第6話 心で叫べない男
神様テレビは、かつてない活気に包まれていた。リアルタイムでの放送終了後から、問い合わせが殺到していた。“あの放送は、何時から始まっていたのか?” とか“リアルタイムで見逃した!アーカイブには何時ごろ入れられる?” 等さまざまであった。
神様P「あっはっははは。どうだ、私の見込んだ通りだ!」
この状況に彼をこの世界に導いた神様Pは、高笑いが止まらなかった。当初の予定では、じわじわ人気が上がり神様テレビの人気番組程度にはなって欲しいと考えていた。ところが、いざ放送を始めると、神様ネットのクチコミサイトで話題になり、皆がテレビを見始めた。その頃から徐々に問い合わせが始まり、今では誰も手が放せないほどだった。
コールセンターの天使達は、久々の大忙しに活気づき、皆の瞳が輝いていた。ちなみに大喜びの神様達の後光も5割増しに輝き、天界自体がちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。そんな中、一人の天使の前に置かれた電話が鳴る。また、一件のお問合せが来た瞬間だった。
「はい、こちら神様テレビ・コールセンター・担当キューピッドです。え〜、はい。今回の放送ですか。朝から夕方までの生放送でした。アーカイブには、明日以降、追加されます。そうですね、今回は期待の新人、沢渡順平さんです。
え〜、えぇ。ファン倶楽部ですか。いえ、まだ出来てないと思いますが。はい、DVDですか。まだ、検討されてないと思います。はい。もし、DVD発売時にはサイン会が出来るといいですね。」
こんな具合だった。神様テレビ幹部達は大喜び、早くも新たな企画立案に動き出していた。実は何を隠そう、神様達はお笑い好きな方が大勢いらっしゃるのだ。それ故に笑いを見る目が肥えており、変に作り込まれた番組などは、逆に敬遠される傾向にあった。今回の放送に当たっては、制作サイドに神のワイプマスターと呼ばれる神様が配置されていた。この読みが見事に的中した。番組冒頭から、順平は全裸であり、これをそのまま生放送にする訳にはいかなかった。ここで神の業を持つ、ワイプマスターが常に薄ボカシのワイプを股間に貼付ける感じで操作していた。さらに途中からゴブリンまで加わり、2個のボカシを同時に操作するワイプマスターは、夕方には精神的かつ肉体的な限界により、生放送を終了した。ある意味、放送終了は神様テレビの本意ではなく、あくまでスタッフの限界を考慮してのものだった。この事は、今後の大きな課題として、至急の対応が検討されるのだった。
そして、番組の放送自体は終了していたが、神様テレビのカメラは回り続けていた。この面白人間にカメラが常に張り付いている状態になっていた。つまり、生放送でなければ、そこまで精神をすり減らすこともない、故に専門チャンネルが検討されていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
沢渡順平は、案内された部屋の椅子に座っていた。部屋に案内されて、自分がかなり疲れている事に気付いたが、ベッドに横になるとそのまま寝てしまいそうで、仕方なく我慢して起きていた。とにかく水浴びを済ませ、服を着て食事のお願いをしてみようと考えていた。
「神子様、水浴びの用意ができました。中庭へお出で下さい。」
ノックの音と共に、聞き覚えのない声に告げられた。中庭でなく、井戸の場所と体を拭くものがあればいいのだが。そう考えつつ、扉を開け中庭を見る。そこには、いつの間にか特設ステージにも似た、かがり火に四方を照らされた舞台らしきものが用意されていた。
(…!!…あれは、おかしいだろ!…さっき廊下を通った時に、中庭にあんなものはなかった筈だ!…)
どう考えても、明らかにおかしな状況に、溜息が出そうになる。修道院の人たちが、何を考えているのか理解に苦しむ。それでも自分がお願いして用意させたものなので、どうするべきか悩んでいた。仕方なくその場に近付き、恐る恐る状況を確認する。四角い空き地の隅に、それぞれかがり火が炊かれ、その真ん中にたらいのようなものが設置されていた。中を覗くと、その中に水が並々と貯えられていた。
