第49話 不揃いのエースたち

 49.不揃いのエースたち



 連合軍との戦いから一夜が開け、クリンバッハ城のAM格納庫では作業員たちが機体の修理と改修作業に追われていた。マルグリットがまとめたレポートを元にしてアネットが考案した、ガンブレラに対抗するための装備を取り付けているのだ。

 アネットが考えた対策はトマサが予想したとおり、AMに爆弾を持たせることだった。腰の両脇に箱型のケースを取り付け、そこに手榴弾サイズのものから小型のミサイルまで、火薬を使った武器ならなんでも詰め込んで持って行こうというものだ。間に合わせなので雑な造りではあるが、手元のボタン一つでケースの下部が開き、爆弾を投下できるようになっている。

 本来この場を指揮すべきアネットは作業内容を書きなぐった指示書だけをマルグリットに渡した後、ウイスキーをラッパでがぶ飲みして寝入ってしまった。昨日の敗戦はもちろん、自らの最高傑作にポリシーに反するものを取り付けなければならないことがよほど気に食わなかったのだろう。そのため現場ではマルグリット自らが作業員たちを監督している。


「ゲーリングの機体の修理はまだ終わらないのか! いつ連合軍が攻めてくるとも限らん、作業を急げ!」


「「「はい!」」」


 マルグリットはなおも格納庫内を忙しく歩き回っている。そんな彼女を遠くから眺めている者がいた。ヴィルヘルミナだ。


「(大尉……)」


 ヴィルヘルミナは城に帰還した後、すぐに自室に戻って日記を開くと、そこに挟んであったしおりをバラバラに破って捨ててしまった。それは、かつてアーサリンがくれたリンドウを押し花にして作ったものだ。彼女は自分がアーサリンを見逃したせいでマクシーネを討たれてしまったことに重い責任を感じていた。


「(私のせいだ……大尉のためならアーティでも撃つと決意していたのに、実際にあの子を目の前にして私は迷ってしまった。そのせいでインメルマン少佐は討たれ、大尉を追い込む結果に……)」


「あらぁ? こんなところでどうしたの? ラインハルト中尉」


 ヴィルヘルミナが自責の念に駆られていると、後ろから声をかける者があった。彼女が振り向くと、そこにいたのはヘルミーネとブリュンヒルデだった。


「ゲーリング中尉……レールツァー少尉……」


「なにを物思いにふけっているのかしらぁ?」


「なんでもないわ……あなたたちこそ、こんな状況なのにその態度はなんなの?」


 ヴィルヘルミナは以前からマルグリットに反抗的なこの二人が嫌いだったが、今日は特に気持ちが苛立いらだつ。連合軍に切り札を封じられ、今は憂慮ゆうりょすべき状況だというのに、この二人はいつも以上にヘラヘラと笑っているのだ。どうせマルグリットが失態を演じたことで軍の上層部から糾弾されることを期待しているのだろう。


「カリカリしてみてもしょうがないでしょう? 昨日の負けはフォッカー博士の兵器がトマサ・ソッピースの兵器に敗北しただけ。私たちの腕のせいじゃないわよぉ」


「そうそう。あのヒステリー女、私たちのことを役立たずとか言ってたけど、どっちが役立たずなのって話よねえ」


 この二人は『上手くいったことは自分の実力、失敗は他人のせい』という、とことん腐った性根しょうねの持ち主である。自分の身さえ安全なら軍が敗れようと国が滅びようと構わないし、仮に他所よその国で栄達えいたつが約束されるなら、いつゲルマニアを裏切ってもおかしくはないのだ。


「あなたたちとこれ以上話していても不愉快になるだけね……失礼するわ」


 ヴィルヘルミナが二人の間をすり抜け、格納庫を後にする。


「フン……あの女のお気に入りだからって偉そうに」


「もし今の隊長がいなくなったら、自分に居場所があるとでも思ってるのかしらねえ?」


「あの女がいなくなったら次の隊長はウーデットでしょうけど、あいつは上官の命令に忠実なだけで指揮なんてれるタイプじゃないからねぇ。すぐに失脚させられるわ。あと私よりスコアが上なのはレーヴェンハルトとあの女の妹ぐらいだけど……」


