第15話 意外な決断

 15.意外な決断



 眠っていた兵士たちを起こして騒ぎの後始末を済ませた後、シャルロットとトマサはジョルジーヌとともに開発室へと向かった。刺客の言い残した『もう一つの任務』という言葉が気になったからだ。


「それにしても、トマサさんが一度目を覚ましていてくれて本当に助かりましたわ」


「そうですね……それにその後、ちゃんと部屋に戻って寝てなかったらと思うとゾっとします」


「刺客は一度ここに入り込んだということですわよね。なにかをしたとすればその時ということになりますが……」


「ああっ!」


 突然トマサが大きな声を上げた。


「ど、どうされましたの?」


「せ、設計図が……ドラゴンの設計図が無くなっています!」


 この部屋の前の主であるアネットと違い、トマサは普段から整理整頓せいりせいとんを心がけているため、どこかが荒らされていればすぐに分かる。彼女が指差したほうを見てみると、機密書類を収納していた棚の鍵がこじ開けられ、そこからドラゴンの設計図が持ち去られていた。


「敵の狙いは新型AMの設計図を盗み出すことだったというの?」


「しかし大尉、刺客はこの地下から出てすぐに私が倒しました。それなのに彼女の所持品に設計図はなかった……一体どういうことでしょう」


「いいえ、もしもスパイが一人だけではなかったとしたら……」


「まさか、私と遭遇する前に別の誰かに設計図を渡したと?」


「もしくはあなたがトマサさんの身を案じて現場を離れた後、刺客の死体から設計図だけを持ち去ったか……いずれにせよ、混乱に乗じてすでにこの城を離れた可能性が高いですわね」


「そんな……私のせいで……?」


「シャルロットさんのせいではありませんわ。あなたのおかげでなにより大事なトマサさんの命が守られたのですから」


「そうですよ。それに設計図がなくったって、すでにドラゴンは完成しているんですから問題ありません」


「でも……敵に新型AMの性能を知られてしまうことには変わりありませんわ」


「…………」


 三人の間に重苦しい空気が流れる。

 武器にせよ兵器にせよ、使うギリギリまで存在を隠すことによる不意打ちの効果は非常に大きい。逆に知られるということは、あらゆる対策の余裕を与えてしまうということでもある。そういう意味では、敵に新型AMの性能を丸裸にされてしまうことの戦略的ダメージはけっして馬鹿にできない。


「報告いたします!」


 突如として響いた声に、長く続いていた静寂が破られる。三人が振り返ると、開けっ放しにしていた扉の前にいたのは城の通信兵だった。


「なんです?」


 通信兵は目を伏せ、沈痛な顔をしている。この表情を見るだけでも朗報でないことは誰の目にも明らかだ。


「フランクフルトに続き、ニュルンベルクの町もゲルマニア軍によって奪還されたとの報が入りました」


「またですの!?」


「はい、バイロイト基地に駐屯していたAM部隊のルネ・フォンク少佐が敵の来襲をいち早く伝えたため、人的被害はほとんどなかったようですが……」


「それで……少佐やAM部隊のみんなは無事だったのですか?」


「味方のAM部隊は敵の飛行部隊と交戦したものの、新型機の性能になす術なく敗走したそうです。死傷者は出ていないようですが、今はライン川の東にある山脈を最後の防衛線とするため、シュトゥットガルト方面に向かっているとのことです」


「そうですか……」


「ちょっとお待ちになって。あなた今、飛行部隊と交戦したとおっしゃいました?」


「は、はい」


「侵攻部隊は敵の飛行型AMを封じるため、山岳地帯を押さえていたはず。敵は一体どこから飛行部隊を発進させたというのです?」


「そ、それが……報告によると“飛行船”というものらしいです」


「飛行船ですって!?」


 トマサはもちろん、ジョルジーヌやシャルロットも揃って驚愕の表情を浮かべる。二人とも技術者上がりのパイロットだけあって、その存在だけは知っているのだ。


「詳しいことはまだ不明ですが、どうも今までの飛行型AMよりはるかに高い場所を飛ぶことができる巨大兵器だそうです。そこから発進した新型機の爆撃により、二つの都市に駐屯ちゅうとんしていた部隊は大打撃を受けたのだとか」


