第46話 友がくれた初勝利

 46.友がくれた初勝利



 ―― 『アーティ、前に出なさい!』 ――


 それは『AMパイロットに必要なのは前に出る勇気だ』と教えてくれたシャルロットの声が頭の中でリフレインしたものだったのか、それとも死んだクリスティーナが呼びかけてくれたのか、アーサリンには分からない。いずれにせよ、彼女はその声に導かれるように機体の右足を一歩前に踏み出した。


「くぅぅっっ!!!」


 アーサリンの機体はマクシーネの槍で貫かれることはなかった。ガンランスの先端が防弾傘を貫通した瞬間、彼女は右前方に踏み出しつつ左足で反時計回りにターンし、まるで牛のつのさばく闘牛士のようにそれを受け流したのだ。そしてその動作はすなわち、敵の背後へと回り込む動きになっていた。


「なっ!?」


 それは、全くの偶然だった。アーサリンが声を聞いたタイミング、そして足を踏み出したタイミング、彼女がつい一昨日までその技の訓練に励んでいたこと――全てが完全に一致したことによって起こった、奇跡のような一撃――

 アーサリンはマクシーネの攻撃をさばいた勢いのまま、その背中に銃口を向けてガンブレラの引鉄ひきがねを引いた。


 ―― ダギャギャギャギャギャギャギャギャゥン! ――


「ぐぁっ!?」


 ほぼゼロ距離で弾丸を撃ち込まれ、機体に凄まじい衝撃が加わる。マクシーネの体はコックピットユニットの上で大きく跳ね、彼女のアルバトロスは前につんのめって地面に叩きつけられた。


 ―― グワッシャァン! ――


「……が……はっ!」


 もの凄い倒れ方であった。おそらく今の衝撃で折れたアバラは二本や三本では済まないだろう。マクシーネは口から血の混じったものを吐き出しながら、頭から前面モニターに突っ込んだ。


「ぐぼっ……! ま、まさか……わた……しが…………こんな……ところで…………」


「インメルマン少佐!?」


 マクシーネが倒されたことに気付いたマルグリットがアーサリンのトライプを銃撃しようとする。


「させるかぁっ!」


 アルバータが空に向けてガンブレラを掃射し、マルグリットの攻撃をカットする。


「アーサリン、とどめだ! そいつにパイルバンカーを打ち込んでやれぇっ!」


「……はっ、はい!」


 なにが起こったのかまだ分かりかねていたアーサリンがアルバータの声で我に返る。彼女は倒れたアルバトロスに素早く近づくと、その脇腹にパイルバンカーを打ち込んだ。


 ―― バグヮァン! ――


 金属を貫く音とともにアルバトロスのアイカメラが消灯し、機体が完全に沈黙する。

 無力なウサギとあなどった新人パイロットに、リールの虎はあまりにもあっけなく討たれた。だが、これこそが戦場である。マクシーネ・インメルマンであろうとマルグリット・フォン・リヒトホーフェンであろうと、偶然当たった一発の弾丸で命を落とすこともあるのだ。


「しょ、少佐ぁーっ!?」


「き、貴様らぁぁっ!!!」


 ゲルトルートに続いて、上官であるマクシーネまでも失ったテオドラとヴァルトラウトが半狂乱になって叫ぶ。その様はクリスティーナを討たれたときのアルバータと全く同じものだ。

 敵を討った者が誰かの仇となり、仇を討った者もまた誰かの仇となる。これもまた戦場だ。


「待て貴様ら! 落ち着くんだ!」


 上空からマルグリットがテオドラたちに呼びかける。マクシーネが死んだ今、マルグリットこそが彼女たちの従うべき上官だ。


「た、大尉……ですが……」


「向こうを見ろ!」


 マルグリットがガンランスの先端でクルプル方面を指す。テオドラとヴァルトラウトがそちらを振り向くと、その方向から土煙が上がっていた。ラモーナたちが追いついてきたのだ。


「飛行部隊の優位は封じられ、ガンランスの銃撃もほぼ無力化されてしまった。そのうえ数のうえでもこちらが圧倒的に不利……今の戦力で戦っても少佐の仇は討てん。とにかく今は退いて、次の機会を待つんだ」


