第22話 狙撃手を撃破せよ!

 22.狙撃手を撃破せよ!



「見えたぜ、飛行船だ!」


 上昇を続けていた連合軍のAM部隊は、ついに雲の中に隠れていたヒンデンブルグ号を発見した。

 ここはすでにシュトゥットガルトの上空だ。この場で動力ユニットを破壊してやれば、すぐ西にある山に墜落させてヒンデンブルグ号を完全破壊することができるだろう。


「やつら、また出入り口を開けたままだぞ。よぉし、まずはあそこにバスターキャノンを撃ち込んでやる!」


 エダのサラマンダーがバスターキャノンを構え、ヒンデンブルグ号の発進口に向かって上昇していく。


「待ちなさいエダちゃん!」


 ルネが先行しすぎたエダを止めようとしたそのとき、


 ―― ドヒュォン! ――


「うわっ!?」


 もの凄い轟音とともに、高速で撃ち出された八十八ミリ砲弾が機体の脇をかすめていった。


「馬鹿! お前、ニュルンベルグでも今の奴にやられかけただろうが。二度も同じ手を食らいそうになってんじゃねえよ!」


「あ、危ねぇ~……すっかり忘れてたよ」


 危ういところで砲弾をかわしたエダとアルバータが大きく旋回し、狙撃の射線に入らない位置まで離れていく。


「ちっ……味方機が射線に入って狙いづらいわね」


 エダを狙撃した機体のコックピット内では、標的を撃ち落とし損ねたフリーデリーケがいま々しそうな顔をしていた。味方に当てないようにしつつ敵だけを狙うというのは、いつもと少し勝手が違うらしい。

 先行していたエダとアルバータが旋回して敵の隙をうかがっているうちに、他のメンバーも同じ高度まで追いついてきた。


「少佐、どうしましょう。このままでは飛んでいる連中が飛行船の中に逃げ込んでしまいます」


「飛行船を守らずにわざわざ中まで戻るということは、なにか意図があるんでしょうね。妨害したほうがいいんだろうけど……あの狙撃のせいで近寄れないわ」


 ルネたちがそうしてまごついている間に、テオドラとヴァルトラウトの機体はすでにヒンデンブルグ号へと着艦していた。あとは胸が小ぶりなせいで比較的上昇の遅いロートラウトとヘルマの二機だけだ。


「いずれにせよ、先に狙撃手をなんとかしないと危険すぎますね。あれでは下手に飛行船の前を横切れません」


 ジョルジアナはそう言うが、常に狙撃体勢を維持したまま構えているフリーデリーケを撃破するのは簡単なことではない。敵の姿を視認できる位置に身を晒すということは、すなわち敵からも狙える位置にいるということなのだ。

 弾の速度、威力、いずれにおいてもバスターキャノンのほうが敵の武器よりも勝っているはずだが、“ロングレンジ”キャノンというだけあって射程だけは敵側が上回っている。しかも同じ射線上で撃ち合いになれば、狙撃に慣れた向こうのほうが命中精度も高く、無傷で相手だけを倒すのは不可能だろう。


「…………もしかしたら、狙撃手をやっつける方法があるかもしれない」


 不意にロベルタがつぶやいた。


「ロベルタちゃん、なにか思いついたの?」


「あの狙撃手がいるのはスロープ状になっている部分のすぐ上です。それならバスターキャノンを使えば……」


「撃つ方法があるというのね。わかったわ、やってみなさい」


「了解」


 そう言うと同時に、ロベルタは狙撃されないよう回り込みながら機体をさらに上昇させた。ヒンデンブルグ号の船体下部とほぼ水平になり、スロープの床面しか見えない角度だ。


「…………」


 ロベルタはそこで踏み込んでいたアクセルペダルを緩め、バスターキャノンを構えたまま機体をゆっくりと下降させていった。そして暗い船内がわずかに見えそうな角度まで来た瞬間、


「……この角度かな」


 引鉄ひきがねを引き、バスターキャノンを発射した。


 ―― ダギャァンッ!!! ―― 


「ぎゃぅっ!」


 ヒンデンブルグ号の格納庫内に大きな金属音が響くと同時に、船体が激しく揺れ、フリーデリーケの機体がもの凄い勢いでひっくり返った。


「な、なにが起こった!?」


 司令官のポリーヌをはじめ、艦橋にいたゲルマニア軍の兵士たちも突然の揺れに驚いた。敵がなにか機銃以外の武器を用意していることは予想していたが、無敵の装甲を誇るヒンデンブルグ号がこれほどの衝撃を受けるとは思ってもみなかったのだ。


