第23話 もめ事の種はいつも食べ物

 23.もめ事の種はいつも食べ物



 午前中の訓練を終え、シャワーを浴びたアーサリンたちが宿舎の食堂に入ると、奥のほうでなにやら言い争う声が聞こえてきた。

 一人は声でエダだと分かるが、もう一人の声には聞き覚えがない。アーサリンが前を歩いていたラモーナの肩越しに覗き込むと、ツインテールの髪がひらひらと動くのが見えた。あれは新しくこの基地にやって来たローマ共和国軍のエース、フランチェスカ・バラッカ中尉だ。自国で独自開発された『ニューポールXI』という機体を駆り、すでに三十機以上のスコアを上げているという。


「だーかーらー! この非常時に、それも最前線の基地でそんないい飯が出てくるわけねえだろうが!」


「マンマミーヤ!」


 フランチェスカがまるで女優のようなオーバーアクションで胸に手を当て、かぶりを振ってため息をつく。


「信じられん! これだから田舎の野蛮人どもは……」


「ああん?」


「文明人たるもの、いかなるときでも食事にこだわらなくてどうする? まったく……昼食がレーションだなんて、捕虜への拷問じゃあるまいし」


「はっ! さすが砂漠でパスタ茹でたせいで全滅したって伝説を持つローマ軍だな。そんなにボロネーゼが食いたいなら地中海へ帰りやがれ!」


「私だって好きでこんなド田舎に来たわけではない!」


「おい、なにを騒いでいるお前たち」


 ラモーナが二人の間に割って入る。


「こいつが出された昼飯に文句言い出したんだよ。やれパスタはないのかとか、こんなもん尉官の食うもんじゃねえとか、ったく……ガキの頃に貧乏だったせいで逆に食いもんにうるさくなったオッサンかっつーの」


「黙れ乳牛ちちうし! お前の乳を搾ってチーズを精製してやろうか!」


「なんだとこのアマァ!」


 再び二人の言い争いが始まる。

 核兵器さえ根絶した人類だが、戦争そのものはいつまでもやめられない理由がこの一事を見ても分かるだろう。人間というものは、どこまでもくだらない理由で争える生物なのである。そして文化や習俗が違う国の人間が集まったとき、もめ事の種になるのは大体いつも食べ物のことか宗教だ。


「いい加減にしないか!」


 ラモーナの怒号が食堂に響き渡る。


「バラッカ中尉、リッケンバッカー中尉の言うとおり今は戦時であり、しかもここは最前線だ。食料を運ぶ輸送隊でさえ命がけで任務に当たっている。贅沢な食事は期待しないで欲しい」


「むぅ……」


「エダも、バラッカ中尉がまだここのルールに慣れていないことぐらい分かるだろう? しつけのなってない犬のようにいちいち噛み付くんじゃない」


「……分かったよ……」


 ジョルジーヌがいない今、副隊長を任されている彼女は階級においてもルネに次ぐ上官だ。各国兵士の寄せ集めである連合軍はそのあたりの規律が緩いとはいえ、もめ事の仲裁や物事の裁定にまで逆らうのは明らかに軍規違反となってしまう。


「ああ、それにしてもイライラするな。一刻も早く森の野犬どもを退治して本国に帰りたいものだ。空飛ぶAMだかなんだか知らないが、私が全員撃ち落してやるからさっさと戦わせろ」


 フランチェスカはまだ気が治まらない様子だが、苛立ちの矛先はゲルマニア軍のほうに向いたようだ。


「そうはやらずとも、空飛ぶ敵への対策が講じられたらすぐにでも戦わせてやる。ちょうど午後からはそのための訓練に入る予定だ。エダ、ウィルマ、それにシャルロット、お前たちも参加するんだぞ」


「ええ、隊長から話は聞いていますわ」


「ふん、望むところさ」


「ええー……私は非番なんだからベッドで寝てたい……」


「サボったら深夜の哨戒しょうかい任務を連勤させるぞ」


「うぅ……鬼軍曹め……」


「私は大尉だ」


 ウィルマの冗談に対して冷静にツッコミつつ、ラモーナはレーションが盛られた金属製のトレイを持ってテーブルにつく。


「ほら、ブラウン少尉もさっさと昼食を済ませろ。午後からはウィルマとの訓練でやったことを私がおさらいしてやるからな」


「は、はいっ」


 アーサリンも昼食のトレイを受け取ってテーブルにつくと、決して美味くはないレーションを一気に口の中へ掻き込んだ。

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