第25話 天才の要求はレベルが高い――ラモーナ・コリショーの場合

 25.天才の要求はレベルが高い――ラモーナ・コリショーの場合



 インゴルスハイム基地の正門前に四機のAMが、約三十メートルごとの等間隔で並んでいた。エダが乗るキャメルを先頭にシャルロットとウィルマの機体が続き、最後尾にラモーナのキャメルがいる。

 先頭のキャメル以外はいわゆる“小さく前にならえ”の体勢で立っていた。よく見ると、一番後ろのキャメルを除く三機の腰にはロープが巻かれていて、その先に繋がれているものを後ろにいる機体が持っている。まるで電車ごっこのようだ。

 ロープの先に繋がれていたのは、三角形の骨組みにテント生地を張って作られたたこだった。


「いいか、号令で一斉にスタートするぞ。後ろの二人は先頭のキャメルに速度を合わせるんだ」


「了解」


「りょーかい……」


「寝るなよウィルマ。行くぞ! 三……二……一……スタート!」


 ラモーナの号令とともに、四機のAMが一斉に走り出す。


「よし、まずはシャルロットだ。私が合図したらたこを放せ。それと同時にエダは加速だ」


「「了解」」


 二人の返事が重なったのを聞き、ラモーナが合図のタイミングを計る。


「…………風向き……よし…………今だ!」


 ラモーナの合図でシャルロットの機体が手を離し、同時にエダは加速して後続から離れる。するとキャメルの腰に結び付けられたたこは走行風を受け、向かい風に乗って一気に大空へと舞い上がった。


「いいぞ、成功だ。続いてウィルマ、たこを放せ! シャルロットは加速!」


「了解」


「了解ですわ」


 ウィルマの機体が手を放し、シャルロットがアクセルペダルを踏み込むと、今度はスパッドの腰に結び付けられているたこが空に舞い上がる。


「ラストだウィルマ! 加速しろ!」


「はーい」


 ラモーナの機体が手を離し、ウィルマのトライプが加速する。そして最後のたこも落ちることなく秋の空へと吸い込まれ、三機のAMによる凧揚たこあげ大会が始まった。


「全員、凧揚たこあげには成功したな。次はそのたこを新型のバイザーカメラで常に追いつつ、まずは縦横じゅうおうに走り回れ。お互いがすれ違うとき、たこを結んでいるロープが引っかかったりしないよう注意しろ」


「「「了解」」」


 そう、この凧揚たこあげ大会は断じて遊んでいるわけではない。これは新しい可動式のカメラで空飛ぶ敵の姿を捉えつつ、地上の友軍や障害物にぶつからないための訓練なのだ。


「これ……思った以上に難しいですわね。下の画面に映るのは今までどおり前方だけですけど、上の画面は後ろも映すからややこしいですわ」


「そうだね。上のカメラも前に向いてるときはいいけど、後ろに向けた上のカメラと下のカメラで左右別々のほうを映したりしたら頭がこんがらがりそう。もしかしてカメレオンの目ってこんなふうに見えてるのかな?」


 可動式のバイザーカメラを製作したとき、機体の頭部に元々内臓されていたアイカメラは無くしてしまおうという案もあった。だがトマサはあえて旧式のカメラも残し、二つのカメラの映像を上下二分割のモニターで見るという形式を採用した。新型のバイザーカメラのみだと、上の敵を見ている間は前方を見ることができなくなってしまうのが危険だと判断したからだ。


「でも、カメラの操作自体は結構簡単だな。ボール転がすだけで思いどおりの位置に向いてくれるぞ」


 今まではアイカメラを左右に動かすためのマウスホイール式コントローラーが左の操縦環にだけ付いていたが、今回バイザーカメラの増設に合わせ、右の操縦環にもトラックボール式のコントローラーが追加されていた。ボールの上下でバイザーが側頭部を支点として頭を撫でるように動き、さらにボールを左右に転がせばバイザーにマウントされたカメラがそれに合わせて動く仕掛けだ。これならば敵がどの角度にいても、その姿を自在に追うことができるだろう。


