第45話 声

 45.声



 クルプル方面でも残った連合軍とゲルマニア軍の戦いが続いていたが、苦戦を強いられているのはゲルマニア軍の飛行部隊のほうだった。ガンランスは接近戦でこそガンブレラを上回る攻撃力を生かせるのだが、自分たちが空を飛んでいるせいでそれを発揮することができないというジレンマにおちいっているのだ。


「くっ……! あの傘……ただ頑丈なだけではない」


「もしかすると、こちらの弾丸の威力そのものを殺す仕掛けがあるのかもしれませんわ。そうでなければ、これだけ銃弾を撃ち込んで穴一つ開かないというのは説明がつきません」


 エーリカがようやくガンブレラの防御力の秘密に気付いたようだが、それで状況が変わるわけではない。フライヤーユニットという兵器の利点をほぼ完封してしまうという点において、この武器はマルグリットたち飛行部隊の天敵とも呼べるものだった。


 ―― スタタタタタタタタタタタタン! ――


 ラモーナたちの放つ銃弾に追われ、マルグリットたち四機のアルバトロスが逃げ惑う。空中ではインメルマン・ターンのような急旋回ができないため、どうしても避ける動きが大きくなってしまうのだ。味方同士が空中で衝突したりしないのは訓練の成果だが、弾を避けるために翼のピッチを変えたりすると、そのたびに高度が落ちてしまう。


「た、大尉ぃっ! これ、もう駄目ですって! 一旦退いったんひきましょう、ね?」


「貴様っ! 敵を目の前にして逃亡を図ろうなどと……それでも帝国軍人か!」


「だってぇ、これじゃあ空飛んでる意味ないじゃないですか!」


 ブリュンヒルデが情けない声で退却を勧めるが、軍人精神が骨のずいまで染み込んだエルネスティーネは聞き入れようとしない。


「いや……ここは一旦退いったんひくべきかもしれん」


「た、隊長!?」


 意外にも、隊長であるマルグリット自身がブリュンヒルデの意見を支持した。


「レールツァー少尉の言うとおりだ。あの新型武器のせいで、もはや空を飛ぶことの利点はほぼ失われたといっていい。あの武器に対してなんらかの対策を立てなければ、今後の作戦も根本からくつがえされかねん。まずはフォッカー博士にあの武器の詳細を報告しなければ……」


「そのためには、今回は退却もやむなし……と?」


「今ならまだ高度を保ったままインメルマン少佐の部隊と合流できる。麓からは地上に下りて山を登るしかないが、全機で弾幕を張りながら退がれば連合軍を寄せつけずに城まで退却できるだろう」


「今がその分水嶺ぶんすいれい……というわけですわね」


「了解しました。ここまできて無念ですが……」


「よし、まずはインメルマン少佐のいる西へと向かうぞ!」


 マルグリットたちの四機は身をひるがえすと、一目散に退却を始めた。


「むっ、やつら逃げるつもりか!」


「西側の道から城へ帰還するつもりのようですわね」


「あっちでは少佐たちが戦ってるはずだぞ。追わないと!」


「我々も西へ向かうぞ! 少佐たちを援護するんだ!」


「「「了解!」」」


 ラモーナたちもゲルマニア軍の飛行部隊を追った。スピードでは劣るが、ここからケッフェナッハまでは森などの大きな障害もないのでそれほど遅れはしない。


 そして数分後、マルグリットの部隊はマクシーネたちのいる戦場に到着した。部下同士の戦いは連合軍がやや優勢だが、隊長同士の戦いはヴィルヘルミナが援護に加わったことでマクシーネが優勢になっている。


