第48話 兵は拙速なるを聞くも、いまだ巧久なるを睹ざるなり
48.兵は
インゴルスハイムのパイロットたちは食堂からブリーフィングルームに移動し、長テーブルの上に広げられた地図を前にルネの言葉を待っていた。部屋にはパイロットだけでなく、整備長のトマサも呼ばれている。
「まず、作戦の概要を説明するわね。次の作戦では部隊を三方向に分けて、ケッフェナッハ、クルプル、ヴァイセンブルクの三方から一気に攻めかかります」
「クルプルからも? 敵はともかく、空を飛ぶ手段を持たない我々では谷や川の入り組んだそちらを攻め登るのは不可能では?」
副隊長のラモーナが当然の疑問を口にする。
「もちろんそっちは陽動よ。けど敵にしてみれば飛行部隊のメリットを最大限に生かせる場所だから、こちらが主力をそちらに向ければきっと応戦してくるわ」
「なるほど」
「その間に、もう一つの部隊がヴァイセンブルクからクリンバッハ城に続く山道を攻め登るの。ここの道は緩やかな坂だから、多分こちらにも飛行部隊が出てくるでしょう。この二部隊で敵の飛行戦力を全て城から引きずり出します」
「では、メインは西側のルートということですか?」
「どちらがメイン……というわけではないんだけど……山の麓から一気に城に近づかれると飛行部隊の優位を生かせなくなるから、敵はきっと地上部隊を送り込んでこの道を死守しようとするはずよ」
「ということはここが一番の激戦区か……ガンブレラは飛行部隊を相手にするよりも地上部隊を相手にするほうがキツいからな」
「防弾傘は上空からの銃撃には十分な防御力を発揮しますが、接近戦で銃弾を浴び続けると意外に早くダメになりますからね。キャメルの装甲頼みだった今までよりははるかに楽ですが……」
インメルマンの率いる地上部隊と戦ったアルバータとジョルジアナが実感を込めて
「大事なのは敵の戦力を全て城から引きずり出すことなの。南側と東側を攻めるチームが飛行部隊、西側を攻めるチームが地上部隊を引きつけておいて、東西どちらかの道を突破したほうが
「そのためには我々も最大戦力を投入する必要がありますね。ですが、基地を
「クルプル方面に一番多く戦力を回すつもりだけど、それは敵の飛行部隊にこちらの基地を攻撃されないよう食い止める意味もあるのよ。でもそうね……これはある意味賭けだわ」
「あ、あのっ……そんな危険を
アーサリンがルネとラモーナの会話に割って入る。
「アーティちゃん、そういうわけにもいかないの。もうすぐ雪が降る季節だから……」
「雪……ですか?」
「ブラウン准尉はまだ雪の上でAMを操縦したことがないから分からないだろうが、AMは雪が二メートル以上積もると速度がかなり落ちてしまうんだ。エッジの高い雪中用の履帯に交換すれば滑りはしないが、やはり通常時と比べると動きが悪くなるのでな」
「今までは敵も同じ条件だったから問題なかったんだけど、空を飛ぶ敵には地上の積雪は関係ないでしょう? だから、こちらの動きだけが制限されちゃう前に決着をつけたいの」
「な、なるほど……」
「じゃあ、メンバー分けを発表するわね。クルプル方面に向かうのは私とエダちゃん、ウィルマちゃんとシャルロットちゃん、あとはフランチェスカちゃんとアーティちゃんの六名よ」
「「「はいっ!」」」
「ヴァイセンブルクに向かうのは、ラモーナさんとジャクリーンちゃん、シェリルちゃんの三名。ラモーナさん、二人をお願いね」
「了解です!」
「ケッフェナッハに向かうのは、インメルマンの地上部隊と戦った経験のあるアルバータちゃんとジョルジアナちゃん、ロベルタちゃんの三名にお願いするわ」
「「「はい!」」」
「ウィルメッタちゃんには重要な別任務があるから、私たちが全員出て行った後に遅れて出撃してちょうだい」
「は、はい!」
「少し早い気もするけど……出撃は明日、日が沈む前とします。そっぴーちゃん、それまでにガンブレラの防弾傘の交換と、私の機体の整備を急がせてもらえるかしら」
「は、はい。でも、本当に急ですね」
「今日の出撃でガンブレラの性能は敵にも分かったでしょうから、また対策を立てられないうちに勝負を決めたいの」
ゲルマニア軍が今日のような
「なるほど……対策ですか…………」
トマサが口に手を当て、なにかを思案するかのような顔をする。
「そっぴーちゃん、どうしたの?」
「……いえ、フォッカーさんならどうするかと思いまして」
「アネット・フォッカーなら、たった一日でもなんらかの対策を立ててくると?」
「あの人のことだから、きっと今回のことで怒り狂っていると思います。だとしたら、いつものポリシーを捨ててでもガンブレラにとって一番怖い手段を使ってくるんじゃないかと」
「一番怖い手段?」
「爆弾です。ガンブレラの傘はあくまで防弾用のものですから、火力の強い爆弾を空から投下されたらあっという間に使い物にならなくなってしまいます。今までのフォッカーさんなら、重くなるのを嫌ってそんなものは積まなかったでしょうけど……」
「たしかにそれは怖いわね……バイザーカメラで投下の瞬間さえ捉えていれば避けること自体は難しくないでしょうけど、地面を穴だらけにされたらいずれ追い込まれるわ」
「そのためにも、敵の飛行能力自体を削いでしまう必要があると思うんです。少なくとも飛行時間を大幅に削るような……」
「けど、そんな方法があるの? それも明日までに用意するなんて……」
「ぬっふふふふー♪」
トマサがいつものドヤ顔で
「実は……それがあるんですよ。一度しか通用しない手だと思うんですけど、明日の決戦一回限りなら十分でしょう。それに、準備にもそんなに時間はかかりません」
「それが本当なら凄くありがたいけど……大丈夫なの?」
「多分、大丈夫だと思います。フォッカーさんなら絶対に軽量化を優先させてるはずですから……」
「じゃあ、お願いするわね」
「はいっ!」
トマサが「任せといて!」と言わんばかりに胸を叩いて元気よく返事をする。
これで作戦は決定した。あとは明日までに準備をするだけである。パイロットたちはお互い顔を見合わせると、決意を込めた瞳でこくりと頷いた。
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