第21話 縦と横の戦い
21.縦と横の戦い
「出てきやがった。敵のAM部隊だ!」
「みんな、作戦どおり行くわよ!」
「「「了解!」」」
サラマンダーはガンブレラで使っていたステッキ型機銃を装備しているが、頭上で回っている大型プロペラに弾が当たってしまうため、上に向けて機銃を撃つことはできない。まずは敵よりも高い位置につくことが肝心だ。
連合軍のパイロットたちは敵の出撃を確認すると、一斉に散開してそれぞれ大きく距離をとった。なるべく攻撃を分散させ、その間に敵の頭上まで上昇するのが狙いだ。
「ラインハルト大尉、やつらが散開していきます」
「あの上昇速度、おそらく我々の上をとるのが目的でしょうね。なら……その前に仕留めるわよ!」
「「「了解っ!」」」
ゲルマニア軍のAM部隊も散開し、下にいる連合軍目がけて一斉に爆弾を投下しはじめた。AM部隊に当たるかどうはともかく、どうせ自分たちが上にいる間に使い切らなければただのデッドウエイトだ。
「うぉっ!? 来た来た、爆撃だぁ!」
「当たるんじゃねえぞエダ!」
「誰に言ってんだ!」
こういうとき、いつも切り込み隊のような役目を果たすエダとアルバータが二重螺旋を描くように上昇していく。可動式のバイザーカメラを上に向けて敵の描いた軌跡を見切り、その下に入らないようにすることで見事に爆撃をかわしているのだ。
「くうっ、ちょこまかと!」
「焦るなテオドラ。一機の敵に固執せず、点ではなく面で攻撃するんだ」
「分かっている!」
ヴァルトラウトが抑えようとするが、テオドラはどうしてもゲルトルートの
「ちょっと! もうこの距離じゃ爆弾が当たったところでこっちまで巻き込まれるわよ! ラインハルト大尉、どうすんのぉ?」
ヘルミーネに言われずとも、ヴィルヘルミナとて状況は理解している。こうなれば同じ高さで戦い、自分たちより上に行かれる前に撃ち落とすしかない。
「全機、爆弾をボックスごと廃棄。機体が軽くなったところで上昇しつつ、ハンドマシンガンとニーミサイルで戦うわよ」
「しかし大尉、ハンドマシンガンの威力では、あれを撃ち落とす前に上を取られる可能性がありますわ」
いつもは能天気なエーリカだが、彼女も敵の戦力が自分たちと互角かそれ以上であることは分かる。キャメルほど重装甲ではないとはいえ、それでも一発や二発の弾が
「……やはり最初から新武装を持ってくるべきだったかもしれない」
「新しい武装?」
「火力不足を補うために、フォッカー博士に頼んで用意してもらっていたのよ」
「そんなものがありましたの……」
「けど両腕を外して換装する必要があるうえ、重量が増える……つまり、一度高度を落とすと再上昇が不可能になってしまうの。だから敵の性能を見極めてから使うつもりだったんだけど……」
「判断が裏目に出たってわけね」
ヘルミーネが皮肉っぽく言うが、それを
「ローラ大尉、こうなったら交代でヒンデンブルグ号に戻って装備を換装しましょう。しばらく私たちが敵を食い止めておきますので、あなたたちティーガーズは先に行ってください」
「ええっ!? 私たちだけであいつらを食い止めるんですかぁ? む、無理無理ぃ! 私たちを先に行かせてくださいよぉ!」
ブリュンヒルデが悲鳴にも近い声で懇願する。
「レールツァー少尉、ここが踏ん張りどころよ。あなただってあと二機撃破でブルーマックスが授与されるんでしょう? 頑張りなさい」
「うぇぇ~……」
ブリュンヒルデもプール・ル・メリット勲章の栄誉には惹かれるが、彼女はそもそもヘルミーネが撃ちもらした敵を狩ってエースパイロットの座を掠め取っただけの、言うなれば『サメの威を借るコバンザメ』だ。命懸けで祖国の敵と戦うような勇気など、最初から持ち合わせていないのである。
「ラインハルト大尉、私も残るわ」
「ローラ大尉?」
「あなたやレーヴェンハルト中尉はともかく、ゲーリング中尉とレールツァー少尉が後詰めじゃ私も不安だわ。オステルカンプ中尉、ブルーメ中尉、グライム少尉とフロンメルツ少尉をお願いね」
「そんな、大尉だけを残していくなんて……」
「誰かが残り、誰かが行かないといけないのよ。心配なら一刻も早く新武装に換装して、私たちを助けに戻ってきて」
「わ、分かりました。グライム少尉、フロンメルツ少尉、行くぞ!」
「はい、お姉さま!」
「了解……すぐに戻って連合軍のやつらを皆殺しにします……」
アルバトロス全機が一斉に爆弾の入ったボックスをパージすると当時に、ティーガーズの四機が両腕を広げて離れていく。上昇気流を捉え、上にいるヒンデンブルグ号へと帰還しようというのだ。
「逃がすかよっ!」
すでに敵部隊とほぼ同じ高さまで上昇してきたエダが、離れていく機体の背に向けて銃撃を浴びせようとする。
「させないっ!」
―― ダガガガガガガガガガガ! ――
「うおっと!」
