第59話 全てを込めた一撃

 59.全てを込めた一撃



 アーサリンのトライプとルネのスパッドが二機のアルバトロスを追う。敵はすでに着陸態勢に入っており、あとはランディングに移行するだけという状況だ。


「アーティちゃん、着陸寸前には機体を旋回させられないのがあの飛行ユニットの弱点よ。しかも今は私たちに背を向けている……狙うなら今しかないわ!」


「はいっ!」


 アーサリンとルネが二人でマルグリットの機体に狙いを定める。だが、それを察知したヴィルヘルミナがマルグリットを救うために驚くべき行動に出た。


「大尉、危ない!」


 ―― ガシュン! ――


 ヴィルヘルミナはまだ空中にいるにもかかわらず、フライヤーユニットをパージして五メートルほどの高さから飛び降りた。


 ―― ガシャァァァン!!! ――


「ぐぅっ!」


 着陸そのものには成功し、転ぶことなく走り続けることはできたが、着地時に加わった衝撃は凄まじい。ヴィルヘルミナは胸をしたたかに打ちつけ、アバラを骨折してしまった。


「た、大尉を狙わせはしない……!」


 肋骨が折れているにもかかわらず、ヴィルヘルミナは機体を反転させてルネとアーサリンに向かって銃撃を加える。


「ラインハルト中尉! 大丈夫か!?」


「だ、大丈夫です大尉……私に構わず早く着陸を……」


「み、ミーナちゃん……」


 ルネとアーサリンは左右に分かれてヴィルヘルミナの銃撃をかわし、マルグリットの機体を斜め後方から挟み込むような体勢になっている。しかしマルグリットをかばおうとするヴィルヘルミナの姿を見て、アーサリンは一瞬攻撃を躊躇ためらった。


「アーティちゃん、これが最後のチャンスよ! 攻撃して!」


「は、はいっ!」


 そう返事はしたが、この位置からではヴィルヘルミナごと撃つことになってしまう。アーサリンはわざと狙いを外し、少し離れた前方に向けて機銃を短く連射した。


 ―― ズキャキャキャキャゥン! ――


 外すつもりで撃った攻撃だが、それが結果的に功を奏した。前から後ろへと掃射する形になった銃撃はマルグリットの機体だけに命中し、今まさに着陸しようとしているその体勢を大きく崩したのだ。


「ぬぅぅっ!」


 ―― ガギャギャギャギャギャギャギャギャギャ! ――


 ガンランスを地面に突き立てることで危うく倒れそうになった姿勢を辛うじて制御し、マルグリットの機体は片膝立ちで着地した。足がもげなかったのは不幸中の幸いだったが、ガンランスはぐにゃりと折れ曲がってもはや銃としては使い物にならない。


「く、くそっ……ここまでか……!」


「た、大尉! ここは私が防ぎます! 大尉だけでも逃げてください!」


 ヴィルヘルミナがマルグリットの前に立ち塞がり、アーサリンたちにガンランスを向ける。


「アーティちゃん、青い機体は私が抑えるわ! あなたはリヒトホーフェンにとどめを!」


「了解っ!」


 ルネのスパッドVIIが猛然とダッシュし、青いアルバトロスD.IIに体当たりする。彼女はそのままガンブレラの防弾傘を押し付け、ヴィルヘルミナをマルグリットから引き離した。


「くぅぅっ……は、放せぇっ!」


「ええぇいっ!」


 ―― ズタタタタタタタタタタタ! ――


 アーサリンが動くこともままならなくなったマルグリットに銃撃を浴びせる。だがマルグリットはガンランスの側面でそれを防ぎ、なおも戦おうとしていた。


「インメルマン少佐を討った小娘か……皇帝陛下の剣たるこの命、貴様ごときにくれてやるほど安くはないぞ!」


 ボロボロになった赤いアルバトロスD.IIが立ち上がり、曲がったランスを構える。その迫力にアーサリンは思わず気圧けおされた。


「……っ!」


 マルグリットの凛然りんぜんたる姿を見て、アーサリンの中には彼女に対する敬意のようなものが生まれはじめていた。目の前にいる相手は連合軍が喧伝けんでんしているような野蛮な狩人でも、ましてやただのけだものでもない。紛れもなく誇り高き騎士だ。ただひたすらゲルマニアという国に身を捧げた高潔なる騎士――だからこそヴィルヘルミナもただ恩義だけではなく、彼女自身の魅力にあそこまでかれたのだろう。今なら自分にもそれが分かる。


