2.ワガママになりたい


     × × ×     


 ぼっちの竹中半平太にとって学校の行事は苦痛であった。

 話し相手がいないのに遠足に行ったところで一体何が楽しいのやら。

 なので、上手いこと理由をつけてサボろうとするのだが、いかんせん彼には監視者チェカがついていた。


「ねえ。半平太くん……どうして私から逃げるのかな?」

「逃げてねえ。なんとなく自宅まで寄り道したくなっただけだ!」


 竹中はずりずりと後ずさりする。

 彼の前には一人の女子生徒が立ちはだかっていた。


 彼女の名前は宇佐みみつ。かのビッチちゃん・竹中半子よりもマジメそうな子である。

 その証拠に彼女のスカートの裾は長い。

 ヘアカラーだって烏羽色である(ウサミミみたいなリボンを付けているのはマジメな彼女なりのダジャレである)。

 そんなマジメ・オブ・マジメな彼女が、竹中のことを追っているのは、ひとえに学校から任された『任務』が理由であった。


「ダメだよ。私から逃げようとしても。私は半平太くん専属の指導委員なんだから」


 宇佐は右腕の腕章を見せつける。

 彼女は学校から正式に竹中の更生を任されている《生活指導補助委員》なのだ。

 サボリがちな竹中にとっては、宿敵ともいえる存在である。


「くそっ。いつもいつもサボろうとしたら現れやがって!」

「それが私の任務だからね」


 宇佐は小さく笑ってみせた。竹中にはそれが気に入らない。


「どうせ授業がない日なんだから休んでもいいだろ。遠足なんて行きたくねえんだよ!」

「いいや。みんなと仲良くするのは君の社会復帰には大切なことなんだよ」

「だったら……そうだ。実は自宅に弁当を忘れたんだよ!」


 竹中はあからさまにごまかそうとした。


「本当に?」

「ああ。あれがないと向こうで腹が減るだろ。会話のネタにもならねえし」

「たしかにみんなでおかず交換ができないね」

「そうだろ。だから一旦は家に戻らないとな!」

「うんうん。ところで、今日は向こうでバーベキューの予定なんだけど、竹中くんは肉ばかり食べそうだから、みんなにも分けてあげるようにしないと……」

「クソがぁっ!」


 竹中はその場から逃げ出そうとする。

 しかし、宇佐にとっては想定内の流れだったらしい。

 彼女は物腰柔らかな態度を一変させて、脱兎のごとくダッシュをかけた。


「ただの帰宅部が! 女子サッカーで鳴らした私の脚力に勝てるわけないでしょうが!」

「のわあああ!?」


 追いつかれた竹中は、あっというまに組み伏せられてしまう。

 宇佐はサッカー少女であり、なおかつファウルを取られずに相手を足払いする達人でもあったのだ。そこから柔道の寝技に持っていけば、もう竹中は彼女の中から逃げられない。


「くそう! アッザムリーダーかよ!」

「ビリビリさせてあげよっか?」


 宇佐は平然と縦四方固めの動きに入る。

 道行く他校の学生たちからは「朝からお盛んだわ」「猫みたいだな」とささやかれていたが、二人の耳には入ってこなかった。


「クソッ! いつもいつも! なんで女のくせにここまでできる! もしかして俺とふれあいたいのか、このスケベ!」

「まさか! ぶっちゃけ半平太くんを更生させれば、内申点が一〇点も入るだけの話だから! さあ、私と楽しい遠足に行きましょう!」

「イヤだ! 俺は他人に合わせた生き方をしたくねえんだ!」

「そんなんじゃ社会に出た時に苦労するよ!」

「くそう。こうなったら……あの手しかねえ!」

「あの手って、私以外には友達なんていないのに、助けでも呼ぶつもりなの?」

「あああああああ! あああああ! あああああああ!」


 竹中の叫び声は強烈な『負』の感情を孕んでいる。

 これは彼の氏神からすれば気になって仕方がないものだった。呼ばれて飛び出て、神のお出ましである。


「お主は朝から何をやっておるんじゃ……」

「助けてくれ! 俺とお前の仲だろ!」

「だったらノックのやり方はもう少し考えてくれんかの。早朝のアラームみたいで無粋なのじゃ!」

「えーと。あああああ! あああああああ!」

「だからやめんか!」


 神はめんどうくさそうに吼えた。

 その神々しい姿に、宇佐は目をパチクリさせる。


「いきなり現れて、半平太くんの知り合いで……あなたはいったい何者なの?」

「ワシか? ワシは近くの祠で祀られておる神じゃよ」

「まさかぁ。この世に神なんているわけないじゃないの」

「ずいぶんと厭世的な考え方じゃが、ともあれ竹中から離れてもらおうかの」


 神は神通力で宇佐の身体を吹き飛ばした。

 自由を手にした竹中は「さすがだぜ!」と親指を立てる。


「いったいどうしたのじゃ。あんな女子おなごに黙ってやられるタマか。お主なら鉄パイプで殴るくらいは平気じゃろ」

「あれを雑に扱うと学校に報告されるんだよ」

「ん? いわゆる世話焼きな幼馴染ではないのか?」

「そんなもんこの世にいるわけあるか!」

「神はおるのじゃがなぁ」


 神は洋服のポケットからタバコラムネを一本つまむ。

 竹中もまたリュックサックから同じものを取り出した。一服である。


「そうだ。今日は遠足だから、夕方まで時間をツブさなきゃいけねえんだよ」

「先に言っておくが、ワシはヒマではないぞ」

「あああああ! あああああああ!」

「もうカンベンしてくれんかの!?」


 神は泣きそうになった。


 ☆コラム:生活指導補助とは?

 生徒同士で生活指導を行わせることにより先生が授業計画に集中できるという画期的な仕組み。他の生徒を更生させれば内申点をもらうことができる。ルール上、マジメな生徒のマッチポンプが絶えないのが欠点。



