機だった。


「あ、あなたたち……一体どういうつもりなの!?」


「ええーっ? 『どういうつもり』だなんて、それはこちらの台詞ですわよ。“元”隊長さんたち♪」


 ブリュンヒルデがいつの間にやら調子を取り戻し、いつもの小馬鹿にしたような口調で二人をあざける。


「そのとおりよ。総司令官のヒンデンブルグ閣下に銃を向けた以上、あなたたちは明らかに叛逆者。ゲルマニア軍人としてそれを討つのは当然のことじゃなくってぇ?」


「くぅっ……!」


「私はずっとあなたたち姉妹が目障りで仕方がなかった……でも、いくら戦場でも衆人環視の中でのフレンドリー・ファイアは軍法会議もの……だから長いこと我慢してたのよぉ? 本当に嬉しいわぁ……ようやくあなたたちを合法的に始末できるんだから」


 ヘルミーネの口調は静かなものだが、それゆえに積年の恨みがどれほどのものかをうかがわせる。まるで地獄の亡者のような冷たい声に、ローラたちは怒りよりも恐ろしさを感じた。


「おお、ゲーリング中尉にレールツァー少尉か。君たちは叛逆者を討つのに力を貸してくれるのだね」


「もちろんですわ閣下。やつらの始末は私たちにお任せください」


「君らの忠節は心に留めておこう。この戦いを生き延びてベルリンに戻ったら、次に編成するAM部隊の隊長は間違いなく君だよゲーリング中尉」


「光栄ですわぁ!」


 ヘルミーネは目を大きく見開いて狂喜した。ついに――ついに念願の地位が手に入る。自分こそがゲルマニア軍で最も優れたパイロットであると、ようやく満天下に証明できるのだ。


「くそっ……邪魔をするなヘルミーネっ!」


「馴れ馴れしく呼ぶんじゃないわよ小娘ぇぇっ!」


 四機のアルバトロスD.IVが燕のような鋭い動きで飛び交い、お互いを撃ち落とそうと激しく争う。

 ただの腰巾着こしぎんちゃくでしかないブリュンヒルデと違い、元々ヘルミーネの腕前は本物である。しかも歓喜のあまり脳内にアドレナリンが大量分泌されているのか、そのキレはいつもよりさらに増していた。ブリュンヒルデがヴィルヘルミナを上手く足止めしているのもあるが、一対一ではローラが完全に押されているのだ。


「あっははははは! 墜ちなさい!」


「そうはさせないっ!」


 ―― ダタタタタタタタタタタタ……! ――


 ヴィルヘルミナがハンドマシンガンを掃射して二機を分断する。両手で左右別々の方向を撃てるこの武器の特性は、こういった乱戦のときにこそ役立つのである。


「ちぃっ、しっかり足止めしなさいよブリュンヒルデ!」


「ご、ごめんヘルミーネ。でも、こいつさすがに強いよ」


「ローラ大尉、この二人は私が抑えますから、あなたはヒンデンブルグを!」


「わ、わかったわ!」


「それこそ、させるものですかぁ!」


「あなたたちのような恥知らずに、ゲルマニア軍人を名乗る資格なんかないっ!」


 ヴィルヘルミナが二人に向けてハンドマシンガンを乱射し、ローラを追えないよう動きを封じる。その間にローラは逃げていくアルバトロスD.IIIに猛スピードで襲い掛かり、その背に向けてニーミサイルを撃ち込んだ。


 ―― キュドォォォォォォォン! ――


「ああっ、ヒンデンブルグ閣下!」


「やった!」


 飛行ユニットどころか手足まで吹き飛んだアルバトロスD.IIIが、まさしく空中分解しながら墜ちていく。


「やったわラインハルト大尉! あとはそこの二人と親衛隊の残りを片付けて、ブルーメ中尉たちと一緒に退却しましょう!」


「ええ!」


 ローラとヴィルヘルミナは旋回すると、まだヒンデンブルグ号の近くで親衛隊と戦っているヴァルトラウトたちのもとへ戻ろうとした。だが、そこで二人が見たものは――


「お、お姉……さま…………」


「ローラ大尉……ラインハルト大尉……申し訳……ありません…………」


 ボロボロの姿となり、握り潰された枯れ葉のように墜ちていくヴァルトラウトたちの機体だった。

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