3.幻のゲームで遊びたい


     × × ×     


 竹中半平太はつまらなそうにコントローラーを外した。

 対戦型アクションゲームをやり込んだのに、肝心の対戦相手がいないのである。なので一人二役で遊んでみたのだが、いかんせん不器用なので上手くいかない。


「あああああ。あああああああ!」

「何を叫んでおるか」


 竹中の『負』のエネルギーに引き寄せられた神は、すでに手のひらで耳を抑えていた。

 竹中は「対応が早いな」とビックリしつつ、


「来たやがったな。さっそくだが、テレビゲームの相手をしてもらおうか!」

「ゲーム? またしょうもないことで呼びつけよるのう」

「ちょっと付き合ってくれたらいいんだよ! ほらコントローラー!」

「あいにくワシはそういうものをしたことがないのじゃ。だからお断りなのじゃ」

「そうなのか。すると……むしろ、俺の方がやらせてくださいとお願いされるべきなのか?」

「なぜそうなるのじゃ!」


 神はコントローラーを突き返そうとする。

 すると竹中は「まあまあ」とタバコラムネを手渡してきた。

 神としては一服が終わるまで公園には帰れない。


「むう。ゲームで遊びたいのなら、ワシではなくあの女子を呼んでくればよかろうに」

「休日まで宇佐に会いたくねえよ」

「そういえばズボンは返してもらえたのか?」

「ちゃんと新品をくれたぞ。なんか犬に匂いを覚えさせているうちに破れたらしい」


 竹中は外していたコントローラー端子を本体に挿入する。

 古いゲーム機には『スカッシュブロス』というテニスラケットでチャンバラするゲームのカセットが差しこまれていた。


「スカブロはやり込んだのに対人戦だけやってねえんだよな!」

「あれ? お主にも小さい頃には友人がいたような気がするのじゃが」

「自分が負けるたびに本体のリセットボタンを押していたら、なぜかみんなも消えてたよ」

「そりゃ誘ってもらえなくもなるのじゃ」


 神は以前竹中から押しつけられた『悲しみの記憶』を思考から遠ざける。

 ちなみに竹中少年は有名なレースゲームが売り出された頃には、すでに学校で一人ぼっちになっていたようだ。


「あああああ! とにかく始めるぞ!」

「その前にやり方を教えてもらいたいのじゃが……」


 いかんせん、初心者の神にはチューリップの折り紙みたいなコントローラーの持ち方さえわからない。

 彼女は竹中からスティックのぐりぐりさせ方などを教えてもらって、ようやくテレビのキャラクターを歩かせることができるようになる。


「いかん。このままだと対戦できるまでに何日もかかっちまう」

「そもそもお互いの経験に差がありすぎるのじゃ。まともな戦いにはならんぞ」

「かくなる上は、もっとカンタンなゲームに変えるしかねえな」


 竹中は押入のダンボール箱から他のカセットを持ってくる。

 その中には『星の狐』『絵本の恐竜』『ダンジョンやとカゼひいてまうの大冒険』といった古今の名作も含まれていた。

 しかしながら、どれも初心者向きとは言いがたい。


「そうか。久しくやってなかったから忘れていたが、そもそもウチは一人用ゲームばっかなんだな」

「子供の頃のお主はアホではなかったのじゃろうな」

「今もアホじゃねえよ。わりと良い学校に行ってんだぞ。よくサボるけど」

「で、どうするのじゃ。もうワシは帰ってよいのか。テレビの夏場所が気になるのじゃ」

「別にいいけど、良いアイデアが浮かび次第、すぐにまた叫ぶからな」

「ワシはお主をキライになりそうじゃ……」


 神はガックリと気を落とす。

 すると竹中は、どこか歪んだ笑みを口元に浮かべ、


「ほう。これはビックリだぜ。まだ俺のことをキライじゃなかったのかよ」

「ああ……たしかにやたらとワガママなのに別にキライではないのじゃ。むしろ一緒にいるとアホなことばかりしてくれるから、わりと好きなタイプかもしれん」