「レーヴェンハルトだって指揮官としては無能でしょ。ましてや空も飛べない貧乳お子ちゃまなんて論外よ。やっぱこの部隊をまとめられるのはヘルミーネしかいないって」


「やっぱりあなたもそう思う? ウフフフフフ……♪」


「クスクスクス……♪」


 天然とは別の意味で頭の中がお花畑な二人が笑い合う。

 ヴィルヘルミナが去った後の廊下に、ローラがじっと立っていた。ヴィルヘルミナは彼女に気付かずに廊下の奥へと歩いていったが、彼女は三人のやりとりをずっと見ていたのだ。

 ローラは黙ってきびすを返すと、険しい顔でその場を立ち去った。


「(この部隊は駄目だ……チームワークなんて全然ない。これじゃ駄目だ……!)」


 ローラはマクシーネの下で戦うようになって以来、チームワークというものの大切さを痛感していた。クリスティーナを葬ったゲルトルートたちの連携はもちろん、そのゲルトルートを倒した連合軍の連携技でさえ見事なものだった。もしもあれほどのチームワークが自分たちにもあれば、そもそもここまで戦況は悪くなっていなかったかもしれない。ただ強いだけの個人を寄せ集めても、戦いそのものに勝てるとは限らないのだ。


 ―― コンコン ――


 ローラはパイロットたちの部屋が並んだとうに向かうと、一番手前にある部屋のドアをノックした。ここはマクシーネの部下たちが城に滞在する間の宿舎としてあてがわれた部屋だが、今はテオドラとヴァルトラウトしかいない。


「……どうぞ」


 ヴァルトラウトの声がする。ローラはドアを開けて部屋に入ると、中にいた二人に向かっていきなり頭を下げた。


「リヒトホーフェン中尉?」


「どうされたのですか、突然」


「お願いします! お二人の力を……私に貸していただけないでしょうか?」


「私たちの……力?」


「私はあなた方の戦いを見て、チームワークというものがどれほど力を持つのかを痛感しました。なのに私たちは姉の指揮なしではまともに統率も取れない……これでは奴らに勝つなど不可能です。ですから、改めて私をお二人の仲間チームとして連携に加えていただきたいのです。もちろん戦死されたザクセンベルク中尉の代わりができるとは思いませんが……お二人が東部に帰られるまでの間でも構いません。私にチームワークというものを学ばせてください!」


「そういうことですか……」


「お願いします……」


 ローラは深々と頭を下げたまま動かない。


「リヒトホーフェン中尉、頭をお上げください。中尉のことは姉君だけでなく、少佐からも気にかけるよう仰せつかっていました」


「私たちも少佐とゲルトルートを失い、これからどうすべきか途方に暮れていたところだったのです。あなたが少佐たちの仇を討つために協力してくださるというなら、これほど嬉しいことはありません」


「それでは……」


「ええ、力を合わせ、奴らを叩き潰しましょう」


「あ、ありがとうございます!」


 三人が手を取り合い、顔を見合わせてこくりとうなずく。

 今までのローラは姉に対する劣等感に囚われている子供にすぎなかった。だが初めて心から尊敬することのできる上官や仲間と出会い、そして別れを経験したことで、いつの間にやら精神的にも成長したようだ。今の彼女はもはや、自身のプライドだけに固執こしゅうする愚かな小娘ではなかった。


「見ていなさい連合軍、必ず私たちがあの世に送ってやる……!」


 ローラが顔を上げ、インゴルスハイム基地の方角へ向かってつぶやく。

 強い決意を秘めた彼女の瞳には、姉と同じ獅子の貫禄が備わりつつあった。

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