「飛行船の復活……間違いなくアネット・フォッカーの仕業ですわね」


「ええ、あの女……なんてものを持ち出しますの」


「…………」


 トマサが辛そうな表情でうつむく。アネットが狂気ともいうべき妄執もうしゅうに取り憑かれたのは自分にも責任があると思っているトマサは、紛れもなく天才である彼女がその才能をおのれのためにしか使おうとしないことがただ悲しかった。


「その飛行船と新型AMの詳細を伝えるため、現在ジャクリーン・ホワイト少尉とシェリル・ローワ少尉がこちらに向かっているそうです。どうか、ソッピース主任と大尉たちのお力を貸してほしいと……」


「分かりました。こちらでも対策を考え、準備を整えておきます」


「お願いします」


 通信兵は三人に向かって敬礼すると、“これでもう安心だ”という表情で部屋を後にした。

 一般の兵士に不安を与えないよう自身ありげに答えたジョルジーヌだったが、内心は困ったことになったと思っていた。隣にいるシャルロットをちらりと見やると、彼女もまた同じような表情をしている。


「しかし参りましたわね、まさかお伽噺とぎばなしの中に出てくる飛行船とは。それも今までの飛行型AMよりはるか上を行く飛行性能を持つなんて……」


「そこから出撃してくるとなれば、AMの新型機とやらもかなりの高度から爆撃を仕掛けてくるのでしょう。もしもそのAMがドラゴンと同じか、それ以上の飛行性能を持っていたとしたら……」


 二人が悩んでいるのは、両軍が戦った場合の高度差だ。自分たちがかつての敵と同じ高度を飛べるようになったところで、敵がさらにその倍の高さにいたなら位置関係は以前と変わらなくなってしまう。さらにそうなった場合、自分たちだけが圧倒的不利をこうむる要素が一つあった。それは、空中ではガンブレラを使うことができないという点である。

 ガンブレラの形状はまさに傘そのものだが、それゆえに飛行時には持っていられたものではない。下手をすれば風に煽られて墜落してしまうだろう。ステッキ型機銃ならば自分たちのさらに上にいる敵を攻撃することはできるが、それも防弾傘の防御力なくしては以前のように戦うことはできない。

 つまり敵と同じ高さまで上がれない限り、互角の勝負はできないということなのだ。にもかかわらず、切り札だったはずのドラゴンにはそれだけの上昇力がない。このままではドラゴンを前線に送っても力になるどころか、敵の撃破スコアを増やすだけの結果になりかねない。


「ジョルジーヌさん、シャルロットさん」


 それまで目を閉じて考え込んでいたトマサが沈黙を破って口を開いた。その表情には、なにか強い覚悟のようなものが感じられる。


「お二人の言うとおり、もしも敵の新型機の性能がこちらの予想を上回っていた場合、ドラゴンはまるで役立たずになる恐れがあります」


「…………」


「ですから、ここで決断しましょう」


「決断? 一体何を決断するとおっしゃいますの?」


「方向転換です」


「方向……転換?」


「つまりドラゴンの量産、および実戦配備の中止です」


「えぇっ!?」


「そ、それは……」


「悔しいですけど、今はそれしかありません。ジャクリーンさんたちが来られたら詳しい話を聞いて、それからまた別の手を考えましょう」


 あまりにも意外なトマサの言葉に、二人は二の句も継げずに押し黙ってしまう。だがトマサはどこか自身ありげな表情で腰に手を当て、まだ膨らんでいない胸をどんと突き出してみせた。

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