「くっ……り、了解しました……」


「他の者たちも聞け。今日のところは退却だ。山の麓で着陸し、敵を牽制けんせいしながら城へと戻るぞ!」


「「「了解!」」」


 マルグリットの飛行部隊とテオドラたちは連合軍の部隊に向かって残った弾をばらきながら、山の麓を目指して退却していく。


「やつら逃げる気かよ……させねぇっ!」


「待ちなさいアルバータちゃん、追う必要はないわ」


「少佐、今ならやつらを一網打尽にできますよ!」


「いいえ、こっちも防弾傘が限界に近いわ。私は機体にもダメージを受けちゃったし、さすがにこのままクリンバッハ城にまで攻め込むのは無理よ」


「そうか……けど、もったいねえ気もするなぁ」


「元々今日はガンブレラの性能を試すだけのつもりだったのに、あのインメルマンを撃破できただけでも上出来すぎるわよ」


「まぁ……そうですよね。って、そうだよアーサリン! お前、やったじゃねえか!」


「え? あ、あの……私、無我夢中でなにがなんだか……」


「インメルマンだよインメルマン! 初出撃で、それも初勝利の相手があのインメルマンとか凄すぎるぞお前!」


「わ、私が撃破した敵って、そんなに凄い相手だったんですか?」


「って、知らなかったのかよ……」


「少佐ぁーっ!」


 そのとき、無線からラモーナの声が聞こえた。彼女たちがマルグリットの部隊から遅れたのはわずか二分か三分足らずだったが、その間にアーサリンは大きな仕事を成し遂げたのだ。


「ブラウン准尉、無事だったか?」


「は、はい」


「一機で敵を追いかけるから心配したぜ……って、うおっ! そこに転がってるAMって、まさか……」


「へっへぇー♪ お察しのとおり、あのインメルマンだよ。しかもこいつを撃破したの、誰だと思う?」


「誰って……インメルマンに勝てるのなんて少佐ぐらいじゃねえの?」


「にっひひひ♪ それがよぉ……なんと、ここにいるアーサリンなんだよ!」


 アルバータがまるで自分の手柄であるかのようにドヤ顔で笑う。クリスティーナの仇を討てたことで心のつかえが取れたのか、彼女はひたすら上機嫌だった。


「うぇぇっ!? マジかよ! 大金星じゃねえか!」


「い、一応……そうらしいです」


「そうらしいですってお前……」


「にわかには信じがたい話ですわね……」


 シャルロットも困惑顔でアーサリンのトライプと大破したアルバトロスを見比べている。いくらアーサリンが成長したとはいえ、そもそも初めての出撃で敵を撃破できること自体がまれなのだ。


「おいおい、どんな魔法使ったんだあ? お姉さんに教えてみ?」


 エダがAMに乗ったままアーサリンが乗るトライプの肩に腕を回す。これが生身であったなら、バスケットボールにも迫ろうかという彼女の胸が思い切り顔に押し付けられていたところだ。


「魔法というわけじゃないんですけど……ただ……声が聞こえた気がしたんです」


「声?」


「私、敵が迫ってきたとき怖くて動けなくなっちゃって……そのとき『前に出なさい』って声が聞こえたんですけど……あれはきっと、クリスちゃんが私を守ってくれたんじゃないかと思うんです」


「……そうか。もしかしたら、本当にそうかもな。インメルマンもあいつの仇の一人みたいなもんだ。お前はちゃんと友達の仇を討ったんだよ」


「はい……」


 アーサリンが胸の前で手をぎゅっと握り締める。彼女の心の中で、クリスティーナが微笑んだ気がした。


「なにはともあれ、みんな無事でよかったわ。ラモーナさんたちも合流したことですし、基地に帰還しましょう」


「「「了解!」」」


 連合軍のAM部隊がインゴルスハイムへと帰還していく。


「(そうだ……ミーナちゃんを止められないからって、パイロットを辞めるなんてできない。今は連合軍の人たちだって私の大切な仲間なんだ。その仲間を守るためにも、立ち止まってなんていられない!)」


 まだ迷いを完全に断ち切れたわけではないが、クリスティーナを失ったときのような悲しみは二度と味わいたくない。アーサリンは敵と味方の双方にいる友を守るため、再びパイロットとして戦う決意を新たにした。

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