     × × ×     



 中央に祠のある小さな公園。

 竹中半平太はベンチに座って『遠足のしおり』を開く。

 夕方までヒマなので、手元にある遠足の用意で遊ぼうというわけである。

 それに付き合わされる神には、小学校の時に家庭科の授業で作ったリュックサックがプレゼントされていた。


「こんなんもらっても困るだけなのじゃが」

「中のお菓子も好きにしていいぞ」

「おお、お主にも心があったのじゃな!」

「当然だろ! 俺は世界でもっとも気配りのできる男なんだからな!」


 竹中は「もっとワガママに生きたいもんだぜ」とため息をついてみせる。

 神としては空いた口がふさがらなかった。


「どうすれば、それ以上ワガママになれると思えるのじゃ……?」

「いくらでもなれるだろ。たとえばトイレに行かずにここで用を足したりとか」

「それは自制心がないだけじゃ!」

「そうか……さすがに、ここでやったらマズいよな?」

「当たり前じゃ! ここはワシの祠なのじゃぞ! いわばマイホームなのじゃ!」

「オー、ユア・スイートホーム?」

「イエス・マイホーム! ゴー・トゥー・セブンイレブン!」


 神は竹中に近くのコンビニに行くように促した。

 しかし、竹中は店の前まで行ってから戻ってくる。


「ダメだ。あそこには宇佐の奴がいた」

「さっきの女子おなごじゃな。立ち読みでもしておったのか?」

「たぶん俺を張っているんだろうよ」

「なるほど。彼女はお主のために遠足に行かずにおるわけじゃ。マジメな子じゃ」

「いや、あいつは上級生なんだよ。だから遠足は別の日なんだろ」

「お主は上級生の世話にもなっておるのか……ホトホト呆れるのう」


 神は渋い表情をみせつつ、リュックサックに入っていたキャベツのお菓子を口にした。

 竹中も食べたそうにしていたので、彼の口にも放り込んでやる。


「ぐほえっ! な、なんで粉々に砕いてるんだよ!」

「お主はキャベツくんを粉々にせんのか? ワシ的にはフツーなのじゃが。この乾いた粉を飲み込んだ時のギザギザした喉ごしが、もうたまらないのじゃよ」

「だからって、それを投げてくれるなよ! こっちは粉だらけじゃねえか!」


 竹中は粉末を払おうとする。吹いていた風のせいもあり、髪の毛からズボンの裾まで粉まみれになっていた。

 それに対して、神は笑いを抑えきれず、


「お主、すごいフケじゃのう」

「決めた! ここに今から野雪隠のぜっちんの看板を立ててやる!」

「や、やめんか! 今のはワシなりのジョークなのじゃ!」

「うるせえ、やると決めたらやるんだよ!」

「イヤじゃ、マイホームがトイレはイヤなのじゃぁぁ!」


 神は慌てて神通力を飛ばした。

 すると、穏やかな風が吹いて、彼の衣服からゴミを落としていく。

 いつもの人を吹き飛ばすほどの大きな力だけでなく、こういう人の役に立つような使い方もできるのである。