「たしかに操作性のほうは抜群ですわね。さすがはトマサさん、ご自分で天才と名乗るだけのことはある……と言うべきでしょうか」


 GETSの発見によって再び電気が使えるようになり、科学技術は(主に軍事面ではあるが)少しずつ旧時代の水準を取り戻しつつある。とはいえ、まだコンピューター識別によるロックオンシステムなどは見る影もなく、機銃の照準をつけるのは昔ながらの照星(銃身の先端に取り付けられた凸型の目印)を見ながら目視で行なっているのだ。そんなレベルの技術力でありながら、ここまで広い視野を確保するカメラとシステムをわずか十日で完成させたというだけでもなみの仕事ぶりではない。シャルロットの言うとおり、トマサ・ソッピースが天才であることは疑いようもなかった。


「そっぴーちゃんがうちの基地にいてくれてよかったねえ……」


 ウィルマがそう呟いていると、前方からエダのキャメルが一直線に突っ込んできた。


「エダ、前も見ろ!」


 無線からラモーナの怒鳴り声が響く。その声で前にいるトライプに気付いたエダは慌てて機体の進行方向を変え、すんでのところで衝突をまぬがれた。


「うおっとぉ! わりぃウィルマ、上の画面に映ってるたこに気ぃ取られてた」


「大丈夫」


「そう、注意しなければいけないのはそこだ。常に目の端で上空の敵を捉えつつ、自分の周囲にも気を配らなければならん。難しいかもしれないが、今のうちにしっかりと慣れておけ」


「「「了解」」」


「さて……あいつらは自由に練習させておけばいいとして、次はブラウン准尉たちだな」


「は、はい。よろしくお願いします」


「ふふ、そう気負うな。午前中にウィルマがやってみせたことを補足してやるだけだ。他の三人もよく見ておけ」


「「「はいっ」」」


「よし。ブラウン准尉、まずは私に向けて銃を撃ってみろ」


「はい!」


 アーサリンがキャメルに機銃を向け、引鉄ひきがねを引く。


 ―― スタタタタタタタタン! ――


 ―― ギュィィィィン! ――


 ラモーナは発砲されると同時に、ウィルマがやったのと同じように片足を軸に百八十度旋回し、弾丸を全てかわした。


「分かるか? スピードが乗っていない停止状態のときに撃たれても、こうして片足を軸に旋回すれば素早く攻撃をかわすことができる」


 ―― ぎゅいん! ギュイン! ぎゅいん! ギュイン! ――


 右足を軸に左足を後ろに引いて半円を描き、百八十度旋回したところで今度は左足を軸に右足を前に出して半円を描く。それを繰り返し、ラモーナのキャメルがコマのように回転しながらどんどん横へと移動していく。


「慣れればこんなふうに移動することもできるぞ。まあ実戦では役に立たんから、あくまで練習のための技だがな」


 これは一見簡単そうに見えて、実はなかなか難しい技術である。前後どちらへの旋回にせよ、止まった瞬間に慣性モーメントがかかるため、重心のかけ方と次の足を出すタイミングに気をつけなければひっくり返ってしまうだろう。

 AMの操縦ユニットはオートバイのリアブレーキやシフトチェンジ用のものと同じ位置にペダルが付いていて、シーソー式になっているペダルのつま先側を踏むことで前進、かかと側を踏むことで後退するようになっている。この切り替えを精妙にコントロールすることこそ、AMの操縦において最も重要な技術なのだ。


「この旋回技術は接近戦においてかなり重要になるから、各自しっかりと練習するように」


「「「はいっ!」」」


「ではブラウン准尉、次は断続的に撃ち続けてみろ。マガジンが一本空になるまでな」


「は、はい!」


 ―― スタタタタタタタタン! タタタタタタタタン! ――


 アーサリンは言われたとおり、ラモーナのキャメルに向かって機銃を連射する。だが今度もラモーナは左右にひらりひらりと弾丸をかわし、一発も当たることはない。午前中にウィルマがやってみせたことの再現だ。