「ええっ。気持ちはありがたいけど、神とか自称する娘はちょっと……」

「なんでワシがフラれたみたいになっておるのじゃ! そも、そっちの好きであるはずがなかろうが!」


 神は「お主がゲームを好んでいるのと同じ方じゃ」とコントローラーを用いて説明する。おそらく英訳すればライクとなる。


「ゲームか。やっぱりせっかくだから遊びたいよな」

「別に教えてくれたら付き合ってもよいぞ」

「ごめん、今は付き合うとか考えてなくてさ……」

「ぶち殺すぞ、お主!」

「でも、今のお前のコントローラー捌きでは何を探してもムダっぽいからなあ」

「……ワシだって将棋ならできるのじゃぞ。よく老人たちが公園で野良試合をしていたから、コマの動かし方はわかるのじゃ」


 神はふんふんと歩兵を動かすような仕草をみせる。

 ぽそっと「居飛車で藤井システムなのじゃ」と呟いていたが本人も意味はわかっていない。

 それに対して竹中は、少し前に手に入れたばかりの『ガッタンゴトン』に目をやってから、


「今日はテレビゲームの気分だからボードゲームはしねえけど、良いアイデアだな。テレビゲームでもシミュレーションゲームなら複雑な操作はいらないし、それに経験よりもアタマの良しあしで決まるわけだからな。まともなバトルができる」

「アタマの良しあし? お主に負ける気がせんのじゃが」

「中学も出てない奴に負けるわけねえだろ」


 そう言って、竹中はカセットの中からシミュレーションゲームを探し始める。

 しかし一人プレイゲームはあっても、二人で対戦できるものは見つからなかったようだ。

 代わりに、なぜかボロボロのチラシを出してきた。


「なんじゃ、これは?」

「なぜか発売されずに終わったゲームのチラシだ。名作『ファミコン戦争』の流れを汲んでいる作品らしい。わかりやすく言うなら、すごい将棋みたいなもんだな」


 竹中は「飛車や角行の代わりに戦車や飛行機を動かすんだよ」と具体的に説明する。


「となると、昔の軍人将棋に近いのじゃろうか。しかし、これだけ渡されてものう」


 神はチラシを手に取った。

 タイトルは『クロマニョン戦争』。

 ジャンルはウォー・シミュレーションゲームらしい。

 チラシにはゲーム画面(開発中)も載せられており、先ほどまで遊んでいたアクションゲームと比べると、いささかオモチャじみたグラフィックだったが、各所には「シリーズの集大成」「ゲームボーイ戦争:プランBとリンク」「父さんたちにはヒミツだぞ」「こいつは手厳しいシミュレーション」と出来の良さをアピールするような文言が並べられている。


「このゲームを世に出たことにしてくれねえか。あの手鏡ならできるだろ。一九九九年に出る予定だったそうだ」

「またそのパターンじゃ。お主はワシをドラえもんとでも思っておるのか?」

「むしろラブやんだな」

「なんでお主と乾いたラブコメをせねばならんのじゃ! ええい、めんどうじゃのう!」


 神は渋りながらも、ポケットから手鏡を取り出す。

 そして、ふと、


「――ところで一九九九年といえば、お主の生まれた年ではないか?」

「七月七日だな。そのゲームは二月に出る予定だったらしいぞ」

「そう考えると古いゲームなのじゃ。未だに本体が現役なのは立派じゃな」


 神は日付を口添えしてから、例の手鏡に右手を突っ込む。左手はたくましい形のゲーム機に添えられる。

 竹中も「現役というか兄のお古なんだよ」とゲーム本体に手を添えた。


「ほう。お主に兄弟がいたとは初耳なのじゃ」

「六歳上だから怖かったけどな。今は米子にいるぞ。なんか俺のワガママのせいでお吸い物に玉子を入れてもらえないのがイヤだから逃げるとか言ってたな」

「そのエピソードでは全く怖さを感じられんのじゃが……ともあれ、これまた時空改変の波が来るぞ!」


 神と竹中をまばゆい光が包み込んでいった。

 同期――歴史が塗り替えられていく!


