第16話 火噴き蜥蜴(サラマンダー)

 16.火噴き蜥蜴とかげ(サラマンダー)



 ジャクリーンとシェリルが到着したのはその日の夕方だった。トマサは二人から飛行船や新型アルバトロスの概容を聞き、さらにルネから入った通信によってその性能がどれほどのものかを知ると、やはりドラゴンの量産は中止すべきだと訴えた。


「ですがトマサさん、ドラゴンを使わずにどうやって敵の新兵器と戦うおつもりですの? まさか上空に向かってロケット弾を撃ちまくるとかおっしゃるのではないでしょうね」


「それも動きの遅い飛行船になら当たるかもしれませんが、敵はそれも想定して船体下部の装甲を強化済みでしょう。ましてや新型AMのほうには弾速の遅いロケット弾を当てることなんてできません」


「でしたら……!」


「ですから、やはり敵と同じ高さまで上がって戦いましょう」


「同じ高さまでって……トマサさん、あなたの考えておられることってまさか……」


「はい、ドラゴンではなく“あれ”を実戦用に調整するんです」


「で、でもあれは……」


「すいません、今の話に出てきた“あれ”って一体なんなんですか?」


 三人の会話を黙って聞いていたシェリルが手を挙げて訊ねる。


「お二人はご存じありませんでしたわね。『ソッピース・サラマンダー』――飛行型AMのノウハウを蓄積させるため、試作機として造ったものですわ」


「敵が使用していた飛行ユニットのようにタービン噴射で飛ぶのではなく、モーターに直結したプロペラで飛ぶ方式を採用しています」


「そんなものがあったんですか……」


「上昇力は素晴らしいんですが、飛行速度が遅すぎるのが問題なんですよね。だから飛行型AM同士の戦いでは役に立たないってことでお蔵入りになってたんですよ」


「トマサさん、今ご自分でおっしゃったではないですか。動きの遅いサラマンダーでは高速で飛行する敵の新型機と戦うなんて無理ですわ」


「いいえ、逆です。さっきジャクリーンさんたちの話を聞いて確信しました。サラマンダーでなければ敵の新型機には対抗できません」


「……どういうことか説明していただけますか?」


「仮にドラゴンが敵と同じ高さまで上がれたとしても、飛行速度はあちらのほうが圧倒的に上です。つまり、どちらにせよ横の動きでは勝てないんですよ。ならいっそのこと同じステージで戦うのは諦めて、こちらは縦の動きで勝負するんです」


「縦の動き……ですか」


「敵の新型機は再上昇を可能にしているということですが、ジャクリーンさんたちの話を聞く限りそのスピードはけっして速くありません。それならサラマンダーの上昇力をさらに強化すれば、こちらが敵の頭上から攻撃することもできるはずです」


「なるほど、それなら……」


「こちらが上を取ってしまえば、少なくとも爆弾による攻撃を受ける心配はなくなりますわね」


「しかし、上昇力をさらに強化するといっても可能なのですか? 量産する時間も考えれば、それほど猶予はありませんわよ」


「にっひひひー♪」


 トマサが綺麗に並んだ歯を見せてにやりと笑う。彼女がこういう顔をするのは自身満々のときだ。


「そこは大丈夫! 敵が復活させた飛行船がヒントを与えてくれましたから」


「飛行船がヒント? あっ……!」


「ジョルジーヌさん、気付いたようですね。そうです、敵が飛行船を浮遊させるために使っているものと同じ、細身の大型プロペラを使えばいいんですよ!」


「そういうことですのね……」


「アネットさんが飛行船を飛ばすのに採用しているなら、通常のプロペラよりも上昇力が高いことは検証済みのはずです。それにドラゴンの開発でモーターの出力はかなり上がっていますから、そこに大型プロペラを取り付ければきっと期待通りの性能を発揮してくれるでしょう」


「凄いですそっぴーさん! こんな短時間で敵の新型機に対抗する方法を考えつくなんて……さっすが天才!」


「ぬっふふふふ、当然です。もっと褒めてもいいんですよ? ですがジャクリーンさん、そっぴーじゃありません」


「あはは……すいません。こっちではみんながそう呼んでいるので、つい……」


 いつものやりとりにその場の全員がくすくすと笑う。敵の新兵器に対する反撃のビジョンが見えてきたことで、それまで張り詰めていたみなの心に余裕が出てきたようだ。


「ベースはドラゴン用の飛行ユニットをそのまま流用しましょう。まずタービンの吸気口を外して、軸の部分を延長してから大型プロペラに換装すれば量産にもそれほど時間はかからないと思います」


「たしかに、それなら敵の襲来に間に合うかもしれませんわね」


「すぐに必要なプロペラの大きさを計算して図面を引きますから、ジョルジーヌさんたちは試作機ができあがったらテストに入ってください。四人で試して問題なければ量産に入りましょう」


「分かりましたわ」


「じゃあ、私たちは少佐に新型機の完成まで持ちこたえてくれるよう連絡してきますね」


 ジャクリーンとシェリルが連れ立って開発室から出て行こうとする。


「お願いします。それとサラマンダーも地上からいきなり飛び立てるわけじゃありませんから、シュトゥットガルト西の山地に拠点、もしくは滑走路を作っておくように伝えてください」


「はい、了解です」


「あ、あとウィルマさんとアーティさんにも期待しておいて欲しいと」


「えっ?」


「トマサさん、どういうことですの? ビショップ中尉たちの胸のサイズでは飛行型AMを扱えないはず……」


「実は今、サラマンダーの改造計画を考えてるうちに新しい飛行ユニットの構想を思いついたんですよ。それならウィルマさんやアーティさんでも空を飛べるようになるかもしれません。サラマンダーの完成と量産が先決ですので少し遅れると思いますが……」


「分かりました。アーティちゃんも喜ぶと思います」


 そう言いつつ、ジャクリーンたちは部屋を出て行った。ここに来たときの不安そうな顔とはうって変わって、今は二人とも笑顔の花を咲かせている。


「よしっ、やりますよ! 連合軍の底力……ゲルマニア軍とアネットさんに見せつけてあげましょう!」


「ええ!」


「了解ですわ!」


 気合とともにトマサが力強く拳を天に突き上げる。ジョルジーヌとシャルロットもまた、お互い顔を見合わせて力強くうなずいた。

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