「コリショー大尉も………どうしてこんなに簡単に弾を避けられるの?」


 アーサリンが思わず疑問を漏らした。先ほど旋回でかわされた銃撃にせよ、どうして発射のタイミングが見切られたのかが不思議でしょうがないのだ。


「ブラウン准尉、士官学校で学んだことを覚えているか? 銃を撃つときの注意点を思い出してみろ」


「えっと……安全装置が解除されていることを確認。誤射を避けるために、撃つ直前まで指はトリガーにかけない……あっ!」


「気付いたか。そうだ、AMの指が伸びているかトリガーにかかっているかどうか……それを見れば相手の撃とうとしているタイミングが分かる」


「そ、そうか……それで……」


「そして銃口の向いてる方向を見ればどこを撃ちたいかが分かるし、狙いをつけるために腕が動いている間は射撃が止まる。ベテランになると巧妙にフェイントを織り交ぜてくるが、准尉のように不慣れな者だと単調なので分かりやすい」


「うう……そんなに分かりやすかったですか」


「さあ、マガジンの弾はまだ残っているぞ。今度は逃げる私を追いながら撃ってこい!」


「はい!」


 午前中と同じように、アーサリンは逃げていくキャメルを追い、その背中へと弾を撃ち込もうとする。


「後ろを取られたときは……こうだ!」


 ―― ギュウン! ――


 ウィルマがやってみせたのと同じように、ラモーナの機体が一瞬のうちに反転してバック走に移行する。


「ターンを決めたらすぐに撃つ!」


 ―― カカカカカカカカカカカカカカカカカン! ――


「きゃぁっ!」


 トライプの装甲にプラスチック弾がヒットし、車の上に激しく降る霰のような音をコックピット内に響かせる。


「ほら、撃ち返してこい!」


「え、えぇいっ!」


 ―― スタタタタタタタタタタタタタタタ! ――


「撃ったらすぐに敵の射線から身をかわせ!」


 アーサリンが撃ち返したときにはすでにキャメルは機銃の射線上におらず、ウィルマのときと同じように彼女は敵の姿を見失う。


「ここだっ!」


 ―― ガンッ! ――


 右脇腹の後ろあたりから金属音が聞こえた。ラモーナが機銃の先端でトライプの脇腹を軽く小突き、自分の位置を知らせたのだ。


「むんっ!」


「ひゃぁっ!?」


 ―― ごわしゃぁん! ――


 これまたウィルマがやったのと同じように、アーサリンの機体が後ろへと引き倒される。


「こうして仰向けに倒してしまえば操縦者の体もGETSから離れ、AMは一瞬動けなくなる。その間に攻撃すれば相手はなにもできん」


 ラモーナはまたも難しいことを、さも簡単なことであるかのように言ってのける。

 たしかに敵の後ろを取るというのは、ほとんどの戦いにおいて必勝の型といっていいだろう。だがそれだけに誰もが警戒することなので、そう簡単にできれば誰も苦労はしない。先ほどラモーナが三人を相手どっていたときにもやっていたことだが、相手が攻撃して来る瞬間あえて前に踏み込み、攻撃をかわすと同時に死角に入り込むというのはかなりの高等技術なのだ。それを可能にするには卓越した見切りと、敵の攻撃を恐れない勇気が必要となる。


「どうだ准尉、ウィルマのやつが一体なにをしていたのか、少しは理解できたか?」


「は、はい」


「このように相手を転ばせるというのは、接近戦だけでなく射撃戦でも重要なことだ。要するにAM同士の戦闘というのは、“いかに相手を転ばせるか”ということに尽きるからな」


 内燃機関を持たないAMを鉛や鋼の玉で撃ち、装甲に穴を開けたところで大爆発を起こすことはないし、コックピット内のパイロットに弾が届くことも滅多にない。それなのになぜ、AMは機銃をメインウェポンにしているのか。

 サブウェポンとしてよく使われるミサイルのように、それ自体が爆発する武器ならば着弾した時点で中の人間にも大ダメージを与えることができる。しかしこの手の兵器は銃弾に比べると弾速が遅いため、一流のパイロット同士だと当てることは容易ではない。それゆえ互いに高速走行していることが多い遠距離戦においては、銃撃によって関節部のモーターや履帯の車輪を破壊したり、衝撃を与えて転ばせることで中のパイロットを負傷させるのが最も有効な攻撃手段なのだ。