「でも……私はあなたを倒す。ミーナちゃんを守るためにも、仲間のみんなを守るためにも……ここであなたを倒すっ!」


 アーサリンがガンブレラを構えたまま、満身創痍まんしんそういのアルバトロスに向かって猛然と突進する。そして銃撃を浴びせている最中――マガジン内の弾が尽きた。


「あっ!?」


 予定ではこのまま銃撃を続けながら接近し、動きを封じておいてとどめのパイルバンカーを食らわせるつもりでいた。だがバックパックから交換用のマガジンを取り出している余裕はない。


「こうなったら……いっけぇぇぇ!」


 ―― バシュゥッ! ――


 アーサリンは防弾傘を固定しているロックの解除ボタンを押し、傘の部分を発射した。これで敵をひるませ、体勢を崩したところにパイルバンカーを打ち込もうというのだ。しかし――


 ―― ギュィィィィン! ――


 マルグリットは壊れた足を軸にしてその場で百八十度旋回し、飛んできた防弾傘を見事にかわしてのけた。かつてウィルマやラモーナもアーサリンに見せてくれた技だが、まさか飛んでくるとは思わないであろう防弾傘を初見で避けられるとは。切り札であったはずの『アンブレラ・イジェクト』を見切られたアーサリンは、逆に自分が面食らってしまった。


「う、嘘っ!?」


 まだインメルマン・ターンを使いこなせないアーサリンは慌てて履帯のスピードを緩めようとしたが、最初に勢いがつきすぎていたため止まれない。そしてさらに半回転して元の体勢に戻ったマルグリットは、アーサリンのトライプに向けてガンランスを振りかぶった。


「インメルマン少佐の仇だ! 死ねいっ!」


 ―― ギャギィィィンッ! ――


「くあっ……!」


 “く”の字に曲がったガンランスの切っ先がトライプの左脇腹を引き裂く。コックピットまでは達しなかったが。もしもガンランスが曲がっていなかったら今ので串刺しにされていただろう。


 ―― ガギィン! ――


 アーサリンは脇腹を切り裂かれながらもガンランスを左脇に抱え、その動きを封じた。だがこれでは自分も左腕のパイルバンカーが使えない。


「ええい、放せっ!」


 ―― バギィンッ! バガンッ! バギャァン! ――


「うわぁぁっ!?」


 敵が空いた左拳でアーサリンのトライプを殴りつけてくる。敵のアルバトロスはパイルバンカーを装備していないので一撃で致命傷を負うことはないが、このままでは機体も自分も長くはもたない。


「くっ……どうしたら……」


 そのとき、アーサリンは自分の機体がまだ右手にステッキ型機銃を持ったままだったことに気がついた。銃身が曲がらないよう、これで敵機を殴ったり攻撃を防ごうなどという発想そのものがなかったが、それが彼女にあることを思い出させた。

 それはシャルロットとの特訓中のこと――




「よろしいですか。今日はAMの武器に見立ててライフルを使った接近戦の訓練をします。お互い右手に持ったライフルは機銃、左のパンチはパイルバンカーです。ライフルに弾は入っていませんが、銃口を一秒間自分に向けられたら死んだものと思いなさい」


