第25話 舞い上がれ、トライプレーン!
25.舞い上がれ、トライプレーン!
上昇気流を捉えながらゆっくりと上がってきたヴィルヘルミナたちは、アルバータとテオドラが落下したのと入れ違いでようやく上の仲間たちと合流した。すでに五人いたティーガーズのうち三人が討たれ、残っているのはヴァルトラウトとヘルマだけだ。
「ブルーメ中尉、遅れてごめんなさい。私たちがもっと早く戻っていればオステルカンプ中尉やグライム少尉は……」
「いいえラインハルト大尉、憎むべきは連合軍です」
「ありがとう……そう言ってくれると救われるわ」
「ブルーメ中尉、あのヒンデンブルグ号の発進口はどうしたの?」
ローラが発着用スロープのなくなったヒンデンブルグ号の真下を旋回しながらヴァルトラウトに訊ねた。
「申し訳ありません、連合軍の新兵器によって破壊されてしまいました。その前の一撃でクリスチャンセン中尉も負傷し、もはや援護も補給も望めない状況です」
「つまり、今の戦力だけで戦うしかないってことね……」
「はい……ですが、ここで退いては散っていったテオドラたちに顔向けができません」
「そうね。私もティーガーズの隊長として、仲間の
「「了解っ!」」
そうして、再び両軍の激しい戦闘がはじまった。
わずか数分の間であったが、両軍の戦いはハンドマシンガンと機銃の撃ち合いに終始し、双方ともニーミサイルやバスターキャノンといった強力な武器を使うことはなかった。これまで飛行型AMで戦ってきた中で、お互いが空中戦の極意とでもいうべきものに気付きはじめたのである。
重装甲に加えて防弾傘を装備したキャメルや銃撃を逸らすアルバトロスD.IVなど、最近はどちらの軍も攻撃を無力化する敵と戦うことが多かったせいか、とにかく“それを上回る威力で破壊しなければならない”という固定観念に囚われていた。だが地上戦ではスピードが乗っているときに転ばせるだけでパイロットを負傷させることができたように、空中戦でも敵機を
それに気付いた両軍のパイロットたちは、なんとかして敵の背後を取ろうとお互いを
「くらえ連合軍っ!」
「テオドラお姉さまとロートラウトの
両腕を攻撃範囲の広いスパイラル・クレイモアに換装することができたヴァルトラウトとヘルマが、無数のベアリング弾を宙にばら
「くっ……さすがに厳しいですね。敵の銃撃は威力が低いとはいえ、こちらの装甲もそれほど頑丈ではありません。あまり攻撃を食らえば、翼は無事でもそのうち撃破されてしまいます」
「っていうか、数が違いすぎるよぉ! 少佐たちはまだ戻ってきてくれないのぉ?」
「ウィルメッタ、頑張って。私たちがここで少しでも長く敵を引き付ければ、その分だけ少佐たちが飛行船の動力ユニットをたくさん破壊できる」
「そ、そんなこと言ってもぉ!」
サラマンダーの強みは常に動いていなければ落下してしまう敵の機体と違い、その場でホバリング(空中停止)することができるという点だ。再加速には急降下して勢いをつけなければならないが、それでも動きの選択肢は敵より一つ多いといっていいだろう。
しかしRUKの三人がいくら歴戦のエースとはいえ、やはり七対三という数の不利は否めなかった。クレイモアを装備した敵が二機だけなのが唯一の救いだが、それでもかなりの苦戦を強いられている。
「そろそろ終わりよ連合軍。まずはウィルメッタ・バーカー……あなたから墜ちなさいっ!」
ヴィルヘルミナはわざと一人だけ高度を落とすと、ウィルメッタの背後から機体の膝を斜めに上げてニーミサイルを発射した。こうすれば少し上にいる敵も狙えるし、後方に向けられるバイザーカメラからも死角になっている。
「もらった!」
自分たちより上を攻撃できないと思い込んでいる敵が、まさか自ら高度を落として下から狙ってくるとは思わないだろう。ヴィルヘルミナはミサイルの命中を確信した。だが、
―― キュドォォン! ――
「なっ!?」
ヴィルヘルミナの放ったミサイルは、彼女の後方から浴びせられた機銃掃射によって撃ち落とされた。今まで戦っていた三機は目の前にいるのに、一体誰が攻撃を仕掛けてきたというのか。
「大尉、後ろですわ!」
