第6話 姿なき敵

 6.姿なき敵



 出版社の隣に建てられた軍需工場を改装した整備ドックに、軍服姿のAMパイロットたちが集まっていた。全員で会議用に持ち込まれた長テーブルを囲み、中心に広げられたフランクフルト周辺の地図に視線を注いでいる。


「少佐、フランクフルトが敵に奪還されたという話は本当ですか?」


 まず、副隊長のラモーナが先ほど聞かされた情報の真偽を確かめようと口を開いた。

 誰もがその話を信じられずにいた。最近のゲルマニア軍は全く精彩せいさいを欠いていて、連合軍はほとんど一方的ともいえる勝利を収めてきたからだ。


「ええ、本当らしいわ。それだけじゃない……フランクフルトにいた部隊はほぼ壊滅状態、AM部隊にいたっては全滅したそうよ」


「な……!」


 いくらライン川を北上するルートにいた部隊が自分たちのようなエース揃いではなかったとはいえ、最近のゲルマニア軍に全滅させられるなど考え難いことである。その場にいたパイロットたちはみな、思わず左右にいる仲間と目を見合わせた。


「まさか、敵のエース部隊が戻ってきたんじゃ……」


 ジャクリーンが怯えたように両手で口元を隠す。

 この半年の戦いが楽だったのは、ローラ・フォン・リヒトホーフェンをはじめとするゲルマニア軍のエースたちが東西の戦線に分散し、姿を見せなかったせいもある。エースのいない連合軍のAM部隊が全滅させられた理由として、敵のエース部隊が戻ってきたというのは妥当な考えだ。


「まだ詳しいことはなにも分かっていないの。ほとんどの兵士が状況を理解できないままマインツまで敗走したそうだから……ただ一つだけ言えることは、味方の部隊を壊滅させたのは空からの爆撃によるものだったそうよ」


「空からですって?」


「じゃあ……敵はまた飛行型のAMを持ち出してきたってことかよ」


「それも分からないの。なにせ敵がやって来たのは真夜中で、しかも曇り空の中からいきなり爆弾が雨のように降ってきたそうだから……」


 たしかに夜襲というのはAMによる戦いのセオリーを無視したものではあるが、飛行部隊による攻撃ならばその可能性を考えていない限り警戒は薄くなる。味方の中に敵が飛行部隊を発進させるための拠点を持たないという先入観があったのなら、これほど有効な奇襲もなかっただろう。しかも雲の中に身を隠して接近してきたとなれば、サーモグラフィーによる索敵さくてきも役に立たなかったに違いない。


「それって爆弾だけが降ってきて、誰も敵影を見なかった……ということですか?」


 ロベルタが軽く手を挙げながら質問した。


「ええ、敵は自分たちの町を破壊したくなかったのか、建物のある場所にはあまり爆弾を落とさなかったらしいわ。だから狭い路地や建物の中に逃げ込んだ兵士は無事だったんだけど……上空を見ても敵影は一つも確認できなかったそうよ」


「…………」


「ついでに言うと、逆に大通りを逃げようとした兵士や建物の中に避難できないAMはそれで爆撃の餌食にされたの」


 ロベルタが胸の前で腕を組み、目を閉じてなにかを考え込むような仕草をする。普段は無口なロベルタだが、こういうときの彼女はジョルジアナやシャルロットのような知性派よりも鋭い洞察力を発揮するため、その分析には誰もが真剣に耳を傾ける。


「そんなふうに爆撃する場所を狙えるってことは、やはり飛行型AMによる攻撃でしょうね」


「そうね……今のところ、それしか考えられないわ」


「でも、それだと二つおかしなことがある」


「一つは私にも分かります。敵AMの発進場所ですね?」


 隣にいたジョルジアナが、自分の考えが正しいか確認するかのようにロベルタに訊ねた。


「うん、フランクフルトのすぐ北西には山岳地帯があるけど、そこは今こっちの軍がほぼ押さえてるから敵には拠点を築くことなんてできない。どこかの崖から飛び降りるにしたって、どの哨戒しょうかい部隊にも見つからないなんてあり得ないよ」


「ではもっと遠い別の場所から飛んできた可能性は?」


「そっぴーちゃんの解析によると、標高五百メートルの場所から飛び出した場合の飛行可能時間は長くて一時間らしい。改修されてそれより伸びてたとしても、そんなに遠くからだとフランクフルトに辿たどり着くまで高度が保てないと思う」


「そうですね……」


「もう一つ気になるのは、その高度のことだね。敵が遠くから飛んできたなら、雲の上にいるなんてどう考えてもおかしい。ううん、それだけじゃない……そんな高さにいられたら、ガンブレラでも地上から攻撃するのは不可能になっちゃう」


 そう、以前のフライヤーユニットの脅威はあくまで敵が機銃の“射角”の外にいたのが問題であり、“射程距離”に関してはギリギリながら有効範囲内だったのでガンブレラで対応することができたのだ。だがもしも敵が銃弾の届かない高さから爆弾を投下してきたとしたら、こちらはただ一方的に攻撃を受けることになる。しかもガンブレラは対銃撃用の防弾性能しか備えていないので、爆撃に対してはほとんど役に立たない。


「仮に敵が長距離、長時間飛行を可能にするAMを開発したんだとしたら恐ろしいわね……とりあえず、こちらの基地でも昼夜を問わずに警戒を強めるようにしましょう。敵の手口が分からない以上、できる限り慎重に防備を固めるしかないわ」


「それでは、今日の午後からは北だけでなく西のバンベルク方面にも哨戒しょうかいを出すということでよろしいでしょうか?」


「ええ、そちらは特に警戒したほうがいいと思うから、ラモーナさんと私が交代で指揮を執るようにしましょう」


「了解しました」


「あとはクリンバッハ城にいるそっぴーちゃんにも連絡を取っておくわ。もしも敵の切り札が新型のAMなんだとしたら、また彼女のアドバイスが必要になるかもしれない」


「そうならないことを祈りたいですね……」


 パイロットたちはみな神妙な顔でうつむいている。ガンブレラの威力とクズ鉄入りロケット弾という奇策でほぼ完封はしたものの、あの飛行部隊との戦いは二度と経験したくないと誰もが思っていたのだ。しかもあとはベルリンまで一直線だと思っていたところに、またも得体の知れない兵器による反撃で冷や水を浴びせられては、さすがのエース部隊も意気消沈いきしょうちんするのも仕方ない。


「みんな、落ち込んでる暇はないわよ。フランクフルトを取り戻した以上、敵はこちらにもやって来る可能性は高いわ。もしもこの基地まで落とされたら、せっかく奪った敵の領土と戦力がまた勢いを取り戻しちゃう」


「そうですよね……ビビってたってしょうがない。こっちにはガンブレラがあるんだ。敵が空から来るなら、また撃ち落としてやるだけだ! だろ、みんな?」


 エダの言葉に全員が力強くうなずく。たしかに彼女の言うとおり、勝つためにはまず敵に当たってみるしかないのだ。

 ルネをはじめとするパイロットたちはゲルマニア軍がやって来るであろう西の方角を振り向くと、まだ見ぬ敵を視線で射殺いころさんとするかのように宙をにらんだ。

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