 これには竹中も「すげえ!」とビックリしていた。


「おお。すごいと言ってくれるのか」

「そりゃそうだろ。力の加減ができるなんてさ!」

「な、なんなら何かを持ち上げることもできるのじゃぞ。今ならやってみせてもよい」


 神はホッとしつつも気を良くした。

 一方の竹中はニヤリと笑い、


「そうか。だったら……俺の老廃物おしっこをトイレまで運んだりできねえか?」

「お主……本気まじで言っておるのか……?」


 神と竹中はジィッと向かい合う。

 神としてはそんな怪しいことに手を汚したくないのだが、いかんせん竹中の口元は引きつっており状況は予断を許さない。

 下手したら汚染水が漏れてしまうかもしれないのである。


「仕方あるまい。地域の方には申し訳ないが、あちらの花壇に栄養を与えてくるのじゃ」

「ありがとう……マジでありがとう……」


 ぷるぷるしながら立ち去る竹中。

 しばらくして草むらの向こうから「あひっ」と声が聞こえてきた。

 神としては自宅の庭を汚されたような気分である。


「こんなタイミングでごめんなさいね。でも追いかけてきたよ」

「ぎゃあああああ!」


 ものすごい『負』のエネルギーが神の御心を逆撫でした。

 あまり汚染地域には近づきたくなかったが、勇気を出して近づいてみると、先ほどの女子生徒・宇佐みみつが竹中からズボンを奪っていた。

 当然ながら竹中はパンツが丸出しである。


「お主ら、またもや何をやっておるんじゃ……もしかして仲が良いのか?」

「ここがあなたのホームだったんだね。でも気にしないで。半平太くんは連れていくから」

「いやいや、そのズボンをどうするつもりなのじゃ」


 神がおずおずと尋ねると、宇佐は気持ちよさそうに胸を張って答える。


「ふふふ。このズボンを返してほしければ、私よりも先に遠足先まで辿りつくことだね!」

「それまでパンツ一丁で行かせるつもりかよ!」

「うん」


 即答だった。


「とりあえず、まずは北大阪急行で緑地公園まで行ってもらおうかな!」


 宇佐は竹中のズボンの後ろポケットから、折りたたまれた『遠足のしおり』を取り出した。

 どうやら遠足の日程表を確かめるつもりらしい。

 その隙に、神と竹中はこっそり話し合う。


「おい。あいつをまた吹き飛ばしてくれよ」

「お主のズボンを取られたままではどうにもならないのじゃ」

「でもこのままだとヤベえよ!」

「天下の御堂筋線に、その格好で乗ったら、絶対に捕まるじゃろうな……」

「クソッ。せめてあいつが男子ならまともに立ち向かえるのに!」


 竹中は悔しそうに地団駄を踏んだ。

 神としては性別を抜きにしても宇佐の身体能力に竹中が勝てるとは思えなかったのだが、可哀想なので黙っておいた。


 ☆コラム:御堂筋線とは?