「はいっ!」


「では、行きますわよっ!」


 言うが早いか、シャルロットはアーサリンの額にぴたりと銃口を当てた。


「わっ!?」


 アーサリンは慌てて射線から身を逸らし、逆に自分のライフルを向けようとした。だがシャルロットはまるで当たり前のようにその先端を左手で掴むと、それをぐいと引っ張ってアーサリンの首に自分のライフルを突きつけた。


「誰も相手の武器を掴んではいけないとは言ってませんわよ。もう一度」


「は、はい」


 今度はアーサリンが先に銃口を突きつけようとする。それに対してシャルロットはまたもライフルの先端を掴んで体から銃口を逸らし、自分のライフルをアーサリンのほうへと向けようとした。


「くっ……!」


 同じ手を食うまいと、アーサリンもまた左手でシャルロットのライフルを掴んだ。どちらも左右の手で二丁のライフルを掴み、引っ張り合いのような格好になる。しかしシャルロットは「ふっ」と微笑むと、掴んでいた両手をあっさりと離した。


「わぁっ?」


 急に手を離されてアーサリンがバランスを崩す。シャルロットはその瞬間に素早く間合いを詰めると、アーサリンの脇腹に左のボディブローを打ち込んだ。


「げほっ……!」


「ハァ……あなた今、ライフルを『取られちゃいけない』と思いましたわね?」


「げふっ……ごほっ……は、はい……」


「それが素人のおちいりやすい間違いです。たしかに武器というのは頼りになる物ですが、武器に頼る者はえてしてそれで自滅することも多いのです。今のあなたのようにね」


「どういう……ことですか?」


「いいですか、武器というのはあくまで自分が優位に立つための物なのですから、持っていることがむしろ不利になるような状況ならあっさり捨ててしまえばいいのです。それなのに武器に頼る者はそれに執着するあまり、逆に自分の動きや使える技が制限されてしまっていたとしても気付かない。今のあなたなど、両手が塞がっていたせいで防御もできなかったではないですか」


「な、なるほど……」


「状況に応じて武器を使い分け、場合によっては武器を敵に押し付けてしまうことも覚えなさい。特に接近戦では、そういった臨機応変な戦術が生死を分けることもあるのですよ」


 そうだ、たしかシャルロットはそんなことを――




 ―― ガァン! バギャン! ゴギャン! ――


 マルグリットはなおもアーサリンのトライプを殴り続けていた。人間の拳と違い、固く握り締めることのできないマニピュレーターはグシャグシャに壊れてしまっているが、敵機そのものを壊せるなら腕の一本ぐらいは安いものだ。


「ククク……その我慢もいつまでもつかな?」


「(そうだ……今はこのランスを掴んでいるせいで自分が動けなくなってるんだ。逆に唯一の武器であるこのランスが自由になれば、敵はきっとこれで攻撃してくるはず!)」


 アーサリンはわざと片膝を落とすと、ガンランスを抱えていた腕をずるりと滑らせ、力尽きたようにそれを離した。


「ようやく諦めたか……ならばこの一撃で……今度こそ死ぬがいいっ!」


 マルグリットが自由になったガンランスを振りかぶり、トライプの胸をめがけて突き下ろす。今度はランスの先端がしっかりとコックピットに向いている。これを食らったら一巻の終わりだ。


「今だっ!」


 アーサリンは片膝をついて低くなっていた姿勢を利用し、マルグリットの機体に抱きつこうとするかのように間合いを詰める。そして相撲でいうところの『かち上げ』のように左腕を持ち上げ、ランスの切っ先を左肩の上へと逸らした。


「ぬうっ!?」


「これで……これで終わりだぁぁっ!」


 アーサリンが最後の力を振り絞って左のパンチを放つ。ヴィルヘルミナへの想い、自分のせいで負傷させてしまったジョルジーヌへの想い、死んだクリスティーナへの想い、自分を鍛えてくれたシャルロットへの想い、そして仲間たちへの想い、全てを込めた一撃だ。

 そしてアーサリンが放ったパイルバンカーの先端は、アルバトロスD.IIのコックピットへと吸い込まれていった。

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