第15話 再会

 15.再会



「…………アー……ティ……?」


「…………ミーナ……ちゃん?」


 森の中で二人の兵士が睨み合っていた。いや、睨み合うというにはどちらの表情もただ呆然として、むしろ思考が停止して動けないといった感じだ。

 この二人は幼馴染みであった。かつてヴィルヘルミナの一家がノースアメリカ北部に暮らしていた頃、彼女を移民の子として差別することなく、ただ一人友人として接してくれたのがアーサリンだったのだ。


「そんな……どうしてミーナちゃんがここに……」


「それはこっちの台詞よ! どうして……どうしてあなたがこんなところに……」


 ヴィルヘルミナが家族とともにゲルマニアに帰国したのは三年前だが、そのときすでにかなり胸が成長していた彼女に対し、アーサリンはまだ年端もいかない幼女の頃と変わらない平らな胸をしていた。その幼馴染みが少しばかり成長し、仮に自分と同じように従軍していたとしても、せいぜい前線の塹壕で戦う歩兵や後方の整備兵としてであり、まさかAMに乗っているなどとは考えもしなかった。


「あなたが背負っているその女……インゴルスハイム部隊の副隊長、ジョルジーヌ・ギヌメールね。その女とパップのカメラから抜き取ったフィルムを置いて去りなさい。そうすれば、あなただけは見逃してあげるわ」


 ヴィルヘルミナがアーサリンに刃のような視線を向ける。


「そんなことできるわけない! 今の私はRUKの兵士で、ギヌメール大尉の仲間なんだよ!」


 ヴィルヘルミナの奥歯がギリリと軋む音を立てた。負傷した敵部隊の副隊長をここで逃がす法はないし、なによりマルグリットから命じられたことを放棄するなど彼女の行動規範にはあり得ない。しかし、だからといって唯一の親友だったアーサリンを撃ちたくもないのだ。


「聞き分けなさいアーティ! 私は……あなたを撃ちたくなんかない……」


「私だってミーナちゃんと戦いたくなんかないよ……ねえ、やめよう? 私たち、友達だったじゃない」


「たしかに、あなたとは友達だった……でも、他の人たちは誰一人として私の味方じゃなかった。あの国に、私の居場所なんてどこにもなかったわ」


「そんなこと……!」


「でも今は違う……他の誰が認めてくれなくても、リヒトホーフェン大尉だけは私を認めてくれる。大尉のためなら、私はあなただって撃ってみせるわ!」


「ミーナちゃん……」


 ヴィルヘルミナはアーサリンに銃口を向け、引鉄を引いた。


「はぅっ……!」


 弾丸はアーサリンの耳元をかすめ、後ろの地面に穴を穿うがった。


「次は当てるわ。最後の忠告よ……その女とフィルムを置いて去りなさい」


「……嫌だ!」


「アーティ……!」


 ヴィルヘルミナが再び銃を構えて狙いを定める。そのとき、彼方からキャタピラの軋む金属音が聞こえてきた。


「……敵の増援!?」


 音が聞こえてきたのはインゴルスハイム基地の方角だ。近づいてくるのが友軍ではなく連合軍のAMであると瞬時に察したヴィルヘルミナは、このままここにいては危険だと判断した。


「アーティ、私と戦いたくないのなら軍を抜けなさい。私はゲルマニアが勝利するまで、決して引き下がったりはしない。たとえあなたが相手でもね」


 そう捨て台詞を残し、ヴィルヘルミナは自分のAMがある場所へと走り去った。

 残されたアーサリンはしばし放心したように立ち尽くしていたが、味方が近づいてきていることを思い出すと、力を振り絞ってジョルジーヌを森の外まで運び出した。


「少佐、二人を発見しました! あそこです!」


 キャメルで駆けつけたラモーナが森の外に出てきた二人を見つけた。後から傷だらけになったルネのスパッドVIIと、シャルロットの乗るスパッドXIIも続いている。


「た、大尉!?」


 アーサリンに背負われたジョルジーヌの姿を見たシャルロットが猛スピードで飛び出す。シャルロットは二人の前で機体を急停止させると、ウインチワイヤーも使わずにコックピットから飛び降りてジョルジーヌに駆け寄った。


「大尉、しっかりしてください! 大尉! 大尉ぃっ!」


「お、折れた肋骨が内臓を傷つけて……頭も打っているみたいなんです。早く治療を……」


 アーサリンが力尽きたように座り込み、ジョルジーヌの容態を報告する。


 ―― パァン! ――


 その頬を、シャルロットの平手が鋭く打った。


「――っ!」


「シャルロットちゃん!」


 後から追いついたルネが叱りつけるが、シャルロットは親の敵を見るような目でアーサリンを睨んだままだ。


「大尉お一人だったらこんなことには……あなたのような足手まといを乗せていたから……あなたのせいで大尉はこうなったのよ!」


 シャルロットが両目の端にうっすらと涙を浮かべながら非難の言葉を浴びせるが、アーサリンには返す言葉もない。

 たしかに自分が敵機の鮮明な写真が撮りたいなどと言い出しさえしなければ、パップが撃破されることはなかったかもしれない。少なくともジョルジーヌの腕であれば、ここまでの重傷を負うことはなかったはずだ。


「馬鹿者! 今はそんなことを言っている場合か!」


 ラモーナがジョルジーヌの体を持ってきた毛布に包み、上に向けたAMの手のひらに寝かせた。通常は一人乗りであるAMのコックピットには他の人間を乗せるスペースがないため、怪我人を搬送するにはこうしてAMの両手でそっと包んで運ぶしかないのだ。

 ラモーナはキャメルに乗り込んで起動させると、ジョルジーヌの怪我に負担をかけないよう、ゆっくりと発進して基地の方角へと走らせた。シャルロットもアーサリンを一瞥してから立ち上がり、スパッドに乗り込んでその後を追う。


「アーティちゃん、あなたも……」


 AMから降りてきたルネがアーサリンの体を毛布で包み、優しく声をかける。


「…………うっ……ぅぅぅ…………ご、ごめんなさい…………私のせいで……私のせいでギヌメール大尉が…………」


 緊張の糸が切れたのか、座り込んだままのアーサリンの目から大粒の涙がこぼれ落ちた。

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