「今の揺れは一体なんだ! 状況を報告しろ!」


「て、敵機からの砲撃です! 凄まじい速度の砲弾が発進口から進入したようですが……詳しい被害状況はまだ確認中です」


「ええい、格納庫内の映像をモニターに回せ!」


「は、はいっ!」


 ポリーヌの指示で艦内監視用のカメラ映像がモニターに映し出される。そこには発進口から少し離れたところに吹き飛ばされ、仰向けに倒れたフリーデリーケの機体があった。さらによく見ると、その頭部が跡形もなく破壊されている。


「クリスチャンセン中尉、大丈夫か!」


 すでに機体をハンガーに格納し、両腕の交換作業に入っていたテオドラとヴァルトラウトが生身のままフリーデリーケの機体に駆け寄る。

 外部から緊急用のスイッチを操作して二人がハッチを開けると、意外にもパイロットのフリーデリーケは無傷だった。気を失ってはいるが、一目見る限りどこにも怪我はない。


「クリスチャンセン中尉! おい、フリーデリーケ! しっかりしろ!」


 ヴァルトラウトが平手で頬を叩いて呼びかけるが、フリーデリーケはぐったりとしたまま完全に失神していた。おそらく機体が倒れたときの衝撃で頭を打ち、脳震盪のうしんとうを起こしたのだろう。

 二人はフリーデリーケの身体をコックピットから引きずり出そうとして、そのすぐ上の惨状にゾっとした。なんと彼女の頭のあった場所のわずか数センチ上までが大きくえぐられ、機体の外が見えていたのだ。もしかすると彼女が起こした脳震盪のうしんとうの原因は、頭を打ったことではなく音速の砲弾が至近距離を通過したときの衝撃波によるものかもしれない。


「な、なんだこの威力は……」


「テオドラ、あれを見ろ!」


 テオドラがヴァルトラウトの指差したほうに目をやると、後ろの壁の少し高い場所にボウリングの玉ほどの穴が開いていた。フリーデリーケの機体に当たって少し軌道が変わったものの、弾の勢いはほとんど落ちなかったらしい。

 壁の向こうは投下用爆弾の格納庫である。万が一にも誤爆して艦内が吹き飛ばないよう、銀行の金庫扉なみに厚くなっている壁が貫かれているのを見て、二人のパイロットは敵の新兵器の威力に戦慄した。


「いくらアルバトロスD.IVの装甲が薄いとはいえAMだぞ? その一部を吹き飛ばし、なおもヒンデンブルグ号の壁を貫通するとは……」


「そもそも敵はどこから中尉を撃った?」


 ヴァルトラウトが振り返ると、スロープ状になった発進口の床面にも大きな傷がついていた。深くえぐれてこそいないが、摩擦熱でふちの部分が溶けかかっている。


「これは……まさか、この発進口をかすめて跳弾させたのか!?」


 そう、彼女の想像どおりである。ロベルタは開かれた発進口の床面に浅い角度でバスターキャノンを撃ち込むことで弾の軌道を変え、見えない位置にいるフリーデリーケに砲弾をヒットさせたのだ。


「よし……」


 ヒンデンブルグ号の発進口から丸見えの位置まで降下したにもかかわらず、敵からの狙撃がないことで攻撃の命中を確信したロベルタがこくりとうなずく。


「やったわねロベルタちゃん」


「よくやったぞロベルタ! でも、見えない位置からよく当てたな」


「あの飛行船は底面の装甲を特に厚くしてるはずなんだ。だからスロープの角度に沿わせるように当てれば、弾の軌道を変えられると思ったんだよ」


 ―― バシュゥ……! ――


 ロベルタが機体の腕を器用に操作し、役目を終えて砲身から煙を上げるバスターキャノンをパージする。

 過去に使われていたというリニアキャノンは文字通り弾が磁性体から浮いた状態になるので、本来ならばこのような使い捨ての武器にはならない。しかしこの技術に対するトマサの理解はまだ浅く、一般的な大砲のように弾の直進性を上げるため、砲身と砲弾の直径がほぼ同じという構造になっていた。その結果、発生する摩擦熱や弾が音速に達するときの衝撃に耐えられず、一発撃っただけで砲身が歪んで中の磁石が崩壊してしまうのだ。