どう見ても、ここで水浴びをしろと言っていた。この特設ステージは非常に明るく、逆に周囲の回廊は異様なほど暗く、物音一つせず静まり返っていた。順平は、その光景に違和感を感じながらも、露天風呂の感覚で水浴びをするのだった。このとき、修道女の多くは部屋に籠り、祈りを捧げていた。ただ、一部の者は、少し開いたドアの隙間から外の様子を窺っていた。これは、あくまで神子様の身辺をお守りする為であり、決して如何わしい行いではないのだった。
次の日、修道院の懺悔室が大変な事になっていたが、順平本人は全く気付かなかった。そして、多くの修道女が自分の行いが、任務であったと自覚するのだった。このとき、一部女子修道院上層部による情報操作が行われたが、神が慈悲を与えた。そして神様テレビでは順平初任務DVDの発売に合わせて、おまけ映像としてこの水浴び&のぞき……ゲッフン、ゲッフン並びに懺悔シーンのVTRが特典として決定した。
それから、部屋でゆっくりと休んでいた。ちなみにレイシアは、修道女達の行動を横目に、自分自身が異常に冷めて行くことをさらに実感していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
順平は夢を見ていた。暖かく柔らかなベッドで、キャッキャウフフの夢を見ていた。それは、まだ順平が地球に居た頃の夢であり、夜の世界のウサギさんを捕まえようとしていた。
(あれ〜この夢、見覚えが。何だっけ。)
それは、順平がこの世界に来る切っ掛けとなった出来事。キャバクラ・アリスのうさぎさん捕まえタイムというイベントだった。店内アナウンスが、幸運の白ウサギを捕まえた方は、今宵、夢が叶いますと言っていた。暗い店の中に、黒衣装のバニーガールと一人だけ白い下着姿のバニーガールがいた。店内の男共のボルテージは、いやが上にも上昇した。そして、男共はアイマスクをし、そのあと、幸運の白ウサギが……
(この後が、全く思い出せない。何が起こったのか?)
夢の中で腕組みをして考えていた。すると、何処からともなく声がする。順平は、聞き覚えのある声に、声の主を思い出そうとした。
「あら、あたしよ。この世界に送り込んだ神様よ。
ホワイトルームで会ったでしょ。」
(ホワイトルーム?会った……あっ!…。)
「どうやら、思い出してくれたようね。それじゃ、会議始めるわよ〜。と、その前に“お客様は神様です”。」
我に返った順平が見たものは、眩いばかりの部屋に神様が机を囲み、何やら会議をしている光景だった。頭に鳴り響く言葉。“お客様は神様です”が脳細胞を攻撃してくる。頭を支え、痛みに体が捩れる。何だ?今の。他の参加者がこちらを見ているのだが、それぞれの後光が眩し過ぎて、誰がどうなっているのか全く分からない。とにかく歯を食いしばり、目を閉じ、あらゆる痛みが消え去るのを待つ。しばらくして、薄く目を開ける。ほんの少し開ける程度に保ち、周囲の様子を見た。
「それじゃ紹介するわね。末席にいる彼が期待の新人、沢渡順平(さわたりじゅんぺい)よ。これからは、さわじゅんで売り込むわ。ちなみに、皆さんはもうご存知だと思うけど、今回の生放送は大盛況だったわ。次回は、もっと力を入れて、お笑い好きの神様から、お褒めの言葉が頂けるくらい頑張りましょう。後、DVDの発売日が決定しました。DVDのおまけは決まっているけど、予約特典をそれぞれ提案して頂けると助かるわ。それと、発売日当日は、引換券をお持ちの神様にサイン&握手会への参加なんてどうかしら?とにかく、神様ネットのクチコミサイトに情報流すわね。それでは、皆様グッドでナイスなジョブを期待するは〜アデュー。」
順平はその言葉とともに、現実世界に引き戻された。窓から差し込む光、見慣れない天井と妙に不愉快な寝覚め。まだ、重たく閉じてしまいそうな瞼を薄く開き、肉体的には全く脅威でもない、地味目なボディーブローを何発も食らった気分だった。
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