「少佐! インメルマン少佐!」


 クルプル方面からやってきたマルグリットが、無線でマクシーネに呼びかける。 


「リヒトホーフェン大尉か、どうした?」


「残念ですが作戦は失敗です。やつらの新型武器をなんとかしなければ、基地を攻撃するどころではありません。ここは一旦退いったんひき、対策を立ててから出直しましょう」


「やはりそちらも苦戦していたか……だが、私も部下を一人やられている。このまま敵の一機も葬らぬまま退くことなどできん!」


 マクシーネたちがそんな会話をしていると、クルプル方面から砂塵さじんを巻き上げてやってくるAMが見えた。


「敵が追いついてきた? 馬鹿な、早すぎる!」


 ラモーナたちが追いついてきたのかと思ったマルグリットが後ろを振り返る。だが、やってきたのはアーサリンのトライプだった。ヴィルヘルミナと別れた後、そのままじっとしているわけにもいかずにルネたちを追ってきたのだ。


「あれは……途中で追い越したやつか」


「ちょうどいい、あの雑魚の首を取ってゲルトルートへの手向たむけにしてやる!」


 アーサリンのトライプにマクシーネのアルバトロスが猛然と襲い掛かる。それはまさにウサギを狩ろうとする虎そのものだっだ。


「アーティちゃんっ?」


 アーサリンに気付いたルネが救援に向かおうとする。


「リヒトホーフェン大尉、そいつを抑えておけ!」


「了解! 全機、あのスパッドに集中砲火だ!」


 ―― ズギュギュギュギュギュギュギュゥン! ――


「くぅぅっ!」


 ルネのガンブレラは至近距離でマクシーネの弾丸を浴び続けたせいもあり、すでに装甲板がかなり傷んでいた。さらに五機の敵から集中砲火を受けたことで表面のステンレス層は穴だらけになり、もはや防弾繊維を貫通して次のステンレス層に穴が開くのも時間の問題だ。これではアーサリンを助けに行くどころではない。


「アーティちゃん、逃げてっ!」


「え……ええっ!?」


 アーサリンはヴィルヘルミナの事情を知ったことで、完全に闘志がえてしまっていた。ここまで追ってきたことにせよ、ただ軍人としての責任感からなんとなく駆けつけただけなのだ。

 今や彼女の集中力は途切れ、精神的にほぼ無防備になっている。そんなときに目の前から飢えた虎が襲ってきたらどうなるか、答えは簡単だ。戦場において絶対にあってはならないこと――思考の停止と、肉体の硬直である。


 ―― ズギャギャギャギャギャギャギャギャァン! ――


「きゃぁぁぁっ!」


 マクシーネが突進しながらトライプに銃撃を浴びせる。アーサリンは辛うじてガンブレラを構えることができたが、恐怖に囚われた体は硬直したままだ。リールの虎がその隙を逃がすはずがなかった。


突貫とっかん!」


 ―― バギャゥン! ――


「ひゃぁっ!」


 ガンランスの先端が突き刺さり、防弾傘が跳ね上げられて機体が大きくバランスを崩す。アーサリンのガンブレラはほとんど無傷だったおかげで機体まで貫かれることはなかったが、今の一撃で開けられた穴から大きくヒビが入ってしまった。同じ一撃をもう一度食らえば、今度こそ串刺しにされてしまうだろう。

 マクシーネの機体はそのまま後方へとすり抜けていったが、すぐにターンして再び突進の体勢に入った。


「ふふふ……一撃目は防いだか。なかなかいい反応だ。だが、次は外さん!」


「(わ、私……死ぬの? こんなところで……ミーナちゃんも止められないまま……)」


 アーサリンの胸に、今まで経験したことのない恐怖が渦巻いていた。ジョルジーヌとともに撃破されそうになったときでさえこれほど恐ろしく思ったことはない。絶対の死をもたらす者を目の前にして、彼女はただ震えることしかできなかった。


「(怖い……怖いよ……誰か……助けて……!)」


「アーティちゃぁぁん!」


 ルネの叫びも空しく、虎模様のアルバトロスがトライプに銃弾を浴びせながら突進していく。


「死ねぇぇぇっ!」


 マクシーネが突き出したガンランスの先端が、先ほど開けられた防弾傘の穴に再び吸い込まれようとする。

 そのとき、アーサリンは誰かの声を聞いた気がした。


 ―― 『アーティ、前に出なさい!』 ――

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