第53話 ヴァイセンブルクの戦い

 53.ヴァイセンブルクの戦い



 ゲルマニア軍の飛行部隊が出撃したのを見たラモーナたちは、ヴァイセンブルクからクリンバッハ城へと続く山道を登っていた。ルネたちの動きが陽動だと気付いた敵が地上部隊を出してくる可能性もあるが、このまま敵がやって来なければ自分たちが城を攻撃することができる。


「ホワイト少尉、ローワ少尉、油断するな。飛行部隊は隊長たちが引きつけてくれているが、城に残った地上部隊がこちらに向かってくる可能性は十分にある」


「「はいっ!」」


 この道からクリンバッハ城を攻める難しさは、その道程みちのりの長さにある。ヴァイセンブルクから城までは数キロの距離だが、なだらかな坂が一直線に続いているので城から丸見えなのだ。山道の左右には森が広がっているが、AMが隠れながら移動するには木々が多すぎる。そのため敵に発見されず、道中で迎撃されずに城まで辿り着くのはほぼ不可能な地形だった。


「大尉、あれを!」


「むっ?」


 シェリルが道の先に見えている城から少し左側を指差す。ラモーナとジャクリーンがそちらにバイザーカメラを向けると、空から三機のAMが迫ってくるのが見えた。


「地上部隊がくるかと思ったが、飛行部隊か……」


「数はこちらと同じですが、どうされます?」


「無論応戦だ。あいつらを落として城に向かうぞ!」


「「了解!」」


 山道を三分の一ほど進んだところで両軍の戦いが始まった。先制攻撃を仕掛けたのはゲルマニア側だ。


 ―― スタタタタタタタタタタタタタタタ! ――


「いつまでもその防弾傘が通用すると思うな! フォス少尉、ボルフ少尉、爆弾を投下しろ!」


「「了解!」」


 ヴェロニカとクリームヒルトの二人が、二重螺旋にじゅうらせんを描くように飛びながら爆弾を投下する。一本道をなぎ払うように爆発が起こり、ラモーナたちの正面に迫ってきた。


「いかん! 二人とも下がれ!」


 ラモーナの号令で三機が一斉にバックする。おかげで爆弾の直撃は避けられたが、進むべき道そのものが穴だらけにされてしまった。


「あ、危なかった……敵が爆弾を使う可能性をソッピースから聞いていなければ直撃を食らうところだったぞ」


「大尉、道がこれでは進めません!」


「森の中を迂回うかいするにせよ、あいつらをなんとかしないことには……」


「分かっている。ここは一度退いちどひいてやつらを倒すことに専念するぞ。なるべく広い場所で戦うんだ」


「「了解!」」


 ラモーナたちは城攻めを一旦いったん諦め、全速力でヴァイセンブルクへと退却した。ガンランスの銃弾だけならともかく、爆弾を避けるスペースのない狭い道で戦うのはあまりにも不利になるからだ。


「ウーデット大尉、やつらが退いていきます」


「いいぞ、これでやつらを足止めできる。我々の任務は敵を城に近づけないことだからな。だが、このまま生かして帰す法もあるまい。ここでとどめを刺してやる!」


 エルネスティーネがまさに牙を剥かんばかりにラモーナたちに襲い掛かる。彼女は生粋きっすいの軍人であり、上官の命令には絶対服従するタイプだが、その本質はまごうことなき狩人なのだ。今回のように命令を下す上官がいないときにこそ、その本性と実力が発揮される。


「食らえぇっ!」


 ―― ドンッ! ドムォン! ゴゴォン! ――


 ラモーナたちの上に容赦なく爆弾が降り注ぐ。広い場所に出たおかげで避けやすくはなったが、ルネたちのようにフライヤーユニットを封じたわけではないので敵のほうがまだ優勢だ。


「きゃぁぁっ!」


「ホワイト少尉、ローワ少尉、今は耐えるんだ! やつらの爆弾が尽きるまで、平原の広さを最大限に使って逃げ回れ。そのうち必ずチャンスは来る!」


「は、はいっ!」


「フフフ……我々の弾切れとフライヤーユニットの飛行限界を待つ耐久作戦か。だがいつまで避けきれるかな? その傘さえ破壊してしまえばガンランスで蜂の巣だぞ。フォス少尉、ボルフ少尉、銃撃でやつらを追い込め! 私がそこに爆弾を投下する!」


「「了解」」


 ―― ズガガガガガガガ! ダダダダダダダダ! ――


 ヴェロニカとクリームヒルトがジャクリーンとシェリルに銃撃を浴びせ、ラモーナの近くへと追い込んでいく。

 彼女たちも伊達だてにマルグリットの片腕と呼ばれているわけではない。いつも自分の意思を持たないロボットのように振舞ふるまっている二人だが、それゆえに一度上官の命令が下ればそれを完璧に実行してのける殺人マシーンと化すのだ。マルグリットやエルネスティーネが狩人ならば、彼女たちはまさに猟犬だった。