 大阪メトロのドル箱路線である。路線カラーはクリムゾンレッド。

 江坂駅から千里方面(吹田市内)は「北大阪急行」という第三セクターが運営している。両者は直通運転されており不可分の存在である。


 ともあれ、どうにかしないと竹中は近いうちに不埒者になってしまう。

 そんな状況で神は妙案を思いついた。


「そうじゃ……あの姿ならわりと体力がありそうなのじゃ」

「どうしたんだ?」

「お主をまた女子にするのじゃよ。そうすれば女子にも立ち向かえるじゃろ!」

「おお。すげえ! やっぱお前ってすげえわ!」

「では、さっそく十六年前の竹中夫妻にチャチャを入れてやるのじゃ!」


 神は例の手鏡に右手を突っ込む。

 手鏡に手出しをすることで過去を変えられる仕組みなのだ。

 上手くいくとはかぎらないが、竹中の性別を変えることだってできるのである。


「ねえ。ちょっと、それってマジックなの?」

「マジックではないのじゃ! これは神の道具なのじゃ!」

「いや、神なんているわけないし」

「信じないなら別によいわ! ええい。女子よ。時空改変の波が来るぞ!」


 神の掛け声と共に、とてつもない波が公園を包み込んだ。

 同期――歴史が塗り替えられていく!



     × × ×     



 目を開けると……宇佐は姿を消していた。

 さっそく身体を掻きむしっている竹中は「あれ?」と首を傾げる。

 なにせ今まで対峙していた相手がいないのである。


「まさか、歴史が変わったせいで、あいつ死んだのか!?」

「いや。他者を殺すほどの偶発的影響バタフライエフェクトは時流の収束力により否定されておる」

「よくわからねえけど、なら、なんでいないんだよ」

「おそらくじゃが……こっちのお主は、あの女子に狙われていないのじゃろうな」


 神は落ちていたズボンを竹中に差し出す。

 彼のズボンには、ところどころフリルのような意匠が加えられていた。


「なんでだよ。こんなふうにスカートを改造しているビッチなんだぞ!」

「少なくともお主のような問題児扱いではないわけじゃ」

「くそったれ! モテる上にあいつから追われないとか、ズルいじゃねえか!」

「あの女子に追われるのは男子ならば楽しそうじゃがのう。なかなか可愛い顔をしておったぞ」

「あいつ好みじゃねえんだよ!」

「いずれにせよ、とりあえず元の世界に戻るしかないようじゃな……」


 神はここで「はっ!」と気づいてしまった。

 すなわち、仮にこちらの世界で宇佐を倒したとしても、元の世界に戻れば宇佐はピンピンしているのではないか……パラレルワールドのジレンマである。まあ、もう今さらなので神は気にしないことにした。