 ☆コラム:竹中の古いゲーム

 ニンテンドウ64である。約二〇年前のゲームマシンなので、カセットを抜いたり挿したりしないとゲームを読み込んでくれないものの、多くのベテランプレイヤーに「名作ぞろい」と称賛される作品レベルの高さを生かして、未だに竹中家の第一線を張り続けている。

 なお、竹中の兄である恵吉けいきちが、引っ越しの際に最新鋭のゲーム機を全て持っていってしまったのも未だに使われている理由の一つである。



     × × ×     



 一九九九年。

 竹中半平太の兄である恵吉は『クロマニョン戦争』の発売を心待ちにしていた。

 ゲームボーイ版だけでなくテレビゲームでも自分の戦略を試したかったのである。

 ところが、年末に至り、開発元のターナーソフトは『クロマニョン戦争』の販売中止を公表。幻の名作は幻のままに終わってしまった……はずだった。


「ターナーの経営状態を良くしてみたら、あっさり作ってくれたのじゃ。元々社長がシリーズのファンだったみたいじゃな」

「おお! ウチのコレクションの中に幻のゲームが!」


 竹中はダンボール箱から『クロマニョン戦争』のカセットを取り出そうとする。きちんと一九九九年に発売されたことになっているので、兄のコレクションに加わっていたのだ。

 しかしながら、竹中の手は何もつかむことができなかった。

 なぜか、カセットがまた消えてしまったのである。たしかにあったはずなのに。


「おい、どういうことだよ! また無くなったぞ!」

「わからんのじゃ。こんなことは初めてなのじゃ」

「というか……他のカセットまで消えてるじゃねえか!」


 竹中はダンボール箱の中を見て、愕然とする。

 それどころか、ゲーム本体までうねうねと消失していく始末。

 ここでようやく神は気づいた。


「そうか。幻のゲームが出たことで、お主の兄がゲーム本体を持っていってしまったのじゃ」

「アホなこと言うな。いつのまに帰ってきたんだよ」

「今ではない。改変された過去の話じゃ。その幻のゲームがあまりにも面白かったから、米子に持っていってしまったのじゃ!」

「マジかよ! 鳥取まで取りに行くのは大変だぞ」

「ワシとしてもアブレモノゆえに出雲の近くには行きたくないのじゃ」


 神と竹中は顔を突き合わせて、お互いの意志をたしかめあう。

 かくなる上は今一度やってみるしかない。


「とりあえず、お主のワガママを止めさせてみるのじゃ。お主の兄はお吸い物に玉子を入れたくて引っ越したのじゃろ。ならばその歴史を変えればよい」

「待て。お吸い物に玉子なんて入ってたら、ガキの頃なら舌を噛み切りかねんぞ」

「お主がその程度で死ぬようなタマとは思えんのじゃ」

「だって澄んでないんだぞ、お吸い物なのに! そんなの許せるかよ!」


 竹中は神から手鏡を奪い取ろうとした。

 しかしその企みを読んでいた神は、きっちりと後ずさりして彼の手から逃れる。

 そして、自身の右手を手鏡に突っ込んだ。


「お主のやることはわかりやすいのじゃよ。あくまでこれは神の道具。そして神の領分なのじゃ。氏子の出る幕ではない」

「くそう! デブの兄よりセクシーなお姉ちゃんが欲しかったのに!」

「いや……それだとゲームを揃えてくれない可能性があるのじゃが」


 落胆している竹中に、呆れる神。

 そんな二人を白い光の波が包み込んでいった。

 その光は彼らのいる二階の和室だけでなく世界中に広がっていく。もちろん米子市にも届いている。

 あまねく土地が純白に染まっていき、そこに新しい歴史が書き込まれていく。


「おお。いつのまにか時空改変の波が来ておったぞ! 竹中よ!」


 神はイタズラっぽく笑みを浮かべた。

 同期――歴史が塗り替えられていく!



     × × ×     



 目を開けると、世界は荒廃していた。

 東城見の街はガレキだらけ。まるで数十年前せんそうちゅうのようである。

 神はボロボロの和室にしばし立ち尽くしていたが、やがて気を取りなおして竹中を探し始めた。


「竹中! どこにいるのじゃ!」

「ここだ!」


 竹中は一階に落ちていた。どうやら床が抜けてしまっていたらしい。二階のほとんどが吹き飛んでしまっている中で、神のいたところだけが、わずかに床板を保っていた。他には何も残っておらず、降りるための階段すら消え失せている。

