第54話 インビジブル・ランスチャージ

 54.インビジブル・ランスチャージ



 インゴルスハイム基地を出て南西に向かったアルバータたち三人は、ケッフェナッハから山の麓へと続くショーネンブール道りに到着したところで待機していた。この道を北へ真っ直ぐに進み、さらに山の麓から北東へ進めばクリンバッハ城に辿り着く。


狼煙のろしはまだ上がらねえな」


「ヴァイセンブルクはこちらよりも少し遠いですからね。着くまでに時間がかかるのは当然です」


「それにしても……なんで少佐はここで待機しろなんて言ったんだろうな? 敵が出てこないうちに一気に攻め込んでやりゃいいのに」


「ボール中尉、城攻めというのは本来難しいものですよ。城に残っているのが歩兵だけならAM一機でも落とせなくはないですが、敵のAM部隊と戦っている最中にロケットランチャーなどで援護されたら歩兵戦力とて馬鹿にできません。ですから少佐は三方から同時攻撃を仕掛け、まずは敵のAM部隊を城の外へおびき出すことを優先しておられるのです」


「城攻めの基本だよー」


「わ、分かってるよそれぐらい!」


 三人がそんな話をしていると、東の方角に狼煙のろしが上がるのが見えた。方角、タイミング、ともに予定通り。間違いなくルネが上げたものだ。


「合図だ! 行っくぜぇぇ!」


「「了解!」」


 アルバータたちが一斉に走り出し、ショーネンブール道りを北上する。だが、彼女たちが山の麓に到着すると同時に城から出撃してきた部隊があった。ローラとテオドラ、ヴァルトラウトの地上部隊だ。


「やはりいたわね連合軍……」


「ヴァルトラウト、あいつだ。ゲルトルートをったアルバータ・ボールだぞ!」


「天の配剤はいざいの妙……というやつか。ここにやつらを差し向けてくれた神に感謝する!」


 坂を上る重装甲のキャメルより、坂を駆け下りる軽量のアルバトロスD.IIのほうが圧倒的に速い。ローラたちの三機はみるみるうちに山の麓へと迫っていく。


「またあいつらか……よぉし、今日こそ決着をつけてやる!」


 アルバータがガンブレラを構え、先頭のローラに向かって銃撃を浴びせる。しかしローラは最初からそのタイミングが分かっていたかのような動きで銃弾をかわすと、大きく回り込んでアルバータたちを取り囲んだ。


「ボール中尉、気をつけて。またやつらの連携攻撃です」


「なんだぁ? 一人減った急造チームのくせに、連携で俺たちにかなうと思ってんのかよ」


 アルバータたちは以前と同じように三機で背中合わせになり、背後に死角を作らないように構えた。このまま相手の動きに合わせて回転しながら戦えば、攻防一体のガンブレラで敵の包囲攻撃を無効化することができる。


「ちっ……また守りを固める作戦か」


「リヒトホーフェン中尉、このままでは弾を無駄に消費するだけです。あれをやりましょう」


「了解です」


 ローラたちが銃撃を止め、アルバータたち包囲している円を少し狭めて旋回スピードを上げる。それぞれの機体色が違わなければ、まるで分身したかのように見えるほどの速さだ。


「無駄だぜ。撃ち合いになればそっちが一方的にダメージを受けるだけだ」


 アルバータはガンブレラの防御力をたのみ、敵の銃撃など恐るるに足らずとたかをくくっている。だが彼女は一つ忘れていた。防弾傘はあくまで銃弾に対してのみ優れた防御力を発揮するのであって、接近戦用の武器に対しては普通の装甲と大差ない強度しか持たないのだ。


 ―― ガギャァン! ――


「うわっ!」


 突然、アルバータのガンブレラに大きな衝撃が加わった。今のは銃撃ではなく、ランスによる突きの一閃だ。彼女自身には裏側しか見えていないが、今の一撃で防弾傘の表面には大きなヒビが入ってしまった。もしも敵の踏み込みがもう少し深かったら、傘ごと機体を貫かれていたところだ。


