第14話 追撃

 14.追撃



 マルグリットはインゴルスハイム基地まであと四キロという地点で追撃を諦めた。パップを撃破するためにわざと高度を落とした自分はもちろん、他の機体もすでに高度を維持できなくなってきているからだ。

 このまま地上に降りて戦闘を続けても満身創痍の敵に後れを取るとは思えないが、敵軍の基地から近すぎるのが問題だ。もしも援軍を呼ばれたら少々厄介なことになるかもしれない。それに初めての飛行戦闘でかなり無駄弾を撃ってしまったため、弾薬の残りも心もとない。


「ここまでか……仕方がないな。全機、地上に着陸。撤退する」


「ええーっ!? あいつらにトドメを刺さないんですかぁ?」


 無線からヘルミーネの不満そうな声が聞こえた。


「高度を維持するのがそろそろ限界だ。残りの弾薬も少ないこの状況で、このまま敵の基地に突撃したいなら一人で行け」


 小さく「チッ」という舌打ちが聞こえた気がしたが、いつものことなのでいちいち咎めるのも面倒だ。


「ですが隊長、敵にフライヤーユニットを晒してしまった以上、目撃者は消しておくに越したことはありません。目の前にいる連中だけでも始末しておかなくてよろしいのですか?」


 同じ意見ではあるが、ただ自分の功名心や破壊衝動を満たしたいだけのヘルミーネと違い、副隊長であるエルネスティーネの言葉は論理的でまとを射ている。


「おそらくメインの偵察機だったカメラつきのパップはすでに撃破した。それ以外のやつらにはどうせ我々の機影も確認できてはいまい。ただ口頭で『敵が空飛ぶAMを開発した』と伝えたところで、その構造や原理までは分からんさ」


「なるほど……了解しました」


 マルグリットたちは旋回してかりの群れのように広がると、機体の脚を前に投げ出して着陸態勢に入った。なるべく地面と平行に滑空しながら、高度を徐々に落としていく。

 六機のAMは機体の両膝を軽く曲げて地面からの衝撃に備え、浅い角度で着陸した。同時に履帯を動かして、飛行速度と着陸後の走行速度を合わせる。全員が初めての着陸でありながら一人も転んだりつまずいたりしないのが、この部隊全員の操縦技術が並外れていることを表していた。


「各機、城へ帰還する」


 マルグリットの号令で、六機のAMはケッフェナッハから山の麓へと続くショーネンブール通りを退却していく。


「大尉、一つだけよろしいでしょうか」


 しばらく走ったところで、ヴィルヘルミナが口を開いた。


「なんだ、ラインハルト中尉」


「先ほど撃破したパップですが、ちゃんとパイロットの生死を確認しておいたほうがいいと思います。万が一にも生きていたら情報を持ち帰られる可能性がありますし、そうでなくとも機体の残骸を発見してカメラのフィルムを回収、破棄しておくべきです。もし大尉の許可をいただけるなら、私が森の中を探してまいりますが……」


 敵味方を問わずに讃えられ、恐れられる英雄としての姿からは想像しにくいかもしれないが、マルグリットはあまり細かいことまで気の回るタイプではない。ただ戦闘の指揮官として有能であり、一個の狩猟者として優秀なだけであって、軍人としても人間としても完璧とは程遠いのだ。それに対し、移民の子として常に他者からの侮蔑ぶべつや悪意に晒されて生きてきたヴィルヘルミナは何事にもよく気がつく。

 こういうときの彼女の献策はいつも、ともすれば雑になりがちなマルグリットの行動を絶妙にサポートするものだった。逆に副隊長のエルネスティーネは優秀なパイロットではあるが、良くも悪くも軍人らしく、ただ命令されたことを忠実に実行するだけで、ともすれば融通が利かないことも多い。

 そういったこともあり、いつの間にかマルグリットはエルネスティーネや撃破スコアで勝るエーリカよりも彼女を信頼するようになっていた。自分に万一のことがあった場合も、後任として軍の上層部に推しているのは他の誰でもないヴィルヘルミナだ。


「ふむ、そうだな……いいだろう、許可する」


「了解しました!」


 マルグリットの許可を得るや否や、ヴィルヘルミナの乗った青い機体は弓から放たれた矢のように隊列を離れ、ただ一機で森の中へと向かった。

 ここは先ほどパップが横転した場所よりも少し敵の基地寄りに進んだ場所だが、もしも敵が生きて移動していたならばちょうどこのあたりに来ているはずだ。ヴィルヘルミナはアイカメラの倍率を変えながら森の中を入念に探した。すると、木々の間にボロボロになったパップの機影が見えた。


「ここまで移動しているということは……やはりまだ生きていたのね」


 機銃を構え、背後から近づいてパップの正面に回り込む。だがヴィルヘルミナは機銃の引鉄を引かなかった。パップの胸のハッチが開いており、すでにパイロットが脱出した後であることが分かったからだ。

 ヴィルヘルミナはAMから降り、パップの中を調べてみた。コックピットの後ろに撮影手用のシートがあることからみて、乗員は二人いたらしい。操縦席に付着した血の痕からすると、おそらくシートベルトのおかげで軽傷だった撮影手がパイロットを連れて脱出したのだろう。肝心のカメラからはフィルムも抜き取られている。

 操縦ユニットに触れてみるとGETSがほのかに暖かい。おそらく自分の接近に気付いて慌てて逃げ出したのだろう。まだそれほど遠くまで逃げてはいないはずだ。ヴィルヘルミナはパップから降りると、腰のホルスターから拳銃を抜き、逃げた敵と同じように生身で森の中を捜索しはじめた。相手がAMに乗っていないなら自分も徒歩のほうが物陰などを捜しやすいし、相手が負傷した兵士ならば白兵戦で後れを取るはずもないと考えてのことだ。

 木々の間を動く者がいないか注意深く目を凝らしながら、敵基地の方角へと向かう。森を抜けても敵を見つけることができなかったら諦めて帰ろう――そう決めて五分ほど歩いただろうか、森の出口のほうから日の光が差し込み、逆光の中に人影が見えた。


「そこか……待てっ!」


 ヴィルヘルミナは拳銃を構えながら人影のほうへと走ってゆき、その背中に銃口を向けた。負傷したパイロットであろうか、頭から血を流した女性を背負った少女がこちらに気付いて振り向く。その顔を見た瞬間、ヴィルヘルミナは驚愕の表情を浮かべて硬直した。


「…………アー……ティ……?」


「…………ミーナ……ちゃん?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る