第26話 ヒンデンブルグ号攻略戦

 26.ヒンデンブルグ号攻略戦



 アーサリンたちが戦っているヒンデンブルグ号の底面部よりもさらに上、右舷側に向かったルネたちの部隊は、船から少し離れた場所に展開していた。あまり近づきすぎると側面にある無数の砲座から攻撃され、飛行速度の遅いサラマンダーでは蜂の巣にされてしまうからだ。


「さて……どこから攻めましょうか」


 見た目で分かるほど分厚い装甲に守られたローターブレードの機関部を破壊するためには、やはり機銃ではなくバスターキャノンを使うしかない。だが、その使いどころは実に難しかった。バスターキャノンは砲身が弾を超音速まで加速させるのに必要なギリギリの長さしかないため、有効射程がいまいち短いという欠点があるのだ。


「バスターキャノンの射程距離と敵の砲座の射程距離、ほぼ一緒ですね。どうします少佐?」


「あの装甲じゃ、弾のめり込みが浅いとプロペラを止められない可能性があるわね。かといって深く踏み込めば被弾の確率が上がる……微妙な距離だわ」


「まずは砲座の死角になる一番前と後の機関部を破壊するのが一番だと思いますわ」


「あとは、さらに上昇してプロペラ軸そのものを撃ち抜くか……ですわね」


 ジョルジーヌとシャルロットが比較的安全と思われる攻め方を提案する。たしかに彼女たちの言うとおり、攻撃を受けない位置から飛行船の機関部を破壊するにはそれが最も妥当だとうな策だろう。


「やっぱりそれが一番安全ね。じゃあ、一番前と後ろの機関部はジョルジーヌさんとシャルロットちゃん、お願いできる?」


「はいっ」


「任せてください」


「他のみんなは私と一緒に上昇して、プロペラ軸を破壊しに行きましょう」


「「「了解!」」」


 作戦の決まった連合軍のパイロットたちがそれぞれ攻撃目標へ向かっていく。だか、このとき彼女たちはまだ知らなかった。アネット・フォッカーの最高傑作であるヒンデンブルグ号には、以前戦ったときは明らかにされなかった機能や武装が他にもあるのだ。

 まず最初にその恐怖を味わったのは、前後の柱を破壊しに向かったジョルジーヌとシャルロットだった。


「よし……この位置なら砲座からは狙われませんわ。」


 ヒンデンブルグの砲座はそれぞれ四十五度ほど左右に動くようになっているが、一番前と後ろにある砲座の可動域から外れた前後は安全地帯である。

 船体前方に向かったシャルロットは、バスターキャノンを構えて一番前の柱を撃ち抜こうとした。十分に接近しているので、ここからなら弾が貫通して三基は動力ユニットを破壊できるに違いない。だが、


 ―― ゴゥン……ゴゥン……ゴゥン…… ――


 彼女が引金ひきがねを引こうとする寸前、突如として奇妙な機械音が鳴りはじめた。


「な、なんの音ですの?」


 シャルロットが戸惑っていると、目の前にあった機関部の柱が突然左右にぱかりと開いた。ちょうど円柱型エレベーターの扉が開くような感じだ。


「そ、そんな……!」


 シャルロットが見たものは、円柱形の機関部から突き出た無数の砲座だった。一列に並んでいた側面の砲座は一部にすぎず、全ての柱には上下何層にもわたって砲座が備えられていたのだ。それも一方向ではない。砲座は一層ごとに少しずつ角度をずらしながら配置され、ほぼ全方位をカバーできるようになっている。


 ―― ドガガガガガガガガガガガゥン! ――


 こちらを向いた砲座が火を噴き、銃撃が容赦なくサラマンダーに浴びせられる。


「くぅっ!」


 シャルロットは大きく右に旋回して正面近くまで移動し、船体そのものの陰に隠れることで辛うじて敵の攻撃をかわした。この位置まで入り込めば、射角は取れてもさすがに撃つわけにはいかなくなる。

 なんとか被弾は避けられたものの、シャルロットは恐ろしく狭くなってしまった安全地帯でどうすることもできず途方に暮れた。もしも他の柱にも同じ仕掛けがしてあったなら、後方に向かったジョルジーヌも同じような状況におちいっているはずだ。


「きゃぁぁっ!」


「うわぁぁっ!」


 さらに上に向かい、ローターブレードの軸そのものを攻撃しようとしていたルネたちも、砲座からの銃撃とはまた別の攻撃を受けていた。一見なんの武装もされていないと思われた柱の上層部は、AMに採用された新装備のスパイラル・クレイモアと同じく、横に回転しながらベアリング弾を無差別にばらくドラムになっていたのだ。