無線から聞こえたエーリカの声に反応して慌てて旋回すると、そこには自分を見下ろすように機銃を構えた別の敵がいた。全身パールピンクのド派手なカラーリングに、左肩には青いリンドウの花のエンブレム。この機体は――
「ま、まさか……アーティなの?」
ヴィルヘルミナがさらに上昇していく敵を呆然と見送る。それは見たこともない新型の機体に乗った、かつての親友の姿だった。
「みなさん、遅れてすいません! アーサリン・ロイ・ブラウン少尉、ただ今到着しました!」
「私もいるよー」
少し遅れて上昇してきたウィルマのトライプレーンも、あっという間にヴィルヘルミナの機体を追い抜いてジョルジアナたちに合流した。
「ブラウン少尉、ビショップ中尉、来てくれたのですね!」
「す、すっごーい! なんなのその機体?」
「そっぴーちゃんが私たちのために用意してくれた三連プロペラの機体、ソッピース・トライプレーンです」
「上がってくる途中でアルバータもキャッチしといたから、無事だよー」
「ええっ!? あ、アルバータ生きてたんだ……よ、良かったぁ……」
ウィルメッタが涙声でため息を吐く。
「詳しい説明は後です。今はまず敵をなんとかしないと」
「そうですね。少佐たちが飛行船を撃墜するまで、なんとしても持ちこたえなければ」
「持ちこたえる? みんなが戻ってくる前に敵を墜としちゃ駄目なの?」
ジョルジアナの言葉に対し、ウィルマは「簡単にできることをなぜやらないの?」とでも言わんばかりに疑問符を浮かべる。
「そ、そんなことはありませんが……敵の動きが速すぎて、そう簡単なことではありませんよ」
「だいじょーぶだよ。このトライプレーンなら」
そう言いながら、ウィルマの機体がゆっくりと敵のほうへ近づいていく。
「ウィルマ、駄目だよ。そんなスピードじゃ危ない」
ロベルタが止めようとするが、ウィルマはまるで気にせずに真正面から敵に向かっていく。それを見たゲルマニア軍のパイロットたちも、トライプレーンの異様な姿とあまりに無防備な動きに思わず面食らった。
「な、なんなのよあの機体、ローターブレードが三つも付いてるわよぉ?」
「あのアイマスクのエンブレム……RUKのウィルマ・ビショップね。フン、どうせハッタリよ。貧乳女がなんとか空を飛ぼうと頑張ったんでしょうけど、あれじゃいい
ヘルミーネも一瞬驚きはしたが、すぐに落ち着きを取り戻した。彼女が言ったように、乗っているのは連合軍でも特に胸が貧しいことで有名なウィルマとアーサリンだ。しかも今の動きを見る限り、縦はともかく横移動のスピードはサラマンダー以下としか思えない。
「私たちの動きについてこれるもんですか!」
ヘルミーネとブリュンヒルデ、そしてエーリカの三機はウィルマのトライプレーンを包囲し、高速で時計回りに旋回しながら銃撃を加えようとした。おまけにヴァルトラウトとヘルマがそれぞれ上と下をクレイモアで狙っているため、どこにも逃げ場がない。
「これでスコア十九……いただきぃっ♪」
ブリュンヒルデは急角度で右旋回してウィルマの背後を取ると、背中の飛行ユニットに向けてハンドマシンガンで攻撃しようとした。だが次の瞬間、ウィルマのトライプレーンは彼女よりもさらに小さな動きで左へ急旋回し、まるでその場でターンするかのようにくるりと振り返った。
「んなっ!?」
後ろを取ったと思ったのに、逆に突然真横を取られる形になったブリュンヒルデが思わず声を上げる。
―― ズギャギャギャギャギャギャギャギャゥン! ――
「きゃぁぁぁっ!」
面積の広い側面を銃撃され、手足を中心として機体に無数の穴が開く。幸い翼には当たらなかったので飛行に影響はないが、臆病者のブリュンヒルデにとっては機体のダメージよりも心理的なダメージが大きかった。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
「な、なんなの今の動きは?」
ヘルミーネはブリュンヒルデが攻撃しようとする寸前、敵機の翼が変形したのを見た。長い翼の右端部分が九十度前に倒れ、三連プロペラのうち右のものだけが正面を向いたのだ。それによって片側が加速し、あのような急旋回を可能にしたのだろう。
「それそれー」
さらにウィルマは器用に左右のプロペラを可変させ、目まぐるしく旋回しながら周囲の敵に攻撃を加えた。三対一のはずなのに、ブリュンヒルデはおろかヘルミーネやエーリカまでが完全に手玉に取られている。