 一方の竹中は未だジレンマに気づいていないようだ。

 彼は「元の世界に戻るしかないようじゃな」と言い出した神に対して、


「でも、この姿でないとあいつには立ち向かえねえぞ」

「ん? スカートくらい穿いたらどうなのじゃ」


 かなり女子化している竹中は、パンツ一丁がショーツ一丁になりつつある。


「そういうことじゃねえよ。あっちにリセットしたら、すぐに男に戻っちまうだろ!」

「う、うむ。たしかにそうなるのう」

 神は考えさせられる。


 竹中の言うとおり、ただリセットするだけでは堂々巡りになってしまう。

 こっちの世界で女同士のタイマンをやらせるという作戦は終わってしまったが、せめてこっちにいるうちに、一計を案じておくべきだろう。

 神はしばらく悩んだ末に、一つの計略を授けることにした。


「仕方あるまい。お主に変化のすべを教えてやろう」

「おお! すげえ! マンガの『いなり、カンカン、ぴったんこ』みたいだな!」

「ワシは稲荷ではないのじゃ!」

「だったら何の神なんだ?」

「あー……ぶっちゃけワシにもよくわからんから答えはないのじゃ」


 神はごまかすように竹中に右手をかざした。

 未知のわからないパワーが入ってきて、竹中のサイドテールがピョンと跳ねる。


「よし。これでよいはずじゃ。ではリセットするからの!」

「やり方は教えてくれないのかよ」

「元の世界でも女子のままでいられるようにはしてある。安心せい!」

「ケチなこと言うなよ。自由に変身できたほうがいいのに」

「お主のことじゃから安心できんのじゃ……とにかくリセットするのじゃ!」


 神は小指を噛んでから、手鏡に「リセットじゃ」と口添えした。

 同期――歴史が元に戻っていく。



     × × ×     



 目を開けると……宇佐みみつは目をひん剥いていた。

 彼女からしてみれば、いきなり竹中が女子になったわけだから、それはもうビックリしたのだろう。

 竹中はさっそく「この姿なら立ち向かえるぜ!」とファイティングポーズをとる。


「あなた……本当に竹中半平太くんなの?」

「もちろんだ。あんたの手の中にあるズボンが何よりの証拠だろ!」

「たしかに私はズボンを盗ったわ。そしてあなたはショーツが丸見えになっているわね」

「つまりはそういうことだ!」

「よくわからないけれど、やるしかないみたい!」


 宇佐もまたファイティングポーズをとった。

 二人はジリリとにじり寄り、やがてお互いにそれぞれなりの攻めを仕掛け始める。

 サイドポニーとウサミミリボンが交わり始めた頃には、キャットファイトと呼べそうな状況になっていた。女子と女子によるぐんづほぐれつの大バトルである。


 神としては中央の祠から見守るばかりだったが、


「ぐほえっ!」

「なんじゃ。お主、もうやられたのか」

「まだやられてねえ! ただ半子ビッチのやつ、やたら身体がノロいんだよ!」


 竹中は倒れ込みそうになりながらも必死で立ち上がる。

 神は「それはおかしいのじゃ」と首を捻った。


「なにがおかしいってんだよ。こっちは組み合うだけでも精一杯なんだぞ!」

「いや、ビッチちゃんはかなり身体を動かしているはずなのじゃ」

「こんなにノロいのに!?」

「だって七人と二十五回の家族計画じゃぞ。絶対に体力はあるはずなのじゃ!」

「お前、そんなんで決めたのかよ!」

「お主こそ、まさかマ××だったとは!」

「お主っていうな! この身体がアレなんだろ! この××××!」


 もはや文字には記しがたいような内容で互いを責め合う二人。

 その傍らで宇佐は「不潔だよ!」とツバを吐いた。

 ドラマのやられ役のように血の混じったツバではなかったので、まだまだ彼女の方は余裕がありそうである。


「こうなったら、半子から別の身体に変身するしかねえな!」

「うむ……仕方ないのう」


 神は渋りながらも竹中に正しいやり方を教え始めた。

 現世の姿を変えるためには神の力を借りるのが手っ取り早く、神の力とは人々の願いを束ねたものであるため、神通力を用いるためには術者自身が「お願い」する必要がある。

 つまり、今の竹中は強く願うことで他人に変身できるはずだった。


「おわかりいただけたかのう?」

「よーくわかった。とどのつまりイマジネーション! 想像力だろ!」


 竹中は手を合わせる。

 自分の知る中でもっとも強い「女性」を作り出さねばならない。

 そして、それを自分に――転写する。


「――よっしゃ! これでどうだ!」

「その姿はなんじゃ!?」

「すごいだろう! まずは霊長類最強女子・吉田沙保里の強靭な腕! 同じく女子レスリング・浜口京子の力強い背筋! さらにスキーモーグルの上村愛子のとてつもない脚力! 極めつけはイメージが沸きやすかっただけで選んだ……神のフェイスだ!」

