第44話 リベンジ・ストライク

 44.リベンジ・ストライク



 アーサリンとヴィルヘルミナが邂逅かいこうしていた頃、ルネたちもまたケッフェナッハの少し西あたりでマクシーネの率いる地上部隊と会敵していた。


「やはりいましたね……インメルマンの部隊です」


「隊長の予想通りだったね」


「インメルマンは私が抑えるわ。アルバータちゃんたちは他の四機をお願い!」


「よぉし、前回のリベンジだ! ジョルジアナ、ロベルタ、今度は俺たちのチームワークを見せてやろうぜ!」


 四機のAMがガンブレラを構え、猛然とインメルマンの部隊に襲い掛かる。


「むっ……敵か。どうやら我々の動きに気付いたようだな。面白い……ゲルトルート! テオドラ! ヴァルトラウト! 目の前の部隊を殲滅せんめつするぞ! ローラ中尉も続け!」


「「「了解!」」」


 そして、両軍入り乱れての戦いが始まった。


 ―― ズキュキュキュキュキュキュキュキュゥン! ――


 ―― ズガガガガガガガガガガガ! ――


「むぅっ!? なんだあの傘は? こちらの弾が弾き返されるぞ。しかも先端から弾丸を撃ち出してくるとは……!」


「形状から見て、おそらく上空からの銃撃を防ぐのためのものでしょう。さらにそのまま撃ち返せるよう、柄の部分がステッキ型の銃になっているようです」


「しかしあの薄さであの守りの堅さ……ただの防弾装甲ではなさそうですね。他にもなにか仕掛けがありそうです」


「少佐、相撃ちになるとこちらが不利です。連携で敵を取り囲み、背後を取って攻撃しましょう」


「お前たちはいつものフォーメーションでザコどもをやれ。私は先頭にいる隊長機らしきやつをる。いくら防弾であろうと、このガンランスで直接貫けばひとたまりもあるまい!」


 事実、マクシーネの判断は間違ってはいなかった。ガンブレラの傘はあくまで防弾のためのものであり、ガンランスのような突貫とっかん武器でAMの質量をそのままぶつけるような攻撃を食らえば、柄に仕込まれたショックアブゾーバーもさすがに意味を成さないのだ。

 ガンブレラが防御を主体とした遠距離戦用の武器なのに対し、ガンランスは攻撃を主体とした接近戦用の武器である。トマサ・ソッピースとアネット・フォッカー、二人の天才が奇しくも同時期に『攻防一体』をコンセプトにした武器を開発したのは偶然という他はないが、どちらにも一長一短があり、相手との距離一つで優位は目まぐるしく切り換わる。


「死ねいっ!」


 マクシーネがガンブレラを構えたルネのスパッドに突進する。


「ふっ!」


 ルネはその突進を素早くかわすと、大きく距離をとりながらマクシーネのアルバトロスに銃撃を浴びせた。


「当たるかっ!」


 マクシーネはガンランスを地面に突き立て、その場で素早くターンして銃撃をかわした。さすがにこの技を編み出した元祖というべきか、マクシーネは得意のインメルマン・ターンをガンランスでも見事に使いこなしている。


「さすがはインメルマンね……その辺のパイロットとは動きが別物だわ」


「ふふふ……やるな。あの肩のエンブレム、WEUの英雄ルネ・フォンクか。相手にとって不足はないぞ!」


 WEUとゲルマニア最強のパイロット同士が再び激突する。両者の動きはまさに剛と柔といった感じで、渦巻く水流のようだ。

 下手に手を出せば足手まといになるどころか自分が撃破されかねない戦いを前にして、両者の部下たちは少し離れた場所で戦いを繰り広げていた。ゲルトルートら三人にローラを加えた四機はすでにアルバータたちの三機を取り囲んでいる。


「ジョルジアナ、ロベルタ、こいつらのフォーメーションは回りながら後ろにいるやつが背中を狙う戦法だ。背後を取られないように背中合わせで戦うぞ!」


「「了解」」


 アルバータたちは三機で背中合わせになり、それぞれガンブレラを正面に構えてゲルトルートたちの銃撃に備えた。敵はローラを加えて四機体制になっているが、それでも機体前面をすっぽり覆えるガンブレラのおかげで死角はない。


 ―― ズギャギャギャギャギャギャギャギャン! ――


 ―― ズガガガガガガガガガ! ――


「くっ……やはり堅い!」


「しかし、やつらどうして撃ち返してこない? まさか、こちらの弾切れを待ってから一気に反撃に出る気か?」


「ならば……少佐と同じようにこのランスでやつらの防御を突破してやるまでだ! テオドラ、ヴァルトラウト、あれをやるぞ!」


「「了解!」」


 ゲルトルートたちのアルバトロスはフォーメーションを変え、ゲルトルートを先頭とした嚆矢こうし型の隊形――いわゆる『アローフォーメーション』をとった。まずゲルトルートが突進して接近戦で敵の動きを封じ、後ろにいるテオドラとヴァルトラウトが左右から回り込んで銃撃を浴びせるという構えだ。これは彼女たちが防御を固めた敵を倒すときの常套じょうとう手段だった。


