第60話(第一部完) 戦いの終わり
60.戦いの終わり
「これで……これで終わりだぁぁっ!」
アーサリンの一撃がアルバトロスD.IIの胸板へと吸い込まれていく。そして鉄杭の先端がコックピットのある部分を叩いた瞬間、彼女は電動パイルバンカーを作動させた。
―― ドギャゥン!!! ――
「ぐはっ!」
金属板が貫かれる音が響く。
アーサリンがトライプの左腕を引き戻すと敵機のアイカメラから光が消え、完全に動かなくなった。
「た、大尉ぃぃっ!」
ヴィルヘルミナがルネを振り切り、銃撃を浴びせながらアーサリンに襲い掛かる。
さっきの『アンブレラ・イジェクト』でアーサリンは防弾傘を失っている。今の状態でまともにガンランスの猛攻を食らえば装甲の薄いトライプはひとたまりもない。
「危ないアーティちゃん! 逃げてっ!」
ルネの言葉に反応し、アーサリンは機能停止したアルバトロスの前から離れる。それと入れ違うようにして、ヴィルヘルミナの機体がマルグリットの前に駆けつけた。
「大尉! 大尉ぃっ!」
ヴィルヘルミナはルネたちにガンランスを向け、
「うぅっ……ぐ…………」
「大尉!」
「大尉! しっかりしてください!」
ヴィルヘルミナはマニピュレーターを慎重に操作し、マルグリットの体をコックピットから引きずり出そうとした。動力ユニットの壊れた機体はもはや動かせないため、マルグリットを連れて逃げるなら自分の機体の手に乗せていくしかないからだ。
「…………っっ!」
GETSの破片からマルグリットを引きずり出したヴィルヘルミナの表情が凍りついた。無傷かと思っていたマルグリットは右脚を失っていたのだ。おそらくパイルバンカーによってコックピットが貫かれたとき、杭が脚を
「アーティ……許さない…………私は絶対にあなたを許さないっっ!」
ヴィルヘルミナが目に涙を浮かべ、憎しみに満ちた瞳でアーサリンたちを
だが、ここで怒りにまかせて戦うわけにはいかない。一刻も早くここを離れて応急処置をしなければ、出血多量でマルグリットが死んでしまう。
―― ダガガガガガガガガガガガガガガガ! ――
ヴィルヘルミナは機体の片手にマルグリットを抱え、残弾全てをばら
ルネとアーサリンは逃げていくヴィルヘルミナを追わなかった。すでにマルグリットを倒すという追撃の目的は果たしたうえ、アーサリンは防弾傘を失っている。これ以上深追いのリスクを背負う必要はない。
「……終わったわね」
「……リヒトホーフェンは……死んだんでしょうか」
「分からないわ。あの青い機体のパイロット……ヴィルヘルミナ・ラインハルトがリヒトホーフェンを回収したようだけど……さっき少しだけ見えた感じだと、かなりの重傷を負わせたことは間違いないわね。仮に生きていたとしても、AMパイロットとしては再起不能かもしれないわ」
「これで……ここでの戦いは終わったんですよね?」
「ええ、そうよ。私たちの勝利だわ」
クリンバッハ城は奪還され、そこにいた兵士たちは北へ逃亡、AM部隊は東の塹壕を越えて撤退していった。これでWEUの領内からはゲルマニア軍が完全に
「お~い! 少佐ぁーっ!」
西の方角からエダたちが追いついてきた。みな機体のあちこちがボロボロだが、誰一人欠けてはいない。
ここ一ヶ月の戦いによる連合軍の死者がクリスティーナただ一人だったのに対し、ゲルマニア軍が多くの人的被害を出してしまったのは、ひとえにトマサ・ソッピースとアネット・フォッカーという二人の技術者が持つ思想の差によるものだった。パイロット一人ひとりを“仲間”として大切に思い、その命を守るために防御を重視したトマサと、パイロットたちを自分の名声を高めるための“駒”と見なし、ただ敵を打ち破らせるために攻撃を重視したアネット、その開発コンセプトの差がこの結果を生んだのだ。
「少佐、ご無事でしたか」
「アーサリンも無事か?」
「は、はいっ。大丈夫です」
「そこで倒れてる機体……リヒトホーフェンのだよな。やったのはやっぱり少佐か?」
「いいえエダちゃん、リヒトホーフェンを倒したのはアーティちゃんよ」
「ええっ!?」
「ま、また大金星ですわね……」
アーサリンにAMでの戦い方を教え込んだのはシャルロットだが、その本人ですら信じられないといった表情で目を丸くしている。
「い、いえ! まぐれですよまぐれ! ほんとに危うくやられるところでしたし。ナンジェッセ中尉が教えてくれたことを思い出せなかったらどうなっていたか……」
「まあいいじゃねえか、まぐれでもラッキーでも。どっちにせよ、たった二日の間にゲルマニアの英雄二人を撃破するなんて大手柄だぞ。少なくとも少尉昇進は間違いねえな。もしかしたら勲章の授与もあるかもよ?」
「は、はあ……」
「死体を確認したわけじゃないから、ゲルマニアの公式発表があるまではまだ分からないけどね。もしかしたら、敵はリヒトホーフェンが死んでいたとしてもそれを
「軍の双璧を成す英雄が二人とも死んだとなれば、士気の低下は
「いくら隠したところで、戦場に出てこれなきゃ同じことさ。そんなことより勝ち
「そんな恥ずかしいことはあなた一人でおやりなさい」
「ええー……ノリ悪いやつだなあ」
「うふふ……勝ち
すでに陽は落ち、
「よーし、この私が勝利の証に相応しい花火を上げてやろう!」
フランチェスカが機体の腰に取り付けられた閃光弾を外し、目いっぱい上に
―― シュルルルルル……………………ボムッ! ――
「はっはっはっは! どうだ! 見事な花火だろう!」
「いや、花火じゃねえって……」
―― シュルルルルル……………………ボムッ! ――
そのとき、山の麓から打ち上げられた閃光弾に呼応するかのように、城のほうからも同じ閃光弾が打ち上げられた。
「あれ?」
―― ボムッ! ボムッ! ボムッ!――
二発、三発と、次々に閃光弾が打ち上げられる。こんなことをしているのはきっとウィルメッタだ。
「あの馬鹿……嬉しいからってなにやってんだ」
「むぅぅ……こちらも負けていられん。こうなったら残った閃光弾を全て打ち上げてやるぞ! 私に続けウィルマ・ビショップ!」
「おー」
「やめろ大馬鹿!」
エダたちがわいわいと騒ぎ、シャルロットが
その光景を見ていたアーサリンは、ふと東の方角に目を向けた。逃げて行ったヴィルヘルミナはどうしただろうか。彼女ともこんな風に笑い合えたらよかったのに。
今回のことで、彼女と自分との友情は完全に壊れてしまったに違いない。彼女の都合も考えず、彼女の心も知ろうとせずに一人よがりなことをしたのだから当然の結果だ。
それでも、どれほど彼女に恨まれたとしても、自分にはこうすることしかできなかった。そしてこれらからも――
―― シュルルルルル……………………ボムッ! ドドンッ! ――
まだ閃光弾は上がり続けている。本当に連合軍の勝利を祝う花火のようだ。
みながそれを見上げている中、アーサリンは明るく照らされた城にただ一人背を向け、親友が去って行った闇の中をいつまでも見つめ続けていた。
―― 第一部・完 ――
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