第二部 狂気に染まる空

第0話 インターミッション

 0.インターミッション



「はぁ~っ、こりゃいいわぁ……天国天国ぅ♪」


「エダさん……お婆ちゃんじゃないんですから」


 アーサリンがあきれ顔でエダにツッコミを入れる。ここ数ヶ月の間にすっかり部隊に馴染なじんだ彼女は、最近では仲間たちとファーストネームで呼び合うようになっていた。


「いやぁ、司令部も気が利きますよねえ。歩兵部隊の進軍が上手くいってるからって、まさか温泉で休暇を取らせてくれるだなんて」


「ウフフ、そうねえ」


 クリンバッハ城が奪還されてから約半年――ルネ率いる連合軍のAM部隊は、かつてのインゴルスハイム基地からライン川を挟んで東にあるバーデン・バーデンの街にやって来ていた。長期にわたる戦いの疲れを癒すため、パイロットたちに特別休暇が与えられたのだ。

 ゲルマニア帝国は数多くの温泉を持つ国ではあるが、ここはWEUと国境を接する南部でも有数のリゾート地だ。長年の戦火によって街に昔の面影はなくなっているが、人間の営みに関わらず温泉は湧き続けている。ルネたちは今、廃墟となったホテルの大浴場でお湯に浸かっていた。

 気持ちよさそうにくつろぐメンバーたちの中で、アーサリンとウィルマを除く全員の前に二つの山ができていた。浴槽が狭くて両膝を抱えているのではない。一流のAMパイロットの証ともいうべき豊満な胸が、お湯の持つ浮力でぷかぷかと浮かんでいるのだ。ルネやエダにいたっては、本当にバレーボールでも浮かべているのではないかと思えてくる。

 ウィルマはそんなことは全く気にせず、いつものように眠そうな目でうつらうつらと船を漕いでいる。だが浮くほど胸のないアーサリンはちょっと悔しいような、目のやり場に困るかのような複雑な表情で少し落ち着かない様子だった。


「それにしても、WEUの二人が来れなかったのはちょっと気の毒だよな」


 エダが漫画に出てくるおっさんのようにタオルを頭に乗せ、意地悪そうな笑みを浮かべながらつぶやく。そう、ここにはシャルロットと怪我による戦線離脱から復帰したジョルジーヌの二人がいない。


「ジョルジーヌさんは病み上がりですから、ここに来られたらいい湯治とうじになったんですけどね」


「仕方ないわ。ジョルジーヌさんとシャルロットちゃんは技術者でもあるから……」


「新型のAM開発計画でしたっけ? えっと、なんて言ったかな……ドラゴン?」


「ええ、『ソッピース・ドラゴン』――連合軍初となる飛行型のAMよ」


「ああ、だからクリンバッハ城から離れられないんですね」


 少しのぼせたのか、アルバータがお湯から上がり、浴槽のふちに腰掛けながら会話に加わる。

 クリンバッハ城が奪還されたことでヴァイセンブルク東部の戦線が突破され、連合軍は今やゲルマニア帝国の領土内に深く進攻している。にもかかわらず、トマサ・ソッピースとWEUの二人が今でもクリンバッハ城を拠点にしているのは、アネット・フォッカーが残していった研究施設が飛行型AMの開発におあつらえ向きの環境だったからだ。


「でも、どうして今さら飛行型のAMなんか開発してるんですか? 俺たちがガンブレラでコテンパンに叩いてやったおかげで、今じゃあれの優位性を疑問視する声も出てるんでしょ?」


 アルバータが両手を後ろについて体を反らすと、形のいいハンドボール大の胸がたゆんと揺れる。すぐ隣でそれを見ていたアーサリンは思わず息を呑んだ。いつもパイロットスーツ姿を見てはいるが、こうして裸になると凄まじい色気だ。彼女の身体はとても筋肉質なものの、ゴツいという印象は全くない。むしろ『スレンダー』という言葉の究極系といった感じで、同性から見ても“エロい”としか表現しようがない。


「おそらく、対ローマ共和国のためでしょうね。アルプスの山に拠点を築いて、そこから飛行部隊で北部のミラノを攻める計画なのでしょう」


 ジョルジアナが頬に流れる汗を拭いながらルネの代わりに答える。雪のように白い彼女の肌も、よく日焼けしたアルバータの健康的な色気とは対照的な美しさがある。


「フランチェスカさんとも戦うことになっちゃうんですよね……どうしてローマはゲルマニアと同盟を結んだりしたんでしょう」


 アーサリンが悲しそうな顔で水面に視線を落とす。

 三ヶ月ほど前――ローマ共和国は突如として連合軍からの離脱を表明し、ゲルマニア帝国と同盟を結んだことを発表した。そのためフランチェスカは本国に召還しょうかんされ、再び戦場で出会うときは敵となる関係になってしまったのだ。


「ゲルマニアも必死なのでしょう。この半年で北のフランクフルト、東はミュンヘンやニュルンベルクまで陥落していますから」


「ローマは同盟の見返りとして、戦後は旧ルーマニアやハンガリー以南の統治権をもらうってことで合意したらしいよ」


 向かいにいたジャクリーンが新聞で知った事情を遠慮がちに伝える。昔の友人と戦うことになってしまった事情を知っているだけに、彼女はアーサリンがまた心を痛めていないかと心配しているらしい。


「まあ、国同士が争うことになったからにはしゃあねえよ。せいぜい戦場で会わないように祈るしかないさ」


「そうね、私たちにできることは、一刻も早くこの戦争を終わらせることだけだわ」


「この休暇が終わったら、私たちどこへ回されるんでしたっけ?」


「ニュルンベルクの少し北……バイロイトよ」


 バイロイトからゲルマニアの首都ベルリンまでは直線距離にして三百キロ余りしかない。AMが導入された戦争勃発から約四年、連合軍はついにゲルマニアの喉元に喰らいつこうとしていた。

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