「い、今の……いつ接近してきやがった!?」


「ボール中尉、どうしたのですか?」 


「分からねぇ。距離をとってグルグル回ってたはずのやつが、いきなり目の前に現れて槍で一撃くれやがったんだ。お前には見えなかったのか?」


「いえ、敵が少し距離を詰めてきたようにも見えましたが、目の前まで接近したようにはとても……」


 ジョルジアナがそう言いかけた瞬間、先ほどアルバータに起こったのと全く同じことが、今度はジョルジアナの機体に起こった。


 ―― ガギィン! ――


「きゃあっ!?」


「ジョルジアナ!」


「くっ……今のがボール中尉の見たという攻撃ですか」


「くっそ! どうなってやがる!」


「……ジョルジアナ、あなたを攻撃してきた機体……何色だった?」


 不意にロベルタがつぶやいた。


「機体色ですか? たしか……黄色い機体です」


「じゃあ、アルバータが攻撃される前に見たやつの色は?」


「水色です」


「アルバータ、あなたを攻撃してきたのは水色のやつだよね」


「あ、ああ……でも、どういうことだ?」


「説明してる暇はない………とにかくこの体勢はマズいから一気に突破するよ。一ヶ所に火力を集中して」


「わ、分かった!」


 ロベルタの指示で三機のAMが一方に向けて集中砲火する。そこに突っ込まないようヴァルトラウトの機体がインメルマン・ターンで方向転換した隙に、アルバータたちは素早く敵の包囲網から脱出した。


「ふぅっ、助かったぜ。でも本当に、さっきのはなんだったんだ?」


「多分、防弾傘にある覗き窓の視界の狭さを突かれたんだと思う」


「なるほど……そういうことですか」


「ど、どういうことだよ? 二人だけで納得してねえで俺にも分かるように説明しろ!」


「我々がガンブレラを構えたままでも敵を撃てるのは覗き窓のおかげですが、横から移動してくる相手は視界に入る直前まで見えないでしょう? 敵はそれを利用したんです」


「ジョルジアナの前にいる間に半分ぐらい距離を詰めておいて、アルバータの前まで来た瞬間に槍で攻撃したんだよ。そうすれば直前に通り過ぎた敵の残像が残っているから、あなたには次の敵がいきなり目の前に現れたように見える」


「踏み込みがいまいち浅かったのは、攻撃のタネを悟られないためにすぐ離れたからでしょうね」


「そういうことかよ……」


 そう、ガンブレラに唯一弱点があるとすれば接近戦だ。防御力を最大限に発揮できないのはもちろん、大きな傘が自らの視界をさえぎってしまうせいで、接近すればするほど敵機の全体像が見えなくなる。

 テオドラやヴァルトラウトがたった一度戦っただけでガンブレラの弱点に気付くことができたのは、ひとえにマクシーネのもとで鍛え抜かれてきた経験によるものだ。リーダーであるゲルトルートを失ったとはいえ、『ティーガーズ』(虎部隊)の名は伊達だてではなかった。


「フフフ……敵も今の攻撃がどういうものか気付いたようだな」


「たった二度見ただけで気付くとは、なかなか勘の鋭いやつもいるようだが……」


「構わんさ、どうせ今の攻撃は敵の本体を貫くためのものではない。あの防弾傘を破壊するためのものだ。二機の傘を半壊させれば十分……これで銃撃が通じるっ!」


 ―― ズガガガガガガガガガガガガガガガ! ――


「くうっ!」


 テオドラたちの放った銃弾が三機のキャメルを襲う。

 アルバータとジョルジアナの防弾傘にはヒビが入っているため、そこからさらに亀裂が広がり、表面のステンレス装甲が剥げ落ちていく。このままでは二層目と三層目が砕かれるのも時間の問題だ。


「二人とも下がって。銃撃は私が防ぐ」


 まだ防弾傘が無傷のロベルタが前に出て銃弾の雨を防ごうとするが、至近距離で三機による猛攻撃を受け続けるのはやはり無理がある。彼女の防弾傘もじわじわと表面の装甲を削られ、アルバータたちのものと同じようにボロボロにされていった。


「ちくしょう! このままじゃやべえぞ!」


「ボール中尉、ここは一旦退いったんひきましょう。私たちの目的は城を攻め落とすことですが、敵を引きつけることも同じぐらい重要な任務です。私たちがやつらを連れてここを離れれば、コリショー大尉たちが東のヴァイセンブルクから城を落としてくれる可能性もあります」


「そんなの……向こうも同じこと思ってたらどうすんだよ!」


「アルバータ、少佐が言ったこと忘れたの? こっちの“作戦”はもう一つある」


「そ、そうか……分かったぜ」


 アルバータたちは作戦の変更を確認し合うと、敵と撃ち合いつつじりじりと後退していった。不自然にならぬよう、あくまで実際に押されているように見せかけつつ退がるのが重要なところだ。

 ルネの授けた“もう一つの策”――クルプルとヴァイセンブルクに向かった味方部隊も苦戦している今、連合軍がこの戦いに勝利できるかどうかはその作戦の成否にかかっていた。

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