エダが機体を急旋回させ、すんでのところでヴィルヘルミナの銃撃をかわした。アルバトロスD.IVと違ってサラマンダーはボディ自体に敵の銃撃を逸らすような工夫はされていないため、下手に被弾すればハンドマシンガンでも撃墜されかねない。
「エダ中尉、気をつけなさい。撃墜されたときのために一応パラシュートという安全装備も付いていますが、それはパイロットの命だけを救うためのものです。機体が墜落してバラバラになったら、戦争が終わってもあなたには借金しか残りませんわよ」
「ええっ!? 機体の修理費が自腹なんて聞いてないぞ!」
「冗談ですわ。ですが、それぐらい高価な機体だということを忘れないでください」
「わ、分かったよ」
―― ズガガガガガガガ! ――
―― スタタタタタタタタ! ――
両軍の機体が全て同じ高さに集結し、せわしなく飛び回りながら銃火を交える。
数のうえでは連合軍のほうが勝っているのだが、やはり時速百八十キロで飛び回るアルバトロスD.IVに攻撃を当てるのは容易ではなかった。
「くっ……やはり速いですね。正面からの弾は薄いボディで逸らされてしまうのに、あれでは横から当てることなどできません」
「ああもう、どうしろってんだよ!」
「アルバータ、落ち着いて。私たちにはもっと速い武器がある」
「……そうか、バスターキャノンか!」
「ま、待ってよロベルタ。あれは飛行船の動力ユニットを破壊するためのもので、しかも一人二発しか撃てないんだよ? 左右合わせて何十機もあるユニットを破壊しなきゃいけないのに、AM相手に使っちゃったら……」
「大丈夫だよウィルメッタ。動力ユニット全てを破壊する必要なんてない」
「どういうこと?」
「あの飛行船……動力ユニットの間にある船体そのものがかなりの重さだと思う。左右どちらかを集中して破壊すれば、それだけでバランスを失って墜落するはずだよ」
「な、なるほど」
「それにバスターキャノンの威力なら、正面か真後ろから撃てば一撃で三つぐらいはユニットを貫通できる。片側にあるユニットが二十機として、私たちの持ち弾が二十二発。前後から一発ずつで六機壊せば……」
「残弾二十に対してユニットの残りが十四機……あと六発はAM相手に使える計算ですね」
「そもそも二十機全部破壊しなくても、十五機ぐらいで十分じゃないかな」
「つまり、あいつら一機ごとに一発撃つぐらいの余裕はあるってわけだな。よぉし……それならっ!」
「お待ちなさいあなたたち、それでもできるだけ無駄撃ちは避けるべきですわ」
バスターキャノンを構えようとしたRUKの四人組をシャルロットが制する。
「いくらバスターキャノンの弾が超音速だといっても、あれだけのスピードで飛び回る敵に当てるにはタイミングが重要です。もしも外したときのことを考えて、保険をかけておくべきでしょう」
「保険?」
「つまり、敵機の背後に飛行船を捉えた状態で撃つのです。それなら万一AMへの攻撃を外したとしても、後ろにある飛行船には直撃しますわ」
「そうですね。敵の数が減っている今なら、隙を突いて上昇することも可能かもしれません」
「作戦は決まりだな。少佐、いいですよね?」
「そうね……とりあえず、今いる敵をかく乱しながら上昇しましょう。上に逃げた敵もいることだし、先に飛行船を攻撃してしまうのもありかもしれないわ」
「「「了解っ!」」」
連合軍のサラマンダー部隊は残った敵機を銃撃で
「……! やつら、私たちを無視して上昇するつもり?」
ヴィルヘルミナやローラをはじめ、残った五機のパイロットは懸命に連合軍の動きを抑えようとしていた。敵の数が倍以上でも、両手で別々の方向を撃つことができるハンドマシンガンならそれをカバーできるはずだと思っていたのだ。だが彼女たちにとって想定外だったのは、やはりサラマンダーの上昇速度だった。
「くそっ、追いつけない!」
プロペラがメインで翼のほうがサポートのサラマンダーと違い、背中のタービンはあくまで浮いているためのものにすぎないアルバトロスD.IVは翼で上昇気流を捉えないと高度を上げることができない。しかも
「クリスチャンセン中尉、聞こえる?」
ローラは無線を通じ、ヒンデンブルグ号の発進口を守るフリーデリーケに呼びかけた。
「はい、こちらフリーデリーケ。どうされました大尉」
「連合軍のやつらがそっちに向かったわ。オステルカンプ中尉たちも帰還しようとしているから、着艦を邪魔されないよう援護してあげて」
「了解しました」
ローラの指示を受け、フリーデリーケが膝立ちになってロングレンジキャノンを構える。
彼女が狙撃体勢に入ってしばらくすると、照星を覗いているカメラのモニターに、友軍を追いかけて上昇してくる敵機の姿が映し出された。
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