「す、凄い……」
まだ他の敵もいるというのに、ウィルメッタはぽかんと口を開けてウィルマの動きに見とれていた。いや、彼女だけではなく、この場にいる誰もが呆然とその光景を見つめるしかなかった。トライプレーンの動きは、それほどまでに彼女たちの常識を超えていたのだ。
ねじれが加わると外れたり切れたりしやすいチェーンと違い、ベルトは翼の角度が変わってもねじれたまま駆動力を伝えてくれる。トマサが三つのプロペラを連動させるのに頑丈なチェーンではなく、わざわざ頻繁に交換しなければならないベルト方式を採用したのはこのためであった。
「あれがトライプレーンだけの新機能、可変式プロペラです。翼を動かしてプロペラの方向を変えることで、サラマンダーよりもずっと小回りがきくようになったんですよ」
唯一その機能について知るアーサリンが、トマサから聞かされた説明をそのまま伝えた。今まで飛べなかった彼女にはサラマンダーとの違いは分からないが、それがどれほど凄いのかということだけはみんなの驚き方で感じられる。
「小回りだけじゃないよー」
ウィルマが左右のプロペラを両方前に向けると、トライプレーンは急加速して敵の包囲網から抜け出した。敵のアルバトロスD.IVほどではないが、それでもサラマンダーの倍近くは速い。
「は、速い!」
自分たちには見慣れた速度であっても、ノロマな亀だと思っていた生物がいきなり某昆虫のようなスピードで動き出せば誰でも驚く。ゲルマニア軍のパイロットたちもまた、思ってもみなかった敵の急加速につい目で追うのが遅れた。
「じゃあ、ばいばーい」
そう
―― ドバギャァン! ――
「……かっ……は…………」
金属が引き裂かれる音とともに貫かれたのは、ヘルミーネたちのすぐ後ろにいたエーリカの機体だった。
「あ……あぁ…………レ……レーヴェンハルト中尉ぃぃっ!」
少し下にいたヴィルヘルミナが、墜ちていくエーリカの機体に手を伸ばす。だがその胴体は砲弾で無惨にも分断され、中の人間ごと真っ二つにされていた。
「そ、そんな……なんてことなの……」
ヴィルヘルミナが両手で顔を覆い、わなわなと体を震わせる。エーリカは彼女がマルグリットに見出されたのと同時期に入隊した、最も付き合いの長い戦友だったのだ。身に余る隊長職の重圧と、自分の指揮の下で仲間が次々と倒されていく現実に、彼女の心は今にも押し潰されそうだった。
「ラインハルト大尉、しっかりなさい! 今はあなたが隊長でしょう!」
無線からローラの
「仲間の死を嘆くのも、自分の無力を後悔するのも、全てはこの場を切り抜けてからよ。いいえ……その怒りと悲しみは、今ここで敵に叩き付けなさい!」
「わ、わかりました。取り乱して申し訳ありませんローラ大尉」
「いいの……私も前はそうだったから」
かつて目の前でゲルトルートやマクシーネを倒されたとき、ローラも同じ気持ちを味わっている。彼女とてヴィルヘルミナの気持ちは痛いほど理解できるが、今はこれ以上の犠牲者を出さないためにも悲しんでいる余裕はないのだ。
「ブルーメ中尉、フロンメルツ少尉、行くわよ。どれだけ強い敵だろうと、私たちティーガーズが倒すっ!」
「「はいっ!」」
さすがはマクシーネ・インメルマンの下で鍛えられた虎の子たちというべきか、ヴァルトラウトとヘルマはトライプレーンの性能を目にしてもまるで気後れしていない。多くの仲間が殺されたことで頭に血が上っているのもあるだろうが、やはりローラたちティーガーズはブリュンヒルデなどよりもはるかに凶暴で危険な猛獣の群れだった。
残された六機のアルバトロスD.IVが敵のAM部隊に対抗するため、飛行しながら限界まで高度を上げる。
早く目の前の敵を蹴散らして右舷に向かった別働隊を止めなければ、ヒンデンブルグ号が墜とされてしまう。ヴィルヘルミナたちは勝負を急ぐため、最高速度で襲い掛かろうと機体を加速させた。そのとき、
―― ドドォォォォォォォォォン!!! ――
彼女たちがいる場所のさらに上から、凄まじい音が響いてきた。
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