 ラモーナの言ったことは単純なようだが、AM同士の戦闘における奥義といっても過言ではなかった。


「これらの技術を一通り身につければ一人前のAMパイロットといえるだろう。だがエースと呼ばれる者を相手にするなら、さらなる高等技術が必要になってくる。そうだな……もう一つ重要な技を教えておいてやるか。ブラウン准尉、私の前を走ってみろ。ゆっくりでいい」


「はいっ」


 アーサリンのトライプが立ち上がり、キャメルの前を横切るようにゆっくりと走る。ラモーナは機銃をトライプに向けると、履帯の車輪に狙いを定めて発砲した。


 ―― カカカカカカカカカカン! ――


「わっ!?」


「今、准尉の乗っているトライプの履帯を撃った。空砲だからなんの効果もなかっただろうが、これが実弾でスピードが乗っているときなら准尉はクラッシュして大怪我を負っただろう……ギヌメール大尉のようにな」


「……っ」


 ジョルジーヌの名を出され、アーサリンが息を呑む。


「走行中に加速、減速が自在なのがモーター駆動であるAMの強みだが、敵が自機の履帯を狙っていると気付いたときには減速では遅い。しかし、だからといってスピードの乗っているときに一瞬で急停止するのも不可能だ。慣性の法則がある以上、こればかりは片足でのターンや両足でのスピンでもどうしようもない。さあ、准尉ならばどうする?」


「え、えっと……」


 アーサリンは考え込むが、ターンやスピンといった回避策は有効ではないとすでに前置きされている。素人同然の彼女にはそれ以上の策など思い浮かぶはずもなかった。


「ならば答えを見せてやる。准尉、そこに立ってじっとしていろ。お前たちもよく見ているんだ」


 ラモーナはアーサリンと新人たちに向かってそう言うと、二百メートルほど離れた場所までキャメルを走らせ、グラウンドの端でスピンしてこちらに向き直った。


「いいか、私はこれから准尉のトライプに向けて高速で突っ込む。だが決して動くな。絶対にぶつからないから、私を信じてしっかりと前を見ていろ」


 言うが早いか、ラモーナはアーサリンの返事も聞かずに機体を急発進させ、最大加速で突っ込んできた。

 重装甲のキャメルでは小玉スイカのごときラモーナの胸をもってしても最高速は時速九十~百キロというところだろう。しかし完全にスピードが乗るまでの時間を考慮に入れたとしても、たった二百メートルの距離など十秒あれば詰められる。ラモーナのキャメルはあっという間にアーサリンの目の前まで迫っていた。


「目を閉じるなよ!」


 恐怖で思わず目を閉じそうになったのをラモーナに叱咤しったされ、アーサリンが勇気を振り絞って目を見開く。そして彼女はラモーナのキャメルがすぐ目の前でふらりと――自分から見て右側へと倒れ込み、左腕のパイルバンカーを地面に突き立てるのを見た。


 ―― ギュィィィィィィィン! ――


 横に倒れ込んだキャメルは地面に突き刺されたパイルバンカーを軸にして、その場で一瞬のうちに百八十度旋回した。こちらに向かってきたスピードをほとんど落とすことなく、勢いのベクトルをそのまま正反対の方向へと転換する。


 ―― バシュン!!! ――


 そして次の瞬間、横倒し同然だったキャメルが大きな音とともに起き上がり、向かってきたのとほぼ同じ速さで離れていった。地面に突き立てた電動パイルバンカーを作動させた反動で機体を起こし、同時に杭を引っこ抜いて走り去ったのだ。


「どうだ、見たか?」


 少し離れた場所で機体を停止させたラモーナがアーサリンに向き直る。


「は、はい」


「これが通称『インメルマン・ターン』だ。敵が編み出した技だけに、少々気に食わんネーミングではあるがな」


 インメルマン――その名前にはアーサリンも聞き覚えがあった。

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