第24話 兵器に芸術性を求めるのは間違っているだろうか?

 24.兵器に芸術性を求めるのは間違っているだろうか?



「なんじゃあこりゃぁーーーっっっ!?」


 昼食を終えたアーサリンたちがAMの格納庫に戻ると、奥の整備用ハンガーからものすごい叫び声が聞こえた。

 パイロットたちが何事かと近づいてみると、そこには一足先に戻ったはずのフランチェスカがいた。両手で頭を抱え、わなわなと震えている。


「わ、わた……私のニューポールXIが…………は、ハゲに……ハゲになっとるぅぅぅぅ!!!」


 そこにあったのは頭部をキャメルと同じ半球状のものに交換され、トマサが開発した可動式バイザーカメラを装着されたニューポールXIだった。元々そこにあったはずの、燃える炎のごときエッジが刻まれた鋭いフォルムの頭部は取り外され、少し離れた場所に転がっている。


「あ、みなさん。ちょうど今、全機に新型カメラの装着作業が終わったところですよ」


 整備用ハンガーの陰からトマサが現れ、得意げな笑顔で胸を張る。整備班の娘たちは自分が昼食をるのも後回しにて、午後からの特訓に間に合うようカメラの改修作業を済ませてくれていたのだ。


「どういうことだトマサ・ソッピース! 私の美しい機体の頭部があんな……あんな…………」


「ああ、フランチェスカさんのAMは頭に色々飾りが付いててバイザーを取り付けるのに邪魔だったんで、頭部を丸ごと取り替えさせてもらったんです」


「な、なんてことするんだこのガキんちょーっ!」


「むー、ガキんちょじゃありません!」


 トマサが頬を膨らませ、ジト目でフランチェスカを睨みつける。

 フランチェスカもまだ十七歳の小娘であり、トマサとは四歳しか変わらない。しかも豊満な胸はともかく、顔だけ見れば彼女は実年齢よりもかなり幼く見えるのだ。子供扱いされてトマサが怒るのも無理はなかった。


「なんだよ、まーた文句か? AMは命預ける兵器だぞ。見た目なんかどうでもいいだろうが」


 エダが割って入り、またも二人の間に険悪な空気が流れる。


「お、お前にはあの姿のおぞましさが分からんのか!」


 フランチェスカが震える指で変わり果てた愛機を指差す。


「あーん? だからそんなもんどうでもいいって…………ブフォッ!」


 振り返ってそれを見たエダが思わず噴き出す。フランチェスカの言うとおり、ニューポールXIの姿はとても残念なことになっていた。

 元々ローマ共和国の工業製品は性能や品質よりも見た目の美しさを重視する傾向にある。フランチェスカの愛機であるニューポールXIもまた、全てのパーツが流れるようなラインを描く美麗な機体であった。それなのに頭だけが無骨なキャメルのものに交換されてしまったせいで全体のバランスが崩れ、とんでもなく滑稽なデザインになってしまっている。

 しかもカラーリングも首から下がトマトのようなコルセレッドなのに対し、文字通り取って付けただけのキャメルの頭は未塗装のままで、まるで赤いよだれ掛けをした地蔵じぞうのようだ。


「プッ……クク……くっふふふふ…………い、いいんじゃねえの? カッコいいよ、うん」


「思いっきり笑いをこらえながら言うなぁーっ!」


「わ、悪い悪い……」


 謝りながらもエダは腹部を押さえ、必死で笑いをこらえている。他の隊員たちもエダのように笑いはしないが、可哀想なものを見るような目でフランチェスカのAMを見上げていた。


「う、うぅん…………マンマ……ミーヤ…………」


 顔から血の気が引いたフランチェスカがふらつき、倒れそうになる。


「おっと危ねぇ!」


 傍にいたエダが慌ててフランチェスカの体を支えた。


「ったく、AMの見た目がダサくなったぐらいで気ぃ失うのかよ。ほんとしょうがねえやつだなあ」


「うむ……仕方がないな。今日はバラッカ中尉の特訓は中止としよう。誰か中尉を部屋に運んでやれ。それとソッピース整備長、明日までにあのAMの頭を胴体と同じ色に塗装しておいてやってくれ。目を覚ましてまたすぐに気絶されてはかなわん」


「むぅ……分かりました。けど、そんなに見た目が気になりますかね? 兵器に一番大事なのは信頼性だと思うんですけど。そもそもローマの製品は品質管理が…………」


 トマサはぶつぶつ言いながらハンガーの奥に引っ込んでしまった。“兵器は仲間を守るためのもの”を信条とし、少しでもパイロットの生存率が高まるようにと重装甲のキャメルを開発した彼女にとって、兵器に芸術性を求めること自体がナンセンスなのだ。


「よし、これで新型アイカメラの準備は整った。次は空中の敵の姿を捉えられるよう、今から特訓に入るぞ!」


「「「はいっ!」」」


 その場にいた全員がラモーナの号令に合わせ、力強く返事をした。

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