第4話 猟犬部隊、再集結
4.猟犬部隊、再集結
「お姉……ちゃん……」
そこにいたのはローラの姉であるマルグリットだった。右脚や多くの部下を失った心労のためか、彼女の姿にかつてのような威厳は感じられない。だが祖国のためにその身を捧げようとする愛国心だけは、以前と変わらずその瞳に燃え続けている。
後ろで車椅子を押しているのは、除隊したマルグリットに代わって隊長に任命されたはずのヴィルヘルミナだ。彼女はローラの姿を見て申し訳なさそうな、そして自分自身も辛そうな複雑な表情をしていた。
「ラインハルト大尉、一体どういうことなの? 負傷除隊したはずのお姉ちゃんがどうしてここに……」
「ローラ大尉…………申し訳……ありません……」
「ローラ、ラインハルト大尉を責めてやるな。今回の復隊は私がヒンデンブルグ将軍にお願いしたものだ。新造される兵器の動力源として、傷を負ってもまだ戦いたいという軍人を募集しているとの報を聞いてな」
「復隊ですって?」
「その通りだ。ゲルマニアの誇る赤い薔薇、英雄リヒトホーフェンたっての願いとあっては断る理由などあるまい?」
「こんな体になった私でもまだ祖国のお役に立てるとあっては、故郷で
マルグリットもまた明るい口調で、どこか冗談のようなことを言いながら笑う。
「ふざけないで! そんな体でどうやって戦うっていうのよ」
「だ・か・ら、さっき言ったとおりよぉ。このヒンデンブルグ号の動力になってもらうの。マルグリット大尉だったら脚の一本ぐらい無くても、胸の面積で十分にローターの出力をカバーできるわぁ」
「そんなの……人間電池と同じ、ただの道具扱いじゃない!」
「あら、勘違いしないでぇ。ヒンデンブルグ号はそれ自体が爆撃能力を持ってるけど、爆弾の投下ボタンを押すのは動力ユニットに入ってる軍人さんたちなんだから。これって立派に戦う兵士としての参戦だと思うけどぉ?」
「だからってそんな……!」
ローラがこんなにもマルグリットの復隊に反対するのは、また自分の存在が姉よりも下に見られてしまうのではないかというコンプレックスからではない。一人前の戦士となったローラにとって、マルグリットはすでに昔と同じ“大好きなお姉ちゃん”に戻っている。彼女はただ妹として、これ以上姉に傷ついて欲しくないのだ。
「ローラ、もういい。お前が心配してくれるのは嬉しいが、これは私の望んだことなのだ」
マルグリットが優しく微笑む。自分を心配してくれることもそうだが、彼女には妹がそこまで成長したことがなにより嬉しいのだろう。
「お姉ちゃん……」
ここでいくら反対してみたところで、ローラの権限でこの話をなかったことにはできない。軍の最高責任者であるポリーヌが乗り気である以上、マルグリットの復帰はすでに決定事項なのだ。彼女は姉の手を取り、ただ握り締めることしかできなかった。
「そんなに心配しなくても大丈夫よぉ、私の造ったヒンデンブルグ号は無敵なんだから」
アネットが自信満々といった顔で二人の間に割って入る。
「ほら、見てぇ? ローターブレードのある機関部には砲座が付いてて、動力ユニットに入ったまま敵を攻撃できるようにもなってるのよぉ」
アネットが指差すほうを見てみると、たしかにローターブレードの根元にある機関部にはトーチカのような装甲が施されており、そこから大きめの機銃らしき二門の砲身が伸びていた。
「どっかの誰かさんがフライヤーユニットを
実際のところ、今までのアネットの発明品には敵を甘く見すぎたがゆえの穴があることが多かった。前回の戦いにせよ、敵の陽動部隊を叩こうとしたマルグリットたちが敗北したのはそのせいだ。だが今の説明を聞く限り、今回はその辺りのこともきちんと考えられているように思える。
「『どっかの誰かさん』って、もしかしてあたしたちのことかしらぁ?」
突然、上のほうから声が聞こえた。その声を耳にした途端、ローラの心に不快虫を見てしまったときのような嫌な気分が広がる。
その場にいた全員が声のしたほうを振り向くと、二階の高さにある渡り廊下のようになった場所に三人の人間がいた。作業服ではなく軍服を着ていて、ここで働く人間でないことは
「あらゲーリング中尉、遅かったのねぇ。でもどうしてそんな所にぃ?」
アネットが上にいる人間に大きな声で呼びかける。そこにいたのはヘルミーネ・ゲーリングとブリュンヒルデ・レールツァーの性悪コンビ、そしてエーリカ・レーヴェンハルトだった。
「この工場が広すぎるせいで迷っちゃったのよ。途中でレーヴェンハルト中尉も見つけたから連れて来たわ」
「遅れて申し訳ございませんわ」
軍隊式の敬礼なのに、まるでそうとは思えないほど優雅な所作でエーリカが挨拶する。
「そっちに行きたいんだけど、どこから下りればいいのよ?」
育ちの良さが全身から溢れているエーリカとは対照的に、ブリュンヒルデが偉そうにローラたちを見下ろしながら言う。ここには上官はもちろん最高権力者であるポリーヌもいるというのに、相棒のヘルミーネが一緒だというだけでよくもここまで尊大な態度がとれるものだ。
「すぐそっちに階段があるから、そこを下りて廊下を左に曲がってくればいいわよぉ」
「分かったわ」
そして数分後、迷路のような道を抜けてきたヘルミーネたちが合流した。戦死した者を除けば、これで“猟犬部隊”と呼ばれたエースたちが勢揃いしたことになる。死んだ者の穴もローラが連れて来たティーガーズのメンバーによって埋められ、戦力的には以前と
十人のパイロットたちを一列に並ばせ、ポリーヌがニヤニヤと笑いながらその前を歩く。新たに集った精鋭たちと切り札となる新兵器を前に、彼女はとてもご
「さて、これで全員揃ったな。動力班に回ってもらうマルグリット大尉は別として、この十人で新たなAM部隊を編成することになる。隊長は今までどおりヴィルヘルミナ・ラインハルト大尉とし、ローラ・フォン・リヒトホーフェン大尉率いるティーガーズはその指揮下に入ってもらうが、構わんね?」
「了解であります」
ローラをはじめとする六人が一斉に敬礼する。
たしかに地上戦ならティーガーズの実力はヴィルヘルミナやヘルミーネにも劣らないが、空中戦となると旧型のフライヤーユニットで訓練を積んだ旧部隊の生き残りに
「まずはこの艦のテスト飛行を行なった後、ティーガーズの面々にも飛行訓練に入ってもらおう。そして二十日後にはフランクフルト奪還作戦を開始する」
「はいっ!」
「初出撃の際には、私自身もこの艦に乗って同行するとしよう。連合軍のネズミどもが焼き払われる姿をこの目で見てやろうじゃないか! ふはははははははは!」
ポリーヌが両腕を大きく広げ、目にも見よとばかりに高笑いする。軍の司令官が最前線に出るなど本来ならあり得ないことだが、よほどアネットの作ったこの飛行戦艦を信頼しているのだろう。
巨大な戦艦を建造するための広い空間に、ポリーヌの笑い声がいつまでも響き続けていた。
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