「ともあれ、これでもう正面から近づいても狙撃される心配はないってわけだ」


「よぉし、次は下で飛んでるあの二機を墜としてやる!」


 心配ごとが一つ消えた連合軍のパイロットたちが、まだ着艦していない二機に向かって攻撃を仕掛けようとする。だがそれよりも先に、ロートラウトの機体が反転して猛スピードでこちらに向かってきた。


「お前らぁぁ! よくもフリーデリーケ中尉をぉぉぉ!」


「ちょ、ちょっとロートラウト?」


「馬鹿っ! 先にこちらへ戻ってこい!」


 隣にいたヘルマや艦内のテオドラが叫ぶが、ロートラウトは完全に我を忘れている。


「連合軍……殺す……殺す……殺す殺す殺すぅぅっ!!!」


 同じ部隊でずっと面倒を見てくれた年上のフリーデリーケは、ロートラウトにとって連合軍に殺された姉と重なる存在だ。その彼女が撃たれたことで、彼女の連合軍に対する憎しみは頂点に達していた。


「ロベルタ、危ねぇ!」


 ―― スタタタタタタタタン! ――


 アルバータが機銃掃射を浴びせ、ロベルタに突っ込んでいこうとするロートラウトの機体を牽制けんせいする。


「邪魔をするなぁぁっ!」


 ロートラウトが攻撃目標を変え、アルバータのサラマンダーに向かって突進していく。危うく追突するかと思われたそのとき、アルバトロスD.IVがすれ違いざまにニーミサイルを発射した。


「墜ちろぉっ!」


「なにぃっ!?」


 ―― キュドォォン! ――


「うわぁっ!」


「アルバータっ!」


 周囲に煙が立ちこめ、二機の姿が見えなくなる。そこから先に飛び出してきたのは、ロートラウトの機体だった。


「アルバータちゃん、大丈夫!? 返事をして!」


「ぐぅっ……だ、大丈夫です少佐」


 風で煙が流され、アルバータの機体が見えてくる。


「アルバータ……お前、脚が……」


 アルバータの機体は左脚が吹き飛び、残った右脚も大きく破損していた。ニーミサイルは細身のため火薬の量が少なかったことと、食らう寸前に上昇したことでダメージが下半身だけで済んだのが不幸中の幸いだ。


「くそっ、あんな武器もあったのかよ……」


「アルバータちゃん、その損傷じゃもう戦えないわ。あなたは地上に降りて戦線を離脱しなさい」


「いいえ少佐、この脚じゃ着地するほうが無理です」


 アルバータはルネの離脱命令を即座に否定した。たしかに垂直移動を可能にしたサラマンダーはランディングをほとんど必要としないとはいえ、壊れかけた片脚のみで着陸するのは不可能だ。


「空中戦なら脚があろうとなかろうと関係ない……むしろ軽くなって動きやすいぐらいだ。どうせ機体を破棄してパラシュートで脱出するしかないなら、せめてあいつにバスターキャノンをお見舞いするまで戦いますよ」


「…………わかったわ」


 ルネはしばらく逡巡しゅんじゅんしたが、結局アルバータの言葉をれることにした。彼女の言うとおり、まだ一機の動力ユニットも破壊していない今の状況では、バスターキャノンを一発も撃たないまま機体を破棄するのははあまりにも惜しい。


「さあ、来いよ! どっちが先に墜とされるか、勝負だっ!」


「アルバータ、私もあなたをサポートする」


「私もだよっ!」


「もちろん私もです」


 ロベルタとジョルジアナ、そしてウィルメッタの三人が前に出てアルバータの機体をかばうように立ち塞がる。


「お前ら……」


「少佐たちは先に動力ユニットの破壊に向かってください。こちらは私たち四人で敵を食い止めます」


「じゃあ、ここは任せるわよ。みんな、アルバータちゃんをお願いね」


「「「了解!」」」


 ルネたち七人はヒンデンブルグ号の左側へと飛んでいくロートラウトの機体と逆方向、右舷側へと向かっていった。

 ヒンデンブルグ号の中に入った二機とまだ飛んでいる二機、数はちょうど四対四だ。RUKの四人組カルテットとティーガーズ、因縁の戦いが再びはじまろうとしていた。

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