 これは武装していることを隠すためのものではなく、砲座による銃撃よりも広範囲をカバーするためのものだろう。実際、全方位に放たれる弾幕のせいでルネたちはブレード軸よりも高いところまで上がれずにいた。


「駄目です少佐! これではプロペラ軸を攻撃するどころではありません!」


「完全にあてが外れたわね……仕方がないわ、一旦いったん下りてシャルロットちゃんたちと合流しましょう」


「りょ、了解!」


 ルネたちは下へ向かうと、再び距離を取って砲座の射程外に集結した。


「くっふふふふ、馬鹿な連中ね。一番大事な機関部に、攻撃できる死角なんて作るわけがないでしょうに。そもそもこれだけの巨体を宙に浮かせるんだから、柱一本に一つや二つの人間電池じゃ足りないわよ」


 砲座に仕込まれた各カメラから送られてくる映像をモニターで見ながら、艦橋ブリッジにいるアネットは勝ち誇ったようにクスクスと笑っていた。連合軍の狙いは悪くなかったが、彼女にはそれも全て想定済みだ。


「困ったわ……これじゃ動力部を破壊して飛行船を墜落させることなんてできない……」


 考えていた攻め手は予想外の反撃で全て封殺され、時間だけがどんどん過ぎていく。ルネは焦りを感じつつも、なんら次の手を打てずにいた。

 敵の飛行船は装甲だけでなく、近づこうとする者を撃ち落とすための迎撃体制においても鉄壁だ。このまま攻めあぐねていては、そのうち下で戦っている仲間や地上軍も壊滅させられてしまうだろう。現に、ヒンデンブルグ号は今も地上へ向けて大型爆弾を投下し続けている。


「…………少佐、上が駄目なら下から攻撃することはできないでしょうか」


 爆弾を投下する敵船の姿をじっと見つめていたシェリルが不意につぶやいた。


「下から?」


「はい、あの飛行船は機関部の柱から爆弾を投下しています。そこを下から撃ち抜けば、誘爆して動力ユニットにも大きなダメージを与えられるのでは?」


「無理よ。プロペラがあるから機銃もバスターキャノンも真上には向けられないし、なによりいつ爆弾が落ちてくるか分からない柱の真下に入るなんて危険すぎるわ」


「……いいえ少佐、悪くない方法かもしれませんわ」


「ジョルジーヌさん?」


「別に柱の真下に入る必要はありません。あそこから投下されるということは、あの部分に爆弾が装填そうてんされているのです。ならばそこをバスターキャノンで撃ち抜けば、誘爆させられる可能性はありますわ」


「あれほどの大型爆弾なら威力もかなりのものでしょう。それならば、バスターキャノンの弾が貫通しなくても動力ユニットを破壊できるかもしれませんわね」


 シャルロットもジョルジーヌの意見に同意する。太鼓判というわけにはいかないが、技術者上がりの彼女たちがそう言うならやってみる価値はあるかもしれない。


「この距離から爆弾を誘爆させられるかどうか……これは賭けね。でも、今はそれしか方法がないわ。やりましょう! 全員、バスターキャノンで柱の下部を狙って!」


「「「了解!」」」


 七機のサラマンダーがバスターキャノンを構え、ずらりと並んだ柱の最下部に狙いをつける。


「バスターキャノン、発射!」 


 ―― ドドン! ドドン! ドゥンドゥンドォン! ――


 七発の砲弾が同時に発射され、それぞれが狙った通りの場所に命中した。


「どうだ!?」


 ―― ドドォォォォォォォォォン!!! ―― 


 次の瞬間、ローターブレードの機関部から火柱が上がった。バスターキャノンが命中した七本の柱のうち、五本が黒煙を上げて燃えている。


「や、やったぁ! やったよシェリル!」


「喜ぶのは早いよジャクリーン。プロペラは……プロペラは止まった?」


 パイロットたちがバイザーカメラで見上げると、爆発した五本の柱の上にあるローターブレードは完全に停止していた。そのせいでバランスが崩れたのか、ヒンデンブルグ号の船体そのものも少し傾いている。


「よぉっし! やったぜ!」


「まだだお前たち、あれだけではこの巨体は墜ちん。もう一撃食らわせるぞ!」


「「「了解っ!」」」


 ラモーナの号令でエダたちが再びバスターキャノンを構える。残りの弾は七発、これが全て爆弾を誘爆させてくれれば、右舷にある機関部のうち半数以上を破壊することができる。


「いっけぇぇぇ!」


 ―― ずどん! ドドン! ドドドォォン! ――


 シュトゥットガルトの空に再び轟音が響き渡る。連合国とゲルマニア帝国、両軍の命運を決する七つの砲弾が、今まさに放たれた。

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