 もはや屋上と化してしまった和室から大空に目を向ければ、遠くの街が燃えているのか、灰色と紅色の混じったような雲が浮いている。小さく飛んでいるのは……飛行機だ。

 辺りに死人はいない。だけど、紅色の空の下ではたくさんの人が死んでいるはずだった。


 こんな壊れた世界は、とっとと元に戻さないといけない。

 神はさっそく手鏡に右手を入れる。……しかし、竹中家のお吸い物に玉子を入れただけで、どうしてここまで変貌したのだろうか。

 少し気になった神はリセットを取りやめて、この世界の『歴史の流れ』を知るために竹中の兄を追ってみることにした。

 当然ながら、二階から降りられない以上は家の外にも出られないので、追うといっても手鏡を用いて「これまでのあらすじ」を調べてみるという意味である。


「ふむ……なるほど。この世界は竹中恵吉が築いた修羅の世なのじゃな。あの者が、日本をこんな姿に変えてしまったわけじゃ」

「はあ? なんで兄にそんなことができるんだよ」


 神の独り言に、一階の竹中が驚いていた。


「元々ポテンシャルはあったのじゃろ」

「信じられねえ。怖いけど甘いのが兄なのに……」


 世を築くとは支配しているということでもある。つまり竹中恵吉は日本の支配者なのだ。竹中にはそれが信じられないらしい。

 神は証明のために歴史の流れを読みなおしつつ、


「どうやらお主がワガママを言わなかったせいで、この世界の竹中恵吉は必要以上に増長してしまったようじゃぞ。例のゲームを究めたのもあって、自衛隊に入隊してから三日ほどで全隊員を洗脳オルグ、政府官庁を占拠した挙句に自ら『殺生関白』と名乗っているようじゃ」

「せっしょーかんぱく?」

「僭称じゃよ。そもそも元は悪口なのじゃ。つまり自らワルだと称しておるのじゃな」


 神は「お主、秀次を知らんのか」と眉をひそめる。

 竹中は「知らねえよ」と答えつつ、


「それにしたってやりすぎだろ。街全体がB29でも来たみたいになってるぞ」

「うむ。いい例えかもしれんな。なにせ、お主の兄がリアルな『戦争ゲーム』をやりたいと言い出してから、こうなったのじゃから」


 テレビゲームだけでなく現実でも自分の戦略を試したくなったというわけじゃ。

 神は手鏡に現在の竹中恵吉の姿を映し出して、一階の竹中に投げ渡す。

 カーキ色と勲章にまみれた男の姿は、極端な話『クロマニョン戦争』の発売によって生み出されたようなものだった。あとはお吸い物に玉子を入れることを認めたからでもある。

 竹中は兄の変貌ぶりに心底ビックリしつつも、


「つまり、あのゲームを発売しなかったターナーソフトと、お吸い物に玉子を入れさせなかった俺のおかげで、世界は救われていたのか」

「お主は知らぬうちに日本を守っていたのかもしれんのう」

「マジかよ……セカイ系の主人公にでもなった気分だぜ……」

「いずれにせよ、もう元に戻すしかあるまい。竹中よ、こっちに手鏡を投げ返すのじゃ」

「いや……今度こそ、セクシーなお姉ちゃんを作らせてもらう」

「おのれ、抜け目ない!」


 神が二階から降りられないのをいいことに、竹中は神の手鏡を用いて望み通りの時空改変を起こそうとする――兄にはダサいヒンケル総統もどきではなく、セクシーなお姉ちゃんとして生まれてきてほしい。


「お姉ちゃんに甘やかされてみたい。さりげなく抱きついてみたい……」


 いつもの『負』の感情にも劣らない『劣情』のパワーが、神の御心を逆撫でする。

 そんな二人のところに、近づく影が一つ。

 それはペルシアンブルーのジャージの上からタクティカルベストを着用した、いわゆるPMCルックの宇佐みみつだった。

 手には小銃を持っており、足元はおぼついていない。


「おーい、均平大将軍! まさか死んでないよね! 死んだらイヤだよ! 死んだら私、半平太くんと遊べなくなっちゃうよ!」

「変な格好だけど宇佐じゃねえか。大将軍ってなんだ?」


 竹中が声をかけると、宇佐はキョトンとしながらもホロリと涙を流し、


「半平太くんのことだよ! 一緒にお兄さんに対して挙兵したでしょ!」

「マジかよ、すげえなこの世界の俺」

「ハッ、まさか爆撃のショックで頭を打ってしまって、半平太くんが余計に変な子に……だったら今のはウソだよ。あなたは私の生き別れた義理の弟なの……そして今やっと出会えたの。全ては仲良くケンカする運命なんだよ!」


