第55話 夕陽に燃える城

 55.夕陽に燃える城



 からになったクリンバッハ城の格納庫で、アネット・フォッカーは痛む頭を抱えていた。昨日の晩に飲んだ自棄やけ酒のせいで二日酔いなのだ。それなのに城の外からはマルグリットたちが連合軍を爆撃する音が響いてくるため寝てもいられない。


「あーもう、うるさいわねぇ。頭がガンガンするわ。あいつら、また戦いに出てるの?」


「はい、現在城の南と東で飛行部隊、西で地上部隊が敵と交戦中の模様です」


 整備班の一人が問いに答える。


「え、なに? 全員出払っちゃってるの? ハァ……ほんと大丈夫かしらこの城」


 アネットがあきれ顔でため息をつく。彼女は飛行部隊の発進口に近づくと、双眼鏡を取り出してクルプル方面の戦況を眺めた。


「やってるわねぇドンパチ……私が積みたくもない爆弾まで積んであげたんだから、これで負けでもしたらもう知らないわよ」


 マルグリットたちが先日から苦戦を強いられているのは、アネットの発明した兵器がことごとくトマサ・ソッピースの兵器に裏をかかれているからに他ならない。そういう意味では責任はアネットのほうにこそあるのだが、自分の兵器こそ最強と信じて疑わない彼女はすでにマルグリットたちを見限りはじめていた。

 アネットが双眼鏡を下ろして部屋に戻ろうとする。そのとき、なにか大きなものが空中に舞い上がるのが見えた。


「……? なんなのアレ」


 それはエダが打ち上げたロケット弾だった。AMの胴体ほどもあるドラム缶のような筒が、マルグリットたちのいる高度よりもさらに高く昇っていく。


 ―― ボムッ!!! ――


 空中でロケット弾が爆発した。上から眺めているアネットには煙が広がったようにしか見えないが、マルグリットたちがそれを食らった様子はない。


「あんなノロマなロケット弾が私のアルバトロスに当たるわけないでしょうに……あのガキ、一体なに考えてんのかしらぁ?」


 アネットもトマサの意図を読みきれず、マルグリットたちと全く同じ感想を抱いた。自分の作品の優秀な部分にしか目を向けられず、敵の意図をもうとする意識に乏しいことが彼女の欠点だ。

 しばらくすると煙が収まり、視界が開けてきた。


「な……! ど、どういうことなのぉ?」


 そのとき、アネットは信じられないものを見た。ほんの少し前まで連合軍を空爆していたはずのマルグリットたちが、先ほどまでいた場所から大きく高度を落としていたのだ。ヘルミーネやブリュンヒルデの機体などはすでに地表近くまで落下しかけている。


「そんな……! あの短時間で一体なにがあったというの!?」


 爆弾の爆発音はここまで届くが、フライヤーユニットのタービンに金属片が絡んだ音はさすがに聞こえない。そのせいでアネットにはマルグリットたちがどうして落下してしまったのか分からなかった。ただ、それがトマサ・ソッピースが作った兵器の仕業しわざであることだけは容易に想像がつく。


「ま……またあのガキぃぃっ!」


 アネットが怒りにまかせて双眼鏡を床に叩きつける。トマサとはノースアメリカでの次世代機採用トライアルで一度顔を合わせただけだが、アネットの脳裏にはいつも彼女が自分をせせら笑っている顔が思い浮かんでいるのだ。


「もう許せない……こうなったら私が直々に出撃してあのガキを始末してやるわ! 整備班、すぐに予備の機体を出しなさい! それに試作型のフライヤーユニットを取り付けるのよ!」


 破れかぶれになったアネットがとんでもないことを言い出した。とはいえ、彼女にはAMの整備と兵器開発に関すること以外への命令権はない。命令された整備班の兵士たちはどうしていいのか分からず、ただおろおろとうろたえていた。


「お、お待ちください博士! 大尉のいないところで勝手な行動は……」


「あいつらに任せといても勝てないからでしょう! あなたたちの大将は一体いつになったら連合軍とあのガキを叩き潰してくれるのよ! いいからさっさと準備をしなさい!」


 激昂げっこうしたアネットが怒りに満ちた表情で整備兵に食ってかかる。


「ですが……!」


「いい? 今の私はあなたと言い争ってるほど精神に余裕ないのよ。いい加減にしないと――」


 そんなふうにアネットと整備兵が押し問答をしていると、突然轟音とともに城が揺れた。


 ―― ドゴォォォン……………! ――


「きゃぁっ!?」


「な、なんなの?」


 揺れの大きさはそれほどでもないが、爆発音とともに城が揺れたこと自体がただ事ではない。これは明らかに城が攻撃されていることを表すものだ。


「ほ、報告します! 城の外に連合軍のAMが一機……ミサイルで城門を破られました!」


「な、なんですって!? あの馬鹿ども! 城をからにした挙句あげくに道を突破されたっていうの?」


 吹き飛ばされたクリンバッハ城の正門前に一機のAMが立っていた。六連装ミサイルポッドを両肩にマウントし、さらにバックパックの両サイドにはロケットランチャーとバズーカ砲、腰にはチェインガンが装備された超・重武装の機体だ。