「ローラ中尉は左右にいる敵に銃撃を浴びせて、私たちが攻撃するのを邪魔されないよう援護を!」


「了解!」


 三機のアルバトロスが文字通り矢のように鋭く、アルバータたちのキャメルに向かって一直線に突っ込んでいく。


「よーしよし……作戦通り乗ってきやがったぜ」


「こちらが亀になっていれば、必ずれて突っ込んでくると思っていました」


「ジョルジアナ、ロベルタ、真ん中にいるデザートカラーの機体、あいつが直接クリスティーナをやりやがったやつだ。打ち合わせといた連携攻撃……あいつに食らわせるぞ!」


「「了解」」


 ジョルジアナとロベルタが号令とともに飛び出し、アルバータの前に出てV字型のフォーメーションを組んだ。そしてこちらに突っ込んでくる敵に対し、前の二機がガンブレラを構えたまま向かっていく。ローラが後方から銃撃を浴びせて牽制けんせいするが、防弾傘のおかげでお構いなしだ。


「フン、こちらの意図を読んで先に攻撃に出るつもりか。それならこのまま貫いてやる!」


 ―― ギュィィィィィィン! ――


 ―― ズゴゴゴゴゴゴゴゴ! ――


 嚆矢こうし型のフォーメーションとV字型のフォーメーションが真っ向からぶつかろうとする。しかしゲルトルートが右側にいたロベルタの防弾傘にガンランスを突き立てようとした瞬間、前の二機はそのまま左右に分かれて走り去っていった。


「なにっ!?」


 そのときゲルトルートが見たものは、自分の目の前に迫ったミサイルだった。

 V字隊形で突っ込んでくると思われた三機のうち、後ろにいたアルバータの機体はいつの間にかスピードを落として離れていた。そして前の二機はガンブレラを目の前にかかげることによって、彼女がミサイルを発射する瞬間を隠していたのである。


「馬鹿な――」


 ―― キュボム! ドボォン! ドゴォォォン!!! ――


 キャメルの肩にマウントされた六連装ミサイルポッドから放たれた六発のうち、三発のミサイルがゲルトルートの機体に直撃した。突きを繰り出さんとガンランスを後ろに振りかぶっていたため、ミサイルを逸らすことができなかったのだ。


「ぐぁっ!」


「うわぁぁっ!」


 背後にいたテオドラとヴァルトラウトの機体も爆風で吹き飛ばされそうになった。二機はガンランスを地面に突き立てることで辛うじて転倒をまぬがれたが、体勢を立て直した二人が見たものは木端微塵こっぱみじんに吹き飛んだアルバトロスD.IIの無惨な姿だった。これではパイロットの死体すら回収できないだろう。


「ゲ、ゲルトルートぉっ!」


「馬鹿な! あいつ、味方ごと撃つつもりだったのか!?」


 ヴァルトラウトが疑問に思うのも無理はない。アルバータがやった今の攻撃は、前の二機が避けるタイミングを一瞬でも誤れば味方を殺しかねないものだったからだ。

 だが、アルバータたちには今の連携攻撃を決める絶対の自信があった。今の連合軍のAMには固定式アイカメラの他に、もう一つ可動式のバイザー型カメラが装備されている。それを後方に向ければ前の敵と後ろから迫ってくるミサイルを上下のモニターで同時に見ることができるので、前の二人はミサイルを避けるタイミングにだけ注意すればよかったのだ。ゲルトルートたちの誤算は、連合軍のAMが持つ新兵器がガンブレラだけではないことを知らなかったことだった。


「よっしゃぁぁ! 仇は討ったぞクリスティーナ!」


 ゲルトルートを撃破したアルバータが勝利の雄叫おたけびを上げる。あとはマクシーネと部下の二人、そしてローラの四機だ。


「おのれぇっ! よくもゲルトルートを!」


「許さんぞ貴様ら!」


 莫逆ばくぎゃくの友を討たれたテオドラとヴァルトラウトが激しい怒りを燃やしてアルバータたちに襲い掛かる。だが完璧な連携を誇るRUKの三人に対し、攻撃の起点となるリーダーを失ったマクシーネの部下たちは分が悪かった。ローラが加わったおかげで数の上では互角なのだが、やはり連携というものは一朝一夕で身に付くものではないのだ。


「おのれ連合軍のラクダども、よくも我が部下をやってくれたな!」


 マクシーネもゲルトルートを討たれたことで激昂げっこうしたのか、ルネから離れてアルバータたちへ攻撃を仕掛けようとした。


「させないっ!」


 ルネがマクシーネの進行方向へ向かって銃撃を加え、その動きを巧みに封じる。


「ええい! 邪魔をするなぁっ!」


 そのとき、上空から弾丸が振り注いだ。


 ―― ズキュキュキュキュキュキュキュキュゥン! ――


「きゃぁぁっ!?」


 弾丸がルネのスパッドに命中し、キャメルに比べて薄い装甲にいくつもの穴を穿うがつ。ガンブレラをマクシーネに向けていたところに不意を突かれては、さすがのルネも防ぎようがなかった。


「おお、ラインハルト中尉か!」


 やってきたのはヴィルヘルミナのアルバトロスだった。アーサリンのトライプを引き離し、一足先に追いついたのだ。


「インメルマン少佐、援護します!」


 ヴィルヘルミナはガンランスを構えると、地上にいる敵部隊に向かって雨のように弾丸を撃ち込んだ。

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