第3話 大空を制するもの
3.大空を制するもの
「これは閣下、来ておられたのですか」
ローラたちが慌てて居住まいを正し、ポリーヌに向かって敬礼する。
「構わんよ、楽にしたまえ。博士、大尉たちに見せてやるといい。我々の“真の切り札”を」
「はぁーい♪ じゃあみなさん、あちらに注目ぅ」
ポリーヌに促されてアネットが壁にあるスイッチ類を操作すると、今まで壁だと思っていたものが真っ二つに割れていく。
「こ、これは……」
天井まである一面の扉がゴゥンゴゥンと音を立てて開き、奥にあるものが姿を現す。それは、高さ四十メートルはあろうかという巨大なラグビーボールのようなものだった。
「閣下、これは一体なんなのですか?」
「大尉は本などで読んだことはないかね? これが飛行船というものだよ」
「これが……飛行船……?」
人類が空を飛ぶという発想を失ってから久しい現在、飛行船などというものはもはやお
「この飛行船は地上からそのまま浮遊して空に上がることが可能なの。だから飛行型AMみたいに高度が落ちる心配をする必要もないのよぉ」
「これこそ我が名を冠した対連合軍用決戦兵器、すなわち『ヒンデンブルグ号』だ。これにAMや整備のために必要な設備と人員、そして君たちパイロットを乗せて空に上げる。そうすれば山に基地や城など築かずとも、どこからでも出撃できるというわけだ。そして、どこを攻撃することもな……」
ポリーヌがローラのほうを振り返ってにやりと笑う。
「たしかにそれならば敵の頭上を飛び越え、一気にWEUの首都を叩くこともできますね」
「リヒトホーフェン大尉、首都を陥落させたからといってそこで終わりではないよ。都市を壊滅させたところで、敵戦力が残っていれば別の場所に
「それでは我々の向かう先は……」
「うむ、昨日も言ったが、君たちの当面の任務は連合国に奪われた領土の奪還だ。まずはフランクフルトを取り戻して西部方面軍を援護し、そこからニュルンベルクやミュンヘンなどの南部地方へ向かってもらおう」
「了解しました」
ローラたちが再び敬礼し、ポリーヌもそれに合わせて笑顔で敬礼を返す。
「それにしても凄いですね……このような巨大なものが空を飛ぶとは……」
ヴァルトラウトが飛行船を見上げ、感心したようにため息をつく。
「あのぅ……フォッカー博士、一つ質問があるんですが」
同じように飛行船を見上げていたヘルマが、工場見学に来た子供のように手を挙げた。
「あなたはヘルマちゃんだっけ、なぁに?」
「私は古い本で読んだことありますけど、飛行船って中にガスを入れて膨らませた大きな風船みたいなものですよね? そんなもので、本当に何機ものAMを乗せて飛べるんですか?」
「ああ、これは中にガスが詰まってるわけじゃないのよぉ。古い資料を基に造ったから見た目はそれっぽくなっちゃったけど、こんなに膨らんでるのは積載性を高めるために中を広くしただけ。正確には飛行船というより飛行戦艦ねぇ」
「じゃあ、これを飛ばす動力って一体なんなんです?」
「このヒンデンブルグ号を浮遊させる仕掛け……それは“あれ”よ」
アネットが両手で左右の斜め上、正反対のほうを指差す。ヘルマをはじめとする全員がその両方をキョロキョロ見回すと、船体の両サイドに大きなプロペラが無数に突き出ているのが見えた。
「あれは……フライヤーユニットの中にあるタービンのプロペラですか?」
「うーん、似たようなものだけど名前がちょっと違うわねぇ。あれは『ローターブレード』っていうのよ」
「ローターブレード……ですか」
「ええ、フライヤーユニットを開発するとき最初に使おうと思ったんだけど、横軸移動のスピードが遅すぎてボツにしたのよねぇ。でも得られる揚力はタービン噴射よりも大きいから、何十機も並べればこれだけ大きなものでも浮かせられるわぁ」
「なるほど……」
「ちょっと待って!」
ローラが突然大きな声を上げる。
「どうしたの?」
「もしかして、このローターを回すための動力って……」
「もちろんGETSよぉ? 原理はフライヤーユニットのタービンと同じなんだから」
アネットが『当たり前ではないか』と言わんばかりに首をかしげる。
「つまり人間電池を使うってわけね……」
「なんかトゲのある言い方ねぇ。でも、そこらにある人間電池なんかと一緒にしないでちょうだい。これだけのものを浮かせるにはもの凄い大出力が必要なんだから、動力源になる人員は厳選してあるわぁ」
「厳選って……」
「胸は大きいけど操縦の才能がなかった
「…………!」
ローラが猫科猛獣のように目を見開いて下唇を噛む。その表情には、『この女はどれだけ人を機械の部品扱いすれば気が済むのか』という怒りがありありと浮かんでいた。
「そんな怖い顔しないでよ、これは閣下も賛同してくださったことなんだから。それに……そのおかげで大好きなお姉ちゃんとまた一緒に戦えるのよぉ?」
「えっ……」
ローラの顔から一瞬で血の気が引いた。
アネットは一体なにを言っているのだろう。姉のマルグリットは負傷して除隊した後、両親の待つ故郷の家に帰ったはずだ。そして優秀な子孫を残すため、エースパイロットを輩出した家の男とお見合いをするのではなかったのか。
そんな思考が頭の中を駆け巡り、呆然としているローラの耳にキィキィと金属の軋む音が聞こえてくる。その音に気付いた彼女が振り向くと、そこにいたのは――
「ローラ……久しぶりだな。会いたかったぞ」
車椅子に乗り、かつてと同じように軍服に身を包んだマルグリットだった。
「お姉……ちゃん……」
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