 そう言って、宇佐は竹中に抱きつこうとしたが、竹中から「下がれ、ナントカ大将軍であるぞ!」と叱咤されたので、わりと悲しそうに引き下がった。

 そこそこセクシーなお姉ちゃんだったが、いかんせん好みではなかったらしい。


 神は二階から崩れた壁の一部を投げ落として、竹中に話しかける。


「ワシにはその娘が何を考えているのかよくわからんが……均平大将軍なら知っておるぞ。中国の唐末に貧富の差をなくすとして反乱を起こした塩の密売人のことなのじゃ」

「おおっ。良い奴じゃねえか」

「うむ。李克用に敗れて、部下の朱温に裏切られて、最期には山東で自殺したのじゃ」

「ダメじゃねえか!」

「往々にして初めの方に兵を挙げた者は敗れるのじゃよ。以仁王しかり。李自成しかり。黄巣や王仙芝も踏み台にされて終わったのじゃ。後から流れを読みきった賢い者が現れて、全てを取り去っていくのじゃ」


 神の歴史語りに、宇佐が「そうだね。私たちの反乱も他の勢力の踏み台にされそうだし」と呆れたような笑みを浮かべる。

 曰く『東城見の均平大将軍』の他にも『善根寺の小明王』や『羽曳野のダルビッシュ』を名乗る反乱勢力がいるそうで、彼らには「反乱記念」として、竹中兄の政府から資金や装甲車が与えられているとのことだった。

 なお、ごくたまに政府に抗いたいわけではなくお金目的で反乱(笑)を起こす者もいるそうだが、どちらにしても政府軍に征伐される点は変わらないらしい。


「竹中よ。お主の兄はあくまで戦争がしたいのじゃな。ワシはドン引きなのじゃ」

「外に矛先を向けないだけマシなんじゃねえか?」

「しかし人死にが多すぎる。ただの時空改変ではここまで行かぬ。おそらくどこかの分岐点でこうなる世界に入っているのじゃろう。きっとこの世界は『ありえた』世界なのじゃ」

「おお。アニメの『シュタイナーズ・トーア』みたいだな!」


 竹中はゲーム版をやったことがないのでアニメで例えていた。


「時空が大まかに枝分かれしている点では否定しないのじゃが……お主はアニメや漫画以外で例えられるように教養を手に入れるべきじゃな」

「知ったことかよ。一般的に言われる学識のある立派な大人になったところで車に撥ねられたら死ぬんだよ。それに百年経てば、今はサブカル扱いでも古典になってるだろ。あと、あの作品は俺的には神だから」