「ふふふ……友軍が帰ってきたと思った? 残念☆ウィルメッタちゃんでした♪」


 そこにいたのは、遅れて基地を出発したはずのウィルメッタだった。


 東のヴァイセンブルクから城に通じる道はヴェロニカとクリームヒルトの空爆によって穴だらけにされ、森の中も木々が多すぎて迂回するにもかなりの時間を要する。そして西のショーネンブール通りはローラたちが守っているため、彼女たちを撃破しない限り通り抜けるのは不可能だったはずだ。それなのに、彼女は一体どうやってここに辿り着いたのか。

 ウィルメッタは基地を出発した後、すぐにアルバータたちの後を追って南西に向かった。アルバータたちはその後ショーネンブール通りに入って北のケッフェナッハへと向かったが、彼女はさらにそこから西へ進み、森を挟んだロブザンヌへと迂回していたのだ。

 ロブザンヌから続く道は山の麓でショーネンブール通りと合流している。ウィルメッタはそのすぐ近くの森の中に潜み、アルバータたちがローラたちの部隊を山の麓から引き離すのをじっと待っていた。そして両軍がショーネンブール通りを南下していくのを確認した後、こっそりと山を登ったのである。ご丁寧ていねいなことに、待機中に履帯をゴム製の消音仕様のものに換装するのも忘れていなかった。


「それそれー! 続いていくよー!」


 ウィルメッタは全身の武装を解放し、さらに城の内部へと攻撃を加えた。城門から入ってすぐのところにある地上部隊用の格納庫はもちろん、兵士宿舎のとうからアネットたちのいる飛行部隊の格納庫があるとうまで、目に付くところに片っ端からミサイルやロケット弾を撃ち込んでいる。

 とはいえ、暴れるにしても少々やりすぎだ。もしもミサイルが弾薬庫にでも直撃したら、誘爆して城そのものが吹っ飛びかねない。


「な、なに考えてんのよあのパイロット! 頭おかしいんじゃないの!?」


 アネットが『信じられない!』とでも言いたげに叫ぶが、城にいる兵士の誰もが同じことを思っていた。たった一機での城攻めともなると、多少やりすぎなぐらいでないと反撃を受ける可能性があるのも分かる。だが武器を持った兵士を機銃などで掃討するならともかく、占領が目的のはずの城を内部から破壊するなど常識的に考えてあり得ない凶行だ。


「ほらほら、さっさと逃げないと……お城が崩れちゃうよっ!」 


 ウィルメッタの行動は彼女がトリガーハッピーというわけではなく、ルネの指示によるものだった。城に残った兵士を逃走させて綺麗さっぱり片付けようというのもあるが、最大の目的は城を炎上させることで敵のAM部隊に『城にはもう戻れない』と思わせるためだ。そうすることによって、前線を越えてこの地に駐屯ちゅうとんしているゲルマニア軍を完全に押し返そうというのである。


「くっ……このままじゃ本当に城と心中する羽目はめになるわ。総員、ここを放棄して退避するわよ! 研究所の資料を全て運び出して!」


「……っ! そんな物を運び出している余裕など!」


「“そんな物”ですって!? 敵に情報を漏洩ろうえいする気? あなた、利敵りてき行為で銃殺刑になりたいの!? 全部が無理なら重要な物から運べるだけ運び出して、せめて残りは焼却しなさい!」


 ついにゲルマニア軍はクリンバッハ城を棄てて逃げ出した。ウィルメッタが破壊活動に気をとられている間に、兵士たちは次々と城門から逃走していく。

 アネットを含め、その部下たちも全員でフライヤーユニットの資料を持てるだけ持ち、北の旧ルクセンブルク方面へと落ち延びていった。これで残るはAM部隊だけだ。


「よし……あとは少佐たちの勝利を祈るのみだね。みんな……頑張って!」


 まだ戦っている仲間の援護に行きたいのはやまやまだが、せっかく落とした城に敗走してきた敵の部隊を入れるわけにもいかない。東西いずれかの道から味方がやってくるまでここを守るのが彼女の仕事だ。

 ウィルメッタは無人となった城の前に立ち、山の麓にいる仲間たちに向けて祈るようにつぶやいた。

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