「くっ……こんなところで負けられない……!」


「クリスに会うのは……お婆ちゃんになってからよ!」


 ジャクリーンとシェリルも懸命に銃弾を撃ち返す。

 ガンブレラの強みは完全な防御姿勢をとったまま攻撃を行える点だ。銃の撃ち合いだけならまだ優位は連合軍側にある。


「ええい、ちょこまかと鬱陶うっとうしいラクダどもめ!」


「くそっ! フラフラと鬱陶うっとうしい蚊トンボどもめ!」


 両軍の戦いはなかなか決着がつかないように見えたが、戦況は徐々にゲルマニア軍が有利になっていた。無数の爆弾が投下されたせいで地面が穴だらけになり、ラモーナたちはじりじりと逃げ場を奪われていったのだ。長期戦になれば連合軍側が有利のはずだったが、もはやこれ以上逃げ回るのは難しい状況だ。


「フフ……終わりだな。残りの爆弾を全て投下してあの世に送ってやる! いくぞ二人とも!」


「「了解!」」


 エルネスティーネたちがとどめを刺さんと空中で旋回する。しかしそのとき、彼女たちの目にとんでもない光景が飛び込んできた。 


「ウーデット大尉! あ、あれを!」


「どうしたボルフ少尉?」


「し、城から……城から煙が上がっています!」


「なんだと!?」


 エルネスティーネが機体をそちらに向けると、クリームヒルトの言ったとおりクリンバッハ城から黒煙が上がっていた。夕陽を浴びて真っ赤に染まった城はここからだと元々燃えているようにも見える。だが、この煙は明らかに火の手が上がっていることを示すものだ。

 あまりにも意外な光景に、エルネスティーネたちは一瞬我を忘れて固まってしまった。飛行しているので機体は動き続けているのだが、思考が完全に停止してしまったのだ。


「今だ! 銃身が焼けただれるまで撃ちまくれ!」


「「はいっ!」」


 待ちに待ち、耐えに耐えてようやく訪れた勝機、ラモーナはその一瞬を逃がさない。三機のAMはガンブレラを高く掲げ、上空にいるエルネスティーネたちに向かって一斉攻撃を仕掛けた。


 ―― バギャギャギャギャギャギャギャギャギャン! ――


「きゃぁっ!」


「うぁっ!」


「ぬうっ!」


 三機のAMに銃弾が命中する。エルネスティーネは正面を向いていたのでガンランスで銃弾をある程度逸らせたが、ヴェロニカとクリームヒルトは背中側――フライヤーユニットに銃弾を浴びてしまった。

 フライヤーユニットの中心部であるタービンは表面に穴が開いたぐらいでは壊れないが、翼はそうはいかない。たった数箇所の穴が開いただけで空力的なバランスが崩れるし、なにより重要な骨組みが傷つけば風圧や機体の重さに翼が耐えられなくなる。そして――


 ―― みり………みし…………みしり……………バキャン! ――


 ―― ………ぱきっ…………ぴきっ………………めしゃっ! ――


「う、うわぁぁぁーーーーっ!?」


「そ、そんな……馬鹿なぁぁーーっ!」


 穴の開いた部分からもろくなった翼がへし折れ、ヴェロニカとクリームヒルトの機体が錐揉きりもみしながら落下していく。


 ―― ゴワッシャァァン!!! ――


 二機のAMは地面に叩きつけられ、手足がもげてバラバラになってしまった。今の落ち方では、パイロット二人は確実に生きてはいまい。

 これこそが空中戦の恐ろしさである。かつての戦闘機がそうであったように、空中での被弾は地上への落下――すなわち死に直結するのだ。


「フォス少尉! ボルフ少尉!」


 クリンバッハ城の異変に気を取られた一瞬の隙に、エルネスティーネは二人の部下を一度に失ってしまった。状況は最悪だ。戦力的に一対三になってしまっただけではなく、帰るべき城にも変事が起こっている。しかもここを離れてすぐに城に戻るべきか、それともクルプルにいるマルグリットたちと合流するべきか、それを考える余裕もないほど敵の攻撃は続いている。彼女の進退はまさにきわまった。


「おのれぇぇぇ!!!」


 エルネスティーネは破れかぶれになり、腰のケースに残った爆弾をありったけばらこうとした。進むにせよ戻るにせよ、ここにいる三機を撃破しないことにはどうにもならないのだ。しかし――


 ―― バギャウン! ――


 ラモーナが放った一発の銃弾が、今まさに開こうとした爆弾のケースを撃ち抜いた。


「な――」


 ―― ドゴァァァン!!! ――


 ケース内の爆弾が誘爆し、軽量化されたアルバトロスD.IIが木端微塵こっぱみじんに吹き飛ぶ。エルネスティーネは末期まつごの叫びを上げることすらできないまま、機体とともにヴァイセンブルクの空に散った。


「やった! やりましたよ大尉!」


「うむ」


「こちらから城を攻めることはできませんでしたが、あの煙を見る限り、西側の部隊がやってくれたようですね」


「それについては残念だったな。だが、敵の副隊長とリヒトホーフェンの両腕をもぎ取ったのだ。十分すぎる戦果だろう」


「そうですね」


「よし、我々も城に向かうぞ。道は少々荒らされたが、城が攻撃されているならもう邪魔する者もあるまい」


「「了解!」」


 こうして、ヴァイセンブルクの戦いは連合軍の完全勝利で幕を閉じた。

 これでクリンバッハ城は東西から挟撃きょうげきされることになる。ゲルマニア軍がこの劣勢を盛り返せるかどうかは、今やマルグリットと西で戦っているはずのローラ――リヒトホーフェン姉妹の双肩にかかっていた。

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