「お主はどうしてそうも極端なのじゃ……それと神を形容詞にされるとムズムズするからやめてほしいのじゃ」


 ほっぺを持ち上げて口元をモゴモゴさせる神。

 そんな彼女を尻目に、竹中は宇佐から話しかけられる。


「それで、どうするの。もうお兄さんに降伏しちゃう?」

「そういや兄と戦っているんだよな……いや。ただ手を上げるのは性に合わねえ」

「でも私以外には友達、じゃなくて兵士が残ってないよ。もらったミグ25も落ちちゃったし」

「だったら、こうすりゃいいだろ」


 竹中はポケットからスマートフォンを取り出す。

 そして電話をかけた。

 あろうことか、この世界の統治者・竹中恵吉に――である。


『もしもし。なんだバトルを止めるのか』


 しかもワンコールで出てきてくれた。


「久しぶりだな、兄さん。あいにくお吸い物に卵を入れるつもりはないぜ。ただし、兄さんがあのゲームで俺に勝つことができたなら、これからは卵を二つ入れてもいい」

『なるほど……全日本チャンピオンに挑戦しようと?』

「実戦だと相手が弱くてつまらなかっただろ。たまには骨のあるバトルをしようじゃねえか」

『いいだろう。すぐにそちらまで迎えを寄越す――話は決まった。全軍撤退だ!』


 遠くの空で号令が下され、火の海を作っていた飛行機たちが大阪から消えていった。

 たくさんの人が死んでいるはずのこの世界に長く居座りたくない神は、竹中にリセットを求める。


「もう良かろう。リセットするべきなのじゃ」

「いいや。こんな狂ったことをやっていながら無かったことになんてさせねえ。なにより見てみろよ。ウチの家をここまでボロボロにしやがって! まるでバラックだぞ!」

「リセットすれば、すぐに元通りにできるではないか」

「ついでに言うと公園のあたりも燃えてるから、お前の祠もたぶん壊れてるぞ」

「そんな安い手には引っかからな……なんじゃアレは!?」


 神は天を仰いで、目を丸くした。

 見れば、迷彩色のブーツみたいなものが空から降りてきている。それは二つのローターでホバリングしている大型ヘリコプター・CH47だった。

 やがてドアからロープを伝って兵士たちが降りてくる。


「本部、こちら甘利。竹中殿下の縁者を確保しました。聚楽第まで連れていきます」


 兵士たちは神と竹中を小脇に抱えると、そのままロープを巻き取らせてヘリまで運んでいった。


「おい、聚楽第ってなんだ」

「秀吉が京都に建てた館じゃな。お主の兄も似たようなものを造ったのじゃろ」


 神はヘリの中であぐらを組む。

 彼女にとってはまったく好きになれない世界だった。


 ☆コラム:CH47

 ボーイング社の大型ヘリコプター。作中に出てくるのは川崎製のJ型である。40名以上の兵士を載せることができる。ペイロードの大きさを活かして災害派遣にも利用される。ワイヤーで装甲車を釣るすと若干シュールな絵面になる。



     × × ×     



 京都駅をJDAMで吹き飛ばした跡地に建てられた巨大邸宅。

 聚楽第のヘリポートに到着した神と竹中は、プールサイドで若い女に囲まれている竹中恵吉からニンテンドウ64のコントローラーを手渡された。


「すでに戦いの用意はしてある。あそこの巨大なオーロラビジョンを使うのだ」

「待てよ、兄さん。あんなにデカいテレビだとジャギがヤバいことになるぞ」

「舐めてくれるな。なんのために京都を抑えたと思っている」

「まさかニンテンドウを……?」


 ビックリしている竹中に、兵士の一人が『HD64』を持ってくる。

 彼の話のよると全ての64ゲームをHD化させた上に『HD64』以外のゲームの販売を禁じているらしい。スチームなどで海外ゲームを手に入れた者が出てくると、その者には反乱記念品が送られるのだとか。

 神はバカバカしさのあまり頭が痛くなってきた。


「お主らは兄弟そろってアホなのじゃな……」

「そういうお前は半平太の彼女か?」

「ワシはお主たちの神じゃ。よくもこんな世の中を作りよって。ぶちのめしてやりたいぞ」

「なにやら痛い子のようだが、まあいい。お前にもゲームに参加してもらうぞ」


 竹中恵吉はさっそく『クロマニョン戦争』を立ち上げる。

 バトルするフィールドは「オノコロトウ」で3人によるバトルロイヤル。兵士によると中央に空港があるので奪い取ったプレーヤーがかなり優位となるとのことだった。


「竹中よ。空港とは何をする施設なのか、ワシに教えてくれんか」

「飛行機を作ることができる。それくらい少し考えればわかるだろ」

「なぜただの空港から飛行機が生まれるのじゃ? フツーは工場で作るものじゃぞ」

「……そういわれるとたしかにそうだな」


 竹中はうーんと首を捻っている。

 戦時中を知っている神としては「他地方で生産された部品を空港で組み立てている」と予想することもできたのだが、彼の悩んでいる姿が見物だったので口にはしないでおいた。

 いずれにせよ、まずは『クロマニョン人』を生産して、中央の空港に攻め入らないといけない。3人のプレーヤーによるバトルロイヤルなので、竹中恵吉だけではなく竹中の動向も気にしなければならないだろう。


「ん? よくよく考えてみると、ワシとお主がなぜ戦うのじゃ」

「たしかにお前とオレとは同期の桜(意味不明)、お互いに戦力をすり減らすことはねえな」

「なんだなんだ。二対一か。ふふふ。だがオレサマには勝てまいて!」


 さすがにチャンピオンなだけあって、竹中恵吉は劣勢にも余裕を崩さない。

 二人が『クロマニョン人』を斥候として繰り出しても、たくさんの『クロマニョン人』を中央にぶつけてきても、占領した空港で生産した『クロマニョン気球』で恵吉の本土を叩き潰しても。ついには本部を占領されても、決して余裕を崩さなかった。