「ワシがめっちゃムキムキになっておるのじゃ!?」


 神は目の前の怪物の姿に度肝を抜かれた。

 なにせ筋肉まみれなのに顔だけは神なのである。いわばGIジョーの上半身に少女の頭を載せたようなものなので、とにかくアンバランスすぎて気味がわるかった。

 竹中は「これなら勝てまい!」と第二形態に移行したボスみたく吼えてみせた。

 しかし当の宇佐は、なぜか辺りをキョロキョロと見回すばかり。


「あれ……おかしいな……」

「どうしたのじゃ?」

「いやね。さっきまでここに竹中くん――いえ。あの姿なら竹中ちゃんと呼ぶべきかな。とにかくあの子がいたはずなんだけど……逃げられたのかな?」


 彼女は竹中のズボンをぎゅっと握りしめる。

 よくわからないのは二人である。


「あの。竹中半平太ならここにいるんだけど」

「そんなわけないじゃない。あなた神さんと似てるし」

「いや、変身したんだよ! さっきまでの流れでわかるだろ!」


 竹中はモーグルスキーヤーの足でベンチを踏みしめた。

 対して宇佐は「ふっ」とスカした笑みを浮かべて、


「変身って。子供じゃないんだから。そんなのできるわけないでしょ」

「今やってみせたところだろ!?」

「どうせマジックなんでしょ。さっき神さんもやってたし」


 宇佐は「それで竹中くんはどこに行ったのかな?」とまた辺りを調べ始める。

 どうやら、彼女は本気でオカルトを信じていないようだ。

 神としては、存在を全否定されたようで寂しい気持ちにさせられる。


「とにかく竹中くんが逃げたのなら追わなきゃね。どこに行っちゃったの……もしかして女装しているのが恥ずかしくなっちゃったのかな……となると男子トイレ……?」


 宇佐はぶつぶつ言いながら、コンビニ方向に去っていった。

 後には二人と寂しい祠だけが残される。

 竹中はわざとらしく苦笑いした。


「あいつ、変な奴だろ。すんごいマジメなのに変なところで抜けてるんだよ」

「……お主のほうがもっと変なのかもしれんぞ」

「なんだと!? ……まあ、いいや。今はあいつを追い払えたから気分いいしな!」


 竹中はポケットからタバコラムネを取り出そうとして――ズボンがないことに気づいた。


「持っていかれた!?」

「どうやら、あの者とはまた会うことになりそうじゃの」


 神はリュックサックから白いタオルを取り出す。

 なにせ竹中はムキムキではあるもののショーツ一丁なのである。

 ズボンの代わりに巻きつけられるように渡したつもりだったのだが、竹中が求めていたのはお菓子だったため、彼からは苦い顔をされてしまった。

 しかし、しばらくして敬老会の面々が公園に集まってくると、竹中は慌てて白いタオルを腰に巻きつけた。さしもの彼も他人には見られたくないらしい。


「ふんどし?」「ふんどしやな」「ふんどしやわ」「ふんどし!」


 ひそひそと伏目がちに話し合う老人たちに、竹中は密かに顔を赤らめる。

 そして神の方を向きなおると、


「はあ。やっぱりワガママになりてえ!!」

「だから、もう十分になっておるではないかと……お主がいきなり叫んだから、あの者たちもビックリしておるぞ」

「そういうことじゃねえよ。自分が何をやっても文句を言われないようになりたいの。それこそ、ここでショーツ丸出しでも、いきなりムキムキになっていても、林の中でうんこしてても気にもされないくらいにさ!」

「それはワガママではなくあるがままなのじゃ」


 神の指摘に、竹中は「それでいいんだよ!」と答える。

 神としてはそんな風に誰からも気を払われないほうがよほどイヤだったが、ムキムキで怖かったので竹中には言わないでおいた。


 ☆コラム:マグロとは?

 古くから食べられてきた大型魚である。

 死んだマグロは横たわったままで、自分から動いたりしない。

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