「ふはははは。おバカな二人め!」

「バカはお主なのじゃ。フツーに考えて2倍の国力を持つワシらに勝てるものか」

「なんの。別に公表しなければ良い話。オレサマにゲームで勝ったら死刑と決まっているのだからな。だからこそオレサマは日本のチャンピオンになれたのだ!」


 竹中恵吉はコントローラーを天高く掲げ、近くにいた兵士たちを呼び寄せる。


「さあさあ。第二ラウンドはリアルファイトといこう。まず、そこの歩兵を前へ。さらに戦車であの二人を叩き潰すのだ!」


 児戯じみた手振りで兵士たちを統率する恵吉の姿は、なにやら異常でもあった。

 神は竹中の矢面に立ちつつ、


「竹中よ。もはや長居せずともよいじゃろ。元の世界に戻るのじゃ」

「ええっ! ここから神通力で吹き飛ばすのがお前の仕事だろ!」

「今吹き飛ばしたところで、どうせ歴史を元に戻せば『なかったことになる』のじゃぞ。そもそも、ここまで苦しみを積もらせた世界にこれ以上の混乱は好かんのじゃ。兵士たちにも変な影響が出てしまうかもしれん」

「せめて俺をスカッとさせてくれよ!」

「だったら……わかった。家に帰ったらお主に良い物を見せてやろう。だから、ここはひとつ逃げるということで手を打ってほしいのじゃ!」


 神は手鏡を取り出して「リセットじゃ」と口添えした。


「おいお前、何をするつもりだ、なんの光だこれは!」

「どうせ忘れるから教えてやるが、つまるところお吸い物に卵を入れなかった世界に塗り替えられていくのじゃ」

「はぁ? それで何が変わるというのだ!」

「変わるのじゃよ。時として一人によって世界は大きく変わるのじゃ」


 同期――歴史が元に戻っていく。



     × × ×     



 京都駅から新快速で大阪まで戻ってくる。

 すっかり元通りの街並みに神は心から安堵させられた。あんな世界はもう二度と見たくない。昭和20年で飽きるほど味あわったのだから。


「で、何を見せてくれるんだよ」

「ああ……そうじゃったな。ええとここをこうこうすると……」


 神は例の手鏡に右手を突っ込む。そして過去から『リアルタイム』に切り替えた。

 そして写す場所を米子市のアパートに変えてしまえば、


「ほれ。お主の兄じゃ」

「うおお! さっきまであんなに女をはべらしてたのに、リアルだと休日なのに家で一人ゲームしてるんだな。しかもアパートの中はゴミだらけじゃねえか!」

「ゲームについてはお主もいっしょなのじゃ……そうそう。手出しはするでないぞ」

「おっ。つまり手出しできるってことか!」


 竹中はキラリと目を光らせた。

 そうなることをわかった上でバラしたのだが、一応「イタズラはやめておくのじゃ」と神は止めるふりをしておく。


「へへ。そんなわけにいくかよ。さっきはゲームで負けた腹いせに殺そうとしてきやがって。さっそく冷蔵庫にある生卵をみんな割っておいてやる」

「やることがショボいのう」


 神はクスリと笑い、さりげなく64のコントローラーを手に取った。

 イタズラが終わったら、他のゲームも教えてもらおうと考えたのだ。


 ☆コラム:クロマニョン戦争

 幻のシミュレーションゲーム。完成していたもののターナーソフトが売り出さなかった。クロマニョン人の戦争を描いた作品であり『クロマニョン人』と『丸木カヌー』と『気球』の三ユニットに指示を出してバトルする。64のわりにポリゴンの出来が良くなかったので「販売されていても低レベルな作品だっただろう」とウワサされている。キャンペーンモードではクロマニョン人としてネアンデルタール人を滅ぼすことになるが、敗北すると今の世界の人間がみんなサルみたいな顔になっているというバッドエンディングを迎える。

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竹中くんは神がかり……って誰? 生気ちまた @naisyodazo

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